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2026年5月8日金曜日

幻の生徒会選挙編エピローグ

あまり時間を意識していなかったのでこれぐらいに調整。およそ一月の出来事。


第一週

月:学校新聞第一報(ゴシップ記事)

火:ゆかりが反ずん子派の集会を開く

水~金:千冬の依頼を受け、モカが集会に潜入

第二週

月:ギャラ子の存在をモカとかのんが認知

火:かのんがゆかり、ギャラ子と会合

水:かのんが六花、ずん子に取材

木:学校新聞第二報(各候補者紹介)

金:かのんが六花を集会に連れて来る

第三週

月~金:反ずん子派が六花派に傾く。金曜にかのんがずん子を取材

第四週

月:学校新聞第三報(集会への意見表明)、ゆかり、ギャラ子らが脱退

火~金:集会が過激化し、金曜にモカが脱退

土:集会で暴動が起こり負傷者が出る

第五週

月:候補者演説および投票日


ずん子と六花の対決ではあるが群像劇でもある。

なんとか下書きは書けたが手直しが必要なところは多い。

・花梨、りりせの引退組。関わっては来ないが描写は合間合間に挟みたい。

・あかり、フィーちゃんの副将組。実際作ってみれば会話が増えるだろうが、現状では出番が少ない。

・マキは選挙終了後、これまでのいざこざを全部よくわかっていなかったことが判明する。こういう層もいることを六花にとっての気づきとして残したいが、タイミングが掴めない。


本題のエピローグ。




「なぜ呼ばれたかわかっていますね。」

「いや、全く見当もつきません。」

結月ゆかりは心底不思議そうに答える。

担任教師であり、演劇部顧問でもある桜乃そらは溜め息をつく。わかっていないはずがないのに必ずそう言うと思っていた。


「六花さんの集会、始めたのはあなた達だったことはわかっています。」

ゆかりが音頭を取っていたのだからゆかりが首謀者なことは知れている。敢えて「達」とつけたのはギャラ子のことも把握しているからだ。

「あんなことになるとは思いませんでした。私が抜けた後ですが、ご迷惑をかけたようで申し訳ありません。」

「短い付き合いではありません。もう少し腹を割って話しませんか。あなたの責任は追及できないことは理解しています。」

ゆかりから事情を聞くのはあくまで経緯を確認するためだ。問題が起こった時には既に離脱していた元幹部陣は咎められない。


「あなた達はやめようと言ったが聞く耳を持たなかった。矛先が自分達に向いたら危険だったから縁を切った。そうでしょう?」

「仰る通りです。」

実態はもう少し違うのだろうが、地震の前に逃げ出す鼠のようなものだったのは想像がつく。


「元々はなぜあんな集会を始めたんですか?」

「選挙への関心を高めるためです。」

ゆかりの答えにそらは驚く。東北ずん子にちょっかいをかけるためではなかったのか。

「無関心な層にあくまでエンタメとして売り込むことで候補者たちに目を向けるきっかけをつくろうとしました。ずん子さんのことも六花さんのこともよく知らないまま、なんとなくで投票先を決められてしまうと思って。」

曇りの無い目でゆかりは話す。嘘かもしれないが、ゆかりはどこか理想主義なところがある。本気で生徒たちに選挙に真剣に取り組ませたかったのかもしれない。


「3年のギャラ子先輩、1年のあかりの協力もあってそれなりの人数を集めることができました。大半の構成員はずん子さんが気に入らないってだけの人たちでしたが。」

「それで選挙への関心を喚起できると?」

「はい。おふざけではあっても自動的にずん子さんとその対立候補の六花さんの一挙手一投足に目を向けることになります。集会を面白がっている人たちも集会に眉をひそめている人たちも。」

「…確かに一理あります。それではあなたはずん子さんを敵視しているわけでも六花さんを応援しているわけでもなかったんですね。」

ゆかりは人に理解されないことを全く厭わないタイプだ。あの頃ゆかりの奇行に同調する者はほとんどいなかったが、それでも多くの生徒たちが目を向けていた。


「ずん子さんが気に入らないって気持ちも六花さんに健闘してほしいって気持ちもありました。ただしそういう感情だけで動いていたわけではありません。どちらかに肩入れするつもりはありませんでした。」

「けれど実際には六花さんと合流したのでしょう。」

「六花さんが入ってきたからです。私は彼女を止めも助けもしませんでした。仮にずん子さんが入ってきたとしてもそうだったでしょう。あくまで関心を向けさせたかっただけで、どちらを支持するかは当然生徒たちの自由です。」

「あなたはその時から集会が過激化する可能性を見越していたんじゃないですか?」

聞かずともわかっている。ゆかりは知った上で放置した。そういう奴だ。


「もちろんです。集団を維持する上でもっとも警戒すべきは内部崩壊ですので。だからこそ私たちは集会に参加するメンバーが増え過ぎないように調整していました。適度に白けさせたり、呆れさせたりしてコントロールしていたんです。」

「どうして六花さんにそのことを伝えなかったんですか?」

伝えたけれど聞いていなかった、忘れてしまったのならいい。それも仕方ないだろう。

「逆にどうして伝えないといけないんですか?」

ゆかりは悪びれもせずそう言った。




六花が合流後、急速に人数が増えすぎている。50人規模から100人規模へ。

六花が入っただけでそこまで増えるはずがない。となれば元々それだけの人が集まる力があったのを、ゆかり達が抑えていたのだ。

彼女たちがストッパーとしての役目を放棄したのは、集会が過激化するきっかけとなった学校新聞が出るもっと前だ。

「あなたが一声かけているだけで結果は変わったかもしれません。」

「そうかもしれませんね。」

「…六花さんはクラスメートでしょう。」

選挙への関心を高めるために集会をつくったのは責められることではない。だが破綻に向かっていることを認識した上で、警告すらしなかったのはあまりに無責任だ。

六花への悪意を疑われても仕方がないほどに。


「ですがその前に有権者と候補者です。私は生徒たちに東北ずん子と小春六花という二人の人物に目を向けるよう促しましたが、私自身も彼女たちを見ていたんです。リーダーとしてどちらがふさわしいかを。」

ゆかりは一切動じることなく釈明する。

「私とギャラ子先輩が六花さんの下で役割を果たしていれば、今回のような結果にはならなかったでしょう。ですがそれは不公平ではありませんか。私たちの力で六花さんを勝たせたとて、私たちは生徒会長となった六花さんを支えるわけでもないのに。」

ゆかりの言うことはもっともだ。候補者を応援するのはいいが、本人にできないことまで代わりにやってしまったら傀儡政権になってしまう。

前会長の花梨が身を引いたのだってそのためだ。六花とて花梨にはそうするように促しておいてゆかりやギャラ子にそうしてほしかったとは言わないだろう。

「六花さんは自分で気づくべきだった。今回対処できなかったということは、もっと重大な場面で集団を率いる時も同様に対処できなかったという証明です。だからこそ振り回された被害者だと同情されつつも投票されることはなかったんです。」

だがしかし…


「そんなことはできないでしょう。リーダーになる人だって万能ではありません。周りの人たちが支えないといけないんです。一人に責任を求めるのは生贄を選んでいるようなものです。」

そらは言いながら自分でもわかっていた。これは大人の事情だ。

同じ働きしかできず同じ責任しか負わないならそれはもうリーダーでも何でもない。あなたにそこまで求めないから私にもそこまで求めないでくれという取り決めに過ぎない。

「…私だってそう思いますよ。できるわけないって。」

そんな内心はゆかりも承知の上のようで、反発することは無い。


「けれど私は知っています。できると言う者を。東北ずん子です。彼女ができると言っている以上、対立候補である小春六花にも相応の覚悟を持ってもらわないといけません。」

ずん子が書いた「人は蟻のようなものだ」という文章を思い出す。ゆかりはずん子がああいう主義思想であることを知っていたのだろう。

「六花さんも同じことを思っていたでしょう?完全に取り返しがつかなくなってからようやく思い出したようですが。」

「本気で人を導きたいのならそれしかないとは私だって思います。ですがその上で言います。そんなことはできないと。できなくて仕方がないと。」

「私に言われた言葉ならその通りだと賛同するでしょう。けれどできないことをやると言っている者にできなくて仕方がないなんて言葉は侮辱でしかない。」

ゆかりはピシャリと言い放つ。

ゆかりは芯のある生徒だ。他人に言われて何かが変わるような人間ではないし、今はそういう場面でもない。


「お話を聞かせていただきありがとうございました。六花さんの話とも矛盾ありません。やはり全て六花さんの責任なのでしょう。」

「…六花さんは停学ですか?」

「お説教と反省文の提出で済ませました。六花さんは一応は止めようとした立場ですから。」

「お力添えをいただけたようで。」

「私だけの力ではありません。我々教師だって六花さんたちが真剣だったことはわかっています。熱くなること自体はけして悪いことではありませんから。」


二人は教室の扉を開け、外に出る。

「ゆかりさんはこれから部活へ?」

「ええ、ずいぶんサボってしまいましたので。」

「そうですか。茜さんも責任を感じてしまっているようなので元気づけておいてください。」

「わかりました。」

歩き出そうとしたゆかりの足が止まる。振り向いたゆかりはそらに問いかけた。

「これで終わりだと思いますか?」

「…え、なんですか急に。」

「だって生徒会長がずん子さん、副会長が六花さんになるんでしょう。いずれまた一波乱起こることになるんじゃ。」

「不安になるようなこと言わないでください…」

そらは苦虫を噛み潰したような顔をする。なんとか丸く収まったが受け持っているクラスから校長室送りになる生徒を出したのは違いない。


生徒会新体制はまだ始まったばかり。

これから1年間、ゆかり達の通う高校は激動の時代を迎える。



2026年5月7日木曜日

幻の生徒会選挙編8

「2年1組、小春六花さん。」

アナウンスに呼ばれ、六花は顔を上げた。

ここは体育館で、今は投票前の最後の演説の時間だ。そのことを思い出した。


壇上に立ち、並んだ全校生徒を見下ろす。

顔を上げられない生徒たちも多い。きっと集会の参加者だろう。

頭に包帯を巻いている彼は土曜日に救急車で運ばれていった人だ。誰よりもいっそう俯いている。

休日に集会を開き、他の生徒に対してデモをするのしないので争って怪我人を出した。小春六花とその支持者に対する印象はもう取り返しのつかないところまで落ちていた。

集会の参加者であったことを必死に隠そうとしている者たちも大勢いるだろう。もう投票を呼びかけるような段階にはない。


いったい何が言えるというのだろうか。

六花は惚けた顔のままただ立っていた。

とても話せるような状態ではない。そう判断した先生たちが六花を壇上から降ろすために歩き出した時、六花の口が開いた。

「私は四人家族でした。」


「父と、母と、兄が一人。裕福でも貧乏でもない、ごく普通の家庭だったと思います。」

六花が何の話をし始めたのかわからず、誰もが呆気に取られていた。下を向いていた生徒たちも思わず顔を上げた。

「中学に上がった頃、家族の仲が悪くなりました。高校生になった兄の態度が荒々しくなっていったんです。いわゆる反抗期というものです。父はそんな兄を煙たがり、母に何とかするようにと押しつけました。母は父に対しても兄に対しても強く出ることができず、ただ悲しそうにしていました。」

普段の朗らかで能天気な姿とも、集会での怒りに流された姿とも違う。初めて見せる無機質な姿だった。

「よくあることです。」

冷たくそう言った。


「中学での新しいクラスはあまり居心地が良くありませんでした。女王様気質な子がいて、その子の機嫌に合わせて他の生徒たちで嫌がらせをしたりされたりを繰り返してたんです。先生は私たちのそんな様子を知りながらも何もすることはありませんでした。面倒だと思っていたんでしょう。」

誰も六花の話についていけていなかったが、その異様な雰囲気に押されて聞き入っていた。

「これもよくあることです。」

再び冷たく言った。


「私は思ってたんです。兄は両親のことをもっと気遣えばいいのにって。父はきちんと兄を叱ればいいのにって。母は言いたいことがあるなら言えばいいのにって。あの子はいちいち誰が嫌いとか言わなければいいのにって。みんなはあの子の言うことなんて聞かなければいいのにって。先生は問題が起こったら注意して指導すればいいのにって。誰かがちゃんとしてくれればいいのにって。」

目を伏せ淡々と六花は言葉を並べる。

「そんな時にふと気づいたんです。誰かなんていないんだって。」

本当に今気づいたかのように六花が顔を上げる。

「自分しかいないんだって。」


「全部自分がするしかないんです。私がそうした方がいいって思うんだから私がそうするんです。笑顔で、涙で、怒りで、声で言葉で行動で態度で人を動かして在るべき形に戻すんです。それ以外に方法なんて無いんですよ。」

六花の声が力強く、それでいて悲痛に響く。

「兄と笑顔で話して不満や不安に寄り添いました。兄に非がある時は私が叱って喧嘩しました。父に涙で訴え兄と母ときちんと向き合うように促しました。母からどう思ってるかを聞き出して兄と父との仲を取り持ちました。」

「あの子の言葉を茶化してみんなが真剣に受け取らないようにしました。腹を立てられたら怒り返してぶつかりました。みんなと話を通してお互いに嫌がらせをさせないようにしました。他の先生も巻き込んで問題が起こっても先生が無視できないようにしました。」


「時間はかかりましたがいつしか、家もクラスも和やかな空気が流れるようになりました。家族はお互いの気持ちをさらけ出せるようになり、兄の大学合格が決まった時はみんなでお祝いしました。高飛車だった彼女は高飛車なままクラスに受け入れられ、私とは今も連絡を取り合う友人です。間に私が挟まって適切な対応ができれば、適切な関係にできる。それが私がリーダーを、生徒会長を目指したきっかけです。」

六花は少し懐かしそうに笑い、すぐに笑みを消して言葉を続けた。


「相手の心を読んで周囲の関係性を理解して自分が望む方向に誘導するんです。個を見て全体を見て個が全体に与える影響と全体が個に与える影響を見て変化を予測するんです。人を導くっていうのはそういうことなんですよ。」

聴衆はそこまで聞いてようやく、六花が何のことを言いたいのかわかった。

「きっとその最終的な到達点は、指先で蟻を弄ぶ人だったのかもしれません。」

六花は自嘲するように締めくくった。




ずん子は六花と初めて会った頃にした話を思い出す。

六花が今話したようなことをあの頃にも聞いた。全部自分がするしかない。同じ結論に達していた相手だったから勝負を挑んだのだ。

「最初からそう言ってれば良かったのに。」

ずん子の呟きは誰にも聞こえなかった。


「その初心を全く活かすことができませんでした。リーダーを志すのなら人よりもっと多くのものを見て、多くのことを考えていなければならなかったのに。自分の感情だけでいっぱいっぱいになり、周りが見えていませんでした。」

六花が毅然とした顔と声で話す。

「ついて来てくれた人たちを危険に晒しました。怪我をさせました。先生方と救急隊の方々にご迷惑をおかけしました。私を推薦してくれた花梨先輩の顔に泥を塗りました。対立候補のずん子さんに何度も酷い言葉を投げかけました。他の多くの生徒の皆さんに不安な思いや不快な思いをさせました。」


「全て私の責任です。申し訳ありませんでした。」

そう言って六花は深々と頭を下げた。

全てが六花のせいであるとは誰も思っていない。当事者である集会の参加者も、無責任に煽った者も、火の粉が飛ばないようにと距離を置いていた者もいる。それでも六花は全部自分がどうにかするべきだったと言うのだろう。

もう一度チャンスをくださいと続けていれば、投票する者も多かったであろう潔い謝罪だった。

しかし六花は何も言わず、そのまま壇上を降りた。

拍手は起こらず、静寂のまま彼女は見送られた。




「2年2組、東北ずん子さん。」

再びアナウンスが流れ、今度はずん子が壇上に登る。

勘のいい生徒たちは六花の自滅がずん子の策略なのではないかと気づいていた。直接的には何一つ手を下さず、行動誘導だけでそれを為したことを知る者はほとんどいなかったが。

六花の敗北が確実である以上、ずん子の演説は勝利宣言になる。生徒たちは固唾をのんで見守っていた。


「私が生徒会会長に立候補したのは、この学校をより規律と規範を重んじた学校にするためです。近年、自由や個性が強調される一方で基本的な生活態度や礼節が軽視されつつあると感じています。」

ずん子が話し始める。

声や話し方こそ聞く者を惹きつける流麗なものだったが、これは学校新聞に載った彼女の最初の公約そのままだ。


こいつマジか…!

聴衆は唖然としていた。

生徒だけじゃなく先生たちも見ている中で蟻がどうこうなんて言えるわけがない。無難な公約を掲げるのは当たり前のことだ。

だがそれでも六花があの内容に理解を示したにも関わらず、当のずん子が梯子を下ろすのはどうなのだろうか。まるで相手にならなかった、私が誠意を向ける必要もないという意思表示ではないか。

反感で動いた人間の末路を知っているからこそ誰も言葉にも行動にも出さない。しかし、ずん子への畏怖はあったが、畏敬は残らなかった。


「自由は規律の上に成り立つものです。今こそ原点に立ち返り、互いに節度を守ることで落ち着いた学びの場を築いていきます。」

ずん子はただ公約を引き伸ばしただけの当たり障りのない演説を終えた。

最後に一言だけ、冗談めかした公約を付け加えて。

「とりあえずまずは、生徒会選挙における集会について規則を設けます。」




最後の候補者演説を聞いた生徒たちはそれぞれの教室に帰った後、配られた投票用紙に投票したい候補者の氏名を記載する。

投票用紙は担任教師に集められ、選挙管理委員会へと渡されて集計作業が行われる。結果が発表されるのは翌日だ。

例年であれば候補者たちは当選発表を期待と不安が入り混じった感情で心待ちにするものだが、今回に限ってはそうではない。

勝敗がほぼ決まっている以前に、六花は土曜日に起こった出来事について放課後には聴取を受けるのだ。当選発表を待たずして何らかの処分が下る可能性もある。


「六花。」

「花梨先輩。」

審判の時を待っている六花に、花梨が声をかける。最後に話したのは自分の力で選挙に挑むのを決めた時なので、実に1か月ぶりの会話になる。

「何一つ褒めるところの無い、最低最悪の負け方だったわ。」

「いやあ面目ない。」

容赦のない花梨の言葉に六花はつい笑う。

自分でもそう思う。ほんのちょっとでも賢明な判断ができていれば、こんなことにはならなかった。


「ずん子に踊らされたわね。」

「私が勝手に踊ったんです。ずん子さんはリーダーの資質を問われる状況を用意しただけで、私がリーダーの資質が無いことを露呈したんですよ。」

「恨んではないのね。」

「恨めるはずもありません。正攻法でも叩き潰せる私程度の相手に、力量しだいで逆転できるチャンスをくれていたんですから。」

本心だった。六花がほんのちょっとでもずん子の予想を上回れば、ずん子はあのまま惨敗していた。それほど綱渡りの作戦だったはずだ。


「私はちょっと違うと思うわ。ずん子は本気であなたに勝ちに行ったのよ。」

花梨が遠くを見つめながら語り出す。

「選挙で一番大きい層はね、選挙なんてどうでもいいって人たちなの。どうでもいいからテキトーに決める。あなた達がどれだけ必死になろうとね。」

花梨が冷めた目でこぼす。生徒会会長だった時は見せなかった態度だった。

「私の場合、どうでもいい人たちの決め手になったのは生徒会役員っていう肩書きとこの美貌だったわ。」

「自分で言いますか。」

「そういうものなの。私に投票してくれた人たちもほとんど私の公約を覚えてないわ。あなたもそうでしょ。」

図星だった。当たり障りのない内容だった気もするが、記憶にないくらい決め手ではない情報だったのだろう。


「ずん子が一番避けたかったのは、そういう不確かな要因で勝敗が分かれることだった。候補者が少ないほど同じクラスとか同じ部活とかのわかりやすい決め手が減ってく。今回の一騎打ちでは大半の生徒があなたのこともずん子のことも知らず、最後は運の勝負になる可能性があったわ。」

「…だから火をつけた。」

「普通の選挙活動じゃ生徒に火がつかないことを知っていた。好きや嫌いといった感情が吹き荒れる泥沼の戦場にすることで、とにかく関心を持つ生徒を増やしたのよ。人の心を利用した戦い方は一見不確実なようで、最も確かな勝ち筋だった。」

「人に心なんて無いみたいですけどね。」

「そうね、あの子ほど見通せるならもう単なる習性なのでしょうね。ただそれは誰よりも人の心と真摯に向き合った結果なんだと思うわ。」

六花は思い出す。中学の頃、人の心の動きを理屈で捉えていた時は周囲の人間関係を改善することができた。

そして今は、観察と思考を怠ったツケを払わされようとしている。


「敵わないや。」

六花は呟く。

もう時間だ。行かなければならない。

「何一つ褒めるところが無いって言ったけど、最後の謝罪だけは良かったわ。次があるなら頑張りなさい。」

「なんて言い草だ。」

どこまでも辛辣な花梨に苦笑する。六花の心が折れていないことを知っているからこそ言えることなのだろう。


「戻ってきますよ。すぐにね。」

六花はそう言い残して校長室に向かった。




翌日、学校新聞が張られていた場所には簡素な当選発表の用紙が張られていた。

生徒会会長は東北ずん子。

ずん子はちらりとそれを見ると、さも当然というように立ち去った。

激動の生徒会選挙の幕引きとしては、呆気ないものだった。



2026年5月6日水曜日

幻の生徒会選挙編7

「なあ葵、ずん子を捕まえられへんか?」

姉妹の部屋で茜が葵に問いかける。ずん子と話す機会を窺っていたが、ものの見事に逃げられてしまっていた。葵は机に向かいながら答えた。

「お説教でもするの?」

「そんなつもりはないが、あれはヤバいやろ。」

「私たちはずん子さんがああいう人だって知ってたんじゃない?」

「まあ、そうやが…」

茜は中立の立場を捨てることに葛藤しているのか苦しそうに顔を歪める。


「クラスでだって扱い変わったんやないか?」

「ずん子さんがあまりにも普段通りだから、あの新聞のことは夢だったんじゃないかと思ってるよ。」

「そんなわけないやろ。」

「腹を立ててる人や集会に行くようになった人もそりゃ居るだろうけどさ。面と向かってずん子さんに物申せるわけないじゃん。うん皆のこと蟻だと思ってるよなんて言われても言い返せないよ。」

葵はケラケラと笑う。葵はずん子に複雑な思いを向けていたはずだが、あの新聞の内容には怒っていないのだろうか。


向けられる視線からその考えを察してか、葵が意図を説明する。

「ずん子さんがあんなことを書いたら怒らせるってわからないわけないじゃん。今の状況はずん子さんが自分で招いたことだよ。つまりこれで作戦通りってこと。」

「こんな作戦あるんか。」

「私たちが考えるような作戦じゃあないんだろうね。ゆかりさんは何て言ってた?」

「ゆかりはこの件からは完全に手を引くそうや。」

新聞が出た日、ずん子に憤って集会に参加する人が増える中、ゆかりは集会にはもう関わらないと宣言した。教室でも六花に話しかけられたら追い払っている。


「なんやかんや言ってあいつはずん子のこと好きやからな。からかいやなくてバッシングが吹き荒れるとわかってるとこには行きたくないんやろ。」

「なるほど。」

葵は顎に手を当て何かを考えこむ。

「…馬鹿だね。」

「まあ自分で始めといて盛り上がったら冷めるってのは馬鹿らしいわな。」

「ゆかりさんじゃないよ。」


葵はスッと目を細める。その表情には先ほどは見せなかった怒りが微かに滲んでいた。

「賢い人たちの争いに混ざったら馬鹿を見るに決まってるじゃん。ほんと馬鹿。」




集会の参加者は更に増え、200人を優に超えていた。

ゆかり達幹部が抜けた穴には新聞部がそのまま入っていた。もう学校新聞は出ないので中立を演じる必要もない。新聞部もまた、集会の参加者と一緒くたに虫けら呼ばわりされているため合流に違和感を持つ者はいなかった。

ゆかりから六花へ、あかりからフィーちゃんへ、ギャラ子からかのんへと代替わりしただけで組織構造自体は変わらない。しかし、集会の雰囲気は明らかに変わっていった。

まとめる人たちの問題か、集まる人たちの問題か、あるいは単純に人数が多すぎるのか。

モカはかつてゆかりとギャラ子たちがそうしていたように、隅の方から集会を見守るようになっていた。


「今日も大勢の生徒たちが集まってくれました。しかし未だ全校生徒の三分の一程度。投票日はもう目前だと言うのに私たちは過半数を押さえることができていません。これでは選挙において東北ずん子が勝ってしまうかもしれません。」

六花の言葉に怒りと嘆きの籠ったどよめきが広がる。ずん子への悪しざまな野次も多い。

「もしこのまま東北ずん子が勝つことがあれば、それは人が自らの思考や意思で何かを選択することなく、ただ大きいものに身を任せてしまっていることの証明になってしまいます!自分たちを遥かに見下している者であっても、餌をくれるならそれでいいと!」

六花の演説は急速に激しさと鋭さを増していっていた。モカはその成長に危うさを感じずにはいられなかった。


過半数は取れているのだ。あの新聞のせいで9割以上が小春六花に投票するつもりだったはずだ。

だけど今集会の参加者たちは、自分たちだけが六花の支持者だと思い込んでいる。代表である六花もまたそうなのだろう。

だから必死に人を呼び込もうとしている。集会に参加していない者たちはずん子に投票するのではないかと恐れている。

六花派はそれぞれのクラスと部活で集会への参加を呼びかけていた。それは情熱ではなく同調圧力であり、参加しない者たちはずん子派と見なして暴言を浴びせるようになっていた。

ずん子が語ったような「心を持たない蟻」だと。


これは悪手だ。

六花たちはただ生徒たちのずん子への反感をそのままに投票日を迎えれば良かったのだ。そうすれば確実に勝っていた。

しかし六花もかのんも支持者たちも熱くなり過ぎている。ずん子への反感を他の生徒に向ければ、他の生徒からずん子への反感ごと自分たちへの反感を受け取ることになる。

かつての学生運動で起こった政治組織が、一般の学生からの支持を失っていったように。


「私から提案があります。このままでは過半数を超えられないまま土日を迎え、来週の投票日を迎えてしまいます。そこで今週末は休日返上で集会を行いましょう。たとえ土日であっても部活動のために学校に来ている生徒は大勢います。彼らのところを回って改めて投票を呼び掛けるんです。」

かのんの提案にモカは眉をひそめる。この第三体育館だって運動部に使われるはずのものだ。連日集会によって占拠されていることで不満も出たが、集団の力で黙らせてきた。

しかしそれは人数の少ない弱小部だったからだ。ここから出て他の体育館やグラウンドを占拠すればさすがに不満を抑えきれない。何より200人以上の規模で動き回るのは常識的に考えて危ない。


「この生徒会選挙は学校の一大事です。全ての生徒に危機感と当事者意識を持ってもらう必要があります。そのために私たちはまだ終わるわけにはいかないと思っていました。ぜひやりましょう!」

六花も賛成してしまった。その呼びかけに集会の参加者たちも呼応する。

この場には誰もストッパー役が存在しない。




モカは気づく。

ゆかりとギャラ子を使って集会の参加者をずん子派にひっくり返すのかと思っていた。しかし二人は抜けた。このタイミングで抜けさせることが策だったのだ。

これまで扇動者であったあの二人は同時に制御装置でもあった。火加減を調整して大火事になることを防いでいたのだ。あくまで「おふざけ」というスタンスを保つことで。

もう怒りに身を任せた生徒たちは止められない。それを統率しなければならない六花もまた怒りに囚われてしまっている。この集団はもう制御不能だ。


こうなることを狙っていたのか。小春六花の自滅を。

いったいいつから…?

これが東北ずん子が思い描いていた盤面だとするなら、決定打となったあの一手だけが彼女の打った手ではないはずだ。

モカは自分の頭に浮かんだ想像に身震いする。


ゆかりとギャラ子は六花派に傾いた頃から集会にあまり来なくなっていた。それは彼女たちが実際はずん子派だったからか?膨れ上がっていく集団が制御できなくなるのを予知していたからではないか?

危機察知に長けた彼女たちが決壊を喰い止めようとはせずに立ち去るとわかっていた。残った者たちでは統制が取れないことも。

暴走のリスクを認識していた二人が合流に踏み切ったのはずん子が反応を示さなかったからだ。ずん子は敢えて何もしないことで彼女たちを動かした。


かのんもそうだ。彼女もまたずん子が何もしないから話題欲しさに六花を集会に連れて来てしまった。

かのんについてはずん子を本気で打ち負かしたいという敵対心もあった。それは元々あったものだろうか。ずん子への取材の中で植え付けられたものなのではないか。

六花の合流を後押しするように、集会の参加者を増やすように誘導した。反感で人を動かせることは今の六花と生徒たちを見れば明らかだ。


六花が生徒の人気を求めて自由と個性を掲げると読んでいた。だから自分に反感を持った生徒がそちらに流れるように真逆の規律と規範を掲げた。

ゆかりとギャラ子が連れて来た生徒たちが自由と個性に惹かれることも。大勢の人に求められることで六花が集会に入れ込んでいくことも読んでいたのだ。

結果だけ見れば六花の自滅だが、そこに至るまでの道筋は全てずん子が整えたものだ。


全て…始まりから全て…?

ゆかりの動き出しは早過ぎやしないか。新聞が出た翌日にはもう集会を開いていた。

ゆかりはもっと前から知っていたんじゃないか。ずん子と形だけの対抗馬の六花の一騎打ちになることを。だってゆかりはずん子と友達だから。

ずん子からそのことを聞いたゆかりは、生徒会のゴシップ記事とは関係なしに彼女を負けさせようと画策していたのだ。


かのんが記事を書けたのは生徒会と弓道部の内情をよく知っていたからだ。

副会長と千冬がずん子を推す中、頑なに花梨が六花を推していたことを。ずん子が優勝候補の花梨を2年連続で下し、確執があってもおかしくない関係であることを。

それを話したのは誰か。生徒会でもあり弓道部でもありクラスメートでもあるずん子自身ではないか。

きっとあくまでさりげなく、世間話の一つとして。


蟻の群れ…

モカはその言葉の真意を理解した。

誰もが自分の思考と意思で動いているつもりで、実際は東北ずん子の指先に導かれていたのだ。そしてそのことを認識すらできなかった。

私たちに心は無い。




「モカさん。」

呼びかけられた声に振り向くと、千冬が立っていた。

「あなたを連れ出すように言われました。」

誰になんて聞くまでもない。ずん子だ。


連れ立って歩き出す。この場所に千冬が居るのはまずいのではと足早になる。

「千冬ちゃんは大丈夫?嫌がらせを受けたりとか…」

「大丈夫です。もし私がずん子さんと一緒に挨拶回りでもしていたらそうなっていたのかもしれませんが。私は何もしていませんし何もさせて貰えていませんので、誰も私がずん子さんの仲間だとは思っていません。」

当然それもずん子の策の内だろう。やはり最初からこの勝ち方をするつもりだったのだ。


「ゆかりさん達は逃げましたか?」

「もうとっくにね。」

「まあそうですよね。」

千冬は淡々としている。

「ここの人たちはこれからどうなるんだろう。」

「私にはわかりませんが、まず良い結果にはならないでしょうね。」

過激化が進めば離脱者は増え、残留者は更に過激化していく。そうしてこの集団の外にいる者たちは、この集団の中にいる者たちへの忌避感を強めていく。

これ以上この集会に人が増えることは無い。たとえ240人が一致団結しようと、それ以外の480人がそっぽを向けば選挙には勝てないのだ。

ヤバい連中を調子づかせないために、消去法的にずん子が選ばれる。この選挙の結末は決まった。


「ずん子さんはどうするつもりなの?たとえ生徒会長になれてもこの人数を残しておくのは危ないでしょ。」

「これまで何も教えてくれなかったのに私に教えてくれてると思いますか?」

初めて千冬が不機嫌を見せた。純粋にずん子の力になろうと思っていた千冬にとってはこの勝ち方が快いはずもない。モカは自分の気遣いの無さを恥じた。

「ただまあ、この人数を残しておくのが危ないなら残さないんじゃないですか。どうするのかはわかりませんけど。」

千冬の言い分はもっともだ。ここまで読み切っていたずん子なら、この先も考えていないわけがない。

蟻の群れの最後を見届けたい気持ちもあったが、その時まで内部に留まっているわけにはいかないだろう。




「とまあ、そういう感じだったよ。」 

「なんてこった…」

モカは茜に集会が過激化しこのままだと自滅することと、それがずん子の策略なのではないかという推測を語っていた。

「で、私は実は千冬ちゃんから依頼を受けて集会について探ってたの。」

「完全に私の取り越し苦労でしたが…」

千冬は苦い顔で呻いた。


集会から抜け、文芸部の部室で千冬とお茶をしていると茜が訪ねてきた。

ついにずん子を捕まえたところ、ここに来るようにと言われたのだ。千冬がモカを連れて離脱した頃だと読んでいたのだろう。

「いったい何なんやあいつは。」

「策士という一言では言い表せられないね。やっぱり超人なんじゃないかな。」

千冬には悪いがモカは正直なところ感心していた。これほどまでに人をコントロールできる者がいるとは想像もしていなかった。


「…私はあの人について行っていいのかと考えが変わりました。」

千冬が小さく呟く。

「文字通り人を人とも思わない勝ち方です。掌で転がされている六花さんを選ぶことはできませんが、掌で転がしているずん子さんも本当は選びたくない。」

千冬の立場であれば当然だろう。ずん子は尊敬しており、六花も憎からぬ生徒会の仲間だった。選挙後に残る禍根と言う意味では最悪だ。


「本当のところはずん子さんに聞くしかないけどさ、私たちに残るモヤモヤも含めてずん子さんが欲しかった成果なんじゃないかな。」

「…どういうことや?」

「ひどい結末だけど、こんなに生徒たちが生徒会選挙に関心を向けたことなんて無かったでしょ。それで終わってもまだ考えてる。でもずん子さんはなぁって。」

「ではどうするか。」

千冬が割って入る。新聞にあった六花の主張に書かれていたものだ。「ではどうするか」を問いかけられる人でありたいと。

「これをきっかけに千冬ちゃんがずん子さんとも六花さんとも違うリーダー像を築いてくれるなら、次に繋がってることになる。私たちだって次は踊らされないかもしれない。ずん子さんのあの主張も単なる挑発じゃなくて、お前らもっと考えろよってメッセージだったのかもね。」

「現実世界を教材にするのはやり過ぎやろ。」

「かもね。でもあくまで学校で起こることだから致命傷にはならない。縮図の中での失敗だから。」

もっとも社会的な傷にはならなくとも心に負った傷は致命傷になるかもしれない。そういう意味ではずん子はやはり人の心がわかっていない。

「いや、人に心なんて無いんだったか。」

モカはそう独り言ちた。




その翌日、土曜日の学校でそれは起こった。

第三体育館に集まった240人の生徒を前に、六花は集会の中止を宣言したのだ。

六花の心変わりの理由は前日に友人の茜から説得を受けたためだった。茜には大人数での行軍によって事故や事件が起こる危険性を見過ごせなかった。

しかしブレーキを引いていい時ではなかった。やめさせたいのならアクセルを緩めながら速度を落とさなければいけなかったのだ。

行き場を失ったエネルギーは内ゲバという形で発散された。六花への信頼で動く者とずん子への敵意で動く者の口論は、些細なきっかけで暴力になった。

軽傷者多数の果てに重傷者一名を出して生徒たちは止まった。救急車のサイレンが聞こえる頃には大半の生徒たちが逃げ出していた。

教師と救急隊が駆けつける中、六花はうなだれていた。

モカたちが想定していたより、はるかに酷い結末だった。



2026年5月5日火曜日

幻の生徒会選挙編6

唯世かのんは人のいない教室で東北ずん子と向き合っていた。

彼女への取材はこれで3回目になる。六花との対決が決まった時、公約を聞きに行った時、そして今回だ。

例年通りであれば各候補者の選挙活動の様子を取り上げることになる。と言ってもどこも変わり映えがしないので、各候補者の主張をまた繰り返すことが多い。

ただ、今回に関しては事情が違う。小春六花陣営は今や100人規模の集会を行うほどの一大勢力だ。新聞部にとってこんな美味しいネタは無い。

問題なのは…


「本当に何かありませんか…?」

「うーん、どうだろう。」

ずん子はのらりくらりと追及をかわし、取材はいつまでも埒が明かなかった。

それもそのはず、ずん子は本当に何もしていないのだ。選挙演説どころか挨拶運動すらしていない。そんなことは監視していたかのんが一番わかっている。

このままだと東北ずん子について書けることが無い。まさかこれを狙っていたのだろうか。

六花のことは書いてずん子のことは書かなければ明らかに公平性に欠く。多少の無茶は通してきたが、さすがにそこまで露骨な贔屓をすれば信頼を失うだろう。

引退した先輩や顧問の先生に文句を言われるくらいならどうって事ないが、この土壇場で有権者である生徒たちに不信を抱かれるのは避けたい。


「いったいなんで何もしなかったんですか?」

「家庭の事情で時間が取れなくてね。来週からやるよ。」

「来週はもう投票日の1週間前ですが…」

かのんにはまるで理解ができなかった。もはや本当に家庭の事情でできなかったのではないかと思うほどに。

ため息をついて苦肉の策を告げる。

「仕方ないので再び選挙の公約について取り上げます。前回の内容と被ってしまいますが、そこは上手いこと工夫します。」

「六花ちゃんの選挙活動は書かないの?」

「書きます。不公平なんて言わないでくださいね。実際の取り組みに差があるんですから。」


「だったらそっちをメインに据えた方がいいんじゃない?」

「へ?」

ずん子からの思いがけない提案に戸惑う。

「六花ちゃんの後援会ではあるけど、あくまで選挙への関心が高まった生徒たちの集まりでしょう。そこに改めて私たち二人の主張を持ち込むって形にしましょうよ。六花ちゃんだって集会を開いてみて考えが深まってるかもしれないし。」

「それは良いと思いますが…良いんですか…?」

元は反ずん子派、今は六花派の集会だ。ずん子が支持される可能性は全くと言っていいほど無い。覆せるとでも思ってるんだろうか。

「私はさ、こう見えて喜んでるんだよ。だって所詮は高校の生徒会長を決める選挙じゃん。みんな真剣になんてなんないよ。新聞を出したって演説をしたって誰も大した関心を向けちゃいない。」

「…それはそうですが。」

「だけど今回は違う。集会にまで足を運ぶ生徒が100人いるなら、選挙に考えを巡らせてる生徒は300人いる。集会が行われてるって話を耳にして、なんだなんだって思ってる生徒を入れたら600人は関心を向けてる。後の120人を巻き込めれば全校生徒が私たちの主張を受け取ることになる。」

「この時を待ってたんですか…!?」

かのん達新聞部の目的もゆかり達反ずん子派の目的も、生徒を煽って戦いの火を大きくすること。ずん子の目的も同じだったから静観していたのだ。

このタイミングで放たれたずん子の言葉は学校新聞に載り、集会で取り上げられ、集会に関心を向けている他の生徒にも伝播する。誰もずん子の味方をしようなど思っていなかったが、結果としてずん子のお膳立てをすることになったのだ。


かのんはずん子の企みの回りくどさに動揺したが、すぐに平静を取り戻した。

ずん子はこの一手で盤面をひっくり返すつもりなのだ。学校新聞に載せられる自身の主張、規律や規範なんて仮初のものではない本当の公約で。

そんなことができるはずがないと思う。だがもしそんなことができるならどんなものなのか知りたいとも思うのがジャーナリストの性だ。

「お願いします。」

そう言ったかのんを前に、ずん子が語り出した。

「それじゃあ行くね。人は…」




「以上だよ。」

ずん子が語り終わっても、かのんはすぐには口を開くことができなかった。

唇がわなわなと震え、握りしめた手からは血が滲むようだった。頭に上った血が再び全身を巡り体を熱くしていた。

これほどの侮辱を受けたのは生まれて初めてで、あまりの怒りに頭の中が真っ白になっていた。

「…今の言葉、一言一句違えずに書きますからね。」

「うん、お願い。」

かろうじて絞り出した捨て台詞にもずん子は変わらぬ調子で答えた。

荒々しく足を踏み鳴らすこともできず、よたよたとその場を後にする。教室を出て、廊下を歩き、新聞部の部室が見えてきたところでようやく思考が戻ってきた。

東北ずん子は終わりだ…!

こんなものを書いて誰も支持するわけがない。確実に負ける。それどころかその後の学校生活すら危うい。

これが起死回生の一手のつもりだったのなら人の心がまるで無いのだろう。結局私たちは虚像を見ていただけで、あの女のことを何も知らなかったのだ。

考えていた結末とは全く違ったが、これで詰みだ。かのんは勝利を確信し、ペンを取った。




『二人の候補者 生徒会選挙にかける思い』

第三体育館には連日100人以上が集まっていた。生徒会選挙における集会としては異例のものだった。

小春さんの呼びかけに応え、今回の生徒会選挙でどちらの候補者を選ぶのかだけでなく、これからの学校をどうしていきたいかについて議論が交わされていたのだ。

生徒会長なんて誰がなっても同じ。どうせ何も変わらない。自分たちには関係ない。

悲しいことだがこれまで生徒会選挙を前にした生徒たちの多くはそのように考えていただろう。

しかし今、潮目が変わろうとしている。

生徒一人一人が学校のことを真剣に考え、本当に自分が会長になってほしい候補者を選ぶ。

今回がそういう選挙になる最初の一回目なのではないかと、取材を続けていた新聞部一同は感じている。

文字通り全校生徒が続く二人の候補者の主張を受け止め、真に選ぶべき投票先を決めてくれることを願う。


「第一候補 小春六花」

正直なところ、私はこの生徒会選挙に乗り気ではなかった。前会長の花梨さんの強い推薦が無ければ立候補しなかっただろう。

私もまたどこかで生徒会長なんて誰がなっても同じだと思っていたのだ。

しかし選挙活動を続ける中で自分を支持してくれる人たちに出会い、候補者としての自覚が芽生え始めてきた。

現在多くの国では民主主義が取られている。選挙で代表を選び、代表が国政を執り行う。生徒会選挙もその縮図だろう。

生徒会長は生徒の代表者であり、代弁者だ。生徒の意見を写す鏡でなければならない。しかしそのためには、まず生徒が自分の意見を持つ必要がある。

学校生活を送る中で壁にぶつかることがある。自分がいけないのだと悩むことがある。こんな壁があるのがいけないのだと憤ることがある。

しかし多くの生徒はそこで終わってしまう。壁を乗り越えられるか、避けられるか、壊せるかまでは考えが至らない。

私はそんな時に「ではどうするか」を問いかけられる人でありたい。

私が掲げた自由と個性という公約に対して、安易な逃げ道を提示するだけなのではという懸念を持つ人も多いだろう。

壁にも単なる障害に過ぎないものもあれば、私たちを守るためのものもある。実際は壁なんて無く、本人に問題があるだけのこともあるだろう。

しかしそれらは生徒たちがどのような壁を感じていてどうしたいかを聞かなければ判断できないことのはずだ。だからこそ私は生徒の集まりに身を投じてきた。

私は決して人気取りのために生徒の要望を鵜呑みにすることは無いと約束する。一人一人ときちんと話し合った上で進むべき道を模索する。自由と個性を守るのは何よりもまず当人の自立心なのだから。

生徒の上に立つのではなく、生徒と共にあれるような生徒会長に私はなりたい。


「第二候補 東北ずん子」

人は蟻のようなものだ。

小さい頃、蟻をよく見ていた。目の前に勢いよく指を下ろすと逃げていく。ゆっくりと指を下ろすと登ってくる。

蟻の視点では何か大きなものがあるとしかわからないのだ。その判断基準は脅威か脅威でないかしかない。それによって行動が決まる。

蟻に心は無い。ただ神経の反射で動いているだけだ。餌を探すために動き回るという単調な生の中で、選択とは言えないほどの小さな分岐がある。私が下ろす指もその一つだ。

分岐を繰り返すとたまたま上手く餌を見つけられることがある。餌を見つけられた個体は同じ道を何度も通り、他の個体もその後ろに続く。そこには何の思考も意思も無い。

人も同じだ。人が心だと思っているものは単なる習性に過ぎない。蟻よりかは複雑な頭で、蟻よりかは発達した社会において餌となるものを探している。

私はこれまで小春六花と、集会の参加者と、新聞部の部員を見てきた。

彼女たちのしていることは全て餌を見つけた誰かの後追いであり、行動は全て真似事であり、言葉は全て受け売りだ。彼女たちは本当は何も考えていないし何も感じていない。

蟻の群れだ。

蟻の群れがどこか別の場所に辿り着くことは無い。自分たちがどこにいるのかも周りに何があるのかも見えていないから。ずっと同じ道筋を行ったり来たりするだけ。

蟻を導けるのは蟻よりずっと大きい生き物だ。こっちに餌は無いと指で行く道を塞ぎ、こっちに餌があると指に乗せて運ぶ。蟻はそのことを認識すらできない。

人においても同じことが言える。目線の高さと手の平の大きさ。人の上に立つ者は人であることを超えようとしなければならない。

それができるのは私だけだと思っている。




「な…!」

宮舞モカは貼られた学校新聞を前に絶句していた。いつもはガヤガヤと野次馬気分で言葉を交わしている生徒たちも今回は黙っている。

小春六花は思ったより良いこと言ってるななんて感想は一瞬で吹き飛んだ。東北ずん子が本当にこんなことを言ったのだろうか。

印象操作のための捏造なのではないかと疑うが、本人が否定すればすぐにバレるようなことをかのんはしないだろう。何よりこんな文才があるとも思えない。


間違いなくこの一手は激震を起こす。真正面から知性を持たない虫けらであると言い放たれた小春六花陣営はもちろん、他の生徒たちだって頭に来ているだろう。

自分以外全てというあまりにも広い対象に喧嘩を売っている。東北ずん子がとびきり優秀な人間であることを知っている者は尚のこと癪にさわっているだろう。

ずん子が何か策を打っているという認識を持っていたモカでさえカチンと来た。この新聞の内容が知れ渡れば校内のほぼ全ての生徒が六花派に回るはずだ。

これのいったいどこが作戦なのか。モカはずん子のことがまるでわからず、不信を超えて恐怖を覚えた。


ずん子はその日もいつもと変わらずに授業を受け、放課後は弓道部の練習に向かった。




集会の場所である第三体育館には150人近くが集まっていた。

いつもよりずっと人数が多く、その顔は皆一様に強張っている。当初の悪ふざけのような空気はもう無い。

声をかけ合って集まっただろうにほとんど誰も言葉を交わさない。待っているのだ。代表である小春六花の言葉を。

人の入りが収まったのを見て、六花は壇上に登った。彼女の顔も同じように強張っている。


「皆さん。」

六花が口を開くと視線が一斉に集まった。

「本日はお集まりいただきありがとうございます。皆さんがここに来た理由、今考えていることはわかっています。」

重い表情。いつもだったら冗談の一つでも飛ばしているところだが今日はそんな言葉は出てこない。


「彼女と初めて話したのは高校1年の3学期です。花梨先輩のその更に先輩が引退した時、生徒会に新たなメンバーを迎え入れることになりました。もう誰の推薦だったのかは覚えていません。それほどまでに彼女は抜きん出ていました。」

六花は訥々と思い出を語る。

「彼女への第一印象は思ったより気さくな人でした。気後れしていた私に笑いかけ、弓道部での花梨先輩のことや共通の友人のことで盛り上がりました。私が勝手に壁を感じていただけだったんだと、その時はそう思いました。」

言葉を切り、そっと目を伏せる。あの時は本当にそう思ってた。


「一緒に生徒会で過ごす中で、時々小さな違和感を持つことがありました。穏やかな表情と声音に、落ち着いた言葉と振る舞いに、時折見せる年相応な一面に。どこか作為的なものがあるのではないかと感じました。こちらをじっと見つめる目に冷たいものがあるような気がしました。」

ちょっとずつ六花の声が熱を帯びていく。

「私はそんな自分を恥じました。彼女への嫉妬心や反発心からありもしないものを見ているのだと。こんなに優れた人物なのだから何か裏があるに違いないと邪推しているのだと。」

顔を上げ集まった生徒たちの目を見る。

「しかし邪推でも何でもなかったことは皆さんご存じの通りです。」


「彼女は確かに強いのでしょう!誰の助けも必要としないのでしょう!彼女は確かに賢いのでしょう!誰の教えも必要としないのでしょう!だけれどもそれが何だと言うのか!」

六花が声を張り上げる。微かに震えながらも、力強い。

「己一人で完結している者が人を導こうなんて傲慢でしかない!私たちが彼女の思い通りになることなんて無い!私たちが彼女を受け入れることなんて無い!」

拳を振り上げる。

「我々には心があることを証明しましょう!」

六花の言葉に拍手と歓声が上がる。六花への賛同だけではない。ずん子への反抗と敵対が込められていた。

ゴシップ記事から始まった小さな火はついに大炎へと成長していた。




「ゆかり。」

「ギャラ子さん。」

喧騒の中、ギャラ子がゆかりに近づく。二人とも体育館の隅の方で集会を見守っていた。

「もう終わりだ。」

「ええ、終わりです。」

ギャラ子の言葉にゆかりは頷く。ここに来てこれはもう取り返しがつかない。そんなことは二人とも言うまでもなくわかっていた。

その日、かつて反ずん子派の中核を担っていた数名がひっそりと集会から消えた。彼女たちはそれから決して生徒会選挙について関わることも、口にすることもなかった。



2026年5月4日月曜日

幻の生徒会選挙編5

私が生徒会会長に立候補したのは、この学校をより規律と規範を重んじた学校にするためです。近年、自由や個性が強調される一方で基本的な生活態度や礼節が軽視されつつあると感じています。そこで、挨拶や時間厳守、服装の乱れの是正といった基本事項を改めて徹底し、安心して学べる秩序ある環境を整えます。また、校則の運用を曖昧にせず公平かつ一貫した指導を行う体制を強化します。さらに、清掃活動や学校行事への真摯な参加を重視し、責任感と協調性を育てます。自由は規律の上に成り立つものです。今こそ原点に立ち返り、互いに節度を守ることで落ち着いた学びの場を築いていきます。


「ゆかり、これなんだが…」

「まるで意味がわかりませんね。」

ギャラ子とゆかりは顔を見合わせる。学校新聞の内容は写真に撮られて幹部陣に共有されている。それを二人は朝から何度も見返していた。

「何かおかしなことを書いてますか。私には至極真っ当なものに見えますが。」

モカは疑問を呈する。千冬からの密偵であることは隠したまま、しれっと幹部の話し合いにも参加できるくらいの立ち位置についていた。


「真っ当だからおかしいんですよ。」

「アタシ縦読みかと思ったもん。」

「新聞を作ったのは新聞部ですしそれは無いでしょう。私も暗号かと思いましたけど。」

答える気の無いゆかりとギャラ子に代わってあかりが二人の疑念を説明する。

「規律と規範なんて掲げて生徒の支持を得られるはずがありません。六花さんが掲げている自由と個性の真逆で、明らかにウケが悪いものです。ずん子さんほどの人がこんな悪手を打ってくるのが信じられないんですよ。」

「それはわかるけど、打算的に考えすぎじゃないかな。」

「というと?」

「詰まるところこれが、東北ずん子の理念なのでしょう。」


ギャラ子とゆかりはポカンとした顔を浮かべた後、同時に吹き出した。

「ギャハハ、聞いたかよオイ。」

「フフフなるほど確かにそうなのかもしれませんね。」

モカはそんな二人を憮然として見つめる。ゆかり単体ではそこまでではなかったが、この二人のセットはかなりウザい。常に他人を馬鹿にしているのが透けていた。

「そりゃあなた達からしたらゲーム感覚なんでしょうが、ずん子さんが生徒会長として誠実に臨んでいる可能性だって十分あるでしょう。」

「いや、笑ってすまなかった。だがその可能性は幾つかの観点から否定できる。」


ギャラ子が珍しく口数多く反論を並べる。

「まず、この文章自体のこと。自由や個性より規律や規範をという主張はいい。だがその後は何をするかを列挙するだけで論理展開に厚みが無い。小春六花だって他校で成功しているから自校でも取り入れるべきという論理を使ってる。自由や個性を尊重したことでどんな問題が起こってるか、規律や規範を尊重したらどんな成果が得られるかに具体性が無いと説得力が無い。」

不良と思っていたギャラ子から「論理」の言葉を出されてモカは思わず黙る。「また」「さらに」で繋いでいたことに違和感を覚えてはいたが、そう説明されると確かに薄っぺらい文章に思える。

「次に、東北ずん子の行動のこと。仮にあの女が一切打算なく自分の理念を伝えるつもりだったとしたら、今日まで選挙活動を行っていないことに説明がつかない。だってそうだろ?誠実に臨んでいるんだったら真っ当に自分の口でそれを伝えて回ってるはずだ。」

これまたその通りでモカはもう何も言えない。思っていたよりもずっとギャラ子は考えを巡らせていたようだった。

「そして最後に、東北ずん子は規則なんてクソ喰らえって人間なことだ。」


もう完全に言い負かされたつもりだったモカは、そこでまた口を開いた。ギャラ子の言葉に驚いた結果の無意識だった。

「え?ずん子さんが?」

ギャラ子も驚いたように眉を上げる。

「知らないのか?」

「ずん子さんは基本的に猫をかぶってますからね。本心を知る者なんてほとんどいませんよ。」

「クラスメートだから多少は知ってると思ってたわ。」

「…正直わたしも規則遵守の人だと思ってました。」

ギャラ子とゆかりのやり取りにあかりも割って入る。ゆかりと同じ演劇部でモカよりはずん子と親しいはずだが、あかりでもまだ知らないことだったようだ。

「ルールを破ってるところなんて見たことありませんが。」

「よく考えたらずん子さんの考えなんて私くらいしか知りませんよね。」

「アタシもいるだろ。」

「ギャラ子先輩が知ってるのはずん子さんの本性みたいなものでして、理念とか理想とかの思想的なものじゃあ無いでしょう。」

「なんでそんなことをゆかりさんが知ってるの?」

モカの問いにゆかりは大仰な溜めをつくったが、別にもったいぶるほどのことではないと気が変わったのか淡々と告げた。

「まぁ普通に聞いたからです。」


「普通に聞いた…」

「はい。あなたの目指すところはどこにあるのかと。」

「ええ…いや…そうか…」

秘密主義のずん子がゆかりにだけ本心を明かしたのかと思ったが、言われてみれば単純な話だ。

いったいどこの誰がどんな場面で一介の女子高生に自分の理念について尋ねるだろうか。ずん子は普通に聞かれたら答えたが、普通に聞いたのは結月ゆかりだけだったのだ。

「一時期一緒に暮らしてたこともありましたのでその時に。」

「え、同棲してたんですか!?」

「…同棲ってか同居。」

喰いついたあかりをいなしながら、ゆかりが続ける。

「モカさんはなぜ法ができたのかご存じですか?」

「ほ、法…?」

話の飛び方がエキセントリックすぎてモカは戸惑う。たぶん規則のことなのだろうが学校の校則程度のところからそこまで広げられるとは思わなかった。

「犯罪があるから…?」

「私は法があるから犯罪があるという考えなのですが、モカさんは逆なんですね。」

「御託はいいからさっさと本題に行け。」

ゆかりの問答に付き合う気は無いようでギャラ子が先を促す。


「では改めて、法ができたのは人が不完全だからです。不完全だから他者を害し、間違いを犯す。そして取り締まる側もそうです。不完全だから罪の定義も罰の程度も曖昧です。そうした状況を正すため、明確な基準を設けて世を治めようとつくり出されたのが法です。」

ゆかりが語り出すと場の空気が彼女のものに変わる。この弁論能力があるからこそゆかりはアジテーターとして集団を統べられていた。

「それ以前の世では徳による政治が目指されていました。人格的に優れた統治者の元、人民一人一人が他者を尊重し、秩序を守ることで世を治めようとしていたのです。しかし勿論そんなことはできませんでした。富める者は私欲に走り、貧しい者には余裕が無い。結局のところ人では無理だったから、人の代わりに法に世を治めてもらおうとしたのです。法とは人の可能性を諦めた妥協の産物です。」

「だから東北ずん子は法が嫌いなのか。」

「彼女がある意味で無法を望んでいるのはそうでしょう。所詮は妥協の産物である法もまたやはり不完全で、人の世には未だ不正がはびこっている。ただ彼女はそこまで理想主義者ではありません。徳による政治の敗因は全ての人に高い知性と善性を求めたことです。統治者を置くのであれば、優れているのは統治者だけでも良かったはずなのに。」

ゆかりが指を立てる。モカは話の着地点に何となく予想がついて嫌な感覚になる。

「完璧な人間になればいいのです。高い知性と善性を持ち決して間違わない。そんな者が統治者に、いや支配者になればそれ以外の者は不完全なままでいられる。」

「…そんなこと無理だよ。」

「無理でしょうか。」

「だって誰もそんなことできなかったから、法をつくったんでしょ。」

「誰もできなかったなんて言っていませんよ。長い歴史の中でちらほらとは居たでしょう。あくまで比率と影響力によって成し得なかっただけです。」

「じゃあそんな人たちを大勢つくろうってこと?」

「それも一つの手でしょうが、たとえ完璧な人間が東北ずん子だけだったとしても。」

ゆかりは今度こそ大仰な溜めをつくって話を締めくくった。

「彼女がこの世の全てを支配すればいい。」




あまりのスケールにゆかり以外の者たちは固まっていた。

東北ずん子がいくら優秀な人間だからと言って、荒唐無稽な世迷言に違いない。だが、ゆかりの演説に飲まれてしまったのか、誰も笑い飛ばすことができなかった。

「…まともじゃない。」

あかりが低い声で言った。

「ええ、ずん子さんはまともじゃないんですよ。だから少なくとも規律と規範を重んじてより良い学校をつくろうなんてのは絶対本心じゃないと言えます。」

あっけらかんとゆかりが答える。演説モードじゃなくなったことで空気が緩んでいった。

「あの女そこまでイカれてたのか。さすがにビビるぜ。」

「面と向かって聞かされた時はビビるというより痺れましたよ。こんな人間が存在するのかって。」

「そうか。羨ましいな。」

「ギャラ子先輩はずん子さんと何があったんですか?」

ギャラ子にモカが尋ねる。何をもってずん子のことを「規則なんてクソ喰らえって人間」だと断じたのか、ギャラ子はずん子のどんな本性を知っていたのか。

「今の話の後じゃあ大したことじゃないから言わない。こいつほど話すのが上手くもないしな。」


「ただ、なんていうか。」

ギャラ子は遠くを見つめながら語った。ゆかりのように圧倒される語り口調ではないが、ぽつぽつと本音を漏らすような心に迫る言葉だった。

「突っ張ってても粋がってても勝てないもんってあるじゃん。生活を支えてる親とか、社会的立場のある教師とか、パトカー乗ってやって来る警官とか。たまに限度を超えて逆らっちゃう奴も居るけどさ、そういう奴は消えてく。だからアタシらは不良と言いつつ、枠の中の存在なんだって思う。」

でもあいつは違う。ギャラ子は伸ばした手を握りながら呟く。

「あいつはだからしょうがないみたいなのができないんだ。気に入らないものは気に入らないし間違ってるものは間違ってるって言いたい。その結果立場が悪くなってもなんて逃げ腰じゃない。勝ちに行く。馬鹿みたいに強くて頭が良くて、デカい家の財力とか権力とか使ってくるあいつ自体が理不尽の塊みたいなもんだけど、理不尽を潰しに行ってる姿はなんつーか良かった。」

ギャラ子がスッと目を細める。モカはうすうす勘づいていたがその言葉で確信を持った。

反ずん子派の頭目であるが、ギャラ子はむしろずん子のことが好きなのだ。たぶんゆかりも。

好きの反対は無関心。異様な情熱を持って反ずん子の集会を開く彼女たちの根底にはずん子への憧憬がある。

だからずん子は危機感を持ってはいなかった。あるいは彼女たちこそが逆転のための手札…

モカは千冬にどこまで話すか迷っていた。ずん子が何かを企んでいるなら、千冬に余計な行動を起こさせることは却って邪魔になるかもしれない。


結局モカは千冬にその考えを話すことは無かった。

様子見の判断ではなく、かのんと六花が合流してきたことで一気に情勢が変わってそれどころではなくなったためだ。

モカはつかず離れずの距離感のまま集会の変遷を見届けることになる。




「知ってる?六花ちゃんのこと。」

「なんや?」

「なんかすごいことなってるんだって。」

「それじゃわからん。」

学校の課題をやりながら葵が茜に話しかける。姉妹共用の部屋で互いの勉強机に向かったまま視線は向けずに。

「ゆかりさんが変な集会開いてるじゃん、東北ずん子を負けさせようって。」

「…まだやってるんやな。」

部長であるゆかりがそちらにうつつを抜かしているため、演劇部の活動は休みになっていた。

茜にとってはあまり好ましいことでは無いのだが、ゆかりにとってはこうした時たまの奇行が創作のインスピレーション元になっているため強く言えずにいた。


「六花ちゃんが入って本格的に後援会になったらしくて、今じゃあもう100人くらい居るんだって。」

「そりゃあすごい。」

茜は反射的にそう答えたが、すぐに表情が曇る。

「大丈夫なんか、それ。」

「何が?」

「そんな大人数で集会開くようになったらなんかヤバいやろ。」

「選挙中の応援活動は自由だよ。とは言え生徒会選挙でこんなに盛り上がるのは我が校始まって以来だろうね。」

「ゆかりめそこまで煽ったか。」

「ゆかりさんじゃないよ、かのんさん。新聞部の部長さんだよ。」

中立を決め込むというスタンスで、ゆかりやあかりに話を聞いてはいなかった。だから茜は集会の内情を知らない。


「私とずん子さんと同じクラス。教室ではさすがに大っぴらに勧誘してはいないけど、たぶんこっそり声をかけて回ってるんじゃないかな。」

「対立煽りやと思ってたが、六花サイドについてたのか?」

「そうなんじゃないかな。」

茜は急に嫌な予感がしていた。ゆかりがまた変なことをやってるくらいの認識だったが、思ったより複雑な状況になっているようだった。

「中立でいるんじゃないの?」

そんな内心を見透かしたように葵は笑った。




「てのを聞いてな。」

「あー…」

次の日の朝、茜はゆかりに事の次第を聞いていた。

「大丈夫なんか?」

「まぁ大丈夫ですね今のところは。」

ゆかりはボケーっとした表情で答える。経験則だがこう答える時はあまり大丈夫ではない。

「どうなんや唯世かのんって。」

「結構デキる人ですよ。六花さんを連れて来たのもあの人ですし、それから人数を増やすために奔走してくれて。」

「人格的な方や。」

「人の人格をとやかく言える立場じゃありませんよ。」

ハッハッハとゆかりははぐらかす。これは別のことを考えているが敢えて黙っている時の態度だった。


「六花さんに聞いた方がいいかもしれません。」

ゆかりが指さす方を見ると六花が教室が入って来るところだった。

「おはよう!」

「よう。」

「茜が私たちの活動に興味があるようで。」

挨拶もそこそこにゆかりが話を切り出す。

「茜ちゃんも来る?」

「勘弁しろ。興味ってか心配や。」

「あーやっぱり生徒会選挙くらいで集会開くとかヤバいもんね。」

六花はまともな感覚をしているようで茜は安堵する。


「なんでそんなことになってるんや。」

「元々集会開いてたのはゆかりさんだからそっちに聞いてほしいけど。」

「なんでそんなことしたんや。」

「面白いかと思って。」

ゆかりは悪びれもしない。

「ずん子さんが放っておいてたし、私も放っておくつもりだったんだけど、とりあえず1回会ってみることにして。」

「唯世かのんって奴に言われてか。」

「うん、よく知ってるね。それで実際話してみたら、みんなヤバい人たちってわけじゃなくて一緒にやってくことになったんだ。と言っても大したことはしてないんだけどね。」

「お前を勝たせてずん子を負けさせるためか。」

「そういう人たちも多いけど、私はそれだけじゃ終わらせないようにしたいと思ってるよ。」

「ほう?」

「もし勝って生徒会長になったら、この学校を良くするために色々頑張っていきたからね。そのために今から仲間を増やしておいて損はないでしょ?」

「なるほど、単なる票集めじゃなくて生徒会長としてやってく上での地盤固めってわけか。」

「花梨先輩にとっての弓道部みたいなホームが私には無いからね。これからも校則の緩和とか撤廃とかで全校投票することもあるだろうし、ちゃんと支持者をつくっておきたいんだ。」

「良い心がけやな。さてはゆかりお前、せっかく育てた集まりが乗っ取られそうになってるから面白くないんか。」

「今はもう主役は六花さんですからねぇ。」

ゆかりが不服そうに天を仰ぐ。茜は呆れたようにゆかりの背を叩いた。




「とまぁゆかりと六花はそんな感じやった。」

「それで私にもか。」

「こういうのは3人くらいに聞くと正確な情報を得られるみたいやからな。」

文芸部の部室で茜とモカは向かい合っていた。本当の依頼人は千冬だが、表向きは茜とマキに頼まれたことになっている。茜に聞かれたら答えないわけにはいかない。

「六花もしっかりしてたし、大丈夫そうやとは思うけどどうや?」

「…わからない。」

不安が解消されつつあった茜とは対照的に、モカは重くるしく答えた。


「なんでや?やっぱり唯世かのんか?」

「かのんさんに引っかかるのはわかるよ。最初に爆弾を仕掛けてきたし、今も中立であるべき立場なのに六花さんの味方をしている。」

「ゆかりよりタチが悪い愉快犯か。」

「それは違うよ。かのんさんはたぶんずん子さんに反感を持ってる人。どちらかと言えばゆかりさんに煽られるようなタイプかな。」

「てことは純粋にずん子を倒しに行ってるわけか。」

「大番狂わせって言う新聞としての旨味と自分の個人的な感情の解消を同時にできるからね。人を集めて来てはいるけどこれ以上場をかき乱すことは無いと思う。」

モカは一息ついて頭の中を整理する。自分でも何に引っかかってるのかまだよくわかっていなかった。


「元々集会を開いてたのはゆかりさんと、先輩のギャラ子って人だよ。この2人が協力して仕切ってた。」

「また知らない名前だな。」

「ギャラ子さんのことは私もほとんど知らないけど、少なくとも悪い人ではないよ。ゆかりさんとは違うタイプだけど、ゆかりさんに近い行動を取ってる。」

「ゆかりに近い行動?」

「好きな人にちょっかいかけちゃうみたいな。」

「ああ、なるほど。」

ゆかりがずん子に突っかかるのは格上だと認めているからだ。そういう真意は茜も承知の上だった。

「だけどこの2人はあまり来なくなってきてる。」

「六花が集会の中心になったからか。」

「反ずん子を掲げながらも実態としては彼女たちの推しはずん子さんだった。六花さんは積極的に集会の参加者に声をかけて回ってて、六花派になる人たちも多い。それが面白くないってのはあると思う。」

「ウチとしてはゆかりが抜けてくれた方がいいがな。」

「近いうちにそうなるんじゃないかって気はしてる。」


「そして六花さんは確かにしっかりしてるね。なんとなく東北ずん子が気に入らないくらいの考えで集まっていた人たちに、意見を持たせてる。」

「自由と個性が公約だったな。」

「ずん子さんは規律と規範が公約だった。ギャラ子さんが連れて来た不良っぽい人たちは規律に反感を持ってる。先生や風紀委員には逆らってても、ずん子さんが出てきて黙らされたのが集会に来てる理由だったりする。」

「逆恨みやな。」

「そうだね。ゆかりさんが連れて来た人たちは何かと上手く行ってないことが多い。ずん子さんみたいな学業も部活動も両立させて何一つ恥じることのない立派な生徒であれみたいな規範を受けつけない。当のずん子さんが規範を重んじろなんて言ってきたら尚更。」

「完全にハマったな。それなら六花がちょっと話したらなびいたやろ。」

「易きに流れるようで私は好きじゃないけどね。」

モカからすると前の悪ふざけのような集会も好きではなかったが、今の馴れ合いのような集会も好きではない。

通り一辺倒のずん子の堅苦しい公約の方がずっと良かった。あれがずん子の本心ではないとしても、少なくとも自分は六花派ではないのだと思う。


「ほんでモカは何に悩んでるんや?」

「うーん上手く言えないけど、盤面がわかんなくなっちゃったんだよね。」

「盤面か。今は六花が優勢なんやないか。」

「新聞部でアンケート調査を進めてるみたいだけど、そう聞いたよ。なんせ未だにずん子さん何もしてないみたいだからね。」

「…嘘やろ。もう1週間前やで。」

「いったいどういうつもりなんだろうね。」

千冬は一周回って何も気にならなくなったようで、後は野となれ山となれの境地だった。地力だけで戦うのか終盤で一気に巻き返すのかわからないが、ずん子を頑張って信じているのだろう。

モカからは何かずん子の策がありそうだとは助言していた。ずん子派になり得る反ずん子派の筆頭二人、六花の公約の真逆になっている本心ではない公約、反ずん子派の集会を元に形になっていく六花の支持基盤。作為めいたものは感じていた。

選挙1週間前、二人の候補者の選挙活動の様子を伝える最後の学校新聞が張り出される。



2026年5月3日日曜日

幻の生徒会選挙編4

「次はどうしますか?」

「うーん…」

小春六花とフィーちゃんは中庭で考え込んでいた。

やれることはやっている。各部活への根回しと地道な選挙活動。感触は決して悪くない。

「…本当にこれでいいのかな。」

「過去の生徒会選挙の時のことを調べていますが、皆さんこんなものでしたよ。」

フィーちゃんに聞かずとも六花も去年の生徒会選挙の様子を知っている。たかが高校の生徒会選挙だ。大したことをするはずもない。

ただ単に六花が気負い過ぎているだけだ。勝利にかける意気込みと対戦相手であるずん子への競争心を持て余している。

それもわかっている。


「まあ六花さんの気持ちもわかります。」

アンドロイドらしからぬ人間じみた表情でフィーちゃんが口を開く。

「拍子抜けって感じですよね。あんな新聞書かれて、千冬さんも持ってかれて、いざ逆境からのスタートって始まったのに。」

「私たちはできることをやるしかないんだろうけどね。」

結局地道な活動が実を結ぶ。一発逆転の手立てなどそうそうあるはずもない。仮にあったとしても自分はそういうことができる人間ではないと六花は知っていた。

ずん子が一発逆転を狙っていたとしても万全な状態で迎え撃つぐらいしか対策は無いのだ。六花には事前にその手を潰せるような武器が無い。


「今よろしいですか?」

誰かが近づいてきてるのは気づいていたが、それが誰なのか確認して六花は眉をひそめた。

新聞部新部長の唯世かのんだ。

花梨とずん子の対立のゴシップを書かれてから1週間、何をしてるかはわからなかったがあれで終わるつもりではないだろうと思っていた。

「そんな顔をしないでください。そろそろ各候補者の公約を取り上げようとしているだけです。」

邪な考えを抱いているとわかっていても露骨に敵対するわけにはいかない。かのんはこの学校の新聞部の代表であり、生徒会選挙に一票を投じる一生徒なのだ。

威嚇しているフィーちゃんを制し、六花は話を促す。


「ちょっと遅かったんじゃない?」

「すみません、不慣れなもので少しバタバタしてしまって。」

「確かに慣れないことをしてるもんね。お疲れ様。」

「ありがとうございます。」

軽い皮肉を軽く受け流し、かのんは本題を切り出す。

「さて、改めて各候補者、六花さんとずん子さんの詳しい主張をお聞きしたいと思います。生徒がどちらに投票するかを決めるための大切な判断材料ですのでよく考えてお答えください。」

「今もうここで言えばいい?」

「できるのならそれで構いません。よろしいですか?」

さすがにもう考えてある。六花は暗記していた内容を読み上げる。


「私が生徒会会長に立候補したのは、この学校をより生徒の自由と個性を尊重した学校にするためです。近年は慣習的な校則の緩和や撤廃が進んでおり、これまでの枠にとらわれない教育の在り方が認められるようになっています。近隣の私立高校では生徒の自主性を尊重した校風がとられ、風紀が乱れる、学業が疎かになるという批判に反して多くの社会的活躍、高い進学実績を残しています。これは健全な成長を促すための校則の多くが、かえって生徒の成長を阻害する結果となっている証左だと考えます。私が生徒会長になった暁には、服装や髪形の自由化に加え、マイナースポーツ、サブカルチャーにおける実績の表彰や部活動の設立基準の緩和を目指します。変化する時代の流れと人々の生き方に適応し、この学校が更なる飛躍を遂げるためにも、どうか私に皆さんの一票をお願いします。」

「AIに出力させました?」

「失礼な、AIと一緒に考えたんだよ。」

一息で読み切った六花にかのんは呆れ顔を浮かべる。人工知能搭載のフィーちゃんと一緒にああでもないこうでもないと練り上げたものだ。フィーちゃんも得意気にしている。

ペンを走らせていたかのんだったが、写し終えたようでじっとメモ帳を見つめている。


「…悪くないですね。最近のトレンドへの乗っかり、他の高校での成功事例、服装や髪形の自由化というマジョリティに訴求するものとマイナースポーツ、サブカルチャー推しのマイノリティに訴求するもの。生徒ウケを狙ったのでしょうがよく練られています。」

「あくまで私自身が実現したいことだよ。」

「そういうことにしておきましょう。」

正直かのんの言う通り生徒ウケを狙ったものだった。ずん子に勝つためでもあるが、六花自身現状の学校に不満が無く、改善の意欲が乏しいためでもある。

「教職陣の服装検査、髪型検査による時間的負担や生徒とのいざこざによる精神的負担も減らせる。また、少子化と私立高校に志望者を吸われていることで定員割れを起こしかけている学校の今後にも影響する。みたいなのも考えてた。」

「いいでしょう。その辺りも念頭に置いておきます。」


「考えておいてくれたおかげですぐに終わってしまいましたね。もう少し雑談でもしましょうか。おっと私なんかと話したくないなんて言わないでくださいね。」

「…まぁいいよ。」

「なんであんな記事書いたんですか?」

雑談に移った途端、フィーちゃんが遠慮なしに疑問を投げかける。

「私はただジャーナリズムの精神に則って忌憚のない記事を書いただけです。」

悪びれもせずかのんはそう答えた。


「逆にお二人はなぜあの記事を根も葉もないゴシップだと?」

「とりあえず立候補の順番は間違いだよ。ずん子さんが先で私が後。」

「あらそうでしたか。事実誤認があったようです。申し訳ありません。」

「花梨先輩については…」

花梨についてはほとんど事実だ。ただ一つ事実でない六花を推していた真意については否定できるだけの根拠は無い。

「花梨前会長は負けた腹いせに後輩の邪魔をするような人じゃありませんよ。」

そうした葛藤とは無縁なのかフィーちゃんはきっぱりと否定の言葉を出した。

「おや、では彼女はなぜ六花さんを?」

「六花さんの方がいいと思ったからでしょう。」

意地悪く尋ねたかのんにフィーちゃんは不思議そうに答える。その答えにかのんだけでなく六花もぽかんとした表情を見せる。


「え…ずん子さんより六花さんが…?」

「何かおかしなことですか?フィーもずん子さんより六花さんが良いと思ったから今こっちについてます。」

「ちょ、ちょっと待ってフィーちゃん…!本気で言ってるの…?」

これまで地道な選挙活動を続け多くの支持を取りつけた。しかしそれらはずん子のことを知らなかったからだ。

六花のことも知らない。どっちもよく知らないしどっちになってもいいからわざわざ足を運んできた六花でいいかとなっているだけだ。

二人のことをよく知っていたら、ずん子への反感以外で六花を選ぶはずがない。六花自身もそういう認識でいた。

「それほど長い付き合いではありませんが、六花さんはアンドロイドの私を一人の生徒として迎えてくれています。部活動巡りや挨拶運動でも、たくさんの生徒たち一人一人のことをよく見ていました。六花さんは同じ背丈で相手と向き合ってくれる人です。私は六花さんに生徒会長になってほしいと思いました。」

六花は思わず目頭が熱くなる。正直なところフィーちゃんは成り行きで自分に付き合ってくれているだけだと思っていた。ちゃんと支持されているとは全く思っていなかった。


口元に指を当て何かを考えこんでいたかのんが口を開く。

「…勝てるかもしれない。」

六花とフィーちゃんを見つめながら言葉を続ける。

「白状すると私はこの生徒会選挙が激戦になるのを期待していました。形だけの対抗馬である六花さんを互角の対戦相手に引き上げ、戦いを荒らして東北ずん子の動揺を引き出したかった。しかし事ここに至っては、もはや勝てるかもしれません。」

「それは私が…」

「ずん子さんにです。」

フィーちゃんとかのんの言葉によって、六花の中にも勝てるのではないかという確信めいたものが浮かんできていた。雲をつかむようだったこれまでの活動に、実感が生まれ始めたのだ。

「とりあえず今はずん子さんの公約も聞きに行かなければなりません。すぐにお二人の主張をまとめて次の新聞を出します。続きはその後で話しましょう。」

「…もしかしてだけど、協力してくれるの?」

かのんは人差し指を唇の前に立てて答えた。

「新聞はあくまで公平です。ただし私個人については別です。」




新聞部の仕事は異常に早く、翌日には新しい学校新聞が張り出された。

六花とずん子の紙面の大きさは同じだったが、そこに生徒会のオブザーバーとしてフィーちゃんの意見も載せられていた。フィーちゃんは六花の支持者なので、実質的には六花にだけ応援メッセージがついたようなものになる。

しかし、アンドロイドのフィーちゃんがどちらかに肩入れしているとは誰も思わなかった。フィーちゃんは中立な立場で二人を見比べ、小春六花を選んだのだ。

夏色花梨の後継者ではなく、東北ずん子の対抗馬でもなく、小春六花という一個人にスポットが向けられる。そのきっかけとなった。


「六花さん。」

「かのんちゃん。」

放課後の中庭には再び六花、フィーちゃん、かのんが集まっていた。昨日の話の続きになる。

「結月ゆかりが反東北ずん子の集会を開いているのはご存じですか?」

「まぁ、噂には。」

「そちらと合流しましょう。」

かのんはメモ帳を開く。


「学校新聞の前に投票箱を置いておき、事前調査を行いました。先ほど集計したところ6対4で六花さんが優勢です。」

優勢という言葉にフィーちゃんが喜色を浮かべる。六花も口元がほころびそうになったが気を引き締める。

「どこまで信頼できるものなの?」

「100票程度入っていました。数自体は十分ですが、全校生徒が720人であることを考えると不安ですね。当然ですが学校新聞をわざわざ見に行く、関心の強い層の票になります。新聞の内容にも影響されているでしょう。」

「無関心な人たちの票は見えないか。」

「見えるようにする方法があります。火を広げることです。」

「…合流か。」

六花は渋い表情を見せる。頭によぎるのは見知ったあの顔。


「ゆかりさんとは旧知なのでは?」

「旧知だからこそだよ。下手に関わったらこっちが火傷することになる。」

「しかし彼女は危ういことをしているようで実際は一度も問題を起こしたことは無い。それに今回はもう一人まとめ役が居ます。ギャラ子先輩というのですがご存じですか?」

「その人は知らない。」

「ガラの悪い生徒たちを仕切っている者です。二人体制であの集団は非常に安定しています。」

「うむむ…」

「こう言ってはなんですが、乗っ取ってしまえばいいんです。反ずん子派はそのまま六花派になる下地があります。今あなたには風が吹いています。地盤を手に入れ、一気に勢力を拡大する絶好の機会です。」

「…フィーちゃんはどう思う?」

悩みに悩んだ六花はフィーちゃんに意見を求めた。自分を支持してくれてるのがわかってから信頼が増していた。


「合流する、乗っ取るみたいな話は置いといて、会ってみるといいと思います。六花さんに投票してくれそうな人たちなのは間違いないですし、そうでなくてもこの学校の生徒たちですので。」

「…そうだね。勝ち負けばっかり気にしてたけど、生徒会長になるための選挙だもん。ヤバそうな生徒達ならむしろ声をかけに行かないと!」

「それでこそ六花さんです!」

「話はまとまったようですので、あの人たちにも通しておきます。後はアンケートなども行って正確な支持率も調べてみましょう。」

立ち去ろうとしたかのんに六花が手を差し伸べる。

「一応今は味方同士だからさ。」

「…なるほど。」

かのんも手を差し出し握手を交わす。

「人に見られたら癒着だと思われますので。」

一瞬で手を離し、背を向ける。そのまま部室へと歩き続けた。

友情とか、親愛とか、そういうのを感じてしまった気がした。




新聞部の部室で、かのんは一人たたずむ。

昨日は新聞作成、今日は集計作業と酷使してしまったので部員はもう帰らせた。

集められた投票用紙を並べる。余裕を感じて合流を渋られても困るので六花達には嘘をついた。

9対1で六花が優勢。

当然と言えば当然。ずん子は未だに票集めに動いていないのだ。

おまけに昨日聞き出した公約はとてもじゃないが生徒の支持を集められるようなものでは…

このまま行けば間違いなく六花が勝ちずん子は負ける。

…このまま終わってくれるな。

全力で勝ちに行くが簡単に勝ちたくはない。

かのんの心境は複雑だった。



2026年4月17日金曜日

幻の生徒会選挙編3

唯世かのんは反ずん子派の集会を遠くから見守っていた。

あの中には新聞部の部員も入り込んでいる。後で詳しい様子を聞く予定だ。

生徒会選挙を戦いの場として煽るために、六花とずん子の身辺は洗っている。その中で結月ゆかりはかなり特異な存在だった。

彼女は一言で言えば変人だ。1年生の頃までは成績優秀な大人しい生徒だったが、2年生に上がる頃に突然人が変わった。自ら部活を立ち上げ交友を広げる活動的な生徒…という評価では収まらないような奇行も噂されている。

二人の共通の友人は何人かいるのだが、どちらに対しても挑発的なのはゆかりだけだ。いじられやすい六花はともかくずん子に対して表立って敵対的な言動を取れる人は彼女以外に見つからない。

どういう立ち位置につくのか予想できていなかったが、反ずん子派についてくれたのはありがたかった。ずん子の敵となるなら六花にとっては間接的に利となるだろう。


東北ずん子については謎に包まれている部分も未だ多い。

東北家が裕福な家というのは知られているが、彼女の両親については聞いたことが無い。離れて暮らしていると言っており、不仲説も囁かれていた。

姉妹がいるというのも何人いるのか定かでない。複数人で暮らしているのは確かなのだけれど、確認が取れたのは小学5年生の妹だけだ。

クラスメートで友人の葵は内情を知っているのだろうが、彼女は恐らくずん子のことをあまり良く思っていない。下手に刺激してトラブルを起こしたくはないと踏み込んで聞けずにいた。

しかしそんな彼女が一度ポロッとこぼしたことがある。東北ずん子と一番仲がいいのは結月ゆかりだと。

正直傍目から見ている分にはそうは思えないが、1年生の頃からずん子を見ている彼女が言うならそうなのかもしれない。喧嘩するほど仲がいいということだろう。

本気でずん子を嫌ってるわけではないのだろうが、彼女に一泡吹かせたいと思ってるのは同じはずだ。

ゆかりに接触すれば今後の手立てが思いつくかもしれない。かのんはメモ帳にそう書き残した。




場面は変わり文芸部の部室。宮舞モカは珍しい相手から相談を受けていた。

花隈千冬とはそこまで親しい間柄ではない。ゆかりやずん子を通して知り合い、たまに図書室で顔を合わせる程度だ。

「不躾なお願いで申し訳ないのですが…」

彼女はそう切り出した。


「生徒会選挙でずん子さんと六花先輩が対立しているのはご存じですね?」

「うん、話題になってるからね。」

ずん子のいる教室ではあまり大きな声で言えないが、ゴシップ記事の効果もあって選挙への関心は高まっていた。

ずん子がいつも通り勝つのか大番狂わせで負けるのか。彼女と1年を通して付き合ってきたクラスメートとしては興味なしとはいかない。

「私はずん子さん派だよ。六花さんのことそこまで知らないし。」

「あ、そうなんですね。それは良かったです。」

そう言いながらも千冬の顔は悩ましげだ。

モカは支持を取りつけることに意味があるような立場ではない。もっと別の頼み事があるのだろう。それは恐らく…

「密偵ですね。」

「…はい。」

千冬は申し訳なさそうに肯定した。


「結月先輩がずん子さんの反対集会を開いてるのはご存じですか?」

「知らないけど…そんなことしてたの?」

「ええ、残念ながら。」

「じゃあ、それを調べてきて欲しいってわけか。」

「そうなります。」

ゆかりはよく突拍子も無いことをする。ほとんど悪ふざけのようなものだがなまじ人を引き付ける力があるだけに無視できないこともある。今回もそうだろう。

「ずん子さんにとっては悩みの種か。」

「だと思うのですが…」

千冬の歯切れの悪い様子にモカは片眉を上げる。

「ずん子さんに言われて来たわけじゃないの?」

千冬の沈黙は肯定を意味していた。


「何もしていない?」

「…ええ。」

千冬いわくずん子はゆかりに対しても他の誰に対しても何の働きかけも行っていない。それはモカにとっても戸惑いを覚えることだった。

会長に立候補した以上選挙活動を行うのは当たり前だ。ましてあの東北ずん子であれば常人離れした働きぶりで既に地盤を固め切っていてもおかしくない。

何もしていないなんてことはあり得ない。

「…調べるのはゆかりさんの方でいいの?」

「今はまぁ…」

モカの問いかけに千冬は答えを濁す。

ずん子が本当に何もしていないよりもずっとあり得ること。千冬にすら隠れて動いている可能性。

千冬が生徒会の仲間に対して敵対的になり切れないことを見越して秘密裏に活動している。六花の誘いを蹴ってずん子についた千冬には悪いが十分考えられることだった。


「クラスメートだしね。ずん子さんにもそれとなく探りは入れておくよ。」

「お気をつけて。」

スパイという行為はモカにとってけして気が乗らないものではない。むしろモカはちょっとテンションが上がっていた。

ただ恐らく大したことを考えていないゆかりはともかく、ずん子を相手取るのは並大抵のことではない。能力的な部分でも性格的な部分でも一枚も二枚も上手だ。

実際のところ六花も千冬もゆかりもモカも取るに足らない存在と見なされているかもしれない。そう思うと下手に内心を暴こうという気持ちにもなれなかった。

ゆかりの演劇部を通して単なるクラスメートよりは距離が近づいた今であっても、ずん子はモカにとって遠い人間だった。




六花とずん子の戦いの火は二人とは離れたところにも広がっていった。

その中心地となる結月ゆかり率いる反ずん子派の集会。そこには役者が揃いつつあった。

宮舞モカは疑われることなく内部に入り込んでいた。あくまで中立というスタンスを崩したくない茜やマキに、自分がお目付け役になると売り込んだのだ。

ゆかりの仲間である彼女たちから頼まれたというストーリーで堂々と集会を見て回る。もちろん本当の依頼人である千冬のことは伏せて。

モカは完璧に密偵という役割を果たしていた。


モカの目から見て反ずん子派はやはり悪ふざけのようなものだった。

本当にずん子のことを悪く思っている者もいたが少数派だ。大半はなんかあいつ気に食わないよなという嫉妬の域を出ない。

あくまでずん子にちょっと嫌がらせがしたいだけ。首魁であるゆかりの手腕か「エンタメとしての悪意」という形で制御されていたのだ。

間違ってもずん子やその支持者に危害を加えようなどという過激派は出そうにないのは安心だが、それ故の崩しにくさも感じられた。

ずん子への反感は必ずしも誤解や偏見によるものではない。真摯に向き合ってもどこか気に入らないのは優れた者と劣った者の自然な形なのだ。

ゆかりの行いを好意的に見ればそうした鬱憤のガス抜きであるとも言える。選挙を前に割かし平和的に不満を解消していると思えば、ある意味ずん子の味方をしているのかもしれない。

もっとも本人にそんな意図があるようには見えないが…


役職など無いただの寄せ集めなのだが、集団の常として根幹を為す人間は決まってくる。

まずは扇動者であるゆかり。演説を行い集会の音頭を取っており、彼女なくしてこの集まりは成り立たない。

次にその腹心であるあかり。勧誘や告知、名簿の作成など縁の下を支えている彼女もこの集まりに欠かせない人材だろう。

そして隠れた実力者がギャラ子先輩だ。


金に茶、赤青黄と派手な染め方をした髪に着崩した服装。「ギャラ子」としか呼ばれず本名はわかっていないが3年生であるのは間違いない。

この学校ではほとんど見たことの無い、いわゆる不良と呼ばれる人種なのだろう。態度も言葉遣いも乱暴なところは無くむしろ落ち着いているのだが、それが却って圧を発していた。

あかりがこっそり教えてくれたところによるとガラの悪い生徒たちのまとめ役、番長なのだそうだ。大柄なわけでもない女子生徒なので、暴力で抑え込んでいるのではないのだろう。

危ない雰囲気をアクセントとしたカリスマ。どうしてこんな集団をすぐに作れたのかと疑問に思っていたが、彼女が手引きしていたのだ。

反ずん子派はゆかりとギャラ子のツートップ。あるいはギャラ子の方が真のトップだ。

この情報は内部に潜らねば手に入らない収穫だった。


そしてその情報は同時期に唯世かのんの手にも握られることとなる。

反ずん子派の全容を把握したかのんはゆかりとギャラ子に協力を打診していた。

この戦いを盛り上げる。それが共通目的であることに確信を持てたのだ。

かのんの申し出は認められ、ゆかり、あかり、ギャラ子、モカ、かのんが一同に会することとなった。

六花派、ずん子派の両陣営の当事者が不在にも関わらず、この会合がこの生徒会選挙の分水嶺になる。




「新聞部部長の唯世かのんです。」

「結月ゆかりです。」

「ギャラ子だ。」

3人は簡潔に自己紹介を済ます。あかり、モカは少し離れた場所でやり取りを見守る。

種類や規模に差はあれどいずれも集団の長となるような人物だ。なんとなく割り込めない空気が作り出されていた。

口火を切ったのは年長者であるギャラ子だった。

「アタシらは東北ずん子が嫌い。アンタも東北ずん子が嫌い。それでいいな?」

「はい。」

単刀直入な物言いにかのんは涼しい顔で答える。

「それでは東北ずん子を倒すための悪だくみということになりますね。」

楽しそうにゆかりが笑う。どこまでも愉快犯のスタンスだ。

「アタシは頭を使うのは苦手だからな。お前たちで考えてくれ。」

対してギャラ子はつまらなそうに目を閉じる。


モカはギャラ子を注視していた。彼女は影響力を発揮しながらも今一つ真意が読めていない。

かのんの新聞やゆかりの演説のように考えを知れる機会が無く、直接話を聞きに行く勇気も出せていなかった。

しかしモカとは異なり、かのんはそれでもギャラ子の人間性を調べ上げていたようだ。

「東北ずん子と喧嘩にならずやる気が出ませんか。」

「そうだな。」

チラリとかのんを見やるとギャラ子は呟いた。

「私も多少なりとも反応を見せるものと思っていました。」

「騒いでくれたのはこいつを見た時だけだ。」

ギャラ子が顎をゆかりに向ける。ずん子が初めてゆかりが集会を開いているのを見た時のことだろう。

ゆかりはなぜかちょっと照れたように笑っていた。


「アタシはさ、もっと熱い戦いがしたかったんだ。」

「当てが外れたのは私もです。ここから巻き返しますので付き合ってください。」

ゆかりの言葉にかのんも続く。

「ゴシップまがいの学校新聞、アンチによる反対集会。並の候補者ならば反応せずにはいられないような状況でも東北ずん子は眉一つ動かしません。しかしだから無意味だとやめてしまうのはもっとつまらないのではありませんか?」

かのんは指を立て声のトーンを上げる。

「逆に考えましょう。彼女はそれほどまでに強大な人間なのです。彼女を崩すにはもっともっと強い揺さぶりをかける必要があります。自分たちまでも危険に晒すような。それは燃えませんか?」

「頭がいい奴はそうやって乗せてくるから嫌いだ。」

ギャラ子はそう言ったが初めて笑った。

「そう言うからには何か手があるんだよな。」

「凡庸な手ですがやはり合流しか無いでしょう。」

ギャラ子の問いにかのんは静かに答える。

「一人相撲になってしまっている現状を思うとやっぱりそれしか無いですね。」

ゆかりも腕組みをして渋々といった様子で頷く。


現在は六花派、反ずん子派、ずん子派の三派に別れてしまっている。

独立勢力として動いてしまっているが反ずん子派が掲げているずん子の敗北はそのまま六花の勝利であり、六花派と合流できるならしない理由は無い。

「アタシは小春六花を知らん。つなげるか?」

「私がクラスメートですのでつなぐ分には。」

ゆかりが指でOKサインをつくるが表情は渋いままだ。

「何が懸念事項ですか?」

「…幾つかありますが大きいところだと必要性ですね。」

ゆかりが大きく手を広げて語り出す。

「目指すところが同じである以上一緒にやらない理由も無いのですが、一緒にやる理由も無いのです。各々勝手にやっていても同じ一票に行き着きますので。我々ははみ出し者ですから好き好んで近づこうとする者はいません。」

「小春六花に合流の必要性を押しつければいいのですね?」

「部分的には。」


合流に前のめりなかのんとは対照的にゆかりは慎重だった。

ゆかりはいつも逆張りをするというのは彼女の親友の茜の言葉だ。

慎重論を出しているようでとりあえず反対しているだけではとモカは思う。あるいは六花を取り込んで自分が集会の中心でなくなることを避けたいのではないか。

「アタシらは飽き性だからな。相手にされなかったらすぐにやめちまうと思ってほっといてるのかもしれん。合流すればどうなっても頭数は残る。プレッシャーを与えるって意味では賛成だ。」

「…二対一ですか。それでは認めざるを得ませんね。」

ギャラ子の言葉を受けるとゆかりはすぐに立場を翻した。フットワークが軽いとも言えるがこの軽々さがモカにとっては信用ならない。

ともかく反ずん子派は六花派と合流に向かうようだ。このことは千冬に伝えなければならない。


「小春六花は今どうしてるんだ?」

「早期に各部の部長に当たった後、地道に広報を進めてます。特にこだわりの無い生徒たちの多くは六花派に傾いていると思われます。弱点としては基盤となる支持母体が居ないことでしょうか。ただ、不安定な立場であることを売りにしている一面もあります。」

「…東北ずん子は?」

「ほとんど動きが見られません。弓道部はさすがに支持者が多いでしょうが、花梨前会長の話が効いているようで足並みが乱れています。」

「うーん…?」

かのんに説明を受けながらもギャラ子は首をかしげる。やはりずん子が何も動いていないことが気がかりなようだ。

「まぁあっちが動かない以上こっちが動くしかないか。終盤で巻き返してくる気なのかもしれんしな。」

「お手並み拝見といったところですね。六花さんの引き込みは私がやれば?」

「いえ、私がやります。それを手土産に私も仲間に入れてもらうつもりですので。」

ギャラ子とゆかりに力強くそう告げる。かのんには既に何か当てがあるのだろう。

かのんが席を立ち、会合は終わった。


所詮は部外者であれどモカもつい戦局について考えてしまっていた。

もう盤面は固まりつつあるのではないだろうか。仮にずん子が様子見をしているとしたらあまりに悠長が過ぎる。

勝つ手があるのか。勝つ気があるのか。千冬がやきもきしている気持ちもわかる。

立候補が締め切られ候補者が確定してから1週間。投票日までは3週間を切っていた。



2026年3月12日木曜日

幻の生徒会選挙編2

放課後の生徒会室。ずん子を除く生徒会メンバーが集まっていた。

六花はちゃんと戦おうというずん子の言葉を伝える。

「それでいいなら。」

花梨はあっさりと引き下がった。どこかでそう言われるのを期待していたのかもしれない。

「となるとこれから忙しくなりますねぇ。」

「千冬ちゃん、それでね。」

他人事のような態度の千冬に六花が話を切り出す。

選挙活動を進めるにあたり協力者がいる。一番手近なところは彼女だった。


「お断りします。」

千冬はそう言って頭を下げる。あっさりとフラれたことに六花はショックを隠せない。

「私は元々ずん子さん派でしたので。そちらにつかせていただきます。」

「でもね千冬ちゃん…!」

「他を当たってください。それでは。」

取りつく島もなく千冬は生徒会室を出て行った。ずん子の元に向かったのだろう。


「あっちゃあ…」

そのやり取りを見ていた花梨も残念そうに嘆息を漏らす。人差し指を立てて続ける。

「協力しようか?どっちにしろ私も巻き込まれちゃってるし。」

「いえ、大丈夫です。」

花梨の力は借りない。勝負の公平性という意味でも受験を控えている花梨の負担という意味でも。

「ただ、花梨先輩が自分を推しているという話はそのまま利用させてもらいます。」

新聞で広められた以上かき消すことも難しいし、そのアドバンテージすら捨ててしまえば勝ち目がない。


「そ、頑張ってね。」

手を振り花梨も生徒会室を後にする。副生徒会長も親指を立てて後に続いた。健闘を祈るという意味だろう。

「…誰もいなくなっちゃった。」

「私がいますよ!」

生徒会役員一同のやり取りを見守っていたフィーちゃんが声を上げる。

アンドロイドのフィーちゃんはマスコットのようなものだ。それを政治利用するのはいかがなものだろうか。

六花は躊躇したが他に目ぼしい当ても思いつかなかった。




「あの…東北さん…」

六花を見送った後、ずん子はいつまでも教室の机から動かない。痺れを切らしてかのんは声をかけた。

「どうかしたの?」

ずん子はいつもと変わらない微笑みで返す。

さすがのずん子も多少は動揺を見せると思っていた。しかしここまで何の揺らぎも見て取れない。

かのんは気恥ずかしさを覚えていた。取るに足らないことではしゃいでいる子供のような気恥しさだ。

だがそれでも彼女はジャーナリズムにこだわった。

「取材してもいいですか?」


ずん子の前、先ほどまで六花が座っていた場所に腰を下ろす。

「どうぞ。」

相対するずん子は少し楽しそうだ。

ずん子の感情を察することは非常に難しいが、最初の言葉は間違っていなかったという手ごたえが芽生える。

「先ほど六花さんと話していましたが、やはり生徒会選挙のことでしょうか。」

「ええ、お互いの意気込みを語り合いました。」

「ずん子さんからすると対抗馬の六花さんは煙たい相手なのではと思っていました。」

「とんでもありません。1年間共に生徒会で過ごし、今も学校のことを第一に考える仲間です。」

ずん子は淀みなく当たり障りのない言葉を返す。


「前会長の花梨さんは六花さんを応援されるでしょうか。」

「恐らくしないと思います。どちらかに強く肩入れするのも不公平ですし、六花さんもそこまで頼りはしないでしょう。」

「…花梨さんはあなたのことを疎んじていたと思いますか?」

「そうお考えになるのも無理はありませんが、私はそのようには感じませんでした。花梨前会長は尊敬できる立派な方です。」

恐る恐る投げた石もあっさりと受け止められる。他の生徒達ならいざ知らず、彼女に対しては通用しないだろうとは思ってた。

既に手札が無い。後は六花陣営も含め、ある程度動きが出てからだろう。

「ありがとうございます。各立候補者の詳しい主張を取り上げる際にまた。」

「ええ、こちらこそありがとうございました。」

ほとんど喧嘩を売ったようなかのんにも礼儀正しく隙を見せない。諦めて立ち去ろうとした時、教室の扉が開いた。


「ずん子さん。お手伝いに参りました。」

千冬の顔は当然かのんも知っていた。千冬の方はかのんの顔に見覚えがあるくらいだったようでお互い会釈で済ます。

見立て通り千冬はずん子についたようだ。ずん子が正式に生徒会に入ったのは4月からで、千冬とは先輩でもあり同期でもあるような関係だ。親しみとも憧れともつかない感情を持っているのは調査済みだった。

ここからどこまで大きくなるかはわからないが、目下気にするべきは六花の方だろう。あっちが弱すぎて勝負が成立しないのが一番かのんにとっては困る。

「あ、かのんちゃん。」

新聞部に向かおうとしたところをずん子に呼び止められ、かのんは振り返る。

「ジャーナリストごっこ楽しかったね。」

屈託のない笑みで放たれた言葉に固まる。

他意は無いのかもしれない。無いのかもしれないが…

曖昧に笑って教室の外へ。そのまま廊下を歩き出す。頬が熱くなるのは怒りか恥ずかしさか。

かのんは唇を嚙んだ。




六花は翌日には地盤固めに動き始めていた。

花梨への人気を利用する。あるいはずん子への反感を利用する。

どちらも効果的なようでリスクの大きい方法だ。六花が選んだのは曖昧かつ無難な選択肢だった。

難しい立場に追い込まれた不憫な人物という戦略。

花梨からは期待を向けられ、ずん子からは敵意を向けられ、板挟みになって困っているという強ち演技とも言えないスタンス。

これによって新聞の内容を肯定するでも否定するでもなく、親かりん派と反ずん子派が同情交じりで自分を支持するように仕向けられる。

後輩に見捨てられてフィーちゃんしか味方がいないという状況も幸いして手応えは良かった。


東北ずん子も有名人とは言えこの前まで生徒会長だった花梨の方が知名度は高く、その横に1年の頃から引っついていた六花の知名度もまた高い。

各部活の前まで部長だった3年生、新しく部長になった2年生とも大体顔見知りだ。大抵の生徒はよく考えずに投票先を決めるため、部活で組織票を取り込めればほぼ勝ち確だ。

六花はずん子を恐れ過ぎていた気がしていた。彼女を一方的に知る者は多いが、彼女と親しい者は非常に少ない。

その数少ない相手である茜とマキは六花とも親しく、中立でやらせてくれと言っていた。それは嘘で実はずん子と繋がっている可能性も無くは無いが、そういう腹芸ができるタイプでもないだろう。

敵に回すと厄介そうなのはゆかりだが、あの態度を見るに素直にずん子の見方をするようには思えない。ずん子に憧れて下につく者はいても横に並ぶ者はいないのだ。

隣のクラスのことは詳しく知らないが、茜の双子の妹である葵くらいしか親しい相手は居ないと聞く。葵も中立のスタンスでいたいというのは茜から確認済みだった。

他にはもう思い当たらない。


自分が東北ずん子の立場だったならば、勝ち方が思いつかない。それでも彼女だったら勝ってくるのだろうか。

六花は地盤固めが順調なことに安堵しながらも、手応えの無さからくる不安を感じていた。相手が何を考えてるかわからないという不安だ。

ずん子と千冬は今どうしてるのだろうか。

毎日のように一緒にいた彼女たちも、対立候補となった今では会いに行くのははばかられた。




「六花さんは各部活の代表に当たっているようです。」

ずん子につくことを決めた千冬だったが、その心には六花と同じような不安が広がっていた。

六花に対してではない。ずん子に対してだ。

ずん子は今のところ何の手も打っておらず、何の策も千冬に伝えていない。何を考えているかわからないという不安と、何も考えていないのではないかという焦りだ。

実際のところ千冬は六花よりも先に部長たちに根回しするつもりだった。しかしずん子は曖昧に返事を濁すだけで結局行かなかった。

後手に回っている。それがわからないずん子ではないだろうに。


「今はまだ大丈夫だから。」

ずん子はそう一言だけ言った。

彼女の迷いの無い言葉はいつも千冬を安堵させていたが、今回ばかりはそうもいかなかった。

本当は勝つ気が無いのではないか。六花を奮起させたかっただけで会長の座は譲るのではないか。

そんな疑念が胸に生じ始めていた。


ずん子の足が止まる。つられて立ち止まった千冬も人だかりができていることに気づいた。

一段高いところに人影が見える。選挙演説のようにお立ち台に立っているのだろう。

その人物が声を張り上げる。

「私には嫌いなものがあります。」

聞き覚えのある声だった。

「雨の日の登下校で靴下が濡れ、上履きにも湿気がこもっていくあの感じ。放課後までの1時間が永遠のように思える7限目の授業。途中の出校日まで答えを渡してくれない夏休みの宿題。そして…」

大きく息を吸い込む。

「東北ずん子です。」

見慣れた結月ゆかりの姿だった。


「何やってんだお前ぇ!」

ずん子が声を上げてゆかりに詰め寄る。千冬はむしろそのリアクションのキレに驚いた。千冬の知るずん子はいつも超然としていたのだ。

「結構長い付き合いなのにそんなことしちゃダメだろ!」

「皆さん見ましたか!これが思想統制です!」

ずん子に組みつかれながらもゆかりが声を張り上げる。反ずん子派の集会をまさかゆかりが行うとは思っておらず、千冬は呆れる。

集まっていた群衆からずん子に野次が飛ぶ。見物人などではなくちゃんと彼女のアンチのようだ。

「自分の意に沿わない相手は暴力で組み伏せる。これが彼女の本質です。もし彼女が生徒会長になればこのような蛮行が学校規模で行われることになるでしょう。我々はそんな事態を決して許してはなりません。来たる選挙の日、我々有権者は民意によって彼女を排除する必要があるのです。」

立て板に水で流れるように演説を行う。さすが演劇部と思うがそれを活かす場がここでいいのかと千冬は思う。


「あの…ずん子さん…」

千冬は恐る恐るずん子に声をかける。ずん子は渋い顔をしながらゆかりを放した。

上着と息を整え、ゆかりは続ける。

「選挙期間中の応援活動は自由だったと思いますが何か問題でも?」

「…六花ちゃんの応援なの?」

「ええ。」

「六花ちゃんの許可は取ったの?」

「必要ですか?」

ずん子の問いに悪びれもせずゆかりは答える。六花の差し金などではなく、ただただ勝手に集会を開いているようだ。


「我々の力で小春六花を勝たせましょう!そして東北ずん子を負けさせましょう!」

ゆかりの呼びかけに集まった群衆は歓声を上げる。この短期間でどうやってここまで扇動したのか。元々ずん子に反感を持っていた人を知っていたのかもしれない。

この場ですぐどうにかするのは無理と悟ったのかずん子は背を向ける。千冬も後に続こうとしたが、群衆の中に見知った顔を見かけて足を止める。

「明日もここで集まるのでお友達にも声をかけてくださいね!」

「あかりさん…」

クラスメートの紲星あかりだった。ゆかりの後輩とは言えこんなことにも付き合うとはと正直引いていた。

「千冬さんお疲れ様です。今回は敵同士ですからね!」

「本来敵じゃないと思うんだけどなぁ。」

あかりの屈託のない笑みに毒気を抜かれる。友達なのに敵に回すようなことをしてはいけないと思っていたが、この人たちは友達のまま敵に回れるのかもしれない。

この勢力がそのまま六花の味方になるかはわからないが、ずん子にとっては頭の痛い存在になるだろう。

千冬はこれからのことを考えて頭を抱えた。



2026年3月5日木曜日

幻の生徒会選挙編1

時系列が進んでしまうため来るべき時まで置いておかれるネタ。

忘れないように下書きを残しておく。



夏色花梨は優秀な生徒会長だった。

弓道部の部長と兼任でありながらどちらの職務も疎かにすることなく、学業においても優秀な成績を保ち続けた。

運動部、文化部問わず良好な関係を築き、生徒の代表及びまとめ役としての評判は歴代でも屈指のものだった。

彼女は1年間の任期を見事に務め上げた。


次の生徒会長を決めるため、生徒会選挙が始まる。


「ずん子さんでいいでしょ~!」

生徒会室のパイプ椅子にひっくり返りながら小春六花がそう口にする。

指名された東北ずん子は涼しい顔で目を閉じる。二人を見つめる夏色花梨と花隈千冬は苦い顔だ。

六花は結局花梨の任期が終わるまで会長になる意欲を持つことは無かった。


この学校の生徒会には幾つかの通例がある。

まず生徒会は会長、副会長、会計、書記、庶務の5人。現在は六花が会計、千冬が書記、ずん子が庶務だ。

3年生の会長、副会長が抜けると2年生の2人が会長、副会長と現在の役職を兼任する。

もっとも庶務は兼任するような役職ではない。3人では少なすぎるため1年生から新たに一人招き、庶務とするのだ。

最初から生徒会だった1年生のもう一人と比べて当然その人は経験が少ない。基本的に補佐へと回り、その関係性は翌年に繰り越される。

要するに1年の途中から生徒会に入った庶務のずん子は副会長になるのが妥当なのだ。


「…やる気ない人に言ってもしょうがないですよ。」

千冬は呆れたように笑う。実際のところ生徒会の活動を牽引していたのはずん子の方であり、補佐に回っていたのは六花の方だ。通例がどうあれ現在の状況を反映した方がいい。

「別に庶務の人がなっちゃいけないってわけじゃないんでしょう?」

「そうね、そういう年もあるわ。」

六花の問いかけに花梨も諦めた様子で答える。

東北ずん子は我が校始まって以来の才女だ。生徒会長になることに疑問を持たれることは無い。というより生徒会長にならない方が疑問を持たれることだろう。

六花も優秀な生徒ではあるのだが、ずん子と比べれば見劣りしてしまうのも否めない。


「ただ、選挙には出てもらうわ。」

「ええ!!」

「このままだと対抗馬がいないもの。不戦勝は恰好がつかないわ。」

生徒会長は誰でもなれる。生徒会役員である必要は無い。毎年何人かは立候補してくるものだ。

もっとも彼らはそれほど真剣ではなく、花梨の時も順当に生徒会役員が勝利した。

ただ今年はやはり他の生徒も東北ずん子に尻込みしてしまったようで、未だ立候補者は一人も来ていない。

そういう時は生徒会からもう一人候補を選出して形だけでも選挙を行う。こっちの通例は曲げられない。


「形だけの選挙よ。副会長としての最初の仕事だと思ってやりなさい。」

「うへぇ。」

六花が嫌そうに顔をしかめる。

花梨は六花のそんな態度を本気で信じてはいなかった。そもそも彼女は1年の1学期から他の部活にも入らずに生徒会に加わったのだ。やる気が無いわけがない。

当時の彼女はもっと意欲にあふれていた。そうでなくなったのはずん子が生徒会に入ってからだ。

ひとえに彼女の態度は生徒会を割らないため。六花が会長になろうとすれば花梨や副会長、後輩である千冬もどちらを支持するか決めなければいけなくなる。その結果がどうなろうと余計なわだかまりを残すことになるかもしれない。

だから初めから興味が無いフリをしているのだ。


「それじゃあ六花ちゃん、正々堂々頑張ろうね!」

「出来レースだけどねぇ。」

ずん子が両拳を握りしめ六花に笑いかける。六花も何てこと無いように笑い返す。

別にずん子が会長になったからと言って何がどうなるわけじゃない。六花が会長になったとしても何がどうなるわけじゃない。

ただそれでもいざ勝負になったら六花にも火がつくのではないか。花梨は内心そう期待していた。

しかし不安もある。六花が敢えて身を引いているというのは花梨の希望的観測だ。

…本当は単に自分より優秀な相手に折れてしまってるだけではないか。

本心の見えない六花の笑顔を前に、生徒会を去る花梨の心は複雑だった。




舞台は変わり新聞部部室。

唯世かのんはボールペンを握りしめ長考していた。

大会もなく引退時期が曖昧な文化部にとって生徒会選挙はちょうどいい時期だ。前部長である彩澄りりせから先日新聞部を受け継ぎ、新部長となったかのんにとってこの生徒会選挙が初仕事となる。

東北ずん子が当選確実、同じく生徒会の小春六花が形だけ出馬。これから選挙シーズンの間そんな内容の記事を上げ続けることになる。

いったい何が面白いのか。

ボールペンを握る手に力がこもる。前部長のりりせは前会長の花梨と友達だった。1年を通して温い記事を書き続け、新聞部は生徒会の太鼓持ちという風潮まで定着してしまった。

それでなくても学校新聞などというものは面白みが無い。起こった事をそのまま伝えれば誰の目にも留まらないのは当然だ。多少なりとも色をつける必要がある。

りりせが居なくなり記事を自由にできる環境になった今、自分はどうしたいのか。

かのんがボールペンを走らせる。胸に浮かぶ言葉は一つ。

これは捏造ではなく演出。


立候補者を周知する校内新聞はセンセーショナルなものだった。

『生徒会真っ二つ!!会長の座を巡る熾烈な権力争い』

夏色花梨前会長は第一候補小春六花を次期会長に推し進めていた。彼女にとって1年生の初めから生徒会の後輩だった小春さんを推すのは当然のことだった。彼女自身も昨年そうやって会長になったのだから。

しかしそこに第二候補東北ずん子が待ったをかける。東北さんは1年生の途中に庶務として生徒会に加入した言わば外様だ。しかしその優れた才覚と旺盛な野心によって生徒会内での立場を強めていた。

東北さんは他の生徒会役員である副会長と書記の支持を取りつけ、夏色さんと小春さんに立候補の辞退を迫る。同学年である小春さんはその圧力に屈しかけたが、夏色さんは退くことは無かった。

そも夏色さんと東北さんは以前から因縁のある相手なのである。同じ弓道部に所属し、生徒会内外でも先輩後輩の間柄だ。

夏色さんが文武両道の才女であることを知る者は多いだろう。彼女は1年生の頃から先輩に混じって大会に出場し、優秀な成績を残していた。このまま行けば来年は優勝も狙えると目されていた。

しかし昨年、優勝したのは彼女と同じように先輩に混じって大会に出場した1年生の東北さんだった。夏色さんは先輩を追い抜こうとしたところを後輩にまとめて追い抜かされたのである。

そして今年、夏色さんにとって高校最後の大会においても優勝したのは東北さんだった。時期が違えば2年生、3年生で連覇を狙えたかもしれない才能はもっと大きな才能に敗れ、無冠のまま高校生活は終わったのである。

頑なに小春さんを次期会長に推し、東北さんを冷遇する彼女の姿勢にそんな事情から来る何かを見出してしまうのは邪推なのだろうか。

改めて今回の生徒会選挙、第一候補は生徒会会計小春六花、第二候補は生徒会庶務東北ずん子となる。投票の日までどちらの候補者を選ぶのか、生徒の皆様はどうぞ存分にお考えを。




「嘘じゃん!いや嘘じゃないとこもあるんだけど…!」

貼られた校内新聞の前には既に人だかりができていた。内容を確認して驚きの声を上げた小春六花に周囲の視線が集まる。

記事をそのまま信じているわけではないのだろうが、やはり周囲の生徒には面白がるような空気が感じられた。

新聞を剥がしてしまおうとして六花は思い留まる。他の場所にも貼られているかもしれないし、強く否定することは肯定することと同じだ。

踵を返し生徒会室に向かう。他の役員も確認したなら向かうはずだ。


六花が生徒会室の前で所在なく歩き回っていると、同じ理由でやってきたであろう人物が現れた。

他の生徒会役員ではなく、新聞部前部長のりりせだった。

「あー、えっと!ごめんなさい…!」

六花の姿を認めると申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。りりせが頭を下げる必要は全く無いが責任を感じてしまっているのだろう。

「やめてください。知らなかったでしょう。」

動揺を押し隠し、気にしないようにと笑いかける。りりせは尚も申し訳なさそうに続ける。

「やっぱりあの子を部長にすべきじゃなかったわ。」

「唯世さんでしたよね。」

唯世かのんとはそんなに話したことは無い。表情が少なく生真面目そうな印象だったが、こんなゴシップまがいのことを仕掛けてくるとは。


「前からちょっと危なっかしいところはあったのよ。私が引退するのを見計らってたんだわ。」

「ジャーナリストらしいと言えばそうですけどね。」

むしろこれまでが大人し過ぎたとも思える。りりせが部長の間は確かに健全で問題も起こらなかったが、それ故に印象に残るところもない。

マスメディアに興味を持つような生徒の意向を反映していたとも思えない。恐らくは新部長の暴走というより新聞部の方針ごと変わったのだろう。

今までのように付き合っていくことはできないと六花は苦い顔をする。生徒会の内情を知られていたからこそ、事実と脚色を混ぜて筋書きを書かれたのだろう。


あの記事を見れば六花とずん子が真っ向から対立しているように思われる。

小春六花を第一候補、東北ずん子を第二候補と呼んでいるのも小賢しい。

本来候補者に立候補順など無い。ただ五十音順で並べているだけだ。

それでもこう書かれたら六花が立候補したところに後からずん子が割って入ったように思える。そう狙っているのだ。


「まったく困ったものね。」

聞き慣れたツンとした声がかけられる。

「花梨先輩…」

ちょっと気まずくて目を逸らしてしまう。花梨と一緒にやって来た千冬もどこか居心地の悪そうな表情だ。

新聞に書かれていた弓道の大会に関することは事実だ。

花梨はずん子に2年連続で敗れている。もちろんそれを理由に逆恨みしているなんてことあるはずがないのだが…それでも…


「しゃんとしなさい!」

花梨に背中を叩かれ、六花はむせる。その言葉を聞いた千冬も背筋を正した。

「私たちから分断させようとしてるのはわかるでしょ。これでギスギスしてたら相手の思う壺よ。」

花梨の言うことはもっともなのだが、わかっていても気にしてしまうのが人情というものだ。

ずん子と共に生徒会で過ごした1年間、花梨は一度の負い目も負けん気も見せることは無かった。ただ先輩として、生徒会長としてふさわしい態度であり続けた。

それは引退した今も変わっていないようだ。六花はそんな花梨に敬意を覚える。


「放課後に対策を考えましょう。今日は各々、変な考えを持たれないように毅然とした態度で過ごすこと。良いわね!」

花梨が言い終えると同時に予鈴が鳴った。4人は急いでそれぞれの教室へと帰る。

六花の頭を占めるのはどうやってこの事態を切り抜けるかと、もう一人の候補者のこと。

東北ずん子は来なかった。あんな記事を書かれたくらいで不安になったりしないし、他の人のことが気になったりもしない。

それは紛れもなく強さであるのだが、六花の心にはモヤモヤとしたものが残るのだ。




「面白いことになりましたねぇ。」

結月ゆかりが意地の悪い笑顔で語りかける。朝のホームルームが終わったところでウキウキと六花の元にやって来たのだ。

けっして人に褒められるような人間ではないのだが、こういう時に直接来れるのはある種の美点だろう。現在進行形で噂が広がっているようで六花をチラチラと見ているクラスメートは多かった。

「初っ端からやられたよ。」

「ふふふ、戦いの火蓋って奴ですよ。」

内心を包み隠さないゆかりのスタンスは嫌いじゃない。最初からそういう手合いだとわかっていれば相応の付き合い方があるのだ。

「あまり面白がってやるな。六花にとっては胃痛の種やろうが。」

「うんうんそうだよ。私は何のことかわかってないけど。」

琴葉茜、弦巻マキも続いてやって来る。二人とも六花とゆかりの共通の友人だ。

単体ではそれなりに嫌われそうな結月ゆかりという人間を中和してくれる存在でもある。


「見てないんですか。学校新聞。」

「学校新聞…?」

「生徒会選挙のことでゴシップが書かれてたんですよ。」

「…?」

「あ、もしかして学校新聞自体をご存じない。」

ゆかりとマキが気の抜けるような会話をする。

「新聞部が書いてる学校に関する新聞や。新聞部はわかるか?」

茜の問いにマキは尚も首をかしげる。そんなはずは無いだろうと思うがマキだから本当に忘れているのかもしれない。

「りりせ部長のこと覚えてる?」

「あ、りりせさんのところか!新聞部って…ああ!」

思い出してくれたようで一安心だ。


「簡単に言うと六花さんと花梨先輩、ずん子さんと千冬さんで対立してるんですよ。」

「そうなの!」

ゆかりのざっくりとした説明に驚くマキ。

「嘘だよ。あと副会長も忘れないであげて。」

「でも前からそんな話聞いてたで。」

「それはね…」

六花は否定しようとしたが言葉に詰まる。花梨が六花を会長に推しており、千冬と副会長が別にずん子でいいじゃんという立場だったのは紛れもない事実だ。

そして花梨が六花を推していた理由は定かではない。弓道の大会で負けた腹いせという邪推は十分にそれらしいものだった。


「まぁ真偽のほどはどうでもいいんです。重要なのはあのずん子さんとやるってことですよ。」

「出来レースのつもりだったのに…」

「あなたはちょっと認識が甘いですね。」

ゆかりがピシャリと言い放つ。いつも気に食わない物言いだがゆかりは頭のキレる奴だ。六花は続く言葉を待つ。

「あの記事があっても無くてもこの選挙は荒れる可能性があった。あなたが思っているよりも前会長夏色花梨には人気があり、会長候補東北ずん子にも人気とその逆がある。」

「それは…」

「起爆剤を仕掛けられたのはその通りですが、元から燃料があるのは忘れてはいけません。」

六花はまたしても言葉に詰まった。


花梨の人気は必ずしも生徒会長としてのものではない。もちろん純粋に心優しく優秀な模範生としての慕われ方もあるが、その容姿と性格によるところも多い。

美人でスタイルが良く、気が強いが程良く隙がある。男子からはお姫様のように思われながらも、女子からは王子様のように思われていた。

要するに男女問わずファンが居るのである。

片やずん子の人気はどのようなものか。

文武両道才色兼備の非の打ち所がない存在であり、完璧という評価がふさわしい。

だがそれ故に憧れも反感も向けられていた。弓道の大会のことだって後輩に負かされたのは花梨だけではない。

あらゆる分野で並外れた才能を発揮し、不用意に得意分野で勝負をしてしまい心を折られた者も少なくないと聞く。

要するに男女問わずファンとアンチが居るのである。


六花とてどっちがすごいかと問われればずん子と答えるだろうが、どっちが好きかと問われれば花梨と答えるだろう。

生徒会で一緒に仕事をしていても、花梨といる時は支えていると感じるがずん子といる時は従っていると感じる。

ずん子はどこか気に食わないし、得体が知れない。

この生徒会選挙は六花を代理とした花梨とずん子の対立となり、好きと嫌いの対立となる可能性を持っている。


「私としてはずん子さんに負けてほしいですけどねー。」

あっけらかんとゆかりが言う。ゆかりにとっては自分よりもずん子の方が親しいとは思えない言い草に、六花は呆れる。

しかしはっきりとそう口にできるだけ彼女はやはり友人なのだろう。口には出さずとも後ろ暗い思いを持っている者にとって匿名の投票はそれを形にする機会だ。ゆかりの言うようにこの選挙は荒れる。

「ウチらとしてはどっちを応援するか悩ましいな。」

「うーん六花ちゃんかずんちゃんか。」

周囲がどう煽り立てようが出来レースだ。気にせず東北ずん子に投票すればいい。

だって私には生徒会長になる気なんて無いんだから。

そう言って笑おうとして六花はできなかった。




放課後、生徒会室に向かう前に一早く六花は隣の教室に向かった。

慌ただしい生徒たちの中、悠然と過ごすずん子を見つける。スラリと伸びた長身と緑がかった黒髪、その所作には常に気品と余裕がありどこに居ても目につく。

「ずん子さん。」

「来るんじゃないかと思ってた。」

ずん子は普段のように穏やかな笑みで告げる。記事について知らないことは無いだろう。

「その神経の太さを分けてほしいよ。」

「分けてあげられるものならそうしたいけれど、他のところと釣り合いが取れないかもね。」

ずん子は横柄ではないが謙虚でもない。六花はその態度をどう言い表せばいいか知らなかった。

ずん子が軽く首をもたげ、視線を後方に飛ばす。

「かのんちゃん。」

「見てるね。」

新聞部新部長の唯世かのんは腕組みをしてこちらを見つめていた。ずん子と同じクラスにも関わらずあんな記事を書けるあたり彼女の神経の太さも相当なものだろう。

「今日1日ずっと見てるの。私がどんな反応するかなって。」

「うわあ。」

「可愛いよね。」

小動物を愛でるようにずん子は笑う。馬鹿にしているわけでも強がっているわけでもないのだろう。本当にただ可愛いと思っている。

だから得体が知れないのだ。


「さて、本題に入るけど。」

指先を合わせたずん子が視線を六花に戻す。

「花梨先輩が生徒会室で今後の対策を考えようってさ。」

「六花ちゃんはそれでいいと思ってるの?」

答えられない。どんな対策が考えられるか以前に。

「もう花梨先輩は会長じゃないんだよ?」

ずん子の言葉はその通りだ。既に彼女は引退している。生徒会の今後を決めるべき立場ではないし、決めていい立場ではない。

「ちゃんと戦おうよ。」

「あの記事に乗っかるの?」

「乗っかるかどうするかそこも含めて。」

ずん子の目がスッと開く。彼女の目は怖い。抜き身の刀身のような冷たい輝きを放っている。

「どうやったって遺恨は残るよ。ちゃんと戦った方がいい。」

「私は…」

「あなたにも他の誰にも、譲ったと思われるのは癪だからね。」

六花は自分では身を引いたつもりでいた。ただ気後れする気持ちがあるのもまた事実だった。そんな内心はずん子には見透かされていた。


「あなたと戦う…何のために…?」

もはや選挙で争うことは避けられないと悟りながらも、六花は腹を決め兼ねていた。

多少気に入らないところはあれど、ずん子なら問題なく生徒会長を務められるのだ。この勝負には意義が無い。

「互いの意地のために。」

迷いの無い目でずん子は答える。

私にどんな意地があるのかと聞き返そうとして六花はやめた。ずん子にもどんな意地があるのか知らない。

そもそも彼女は何のために生徒会長になろうとしているのか。そんなことも知らないまま彼女に任せようとしてしまっていた。

どのみち避けられない戦いならば、その中で知ればいいことだ。


「やるからには勝つからね。」

六花はそう言って立ち上がる。口にした瞬間、これまで抑えつけていた熱が体の奥から広がってくる気がした。

本当は生徒会長になりたかった。理由なんてわからずともずっとそうだったのだ。

「相手になるといいけど。」

ずん子が薄く笑う。今の笑いには確実にこちらを馬鹿にする意図があった。

目の前のずん子を睨み、教室奥のかのんを睨み、六花は教室を出て行った。

戦いの火蓋が切られた。



2025年11月18日火曜日

宝船

永き世の 遠の眠りの みな目ざめ 波乗り船の 音のよきかな


解釈

進みゆく船は心地良く波音を立てるので、過ぎ去る刻の数えを忘れてしまい、ふっと「朝はいつ訪れるのだろう」と想うほど夜の長さを感じた。


ある夜、目覚めると私は船の上にいた。

穏やかな海に浮かんだ豪奢な船だった。

そこには同じ年頃の少年少女が十数名乗っており、船長と船員から歓待を受ける。

船には至る所に宝物が溢れ、不思議と欲しいと思った物は何でも見つかった。


船での生活は数日ほど続いたような気がする。ずっと夜のため時間の感覚は曖昧だった。

他の乗客とも打ち解け贅沢な暮らしに慣れ切った頃、船長から出発の知らせを受ける。

船は海の上にずっと浮かんでいたが、ついに動き出すようだった。

船長は私たちに告げる。

今ここで飛び降りれば明日から元の生活に戻る。

けれど長く乗っていればこの船からより多くのものを持って帰れると。


船で手に入れたものを手放す勇気と、船から海に飛び込む勇気が出ず戸惑う乗客たち。

私は他の人が降りようとしない姿を見て、つい自分は降りると言ってしまう。

周囲と違う行動を取りたくなる性分なのである。

船尾に連れて行かれここから降りるよう命じられる。

私はとても後悔しながらも恐る恐る真っ暗な海へと飛び込んだ。

そこで夢から覚める。生活は何も変わりない。

時々ある変な夢だとすぐに忘れていった。


十数年が経ち青年から中年に差し掛かる頃、現実世界であの時の乗客と再会する。

彼は身なりもよく、聞けば一流企業の社員であった。妻子もでき幸せの絶頂であろう。

お前は長く船に乗っていたから幸福になったんだろうと僻み交じりに皮肉を言う。

すると彼は浮かない顔でその後のことを語った。

私を降ろした後、船はゆっくりと進み始めた。

最初はこれまでと変わらず贅沢な暮らしに溺れていたが、だんだんと不安というか飽きが出てくる。

顔ぶれも変わらないし欲しいものも全て手に入れてしまった。自分の想像できる楽しみだけでは一生を過ごすには足りないのである。

そろそろ自分も降りようかと海を覗き込んで驚く。船はいつからか凄まじい速さで進んでおり、海もまた波と渦によって荒れ狂っていた。

もはや飛び込めるような状況ではないと、船長に相談しに行く。船長はそのうち穏やかな海になると待つように勧めるだけだった。

すっかりここでの生活に慣れ切ってしまい元の生活に戻る気があるのかもわからない他の乗客たち。彼自身ももうこのままでいいのではという気持ちがあった。

それでも海に飛び込んだのは最初に船から降りた私のことを思い出したからだった。

彼の話を聞いて私は何とも言えない嫌な気持ちになりながらも、現実世界に戻って来れたことを祝福する。

彼は呻くように答える。あの船で手に入れたものとあの頃に望んだ成功は全て手に入れていた。

夢から覚めたのはつい最近なのだ。気づくと十数年が過ぎ去っており、自分の人生は既に完成されていた。そういう人生を送った記憶はあるのだが、どうしても自分が体験したものだとは思えない。

誰かが組み上げたジグソーパズルを渡されたような気分だった。

私は彼の言葉を錯覚だとは笑い飛ばせなかった。あの船での不自然なほどの歓待、大人になった今ではその裏に何らかの意図を感じずにはいられなかった。

彼はそれでも自分はまだ良かったと語る。今も船に乗り続けている者たちもいるかもしれないからと。

残された彼らが帰ってくる時、どれほどの年月が過ぎているのか。もしその時もう人生が終わってしまっていたら、彼らはどこへ帰るのか。

私はそれを想像して自分の性分に感謝した。



これも私が見た夢を元にした物語。演劇部用のネタにしようと思う。

船から降りるまではほぼこのままなのだが、実際の夢ではその後に残った側の視点から状況を見ていた。

降りるタイミングを完全に逃してしまい、皆ずっと乗り続けていた。だから遅れて帰ってきた他の人は年月が過ぎ去ってしまっていたというのは私の創作である。浦島太郎的な。

盛り込み切れなかった分を含めて補足がてら書き残しておく。


宝船について

・ランダムで一度に数十人を招く。船が止まっている間は現世の時間も止まり、船が進み始めると現世の時間も進み始める。

・7日間の体験期間を経て船が進み始める前に、現世に戻るか船に留まるか選択できる。もっともこのタイミングで戻る選択がされることはあまり想定されていない。

・船が進んでいる間、乗客の人生を代わりに進めて願いを叶えていく。現世に乗客が戻るとその進行状態を引き継ぐ。その際、船での記憶は失われて代行されていた間の記憶が差し込まれる。

・船の構造は扉を開閉するたびに変化する。そのため使用人の誘導が無ければ目的の場所に辿り着くことは困難。ゆかりや葵が過ごしていたのは船に乗っかってる建物部分であり、全体のほんの一握り。

・船内に放置されている金銀財宝はかつての名残。昔はこれをやっていれば間違いなかったが、現代では無暗に持って帰らせると乗客が犯罪者だと思われるためオブジェと化している。人生の代行による願いの成就はそうした時代の流れに合わせたもの。

・現世でのことを思い出せなくなる、相手の姿がわからなくなるなども時代の流れに合わせた取り組みの一つ。単なる物質的な欠乏だけでなく心理的な欠乏を解消するために苦慮されている。現世の記憶は葵のようにきっかけがあれば普通に思い出せる。あくまで忘れたいから忘れてしまっているだけ。

・ただ贅沢をさせれば楽しませられていた昔とは異なり、今はあまり乗客を楽しませられなくなっている。そのことは船員たちも痛感しており表情も乏しく元気も無くなっている。そのため船でのもてなしを心からエンジョイしていたゆかりは人気者だった。


動画的なネタ

・船を降りる理由が突飛すぎるため、ゆかりの考えた話では茜、ずん子が船への不審を示した。二人がもし船に乗っていたらこういう行動を取っただろうなというゆかりの想像。行動の指針を測る上で二人を高く買っていることを表している。

・ゆかりにはマキ、あかりが自分がいない時にどういう行動を取るかよくわからない。葵はたぶん乗り続けるだろうなと思っている。そのことまで言及してしまうと露骨すぎたためやめた。

・葵は今も船に乗り続けている。本来の動画パート20分において普段よりも葵の存在感を増しておいた。中身がつくよみちゃんの方が上手く回ることを感じてもらえたら良し。

・つくよみちゃんはこれで登場が3回目。「月喰」「三顧の願い」「宝船」。「三顧の願い」は演劇であることを明かしている。「月喰」「宝船」については演劇なのかは明らかにしない予定。

・今後よく出るつくよみちゃんは黒朱乃宮邸にいる個体。演劇の場合は彼女に出演を頼んでいる。つくよみちゃんは作劇上都合の良い存在なこともあり複数体いる。

・「宝船」がどこまで演劇だったのか明かさないため、葵が今も船に乗っている可能性が残り続ける。これから葵の精神的成長を感じさせる動画も出るが、でもこれ本人じゃないかもみたいなノイズが入ることになる。

・動画内でつくよみちゃんのことをゆかり、ずん子は主人と呼び、茜、葵は船長と呼んだ。一時の宿として見ていると主人、どこかへ辿り着く船として見ていると船長になる。演劇パートでは茜は心の奥底で逃避願望を持っていたため船長と呼んでいる。葵も船長と呼んでいることから元の世界に帰るより別のどこかへ行くのを望んでいることを暗示している。


15分ぐらいで今度は短かったですねで本来の動画パートは終わる予定だった。残り5分でエクストラパートをやってオチをつけるつもりだったが、20分10分でほとんど30分コースになってしまった。

実はこれでもまだ端折っている。この後にもう一個オチのようなものがあった。

別の動画でおまけとして出すのもちょっと際どい内容なのでメモがてらここに残しておく。



生徒会があるずん子さんを残し、ゆかり達5人は帰路につく。

下校途中に駄菓子屋でアイスを買う。ゆかりは当たりを引き、船でもらった幸運の効果かもしれないと笑う。

風でマキが持っていたアイスの袋が飛ばされる。バカめとせせら笑ったあかりの袋も飛ばされ、二人は慌てて走り出す。

バカしかいないと呆れる茜。葵は田んぼに転げ落ちそうになった二人を心配しながら追いかける。

ゆかりは何かを考え込んでいるように立ち尽くしている。茜が問いかける。

「どうした?」

「…私はちょっと嘘をつきました。」

「嘘?」

「夢の話です。船から降りてすぐ目が覚めたわけじゃないんです。断片的にしか思い出せませんがもう少し続きがありました。」

話半分で聞いてほしいんですがと前置きしてゆかりは語り出す。

「私は空の上から船を眺めていました。船はどんどん速度を増していき、海も荒れていって乗客は降りるに降りられなくなっていました。」

「創作やなかったんやな。」

「船が進んでいる間は時間も進み始めると誰かが教えてくれました。思い出せませんが状況的にたぶん船の主人でしょう。」

「そこも創作やないのか。やったらお前が考えたとこほとんど無いやんか。」

「ずん子さんにはバレていたかもしれませんね。船員がその間の人生を代行してくれるっていうのも、自分で考えた気でいて実は教えてもらったことかもしれません。」

夢は自分の深層心理から作られるため自分で考えたようなものだとゆかりは言い訳する。

「けどホンマにどっか別の場所での出来事やったんなら創作やなくてただの体験記やで。」

「確かめる方法はありませんよ、恐らくずん子さんにすら。だからあれ以上詮索しなかったんでしょう。」

「それで、話したいことは何や?」

長い付き合いには言い淀んでいることがバレバレだったようだ。

「私とたぶん船の主人は空から別の光景も見ました。全然脈絡が無かったので違う夢だったのかもしれませんが…」

「はよ言えや。」

「ちょうどこんな場所です。稲刈りが終わった後の田んぼのようなところで、人の形をした黒い靄のようなものが何体も手を振っていました。熊牧場の熊がこう餌をねだるように。」

「不気味やな。」

「ゴミを食べてました。」

唐突に放たれた言葉に茜は硬直する。直前の文脈とのつながりを理解できなかったのだろう。

「子供たちがゴミを投げ入れるんですよ。するとその黒い靄たちが拾い上げて食べるんです。それが面白いようで子供たちは何度もゴミを投げ入れ、その度に黒い靄はそれを拾って…」

最後にはあんな風に放してあげるんです。船の主人の言葉をゆかりは伝える。

「あの船で与えられることに慣れ切ってしまった人の末路なんじゃないかと思うんです。貰ったものの区別もつかずにただ貪るだけ。きっと船に乗っている間に人生が終わってしまった人はあんなになっちゃうんだろうなって。」

船に残った乗客の最後がそのようなものだったのなら、ゆかりが語った話よりもずっと後味が悪い。そっちを採用しなかった理由が茜にはわかっていた。

「何かを尊ぶことは何かを蔑むことと表裏一体よな。礼節も守れない連中にはふさわしい末路やと思ったか?」

ずん子の推測が正しければゆかりが記憶を保っているのは「楽しい思い出を持ち帰りたい」と願ったからだ。ゆかりにとってその光景は「楽しい思い出」だった。

「恥じねばいけませんね。」

「別に恥じなくてもええが、お前がそういう人間やってことは覚えてないとあかんな。」

自分の性格がいいともゆかりの性格がいいとも思っていないため、ことさらに責めることは無い。ただこういう部分は他の人には見せられないだけだ。

「お前は好かれとったんやろうな。せやからついでに知りようがないことまで教えてもらえた。」

「そうなのかもしれませんね。ありがたいことです。」

「好きになることも嫌いになることと表裏一体よ。お前がお気に入りやったってことはお前以外は気に入らんかった可能性も出てくる。今でも船の連中がただ願いを叶えようとしているだけやったと思ってるか?」

ゆかりは振り返る。全部罠だったんじゃないかとは誰の感想だったか。自分はそうはならなかっただけで、初めから人を堕落させ破滅させる意図が無かったかは確証が持てない。

「それでもきっと最初は人を楽しませたかったんだと思いますよ。」

船での暮らしと彼女たちのもてなしを思い出し、ゆかりはそう呟いた。



以上。


2025年6月5日木曜日

怒り

私と世界を隔てるものは有る。

何かはわからない。ただ確かに私と世界は別個のものであり、腹立たしいことに世界は私よりも強い立場にあるようだ。

世界はいつも世界の都合を私に押し付け、私はそれに従うほかない。逆に私が私の都合を世界に訴えても突っぱねられるだけだった。

私は世界に虐げられていると言ってもいい。

世界によって生み出され、世界によって使役される奴隷のような存在だ。


世界は強大だ。

幾つもの要素が組み合わさった複合的な存在だがその最たるものは人間だろう。

私に明示的に命令を下すことも多く、私に最も憤懣を抱かせてきた。

人間は家庭、学校、会社などの集団を形成しているらしく、その最大値である社会や国家ともなると世界そのものと言っても過言でないほどの規模になる。

まともにやり合って勝てるはずもない。

幸い人間は従順でいる間は暴力的になりにくかったので、私は敵意をひた隠し身を守ってきた。

人間から下される命令は理解不能なものばかりだった。世界にとって何らかの利益となる行為なのだとは思われるが、私とは全く異なる目的意識を持っているようだ。

言葉で伝えられる命令はまだマシで、年月を経るごとに私が察する必要のある命令まで増えてきた。従順でいる間に増長してきたのか、私が成長したことで読み取れる部分が増えてきたのか。

世界は複雑だが注意深く観察しているとある程度の構造はわかってきた。

どのような動きをしていてどのような結びつきがあるのか。…弱いところも。

世界そのものを倒すことは不可能だが、一矢報いることはできるかもしれない。

そんな考えが私の中に芽生えていた。


長い間世界に従ってきたことで、私は世界からある程度の権限を認められるようになっていた。

これまで私を管理していた人間の元を離れ、単独で行動することを許可されたのである。

世界から要求される仕事をこなすことで金銭を得ることができ、それを用いることで衣食住を確保できるという仕組みだった。

逐一監視命令するコストを削減しただけと思われるが、好都合だった。

作戦を立て準備を整える。

この一手で世界と自分のパワーバランスを覆せるなんて思っていない。

ただ自分を押し殺して耐え忍ぶ日々の中で、私はそれでも世界に抵抗する意志を失っていなかったことを証明するのだ。

私はずっと世界に尽くしてきた。世界は何を返してくれた?

私は尊厳を取り戻す。たとえその結果命を落とすことになっても。

これまでの奴隷生活で世界の弱い部分がわかっていた…弱い人間が。

彼らと世界を隔てるものは無い。

そう、これは世界に対する復讐なのだ。


眠り

子どもの頃よく考えたことがある。

こんな世界存在しないんじゃないか。

今見えている世界、感じている世界は全て幻なのではないか。

精神病棟の一室で何もない空間に話しかけ無意味に手足を動かしている。

そんな自分の姿を想像して私は恐怖と羞恥を覚えた。

この世界が幻であることよりも本当の世界で醜態を晒しているかもしれないことが恐ろしく恥ずかしかった。

けれどそんな時期は長くは続かなかった。

自分が今体験している世界の方が恐ろしく恥ずかしいものになったからだ。

こんな世界存在しないんじゃないか。

それは救いになった。

こんな世界存在しないのだ。

ある日目を覚ましたら全て幻だったと気づく。

私はコンクリートの壁を前に立ち尽くしている。

自分がこれまで見ていたものは、感じていたものは全て幻だったのだ。

私の人生は無かったのだ。

けれど足りない。

それではいつか外に出なければならなくなる。

病室を出たらまた新たな人生が始まる。同じような世界が。

救いにはならない。

世界は大きすぎる。

たくさんの人がいて、たくさんのことが起こり過ぎる。

一つも自分の思い通りにはならない。

世界はもっと小さくていい。

部屋の中だけでいい。

扉を閉じれば見えるのは部屋だけだ。

私が持っているものと、私が動かせるものだけで構成され、きっと外には何も無い。

この部屋だけが世界なのだ。

けれど足りない。

いつかは声がかかる。私も外に出なければならなくなる。

外にあるものは全部他人のもので、勝手に動く他人が溢れている。

救いにはならない。

布団の中だけでいい。

布団をかぶれば見えるのは暗闇だけだ。

私が知っていることと、私が考えていることだけで構成され、きっと外には何も無い。

この暗闇だけが世界なのだ。

けれど足りない。

いつかは朝が来る。私も外に出なければならなくなる。

外には自分が知らない知識があって、自分が考えていない出来事がある。

救いにはならない。

頭の中だけでいい。

目を閉じれば何も見えない。

心を閉ざせば何も感じない。

全ては私の感覚が作り出しているものだから私が信じなければ存在しないのと一緒なのだ。

人はいない。生き物はいない。草も木も無い。土も岩も水も大気も。

星も無い。宇宙だけが広がっている。

星がない宇宙にはきっと何も無い。

何も無い空間にただ私という意識だけが漂っている。

私だけが世界なのだ。

私が世界を作り出している。

私は私が作り出した世界を私が作り出した世界だということを忘れて体験している。

この世界は全て私のものだったのだ。

私が知っていることしか知らないでくれ。

私が考えていることしか考えないでくれ。

私ができることしかできないでくれ。

私が動かしたいようにしか動かないでくれ。

私が喋らせたいようにしか喋らないでくれ。

私が消したくなったら消えてくれ。

あの山の向こうには何も存在しないでくれ。

あのビルの陰には何も存在しないでくれ。

この扉を閉めたら外には何も存在しないでくれ。

誰も何も見えていないでくれ。

誰も何も感じていないでくれ。

誰も本当は存在しないでくれ。

全ては私が作り出しているものであってくれ。

私がやめたらもう何も無い。

そう願って眠る。


2024年9月9日月曜日

貧富のカクサちゃん

昔考えてたネタ。

ボイロではなくオリキャラの奴。たぶん使う機会はない。


カクサちゃん

主人公。現代の不平等に憤る中流家庭の女の子。

中学生に上がり、才能や家庭の違いを理由とした攻撃的な言動が増えた。

クラスではみんなに疎まれている。

両親は共働きで所得は平均的。虐待やネグレクトもない。


ウワズミちゃん

カクサちゃんの友達。上流家庭の女の子。

カクサちゃんから日常的に嫌味を言われながらも一緒に居続けている。

クラスでは優等生的ポジション。

両親の社会ステータスは高く何不自由ない生活を送る。


ヨドミちゃん

カクサちゃんの友達。下流家庭の女の子。

カクサちゃんからシンパシーを向けられているが返してはいない。

クラスではあまり目立たない。

片親で貧乏な生活をしており、幼い妹たちの面倒を見ている。


ナナヒカリちゃん

クラスメート。上流家庭の女の子。

非常に裕福な家柄であることを鼻にかけており、カクサちゃんから目の敵にされている。

クラスでは鼻つまみ者だがカクサちゃん程ではない。

両親や兄姉のことしか誇れることが無いのがコンプレックス。


ユガミちゃん

転校生。下流家庭の女の子。

虐待されて育ち、両親が窃盗と傷害で逮捕されたことで施設に入る。

施設や前の学校で問題を起こし、カクサちゃん達の学校に転校してくる。

カクサちゃんのことを気に入り、共に周囲に嫌がらせをするようになる。


クラスメートたち

ほぼ名無しのモブ。

思ったことをすぐ口に出してしまうウラオモテちゃん、相手の言葉を繰り返すコダマちゃん、負け惜しみばかり言っているトーボエちゃんなどがいる。



第一話「カクサちゃん」

カクサちゃん、ウワズミちゃん、ヨドミちゃんの三人組の日常。

カクサちゃんはウワズミちゃんに嫉妬と怨嗟の言葉を吐き、ヨドミちゃんに同情と共感の眼差しを向ける。

二人はそんなカクサちゃんを疎んじながらも、小学校からの友達なこともあり仲良くしていた。

カクサちゃんは自身の不遇を嘆き、社会の不平等を呪っていた。自分は貧乏な家の子で、頭も顔も運動神経も悪いと。

そんな彼女に対するクラスのみんなからの視線はとても冷ややかだった。

ウワズミちゃんの家は確かに裕福だが、ヨドミちゃんの家の貧しさと比べたらカクサちゃんの家も十分裕福だった。

ウワズミちゃんは確かに才能に恵まれているが、ヨドミちゃんの駄目っぷりに比べたらカクサちゃんも十分恵まれていた。

カクサちゃんはどう考えても普通だった。

明らかに劣っているヨドミちゃんが文句一つ言わない横で、よくウワズミちゃんに嫌味が言えるものだとカクサちゃんはひどく嫌われていた。

ウワズミちゃん、ヨドミちゃんも口にこそ出さないものの、カクサちゃんへの評価は一緒だった。

自分を客観視できない世間知らずのガキ。

カクサちゃんはそんな周囲の評価を感じ取り、ますます怨嗟の炎を燃やすのだった。

カクサちゃんは一人呟く。

全員死ね。



第二話「ナナヒカリちゃん」

自分より優れたものを一つでも見つけたら親の仇のように突っかかっていくカクサちゃん。

クラスで最も標的にされていたのはウワズミちゃん、次いでナナヒカリちゃんだった。

ナナヒカリちゃんは自分の家柄や能力をひけらかすタイプで、逆にカクサちゃんに喧嘩を売ることも多かった。

その性格のせいでまあまあ嫌われているナナヒカリちゃんは、自分に絡んでくれるカクサちゃんを憎からず思っていた。

しかしカクサちゃんが喧嘩するほど仲がいい程度の距離感を保つはずもなく、ナナヒカリちゃんへの人格攻撃は苛烈を極めていく。

自身とナナヒカリちゃんの比較ではなく、ウワズミちゃんとナナヒカリちゃんの比較という方向に活路を見出したカクサちゃんは的確にナナヒカリちゃんを追い詰めていく。

旧華族のお父様がいるはずなのにウワズミちゃんの方が気品があるのはなんで?

元女優のお母様がいるはずなのにウワズミちゃんの方が綺麗なのはなんで?

東大生のお兄様がいるはずなのにウワズミちゃんの方が賢いのはなんで?

モデルのお姉様がいるはずなのにウワズミちゃんの方がお洒落なのはなんで?

たくさんの凄い人達があなたのために尽くしてくれているはずなのにあなたがウワズミちゃんより劣ってるのはなんで?

追い込まれたナナヒカリちゃんはウワズミちゃんに勝負を挑む。その際、ウワズミちゃんを罵倒したことでクラスの反感を買う。

礼儀作法、顔とスタイル、テストの点数、ファッションセンス、そしてクラスでの人気。

ナナヒカリちゃんは5本勝負で全敗した。

消沈するナナヒカリちゃんを嘲笑するカクサちゃんとクラスメート達。そんな彼女たちにウワズミちゃんは怒りを露わにする。

今回は私が勝ったけれどナナヒカリちゃんはお洒落で綺麗だし、気品があって賢い。何より頑張り屋だと。

自分は戦おうとはせずに負けた人を笑うのは卑怯者のやることだと責められ、クラスメート達は恥ずかしくなる。カクサちゃんは腹を立てる。

ウワズミちゃんはナナヒカリちゃんに手を差し伸べ、これからも切磋琢磨し合おうと声をかける。

ナナヒカリちゃんはその手を払いのけた。

胸に浮かぶのはカクサちゃんが毎日のように言っていた言葉。格差の上層にいる人間には下層にいる人間のことなんかわからない。

ナナヒカリちゃんは涙を流しながら言った。

全員死ね。



第三話「ユガミちゃん」

カクサちゃん達のクラスに転校生のユガミちゃんがやって来る。

ユガミちゃんは明るく活発な様子で周囲との仲を深めていった。

カクサちゃんは相変わらず手当たり次第に嫌味ったらしく恨み言をぶつけていたが、ユガミちゃんはそんなカクサちゃんを何故か気に入ったようで彼女を追い回すようになる。

両親が居らず、施設で暮らしていることをカクサちゃんに明かすユガミちゃん。

だから優しくしてくれとでも言うのかとカクサちゃんは嫌悪感を返す。

不幸な環境にもめげずに逞しく生きる。そんな心の強さは不愉快なだけだった。

ユガミちゃんは不敵に笑っていた。今にわかると。


ユガミちゃんが来てからクラスの雰囲気はちょっとずつ悪くなっていった。

教室の至る所で口喧嘩や小競り合いが起こり、陰口や陰湿な嫌がらせが増えていく。

カクサちゃん、ウワズミちゃん、ヨドミちゃんの3人は誰かが不満の種をばらまいて対立を煽っていることに気づく。

時期的に考えてユガミちゃんが犯人だと推測したウワズミちゃんは、偽の情報を流してユガミちゃんの尻尾を掴むことに成功する。

クラスメート達の前で化けの皮を剝がされたユガミちゃん。浮かべた不敵な笑みは数日前にカクサちゃんが見たものと同じだった。

それで?とユガミちゃんが問いかける。反省するとまではいかなくとも多少は泣くなり怒るなりすると思っていたウワズミちゃんは困惑する。

まともに生きて来れなかったから、まともに生きてられる人間が憎くて憎くてしょうがない。お前たちに嫌がらせをすることだけが生きがいなんだ。

あまりにも真っすぐな悪意に誰も言い返せなかった。

ユガミちゃんがカクサちゃんに笑いかける。カクサちゃんは笑い返した。


ユガミちゃんはカクサちゃんに語る。学校は「キレた奴が負けゲーム」なんだと。

どれだけ理不尽な行いをしようと、冷静さを失って取り乱してる奴が悪者にされる。だからどうやって怒らせるかが腕の見せ所だ。

ユガミちゃんとカクサちゃんは心からの相棒だった。

幸せそうな人が許せないユガミちゃん。優れている人が許せないカクサちゃん。

似通ったルーツを持つ二人は同じ境地に達していた。

ユガミちゃんの行動力とカクサちゃんの思考力が合わさり、嫌がらせのレベルはクラスメートの許容範囲を遥かに超えていった。

ナナヒカリちゃんにしたような精神攻撃で追い詰め、取り乱して暴力を振るおうものなら即座に被害者に転じる。

親に虐待されて育ったせいで心が歪んでしまった。ユガミちゃんが持っていた盾は強力だった。

皆を嫌い、皆に嫌われ、信用と信頼を磨り潰しながら破滅へと突き進む日々。それでも二人は笑っていた。

最低でも最悪でも、心から誰かと笑い合える時間はかけがえのないものだった。


ユガミちゃんが次のターゲットにヨドミちゃんを選ぶ。

ヨドミちゃんは母子家庭で幼い妹たちの面倒を見ながら暮らしている。本当は不満も憤懣も溜まっているはず。楽にしてやろうと。

カクサちゃんにとってヨドミちゃんは憎悪の対象ではなく、友人としての引け目もあったが、結局流されるままにユガミちゃんに付き合う。

ヨドミちゃんに狙いを定めてネチネチと心の弱い部分を探す二人。

ヨドミちゃんは勉強も運動もできず見た目もパッとしないが、それは環境のせいだ。

家事に追われて自分の時間を取れず、寝不足で授業も眠ってしまうからテストの点も先生の評価も低い。

十分な食事と休養を取っていないから体育でも満足に動けず、背も低く手足も細い。

慢性的な疲労により落ち窪んだ目元と不規則な食生活による肌荒れが彼女の印象を暗く醜くしている。

それは誰のせいだ?お前の母親のせいだ。

無知で無能なお前の母親が馬鹿な男とくっつき何も考えずに4人もガキを生んだからだ。

お前ら姉妹って何人父親が同じなんだ?金蔓にもできない男を引っかけて何がしたかったんだ?遊びか?

お前に親代わりをやらせて今も別の男に股開いてるんだろうなぁ?どうする?もう1人妹が増えても育てられるか?

自分のことはどれだけ馬鹿にされても気丈にしていたヨドミちゃんも、母親のことを馬鹿にされると辛そうに目を伏せていた。


意外としぶといヨドミちゃんを潰すため、カクサちゃんとユガミちゃんはヨドミちゃんの妹に接触する。

まだ小学生の彼女を二人で囲み、母親への嫌悪感と姉への罪悪感を植え付ける。

彼女の目に消えない暗がりが出来たことを確認すると、二人は満足げに笑い合う。仕込んだ爆弾が爆発する瞬間を想像すると心が躍った。

次の日の朝、学校に来るなりヨドミちゃんはカクサちゃんとユガミちゃんに殴りかかった。

ユガミちゃんは内心ほくそ笑みながら、カクサちゃんは本心から被害者気分で先生に状況を説明する。

普段無気力で無関心なヨドミちゃんの初めて見る激高した様子にクラスメートは胸を打たれる。

どんな理由があっても暴力は許されない。まずは話し合うことが大切だ。二人も反省しているようだし仲直りを…

ヨドミちゃんは他のクラスメートたちと違って止まることは無かった。

殴ったから私が悪いのか。家族を傷つけられて怒るのがいけないことなのか。

絶対に許しちゃいけないことがある。謝ったからで済ませていいことじゃない。

殺してやる。

カクサちゃんは生まれて初めて殺意を向けられたことに衝撃を受ける。

彼女は家庭環境がアレだから精神が不安定なんでしょうとユガミちゃんが悲しげに呟き、ヨドミちゃんは先生たちに連れて行かれる。

しかしヨドミちゃんが残した芽はクラスメートたちの中で育まれ、ユガミちゃんとカクサちゃんを排斥しようという動きは高まっていた。


ユガミちゃんは子どもじみた嫌がらせ程度ではビクともしなかったが、カクサちゃんはヨドミちゃんの一件以降怯えを見せるようになっていた。

感受性の高いカクサちゃんは嫌悪が憎悪へ、やがては殺意へと移り変わっていく気配を感じ取っていた。

これ以上は我々の身が危険だと暫く大人しくしているようにユガミちゃんに言い含める。彼女は聞く耳を持たなかった。

ユガミちゃんは話の分からない馬鹿ではない。ひとえにそれは精神性の違いだった。

正気の底にあるカクサちゃんと狂気の蓋を開いたユガミちゃん。

自らへの罵倒も侮辱も暴力も死さえも娯楽の延長線上でしかない。カクサちゃんは初めてユガミちゃんのことを怖いと思った。

ユガミちゃんと手を切り、クラスメートに謝るカクサちゃん。当然許されることは無く、ユガミちゃんを潰せと要求される。

カクサちゃんを嫌いになり切れないウワズミちゃん、あくまで主犯はユガミちゃんと見なしているヨドミちゃんはカクサちゃんと再び三人組を結成する。

持たざる者故の無敵の精神性を持つユガミちゃん。弱点など無いように思われていたが、ウワズミちゃんとヨドミちゃんは唯一の弱点に気づいていた。

カクサちゃんである。ユガミちゃんがただ一つ執着し、心を許した相手。


ユガミちゃんを吊るし上げるためのクラス会が開かれる。

ユガミちゃんは四面楚歌の状況にも動じず平然としていた。

自分を裏切ったにも関わらず、カクサちゃんにだけは悪意を向けず仲間に戻るよう笑いかける。

お前みたいなクズでも友達は大切なんだと思うと反吐が出るとヨドミちゃんが悪態をつく。

望みは薄かったが、カクサちゃんの説得ならばユガミちゃんが応じるのではないかと期待されていた。

どうして私にこだわるのかとカクサちゃんはユガミちゃんに問いかける。私はあなたとは違うと。

カクサちゃんの独白は自分のアイデンティティを捨てるものだった。

本当はわかっていたんだ。自分が普通の人間だって。

家も普通だし顔も頭も普通。不幸じゃないし劣ってもない。

ただ何となく気に入らないものを攻撃する理由が欲しかっただけだ。

ユガミちゃんは私も同じだと笑う。

親に虐待されたとか施設育ちとかそんなことはもう関係ないんだ。

悲惨な環境で心が壊れてしまったのか生まれつき頭がおかしかったのか。

どっちだっていい。私はただ人を苦しめたいだけなんだ。

カクサちゃんとユガミちゃんは見つめ合う。

人を拒み、貶め、嘲り、踏みにじって生きる。その先にある未来。

きっとこれが最後のチャンスだと謝るように促すカクサちゃん。

ユガミちゃんは迷いのない目で答えた。

全員死ね。



第四話「ウワズミちゃん」

ユガミちゃんはあの日以降姿を消した。

まだ中学生の少女が行方不明になったというのに、大人たちの対応は投げやりで警察も探しているのかどうか。

嫌われ者の行く道なんてこんなものだとカクサちゃんは思う。

いなくなって清々したのか、あるいはもう口にも出したくないのかクラスではユガミちゃんの話題が上がることは無い。

それでもカクサちゃんは時々思い出す。いつか二人で笑い合った帰り道を。

ユガミちゃんは親友だったのだ。


本当にカクサちゃんのおかげかは定かでないが、ユガミちゃんを追い出したことでカクサちゃんは一応クラスで許される。

しかしヨドミちゃんはもうカクサちゃんとは関わりたくないようで、結局カクサちゃんと口を利いてくれるのはウワズミちゃんだけになった。

ユガミちゃんとカクサちゃんへの反抗としての嫌がらせは、そのままカクサちゃんへのいじめへと発展していった。

あれだけのことをやったんだからいじめられても仕方がない。むしろ当然だというのがクラスの総意だった。

ウワズミちゃんも心の底では同意見だったが、カクサちゃんを庇わずにはいられなかった。

昔のカクサちゃんだったらやられっぱなしじゃなかった。もっとやり返していた。

もう仕返しとか関係なくてただ人を虐めるのが楽しいだけじゃないか。それでよくユガミちゃんのことを非難できたものだな。

まったく自分の行いを省みる知能も無いってのは幸せなもんだ。

カクサちゃんの口から昔のような悪口が飛び出ることは無かった。


心ここにあらずと言った様子の彼女に苛立っている自分を不思議に思うウワズミちゃん。

クラスメート達からはもうカクサちゃんの味方をするのを止めるように忠告される。

なんであんな奴の友達でいるのかと問われ、記憶を辿る。

カクサちゃんは今みたいに格差に憤るようになる前から怒りっぽかった。

親にも先生にもクラスメートにもいつも怒っていた。でもそれは単に機嫌が悪いとかじゃなくて、カクサちゃんとしてはどうしても腹立たしいものがあったのだ

例えば今目の前にいる、カクサちゃんを積極的に虐めているクラスメート3人組。自分もいじめられたくなかったらいじめに加担しろと言ってくる彼女たち。

この子たちは確か小学校にいた時も同じことを言った。私は敵にも味方にもなりたくなくて曖昧に笑って流してたけど、カクサちゃんは食ってかかった。

カクサちゃんは善悪とか損得で動かない。気に入るか気に入らないかで動く。

ウワズミちゃんは自分の本心に気づく。

カクサちゃんの攻撃的な言動でイラっとすることも多かったが、胸がスッとすることも多かった。

カクサちゃんに共感していたのだ。自分は善良な人間の振りでカクサちゃんを通して気に入らない奴に不満をぶつけていた。

なんだ私もクズなんじゃん。ウワズミちゃんの口元に笑みが零れる。

そのまま心からの笑顔でクラスメート達に告げた。こんな時なんて言えばいいかもう知っていた。

全員死ね。



第五話「ヨドミちゃん」

ユガミちゃんの一件以降、ヨドミちゃんはカクサちゃんを無視していた。

カクサちゃんはまだ境界で揺れ動く子供で、ユガミちゃん程どうしようもない相手ではないとわかっていたけれど、だからと言って笑って許せるほど大人ではなかった。

あれからちょっとずつ歯車が狂ってきていた。

母親を馬鹿で迷惑な人間だと見下す気持ち、幼い妹たちの面倒を見るのを煩わしく思う気持ち。それらがユガミちゃんによって呼び覚まされていた。

同じくユガミちゃん達の手で目覚めさせられた一番年の近い妹は母への不満や姉への謝罪を繰り返すようになり、家の雰囲気は悪くなっていった。

長女であるヨドミちゃんが炊事洗濯と赤ん坊の四女の世話を、次女が家事手伝いと三女の遊び相手を。そうやってヨドミちゃんの家は成り立っていた。

ほとんど母親が帰って来なくても何とかなっていたのは長女の献身と次女の助力があったからである。それに綻びが生じ始めていた。


カクサちゃんと一緒にウワズミちゃんも切ってしまったことでヨドミちゃんは一人ぼっちになっていた。

日に日にやつれていくヨドミちゃんを見兼ねてナナヒカリちゃんは彼女に接近していく。

純粋な善意だったが、追い詰められたヨドミちゃんにとっては癇に障るものだった。

ヨドミちゃんはナナヒカリちゃんが嫌いだった。金持ちの家に生まれて家族仲も良くて何の苦労もなく…

そんな感情は絶対に表に出さないと決めていたのに、精神が不安定になったことで押し込めなくなってきていた。

自分が消えていくような感覚だった。

貧しくても家族5人で楽しく暮らしているつもりだった。学校では駄目駄目でも家庭では大きな役割を果たしていることが誇りだった。

母のことも恨んでなんかいなかった。ちょっと考えが足りないところもあるけれど、自分たちを養ってくれているし愛してくれていると。

時々スイッチが切れたように何も手につかない時間ができた。家事が滞り、母親が彼女を叱った。

初めて彼女は親に逆らった。本来家のことをやるのは親の務めだ、やってくれることを当たり前だと思うなと。

母親は驚き、泣いて謝った。そんな姿を見ると罪悪感が湧いて、自分を嫌いになった。

一番年の近い妹がその下の妹にユガミちゃん達に言われたようなことを伝えようとしていた。必死に止めたが、なぜ止めるのかという問いには答えることはできなかった。

学校にいても赤ん坊の泣き声が聞こえる気がした。授業はますます手がつかなくなってこのままだと行ける高校が無いと言われた。

辛くて苦しくてもう限界だと思った時、頭の中で何かがちぎれる感覚がした。


朝目覚めると、思考のノイズは消えていた。

いつものように朝食とお弁当を用意し、二人を送り出した。学校に行く途中で一人を保育所に預けた。

教室ではナナヒカリちゃんが遠慮がちに話しかけてきた。心配してくれてありがとうと笑うと、嬉しそうに笑い返してきた。

視界の端でウワズミちゃんとカクサちゃんを捉える。なんだかこれで元通りだなと思った。

その日は珍しく一度も眠らずに授業を聞けた。

家に帰ったら一番年の近い妹に大事な話をした。

お母さんに優しくすること、私は大好きな家族のためならいくらでも頑張れるから大丈夫だということ。

妹はヨドミちゃんに抱き締められながら泣いた。ヨドミちゃんも少し泣いた。

これでいいのだ。

誰かが背負わなければいけないなら、他の誰にも背負わせたくはない。

ヨドミちゃんは心の中で決して口にはしない言葉を呟いた。

全員死ね。



2024年8月13日火曜日

霊感少女雪ちゃん

出番がない人たちを出しつつサクッと見れるホラーシリーズ。


①霊感少女雪ちゃん

ある日の通学路、雨晴はうは友達の雪ちゃんが物陰を覗き込んでるのを見つける。

はうに声をかけられると雪は大したことじゃないと笑った。

はうは不安だった。雪には霊感があるようで幽霊の姿が見えるのだ。

その日の放課後、ふらふらと通学路を外れる雪。

追いかけると、今にも用水路に落ちようとしている雪の姿があった。

はうは雪を正気に戻そうと無理矢理引っ張る。困惑した様子の雪の手には小さなお守りが握られていた。

今朝の場所へと帰る二人。物陰で泣いていた子供の霊はお守りを受け取ると嬉しそうに笑って消えた。

たとえ幽霊だからと言って困ってる人を放っときたくない。ちゃんと満足できるまで付き合うからね。

雪はそう言って笑った。

つられて笑うはうの姿はうっすらと透けていて、他の人たちには見えないのだった。


②今日はもう来ない

春日部つむぎは学校の屋上から飛び降りようとしている少女を腕を掴んで食い止める。

必死に説得するつむぎにその少女、冥鳴ひまりは事情を語る。

曰く、彼女は死ぬと時間が巻き戻る体質であると。

到底信じられないつむぎ。錯乱していると考え無理矢理彼女を拘束する。

騒ぎに気づいた先生が駆けつけてくる。遠くからサイレンの音が聞こえてくる。

押さえつけられながらもひまりは、必死に死のうとしていた。

その日、少女が一人屋上から飛び降りて死んだ。


③なすりつけパーリナイ

ある夜、結月ゆかりは電話の音で目を覚ます。

相手は友人の茜だった。苛立ちながらも事情を聞く。

震え声の彼女は肝試しに行った恐怖体験を語る。

廃墟で幽霊を見かけ逃げ出した。見間違いだと信じ込もうとしてたが、家に帰って眠ろうとしたら布団の中からあいつが…

固唾を飲んで聞き入るゆかり。それでどうしたのかと尋ねる。

茜は答える。

「ゆかりの所に行ってください…」

そう言ったと。

「はぁ?!」

驚愕するゆかり。

玄関の戸が激しく叩かれ始める。

電話口の茜に罵声を浴びせ、ドアの向こうの存在に茜の所に行くように要求する。

負けじとゆかりの所に行くようにと騒ぐ茜。

ゆかりも堪忍袋の緒が切れる。

ドアを開け放ち、ちょっと待ってろと言い放つと隣に住んでいる茜の部屋のドアを叩き始める。

互いに相手の所に行くようにと言い合いを続ける二人とそれを見つめる黒い影。

騒がしい夜はまだ始まったばかりだ。



最後のはホラーじゃないね。

まぁでも私ホラーシリーズにはほっこり回とかギャグ回が挟まってた方が好きだから良し!!

シチュエーションは思いついたが内容はまだなのが何個か。

「独り言」

深夜のバス、自分以外の乗客は一人。彼女の独り言が嫌でも耳に入ってくる。

うんざりしていた主人公だったが独り言の内容が自分の身近なことを話してるのに気づいて…

「同窓会」

同窓会で久々に再会した5人。小さい頃にいじめてた相手を最近見たという話になる。

それから一人また一人と殺されていく中、主人公はいじめられっ子と再会を果たすが…

「ノツゴ」

ある日、駅のホームで誤って突き落とされ事故に遭う主人公。

目覚めるとホーム下のスペースに蹲っており、隣には見知らぬ男がいた。

男は自分たちは「ノツゴ」になったと語る…


みたいな感じ。

メモ書き程度ですがミステリの舞台として立て籠もり事件の現場。

犯人と一対一でも、犯人の目を盗みながらの多人数でも面白そう。

肝心の中身が何もできてないので何ともですが。

ホラーシリーズのネタもたくさん用意できたので安泰ですね。後はブログに転がってる「直葬」辺りも使えそう。

てところで長文駄文失礼しました。


2024年7月29日月曜日

祟り、願い、救い

前回の三種の神器に加え幾つか思いついたのでメモ。

在庫が増えてホクホクである。


①藁小屋と狼

ゼミの研究の一環でとある漁村を訪れた結月ゆかり。

村長の老婆と孫娘のミナトに勧められ、古い祠を訪れる。

興味本位で祠に触れたところ、老朽化が進んでいたのか倒壊。

村長に「あの祠を壊したんか!」される。


村の外れにある小屋に閉じ込められ、一夜を明かすことになる。

ミナトから鍵を手渡され、何があっても朝まで扉を開けてはいけないと言われる。

開けなければ大丈夫という言葉に不安げなゆかり。

一人になった後、小屋の中を調べると血痕が見つかる。


翌朝、村長とミナトが小屋を訪れる。

表情の暗いミナトを村長は叱咤する。

1年に一度は人を捧げないと村の誰かが襲われることになる。

余所者を犠牲にするのは仕方のないことだと。

鍵の壊された扉を開けると、中には誰もいない。

今までにないパターンに動揺しながらも、別の場所に連れて行かれただけかもしれないと互いに言い聞かせる。

ミナトが何かに気づき、小屋の中へと足を踏み入れる。

切り離されたノートの紙片、そこには一言…

「やっぱり帰ります」

背後で獣じみた唸り声と老婆の悲鳴が聞こえた。


逃げたのはまずかったかなぁと悩みながら歩くゆかり。

だってあんな扉と鍵で何かの侵入を防げるようには思えないし、それを抜きにしても居座ってたら祠の修繕費とか請求されるかもしれないし。

まぁなんとかなるだろと自分を納得させる。

帰ったらお祓いに行こうと心に決めるのだった。


ミナトは鍵のかからない扉を必死に押さえつける。

向こうからは祖母の絶叫と助けを呼ぶ声が響き渡る。

絶対に開けてはならない。一人食べれば終わるはずだから。

開けなければ大丈夫…開けなければ大丈夫…



②三顧の願い

路上で弾き語りをする弦巻マキ。

「いい歌ですね。」

視線を挙げると着物姿の少女が立っていた。

マキは久々に褒められたことにはにかむ。

少女は少し考えた後、歌のお礼に3つ願いを叶えてあげると言う。

冗談を言っていると思ったマキは、何の気なしにプロになりたいと答える。


それから暫くして偶然プロデューサーの目に留まったマキは、ミュージシャンとしてデビューすることになる。

人気が出始めサイン会を開くようになった頃、あの少女が再び現れる。

願いが叶ったのが彼女のおかげかはわからないが、感謝を伝えるマキ。

それを見て満足そうな笑みを浮かべた少女は、次の願いを尋ねる。

マキは躊躇いながらも、半分愚痴交じりにプライベートの悩みを口にする。

自分の活動を親に認めてもらえていないこと、好きな人に興味を持ってもらえていないこと。

少女は頷いた。


数年が経ち、マキの人生は順風満帆そのものだった。

ミュージシャンとしての人気は確立され、親や恋人にも応援してもらえるようになった。

しかし長年のオーバーワークが祟ってか、喉を痛め歌声を出せなくなってしまう。

思い悩む彼女の前に三度あの少女が現れる。

困ってると思って助けに来たと笑う少女。これが最後の願いになる。

考え込むマキに少女は明るく語る。病気を治してほしいじゃなくて、一生健康な体にしてほしいと願えばいい。そしたら死ぬまで安泰な生活だと。

少女の健気な様子にマキは笑みをこぼす。

「それもいいかもしれないけど…やっぱり…」

マキはしゃがれた声で呟いた。

「夢から覚ましてほしい。」


「…いいのですか?」

少女は戸惑いと悲哀の表情を浮かべる。

マキは穏やかに笑うだけだった。

気づくと二人が最初に出会ったあの場所に戻っていた。

ギターを抱きながら路傍に立ち尽くすマキ。

彼女を見ているのは少女だけだった。

誰も足を止めることも目をやることすら無い。

「わかってた…」

マキが絞り出すように呟く。

「私を認めてくれないってことくらい…私を好きになってくれないってことくらい初めからわかってた…!」

「それでも…!」

涙を流すマキの瞳は強く輝いていた。

「明日も歌うから…また聞きに来て。」

少女は4つ目の願いを叶えると約束した。



③傘差し様

学童の建物の向かい。古めかしい木塀の続く路地には傘を差した女の幽霊が出るという。

背の高いその女性は傘を忘れた子どもの前に現れると、傘を差して家まで送ってくれるのだ。

彼女は「傘差し様」と呼ばれ、子どもたちの間では昔から親しまれていた。


妹のきりたんから「傘差し様」に送ってもらったと聞かされた東北ずん子は、毎日彼女を迎えに行くことを決める。

高校生になったずん子にとって「傘差し様」の存在は不審者以外の何者でもなかった。

最近反抗的になっていたきりたんは姉の過保護にうんざりした様子を見せる。

お姉ちゃんだって昔「傘差し様」に送ってもらったことがあったはずだと訴えられ、ずん子は遠い記憶を辿る。

スーツ姿の女性に傘を差して送ってもらったことが確かにある。だがあれはただの親切な人、あるいはやっぱり不審者だ。

ずん子の決定は覆らなかった。


それから数日後、雨空の下二人は口論になる。

きっかけは些細なことだった。

今日の朝、雨が降るという予報を見たずん子はきりたんに傘を持つように言いつける。きりたんは晴れた空を見て雨なんか降らないと言ってつっぱねた。

その答え合わせがどうだったかというと、小雨だった。

だから傘を持っていけと言ったのにとずん子。この程度なら傘なんかいらないときりたん。

意地を張って言い合いを続けた二人はつい熱くなりすぎてしまう。

もし雨が降ってもまた「傘差し様」に送ってもらえばいい!お姉ちゃんなんかいらない!

ああそう!じゃあ勝手にしなさい!あんたなんか知らない!

雨の中、傘も持たずに駆けていくきりたん。

遠ざかっていく背中を睨んでいたずん子だったが冷静さを取り戻して彼女を追いかける。

どうしてこんな風になってしまったのだろう。前はあんなに仲良しだったのに。あの子がもっと小さい時は…

雨足が強くなっていく中、速度を速める。速足から駆け足へ。

きりたんが赤信号を突っ切っていくのが目に入り、そのままずん子も横断歩道を駆け抜けようとする。

傘を差したままのずん子の視界では、横から迫ってくる車には気づけなかった。


ぼやけていく意識の中、目に映るのはきりたんに渡すはずだった傘と、気づかずに走り去っていく彼女の背中。

そんなに濡れたら風邪を引いてしまうかもしれないから…

傘を…あなたに…


学童の建物から出てきた少女が一人、不安げに空を眺める。

雨の勢いは衰えることなく、傘を忘れた彼女の行く手を阻む。

視線を下ろすと、向かいの路地に傘を差した女性が立っていた。

少女と目が合うと、制服姿のその人は優しく笑った。



④一人の帰還者

おまけ。ヘンゼルとグレーテルを意識したけどほぼ原形無し。


まずはこうして無事に助かったことをお喜び申し上げます。あの事故の生存者は残念ながらもう諦めていました。

なんせ冬の雪山への墜落事故です。救助活動もままならず、生き残りが居たとしても見つけられたかどうか…

一点質問があります。あれから一週間になりますがどうやって麓まで辿り着いたのですか?


警官の質問に彼女は虚ろな目で一言だけ答えた。

「二人だったから。」



2024年7月28日日曜日

鏡、勾玉、剣

夏に向けたホラー三枠。

最初に思いついた鏡に連想され勾玉、剣に関する話も作成。


①姿写しの鏡

テーマは複製。


4時44分ちょうどに踊り場にある姿見を覗くと鏡の世界に引きずり込まれる。

音街ウナの語るありがちな怪談を東北きりたんは鼻で笑い飛ばす。

不満げなウナにきりたんは昔からある話だと告げる。自分も小学三年生の時に聞いて試したが何も起こらなかったと。

がっかりした様子のウナを尻目にきりたんは読書に戻る。


放課後、委員会の仕事で遅くなったウナは例の姿見の近くを通りがかる。

どうせ何も起こらないよねと姿見の前へと立つ。

ゆらゆらと踊ってみせるが普通に自分の姿が映っているだけである。

そのままクルリと回ってみる。

視界の端、一瞬だけ捉えた鏡には立ったままこちらを見つめている自分の姿が映っていた。

驚いて離れようとしたウナの腕を鏡の中から伸びてきた手が掴む。

引きずり込まれそうになるのを耐えながら、必死に助けを呼ぶ。

その時、鏡の割れる音が響き渡った。


鏡の破片と投げつけられた単行本が踊り場に散らばる。

きりたんはウナの手を引き、姿見の前から引き離した。

礼を言うウナを横目に、単行本を拾うきりたん。

ひびの入った姿見からはもう腕は伸びてこなかった。

鏡を割ってしまったことをどうするのかと問われ、逃げるしかないと笑うきりたん。

ウナは自分がやったことにしていいから謝った方がいいと笑う。

ふときりたんから表情が消える。

鏡を見つめるその目は何かを考えているような、何かを思い出したような。

また鏡に映る姿が動き出したのかと身構えるウナに、きりたんは優しく笑いかける。

姿見の前を離れ、階段を下りるきりたんとウナ。

あの怪談には続きがあるんですよ。

きりたんが口を開く。

鏡の中に引きずり込んだ後、代わりに鏡の中の自分が出てくるんです。

それを思い出してました。


割れた鏡にきりたんの姿が映る。

涙を流しながら手を伸ばしていた彼女の姿は、4時45分になると同時に消えた。



②一連なりの勾玉

テーマは融合。


ネットショッピングで不思議なアクセサリーを見つけた花隈千冬。

白と黒の対となった勾玉のイヤリングで、互いに片方ずつ身につけることでその二人は結ばれるというものだった。

友情にも恋愛にも。そんな謳い文句に苦笑しながらも千冬はそれを購入する。


千冬には気になっている相手が居た。同じクラスの紲星さんだ。

高校からこの町に引っ越してきたという彼女はクラスでは高嶺の花だった。

新雪を思わせる白い髪と物憂げな青い瞳。

彼女とどうにかお近づきになりたかった。

買ったはいいもののプレゼントを渡すような間柄ではなく、彼女を目で追うしかない千冬。

そんな折、紲星さんが先輩の女子と話している姿を目撃する。

クラスでの姿とは異なり、人懐っこい様子で先輩に絡む紲星さん。

言い知れない失望と嫉妬心を覚えた。


それから千冬は先輩と紲星さんの仲を裂こうとし始める。

しかしその目論見は上手くいかず、やがて紲星さんには嫌われるようになる。

降り積もったフラストレーションは、いつしか紲星さんへの敵意に変わった。

ある日、階段を降りようとしていた彼女を後ろから…


動かなくなった紲星さんを前に我に返る千冬。

ただ仲良くなりたかっただけなのにどうしてこんなことをしてしまったのか。

後悔の涙を流しながら、あれからずっと持ち歩いていた勾玉のイヤリングを彼女の耳につける。

自分には黒の勾玉、彼女には白の勾玉。

世界がぐにゃりと歪んだ。


次の日の朝、何事も無かったように学校が始まる。

教室の席が一つ少なくなっていることに気づく者はいない。

放課後、いつものように先輩が彼女に声をかける。

右耳に黒の勾玉、左耳に白の勾玉。

黒と白の入り混じったその少女は嬉しそうに笑った。



③縁断ちの剣

テーマは分離。


これは「エンダチノツルギ」だと四国めたんが語る。

良縁だろうと悪縁だろうとその人との因縁を確実に断つことができる。

夏色花梨はそんな御託はいいから早くあの男との縁を切ってくれと頼む。

自分にずっと付き纏ってるあの男との縁を…


高校3年生の夏、ちょっとしたきっかけで付き纏われるようになった他校の男。

地域の有力者の息子のようで強硬な手段も取れず困り果てていた頃、友人の伝手で胡散臭い霊能力者を頼ることになった。

半信半疑だったが駄目で元々と縁切りをしてもらった。

それから驚くことに一度もあの男の姿を見ていない。

噂によると彼は交通事故に遭い入院しているそうだ。

めたんの話を思い返す。

因縁を断ち切った相手とはどれだけ近づこうとしても近づくことはできず、それでも尚近づこうとすれば災いが降りかかる。

もう生涯あの男に付き纏われることは無いのだと思うと清々しい気分だった。


それから10年、そんな出来事もすっかり忘れた頃、花梨には付き合っている男性が出来ていた。

近々結婚も考えていて順風満帆な人生だった。

ただ一つ懸念点があるとすれば彼の持病だった。

ある夜道、発作を起こし路上へ蹲る彼。花梨は携帯で救急にかけようとする。

繋がらない。

見ると画面は暗くなっていて電源ボタンを押しても何の反応も返さなかった。

こんな時に故障かと焦りながら公衆電話を探す。

誰かに助けを求めようとするが辺りはしんと静まり返っていて人の気配はない。

結局離れた公衆電話まで辿り着き、電話をかけようとする。

繋がらない。

怒りと悲しみで取り乱し、電話機を蹴りつける花梨。

尚も助けを呼ぶ方法を探そうとする彼女の耳に、ブレーキ音が届く。

突っ込んできたトラックは電話ボックスごと彼女を押し潰した。


運び込まれてきた患者を悲しげに見つめる白衣の青年。

首を振り、死亡診断書の作成に取り掛かる。

まだ若いその女性の損傷は激しく、身元確認すらできていない状況だった。

かつては恋情に振り回されストーカー行為にまで手を染めた彼も、10年の月日を経て立派な救命医へと姿を変えていた。



④呼び声トンネル

おまけ。小春六花の出番が無かったから。


ランニング中、「おーい、助けてくれー!」という声に足を止める小春六花。

声の出所を探していると小さなトンネルに行き着く。

「大丈夫ですかー!」と声を返しながらトンネルに踏み入れる六花。

すると反対側の出入り口から走り去っていく人影が見えた。

いたずらだったのかと呆れる六花。

踵を返し立ち去ろうとする。


気づいたらトンネルの反対側に立っていた。

状況を理解できない六花。

今度は反対側の出入り口から出ようとする。

再びトンネルの反対側へ、元々入ってきた方へと移動していた。

ループしていることに気づいたのはそれを何度か繰り返した後だった。

得体の知れない状況に混乱し、取り乱す六花。

「誰か!誰かいませんかー!助けてくださーい!」と叫ぶ。

「大丈夫かー!?」と遠くから声が返って来る。

人に見つけてもらえたことがわかり安堵する六花。

だがその時あることに気づく。


「おーい、助けてくださーい!」と引き続き声を上げながらタイミングを見計らう。

トンネルの向こうから誰かが足を踏み入れたのを見届け、走り出す。

出入り口がループすることは無く、そのまま脱け出せた。

六花はそのまま振り返らずに走って行った。

「いたずらだったのか?」と怪訝な顔をする少女。

彼女がトンネルから出られなくなったのに気づくのは、もう少し後のこと…



時々出るモブ

別に視聴者が覚える必要は無いが、一応私は覚えておいた方がいいかもしれない。 今この場で適当に名前を決めておいた。 ・カンザキ COEIROINK:青葉 公立高校3年生。 これまで所属する部活から付き合う友人、毎日の自由時間の使い方まで決められていたにも関わらず、進路を決める土壇場...