放課後の生徒会室。ずん子を除く生徒会メンバーが集まっていた。
六花はちゃんと戦おうというずん子の言葉を伝える。
「それでいいなら。」
花梨はあっさりと引き下がった。どこかでそう言われるのを期待していたのかもしれない。
「となるとこれから忙しくなりますねぇ。」
「千冬ちゃん、それでね。」
他人事のような態度の千冬に六花が話を切り出す。
選挙活動を進めるにあたり協力者がいる。一番手近なところは彼女だった。
「お断りします。」
千冬はそう言って頭を下げる。あっさりとフラれたことに六花はショックを隠せない。
「私は元々ずん子さん派でしたので。そちらにつかせていただきます。」
「でもね千冬ちゃん…!」
「他を当たってください。それでは。」
取りつく島もなく千冬は生徒会室を出て行った。ずん子の元に向かったのだろう。
「あっちゃあ…」
そのやり取りを見ていた花梨も残念そうに嘆息を漏らす。人差し指を立てて続ける。
「協力しようか?どっちにしろ私も巻き込まれちゃってるし。」
「いえ、大丈夫です。」
花梨の力は借りない。勝負の公平性という意味でも受験を控えている花梨の負担という意味でも。
「ただ、花梨先輩が自分を推しているという話はそのまま利用させてもらいます。」
新聞で広められた以上かき消すことも難しいし、そのアドバンテージすら捨ててしまえば勝ち目がない。
「そ、頑張ってね。」
手を振り花梨も生徒会室を後にする。副生徒会長も親指を立てて後に続いた。健闘を祈るという意味だろう。
「…誰もいなくなっちゃった。」
「私がいますよ!」
生徒会役員一同のやり取りを見守っていたフィーちゃんが声を上げる。
アンドロイドのフィーちゃんはマスコットのようなものだ。それを政治利用するのはいかがなものだろうか。
六花は躊躇したが他に目ぼしい当ても思いつかなかった。
「あの…東北さん…」
六花を見送った後、ずん子はいつまでも教室の机から動かない。痺れを切らしてかのんは声をかけた。
「どうかしたの?」
ずん子はいつもと変わらない微笑みで返す。
さすがのずん子も多少は動揺を見せると思っていた。しかしここまで何の揺らぎも見て取れない。
かのんは気恥ずかしさを覚えていた。取るに足らないことではしゃいでいる子供のような気恥しさだ。
だがそれでも彼女はジャーナリズムにこだわった。
「取材してもいいですか?」
ずん子の前、先ほどまで六花が座っていた場所に腰を下ろす。
「どうぞ。」
相対するずん子は少し楽しそうだ。
ずん子の感情を察することは非常に難しいが、最初の言葉は間違っていなかったという手ごたえが芽生える。
「先ほど六花さんと話していましたが、やはり生徒会選挙のことでしょうか。」
「ええ、お互いの意気込みを語り合いました。」
「ずん子さんからすると対抗馬の六花さんは煙たい相手なのではと思っていました。」
「とんでもありません。1年間共に生徒会で過ごし、今も学校のことを第一に考える仲間です。」
ずん子は淀みなく当たり障りのない言葉を返す。
「前会長の花梨さんは六花さんを応援されるでしょうか。」
「恐らくしないと思います。どちらかに強く肩入れするのも不公平ですし、六花さんもそこまで頼りはしないでしょう。」
「…花梨さんはあなたのことを疎んじていたと思いますか?」
「そうお考えになるのも無理はありませんが、私はそのようには感じませんでした。花梨前会長は尊敬できる立派な方です。」
恐る恐る投げた石もあっさりと受け止められる。他の生徒達ならいざ知らず、彼女に対しては通用しないだろうとは思ってた。
既に手札が無い。後は六花陣営も含め、ある程度動きが出てからだろう。
「ありがとうございます。各立候補者の詳しい主張を取り上げる際にまた。」
「ええ、こちらこそありがとうございました。」
ほとんど喧嘩を売ったようなかのんにも礼儀正しく隙を見せない。諦めて立ち去ろうとした時、教室の扉が開いた。
「ずん子さん。お手伝いに参りました。」
千冬の顔は当然かのんも知っていた。千冬の方はかのんの顔に見覚えがあるくらいだったようでお互い会釈で済ます。
見立て通り千冬はずん子についたようだ。ずん子が正式に生徒会に入ったのは4月からで、千冬とは先輩でもあり同期でもあるような関係だ。親しみとも憧れともつかない感情を持っているのは調査済みだった。
ここからどこまで大きくなるかはわからないが、目下気にするべきは六花の方だろう。あっちが弱すぎて勝負が成立しないのが一番かのんにとっては困る。
「あ、かのんちゃん。」
新聞部に向かおうとしたところをずん子に呼び止められ、かのんは振り返る。
「ジャーナリストごっこ楽しかったね。」
屈託のない笑みで放たれた言葉に固まる。
他意は無いのかもしれない。無いのかもしれないが…
曖昧に笑って教室の外へ。そのまま廊下を歩き出す。頬が熱くなるのは怒りか恥ずかしさか。
かのんは唇を嚙んだ。
六花は翌日には地盤固めに動き始めていた。
花梨への人気を利用する。あるいはずん子への反感を利用する。
どちらも効果的なようでリスクの大きい方法だ。六花が選んだのは曖昧かつ無難な選択肢だった。
難しい立場に追い込まれた不憫な人物という戦略。
花梨からは期待を向けられ、ずん子からは敵意を向けられ、板挟みになって困っているという強ち演技とも言えないスタンス。
これによって新聞の内容を肯定するでも否定するでもなく、親かりん派と反ずん子派が同情交じりで自分を支持するように仕向けられる。
後輩に見捨てられてフィーちゃんしか味方がいないという状況も幸いして手応えは良かった。
東北ずん子も有名人とは言えこの前まで生徒会長だった花梨の方が知名度は高く、その横に1年の頃から引っついていた六花の知名度もまた高い。
各部活の前まで部長だった3年生、新しく部長になった2年生とも大体顔見知りだ。大抵の生徒はよく考えずに投票先を決めるため、部活で組織票を取り込めればほぼ勝ち確だ。
六花はずん子を恐れ過ぎていた気がしていた。彼女を一方的に知る者は多いが、彼女と親しい者は非常に少ない。
その数少ない相手である茜とマキは六花とも親しく、中立でやらせてくれと言っていた。それは嘘で実はずん子と繋がっている可能性も無くは無いが、そういう腹芸ができるタイプでもないだろう。
敵に回すと厄介そうなのはゆかりだが、あの態度を見るに素直にずん子の見方をするようには思えない。ずん子に憧れて下につく者はいても横に並ぶ者はいないのだ。
隣のクラスのことは詳しく知らないが、茜の双子の妹である葵くらいしか親しい相手は居ないと聞く。葵も中立のスタンスでいたいというのは茜から確認済みだった。
他にはもう思い当たらない。
自分が東北ずん子の立場だったならば、勝ち方が思いつかない。それでも彼女だったら勝ってくるのだろうか。
六花は地盤固めが順調なことに安堵しながらも、手応えの無さからくる不安を感じていた。相手が何を考えてるかわからないという不安だ。
ずん子と千冬は今どうしてるのだろうか。
毎日のように一緒にいた彼女たちも、対立候補となった今では会いに行くのははばかられた。
「六花さんは各部活の代表に当たっているようです。」
ずん子につくことを決めた千冬だったが、その心には六花と同じような不安が広がっていた。
六花に対してではない。ずん子に対してだ。
ずん子は今のところ何の手も打っておらず、何の策も千冬に伝えていない。何を考えているかわからないという不安と、何も考えていないのではないかという焦りだ。
実際のところ千冬は六花よりも先に部長たちに根回しするつもりだった。しかしずん子は曖昧に返事を濁すだけで結局行かなかった。
後手に回っている。それがわからないずん子ではないだろうに。
「今はまだ大丈夫だから。」
ずん子はそう一言だけ言った。
彼女の迷いの無い言葉はいつも千冬を安堵させていたが、今回ばかりはそうもいかなかった。
本当は勝つ気が無いのではないか。六花を奮起させたかっただけで会長の座は譲るのではないか。
そんな疑念が胸に生じ始めていた。
ずん子の足が止まる。つられて立ち止まった千冬も人だかりができていることに気づいた。
一段高いところに人影が見える。選挙演説のようにお立ち台に立っているのだろう。
その人物が声を張り上げる。
「私には嫌いなものがあります。」
聞き覚えのある声だった。
「雨の日の登下校で靴下が濡れ、上履きにも湿気がこもっていくあの感じ。放課後までの1時間が永遠のように思える7限目の授業。途中の出校日まで答えを渡してくれない夏休みの宿題。そして…」
大きく息を吸い込む。
「東北ずん子です。」
見慣れた結月ゆかりの姿だった。
「何やってんだお前ぇ!」
ずん子が声を上げてゆかりに詰め寄る。千冬はむしろそのリアクションのキレに驚いた。千冬の知るずん子はいつも超然としていたのだ。
「結構長い付き合いなのにそんなことしちゃダメだろ!」
「皆さん見ましたか!これが思想統制です!」
ずん子に組みつかれながらもゆかりが声を張り上げる。反ずん子派の集会をまさかゆかりが行うとは思っておらず、千冬は呆れる。
集まっていた群衆からずん子に野次が飛ぶ。見物人などではなくちゃんと彼女のアンチのようだ。
「自分の意に沿わない相手は暴力で組み伏せる。これが彼女の本質です。もし彼女が生徒会長になればこのような蛮行が学校規模で行われることになるでしょう。我々はそんな事態を決して許してはなりません。来たる選挙の日、我々有権者は民意によって彼女を排除する必要があるのです。」
立て板に水で流れるように演説を行う。さすが演劇部と思うがそれを活かす場がここでいいのかと千冬は思う。
「あの…ずん子さん…」
千冬は恐る恐るずん子に声をかける。ずん子は渋い顔をしながらゆかりを放した。
上着と息を整え、ゆかりは続ける。
「選挙期間中の応援活動は自由だったと思いますが何か問題でも?」
「…六花ちゃんの応援なの?」
「ええ。」
「六花ちゃんの許可は取ったの?」
「必要ですか?」
ずん子の問いに悪びれもせずゆかりは答える。六花の差し金などではなく、ただただ勝手に集会を開いているようだ。
「我々の力で小春六花を勝たせましょう!そして東北ずん子を負けさせましょう!」
ゆかりの呼びかけに集まった群衆は歓声を上げる。この短期間でどうやってここまで扇動したのか。元々ずん子に反感を持っていた人を知っていたのかもしれない。
この場ですぐどうにかするのは無理と悟ったのかずん子は背を向ける。千冬も後に続こうとしたが、群衆の中に見知った顔を見かけて足を止める。
「明日もここで集まるのでお友達にも声をかけてくださいね!」
「あかりさん…」
クラスメートの紲星あかりだった。ゆかりの後輩とは言えこんなことにも付き合うとはと正直引いていた。
「千冬さんお疲れ様です。今回は敵同士ですからね!」
「本来敵じゃないと思うんだけどなぁ。」
あかりの屈託のない笑みに毒気を抜かれる。友達なのに敵に回すようなことをしてはいけないと思っていたが、この人たちは友達のまま敵に回れるのかもしれない。
この勢力がそのまま六花の味方になるかはわからないが、ずん子にとっては頭の痛い存在になるだろう。
千冬はこれからのことを考えて頭を抱えた。