子どもの頃よく考えたことがある。
こんな世界存在しないんじゃないか。
今見えている世界、感じている世界は全て幻なのではないか。
精神病棟の一室で何もない空間に話しかけ無意味に手足を動かしている。
そんな自分の姿を想像して私は恐怖と羞恥を覚えた。
この世界が幻であることよりも本当の世界で醜態を晒しているかもしれないことが恐ろしく恥ずかしかった。
けれどそんな時期は長くは続かなかった。
自分が今体験している世界の方が恐ろしく恥ずかしいものになったからだ。
こんな世界存在しないんじゃないか。
それは救いになった。
こんな世界存在しないのだ。
ある日目を覚ましたら全て幻だったと気づく。
私はコンクリートの壁を前に立ち尽くしている。
自分がこれまで見ていたものは、感じていたものは全て幻だったのだ。
私の人生は無かったのだ。
けれど足りない。
それではいつか外に出なければならなくなる。
病室を出たらまた新たな人生が始まる。同じような世界が。
救いにはならない。
世界は大きすぎる。
たくさんの人がいて、たくさんのことが起こり過ぎる。
一つも自分の思い通りにはならない。
世界はもっと小さくていい。
部屋の中だけでいい。
扉を閉じれば見えるのは部屋だけだ。
私が持っているものと、私が動かせるものだけで構成され、きっと外には何も無い。
この部屋だけが世界なのだ。
けれど足りない。
いつかは声がかかる。私も外に出なければならなくなる。
外にあるものは全部他人のもので、勝手に動く他人が溢れている。
救いにはならない。
布団の中だけでいい。
布団をかぶれば見えるのは暗闇だけだ。
私が知っていることと、私が考えていることだけで構成され、きっと外には何も無い。
この暗闇だけが世界なのだ。
けれど足りない。
いつかは朝が来る。私も外に出なければならなくなる。
外には自分が知らない知識があって、自分が考えていない出来事がある。
救いにはならない。
頭の中だけでいい。
目を閉じれば何も見えない。
心を閉ざせば何も感じない。
全ては私の感覚が作り出しているものだから私が信じなければ存在しないのと一緒なのだ。
人はいない。生き物はいない。草も木も無い。土も岩も水も大気も。
星も無い。宇宙だけが広がっている。
星がない宇宙にはきっと何も無い。
何も無い空間にただ私という意識だけが漂っている。
私だけが世界なのだ。
私が世界を作り出している。
私は私が作り出した世界を私が作り出した世界だということを忘れて体験している。
この世界は全て私のものだったのだ。
私が知っていることしか知らないでくれ。
私が考えていることしか考えないでくれ。
私ができることしかできないでくれ。
私が動かしたいようにしか動かないでくれ。
私が喋らせたいようにしか喋らないでくれ。
私が消したくなったら消えてくれ。
あの山の向こうには何も存在しないでくれ。
あのビルの陰には何も存在しないでくれ。
この扉を閉めたら外には何も存在しないでくれ。
誰も何も見えていないでくれ。
誰も何も感じていないでくれ。
誰も本当は存在しないでくれ。
全ては私が作り出しているものであってくれ。
私がやめたらもう何も無い。
そう願って眠る。