唯世かのんは反ずん子派の集会を遠くから見守っていた。
あの中には新聞部の部員も入り込んでいる。後で詳しい様子を聞く予定だ。
生徒会選挙を戦いの場として煽るために、六花とずん子の身辺は洗っている。その中で結月ゆかりはかなり特異な存在だった。
彼女は一言で言えば変人だ。1年生の頃までは成績優秀な大人しい生徒だったが、2年生に上がる頃に突然人が変わった。自ら部活を立ち上げ交友を広げる活動的な生徒…という評価では収まらないような奇行も噂されている。
二人の共通の友人は何人かいるのだが、どちらに対しても挑発的なのはゆかりだけだ。いじられやすい六花はともかくずん子に対して表立って敵対的な言動を取れる人は彼女以外に見つからない。
どういう立ち位置につくのか予想できていなかったが、反ずん子派についてくれたのはありがたかった。ずん子の敵となるなら六花にとっては間接的に利となるだろう。
東北ずん子については謎に包まれている部分も未だ多い。
東北家が裕福な家というのは知られているが、彼女の両親については聞いたことが無い。離れて暮らしていると言っており、不仲説も囁かれていた。
姉妹がいるというのも何人いるのか定かでない。複数人で暮らしているのは確かなのだけれど、確認が取れたのは小学5年生の妹だけだ。
クラスメートで友人の葵は内情を知っているのだろうが、彼女は恐らくずん子のことをあまり良く思っていない。下手に刺激してトラブルを起こしたくはないと踏み込んで聞けずにいた。
しかしそんな彼女が一度ポロッとこぼしたことがある。東北ずん子と一番仲がいいのは結月ゆかりだと。
正直傍目から見ている分にはそうは思えないが、1年生の頃からずん子を見ている彼女が言うならそうなのかもしれない。喧嘩するほど仲がいいということだろう。
本気でずん子を嫌ってるわけではないのだろうが、彼女に一泡吹かせたいと思ってるのは同じはずだ。
ゆかりに接触すれば今後の手立てが思いつくかもしれない。かのんはメモ帳にそう書き残した。
場面は変わり文芸部の部室。宮舞モカは珍しい相手から相談を受けていた。
花隈千冬とはそこまで親しい間柄ではない。ゆかりやずん子を通して知り合い、たまに図書室で顔を合わせる程度だ。
「不躾なお願いで申し訳ないのですが…」
彼女はそう切り出した。
「生徒会選挙でずん子さんと六花先輩が対立しているのはご存じですね?」
「うん、話題になってるからね。」
ずん子のいる教室ではあまり大きな声で言えないが、ゴシップ記事の効果もあって選挙への関心は高まっていた。
ずん子がいつも通り勝つのか大番狂わせで負けるのか。彼女と1年を通して付き合ってきたクラスメートとしては興味なしとはいかない。
「私はずん子さん派だよ。六花さんのことそこまで知らないし。」
「あ、そうなんですね。それは良かったです。」
そう言いながらも千冬の顔は悩ましげだ。
モカは支持を取りつけることに意味があるような立場ではない。もっと別の頼み事があるのだろう。それは恐らく…
「密偵ですね。」
「…はい。」
千冬は申し訳なさそうに肯定した。
「結月先輩がずん子さんの反対集会を開いてるのはご存じですか?」
「知らないけど…そんなことしてたの?」
「ええ、残念ながら。」
「じゃあ、それを調べてきて欲しいってわけか。」
「そうなります。」
ゆかりはよく突拍子も無いことをする。ほとんど悪ふざけのようなものだがなまじ人を引き付ける力があるだけに無視できないこともある。今回もそうだろう。
「ずん子さんにとっては悩みの種か。」
「だと思うのですが…」
千冬の歯切れの悪い様子にモカは片眉を上げる。
「ずん子さんに言われて来たわけじゃないの?」
千冬の沈黙は肯定を意味していた。
「何もしていない?」
「…ええ。」
千冬いわくずん子はゆかりに対しても他の誰に対しても何の働きかけも行っていない。それはモカにとっても戸惑いを覚えることだった。
会長に立候補した以上選挙活動を行うのは当たり前だ。ましてあの東北ずん子であれば常人離れした働きぶりで既に地盤を固め切っていてもおかしくない。
何もしていないなんてことはあり得ない。
「…調べるのはゆかりさんの方でいいの?」
「今はまぁ…」
モカの問いかけに千冬は答えを濁す。
ずん子が本当に何もしていないよりもずっとあり得ること。千冬にすら隠れて動いている可能性。
千冬が生徒会の仲間に対して敵対的になり切れないことを見越して秘密裏に活動している。六花の誘いを蹴ってずん子についた千冬には悪いが十分考えられることだった。
「クラスメートだしね。ずん子さんにもそれとなく探りは入れておくよ。」
「お気をつけて。」
スパイという行為はモカにとってけして気が乗らないものではない。むしろモカはちょっとテンションが上がっていた。
ただ恐らく大したことを考えていないゆかりはともかく、ずん子を相手取るのは並大抵のことではない。能力的な部分でも性格的な部分でも一枚も二枚も上手だ。
実際のところ六花も千冬もゆかりもモカも取るに足らない存在と見なされているかもしれない。そう思うと下手に内心を暴こうという気持ちにもなれなかった。
ゆかりの演劇部を通して単なるクラスメートよりは距離が近づいた今であっても、ずん子はモカにとって遠い人間だった。
六花とずん子の戦いの火は二人とは離れたところにも広がっていった。
その中心地となる結月ゆかり率いる反ずん子派の集会。そこには役者が揃いつつあった。
宮舞モカは疑われることなく内部に入り込んでいた。あくまで中立というスタンスを崩したくない茜やマキに、自分がお目付け役になると売り込んだのだ。
ゆかりの仲間である彼女たちから頼まれたというストーリーで堂々と集会を見て回る。もちろん本当の依頼人である千冬のことは伏せて。
モカは完璧に密偵という役割を果たしていた。
モカの目から見て反ずん子派はやはり悪ふざけのようなものだった。
本当にずん子のことを悪く思っている者もいたが少数派だ。大半はなんかあいつ気に食わないよなという嫉妬の域を出ない。
あくまでずん子にちょっと嫌がらせがしたいだけ。首魁であるゆかりの手腕か「エンタメとしての悪意」という形で制御されていたのだ。
間違ってもずん子やその支持者に危害を加えようなどという過激派は出そうにないのは安心だが、それ故の崩しにくさも感じられた。
ずん子への反感は必ずしも誤解や偏見によるものではない。真摯に向き合ってもどこか気に入らないのは優れた者と劣った者の自然な形なのだ。
ゆかりの行いを好意的に見ればそうした鬱憤のガス抜きであるとも言える。選挙を前に割かし平和的に不満を解消していると思えば、ある意味ずん子の味方をしているのかもしれない。
もっとも本人にそんな意図があるようには見えないが…
役職など無いただの寄せ集めなのだが、集団の常として根幹を為す人間は決まってくる。
まずは扇動者であるゆかり。演説を行い集会の音頭を取っており、彼女なくしてこの集まりは成り立たない。
次にその腹心であるあかり。勧誘や告知、名簿の作成など縁の下を支えている彼女もこの集まりに欠かせない人材だろう。
そして隠れた実力者がギャラ子先輩だ。
金に茶、赤青黄と派手な染め方をした髪に着崩した服装。「ギャラ子」としか呼ばれず本名はわかっていないが3年生であるのは間違いない。
この学校ではほとんど見たことの無い、いわゆる不良と呼ばれる人種なのだろう。態度も言葉遣いも乱暴なところは無くむしろ落ち着いているのだが、それが却って圧を発していた。
あかりがこっそり教えてくれたところによるとガラの悪い生徒たちのまとめ役、番長なのだそうだ。大柄なわけでもない女子生徒なので、暴力で抑え込んでいるのではないのだろう。
危ない雰囲気をアクセントとしたカリスマ。どうしてこんな集団をすぐに作れたのかと疑問に思っていたが、彼女が手引きしていたのだ。
反ずん子派はゆかりとギャラ子のツートップ。あるいはギャラ子の方が真のトップだ。
この情報は内部に潜らねば手に入らない収穫だった。
そしてその情報は同時期に唯世かのんの手にも握られることとなる。
反ずん子派の全容を把握したかのんはゆかりとギャラ子に協力を打診していた。
この戦いを盛り上げる。それが共通目的であることに確信を持てたのだ。
かのんの申し出は認められ、ゆかり、あかり、ギャラ子、モカ、かのんが一同に会することとなった。
六花派、ずん子派の両陣営の当事者が不在にも関わらず、この会合がこの生徒会選挙の分水嶺になる。
「新聞部部長の唯世かのんです。」
「結月ゆかりです。」
「ギャラ子だ。」
3人は簡潔に自己紹介を済ます。あかり、モカは少し離れた場所でやり取りを見守る。
種類や規模に差はあれどいずれも集団の長となるような人物だ。なんとなく割り込めない空気が作り出されていた。
口火を切ったのは年長者であるギャラ子だった。
「アタシらは東北ずん子が嫌い。アンタも東北ずん子が嫌い。それでいいな?」
「はい。」
単刀直入な物言いにかのんは涼しい顔で答える。
「それでは東北ずん子を倒すための悪だくみということになりますね。」
楽しそうにゆかりが笑う。どこまでも愉快犯のスタンスだ。
「アタシは頭を使うのは苦手だからな。お前たちで考えてくれ。」
対してギャラ子はつまらなそうに目を閉じる。
モカはギャラ子を注視していた。彼女は影響力を発揮しながらも今一つ真意が読めていない。
かのんの新聞やゆかりの演説のように考えを知れる機会が無く、直接話を聞きに行く勇気も出せていなかった。
しかしモカとは異なり、かのんはそれでもギャラ子の人間性を調べ上げていたようだ。
「東北ずん子と喧嘩にならずやる気が出ませんか。」
「そうだな。」
チラリとかのんを見やるとギャラ子は呟いた。
「私も多少なりとも反応を見せるものと思っていました。」
「騒いでくれたのはこいつを見た時だけだ。」
ギャラ子が顎をゆかりに向ける。ずん子が初めてゆかりが集会を開いているのを見た時のことだろう。
ゆかりはなぜかちょっと照れたように笑っていた。
「アタシはさ、もっと熱い戦いがしたかったんだ。」
「当てが外れたのは私もです。ここから巻き返しますので付き合ってください。」
ゆかりの言葉にかのんも続く。
「ゴシップまがいの学校新聞、アンチによる反対集会。並の候補者ならば反応せずにはいられないような状況でも東北ずん子は眉一つ動かしません。しかしだから無意味だとやめてしまうのはもっとつまらないのではありませんか?」
かのんは指を立て声のトーンを上げる。
「逆に考えましょう。彼女はそれほどまでに強大な人間なのです。彼女を崩すにはもっともっと強い揺さぶりをかける必要があります。自分たちまでも危険に晒すような。それは燃えませんか?」
「頭がいい奴はそうやって乗せてくるから嫌いだ。」
ギャラ子はそう言ったが初めて笑った。
「そう言うからには何か手があるんだよな。」
「凡庸な手ですがやはり合流しか無いでしょう。」
ギャラ子の問いにかのんは静かに答える。
「一人相撲になってしまっている現状を思うとやっぱりそれしか無いですね。」
ゆかりも腕組みをして渋々といった様子で頷く。
現在は六花派、反ずん子派、ずん子派の三派に別れてしまっている。
独立勢力として動いてしまっているが反ずん子派が掲げているずん子の敗北はそのまま六花の勝利であり、六花派と合流できるならしない理由は無い。
「アタシは小春六花を知らん。つなげるか?」
「私がクラスメートですのでつなぐ分には。」
ゆかりが指でOKサインをつくるが表情は渋いままだ。
「何が懸念事項ですか?」
「…幾つかありますが大きいところだと必要性ですね。」
ゆかりが大きく手を広げて語り出す。
「目指すところが同じである以上一緒にやらない理由も無いのですが、一緒にやる理由も無いのです。各々勝手にやっていても同じ一票に行き着きますので。我々ははみ出し者ですから好き好んで近づこうとする者はいません。」
「小春六花に合流の必要性を押しつければいいのですね?」
「部分的には。」
合流に前のめりなかのんとは対照的にゆかりは慎重だった。
ゆかりはいつも逆張りをするというのは彼女の親友の茜の言葉だ。
慎重論を出しているようでとりあえず反対しているだけではとモカは思う。あるいは六花を取り込んで自分が集会の中心でなくなることを避けたいのではないか。
「アタシらは飽き性だからな。相手にされなかったらすぐにやめちまうと思ってほっといてるのかもしれん。合流すればどうなっても頭数は残る。プレッシャーを与えるって意味では賛成だ。」
「…二対一ですか。それでは認めざるを得ませんね。」
ギャラ子の言葉を受けるとゆかりはすぐに立場を翻した。フットワークが軽いとも言えるがこの軽々さがモカにとっては信用ならない。
ともかく反ずん子派は六花派と合流に向かうようだ。このことは千冬に伝えなければならない。
「小春六花は今どうしてるんだ?」
「早期に各部の部長に当たった後、地道に広報を進めてます。特にこだわりの無い生徒たちの多くは六花派に傾いていると思われます。弱点としては基盤となる支持母体が居ないことでしょうか。ただ、不安定な立場であることを売りにしている一面もあります。」
「…東北ずん子は?」
「ほとんど動きが見られません。弓道部はさすがに支持者が多いでしょうが、花梨前会長の話が効いているようで足並みが乱れています。」
「うーん…?」
かのんに説明を受けながらもギャラ子は首をかしげる。やはりずん子が何も動いていないことが気がかりなようだ。
「まぁあっちが動かない以上こっちが動くしかないか。終盤で巻き返してくる気なのかもしれんしな。」
「お手並み拝見といったところですね。六花さんの引き込みは私がやれば?」
「いえ、私がやります。それを手土産に私も仲間に入れてもらうつもりですので。」
ギャラ子とゆかりに力強くそう告げる。かのんには既に何か当てがあるのだろう。
かのんが席を立ち、会合は終わった。
所詮は部外者であれどモカもつい戦局について考えてしまっていた。
もう盤面は固まりつつあるのではないだろうか。仮にずん子が様子見をしているとしたらあまりに悠長が過ぎる。
勝つ手があるのか。勝つ気があるのか。千冬がやきもきしている気持ちもわかる。
立候補が締め切られ候補者が確定してから1週間。投票日までは2週間を切っていた。