「次はどうしますか?」
「うーん…」
小春六花とフィーちゃんは中庭で考え込んでいた。
やれることはやっている。各部活への根回しと地道な選挙活動。感触は決して悪くない。
「…本当にこれでいいのかな。」
「過去の生徒会選挙の時のことを調べていますが、皆さんこんなものでしたよ。」
フィーちゃんに聞かずとも六花も去年の生徒会選挙の様子を知っている。たかが高校の生徒会選挙だ。大したことをするはずもない。
ただ単に六花が気負い過ぎているだけだ。勝利にかける意気込みと対戦相手であるずん子への競争心を持て余している。
それもわかっている。
「まあ六花さんの気持ちもわかります。」
アンドロイドらしからぬ人間じみた表情でフィーちゃんが口を開く。
「拍子抜けって感じですよね。あんな新聞書かれて、千冬さんも持ってかれて、いざ逆境からのスタートって始まったのに。」
「私たちはできることをやるしかないんだろうけどね。」
結局地道な活動が実を結ぶ。一発逆転の手立てなどそうそうあるはずもない。仮にあったとしても自分はそういうことができる人間ではないと六花は知っていた。
ずん子が一発逆転を狙っていたとしても万全な状態で迎え撃つぐらいしか対策は無いのだ。六花には事前にその手を潰せるような武器が無い。
「今よろしいですか?」
誰かが近づいてきてるのは気づいていたが、それが誰なのか確認して六花は眉をひそめた。
新聞部新部長の唯世かのんだ。
花梨とずん子の対立のゴシップを書かれてから1週間、何をしてるかはわからなかったがあれで終わるつもりではないだろうと思っていた。
「そんな顔をしないでください。そろそろ各候補者の公約を取り上げようとしているだけです。」
邪な考えを抱いているとわかっていても露骨に敵対するわけにはいかない。かのんはこの学校の新聞部の代表であり、生徒会選挙に一票を投じる一生徒なのだ。
威嚇しているフィーちゃんを制し、六花は話を促す。
「ちょっと遅かったんじゃない?」
「すみません、不慣れなもので少しバタバタしてしまって。」
「確かに慣れないことをしてるもんね。お疲れ様。」
「ありがとうございます。」
軽い皮肉を軽く受け流し、かのんは本題を切り出す。
「さて、改めて各候補者、六花さんとずん子さんの詳しい主張をお聞きしたいと思います。生徒がどちらに投票するかを決めるための大切な判断材料ですのでよく考えてお答えください。」
「今もうここで言えばいい?」
「できるのならそれで構いません。よろしいですか?」
さすがにもう考えてある。六花は暗記していた内容を読み上げる。
「私が生徒会会長に立候補したのは、この学校をより生徒の個性と自由を尊重した学校にするためです。近年は慣習的な校則の緩和や撤廃が進んでおり、これまでの枠にとらわれない教育の在り方が認められるようになっています。近隣の私立高校では生徒の自主性を尊重した校風がとられ、風紀が乱れる、学業が疎かになるという批判に反して多くの社会的活躍、高い進学実績を残しています。これは健全な成長を促すための校則の多くが、かえって生徒の成長を阻害する結果となっている証左だと考えます。私が生徒会長になった暁には、服装や髪形の自由化に加え、マイナースポーツ、サブカルチャーにおける実績の表彰や部活動の設立基準の緩和を目指します。変化する時代の流れと人々の生き方に適応し、この学校が更なる飛躍を遂げるためにも、どうか私に皆さんの一票をお願いします。」
「AIに出力させました?」
「失礼な、AIと一緒に考えたんだよ。」
一息で読み切った六花にかのんは呆れ顔を浮かべる。人工知能搭載のフィーちゃんと一緒にああでもないこうでもないと練り上げたものだ。フィーちゃんも得意気にしている。
ペンを走らせていたかのんだったが、写し終えたようでじっとメモ帳を見つめている。
「…悪くないですね。最近のトレンドへの乗っかり、他の高校での成功事例、服装や髪形の自由化というマジョリティに訴求するものとマイナースポーツ、サブカルチャー推しのマイノリティに訴求するもの。生徒ウケを狙ったのでしょうがよく練られています。」
「あくまで私自身が実現したいことだよ。」
「そういうことにしておきましょう。」
正直かのんの言う通り生徒ウケを狙ったものだった。ずん子に勝つためでもあるが、六花自身現状の学校に不満が無く、改善の意欲が乏しいためでもある。
「教職陣の服装検査、髪型検査による時間的負担や生徒とのいざこざによる精神的負担も減らせる。また、少子化と私立高校に志望者を吸われていることで定員割れを起こしかけている学校の今後にも影響する。みたいなのも考えてた。」
「いいでしょう。その辺りも念頭に置いておきます。」
「考えておいてくれたおかげですぐに終わってしまいましたね。もう少し雑談でもしましょうか。おっと私なんかと話したくないなんて言わないでくださいね。」
「…まぁいいよ。」
「なんであんな記事書いたんですか?」
雑談に移った途端、フィーちゃんが遠慮なしに疑問を投げかける。
「私はただジャーナリズムの精神に則って忌憚のない記事を書いただけです。」
悪びれもせずかのんはそう答えた。
「逆にお二人はなぜあの記事を根も葉もないゴシップだと?」
「とりあえず立候補の順番は間違いだよ。ずん子さんが先で私が後。」
「あらそうでしたか。事実誤認があったようです。申し訳ありません。」
「花梨先輩については…」
花梨についてはほとんど事実だ。ただ一つ事実でない六花を推していた真意については否定できるだけの根拠は無い。
「花梨前会長は負けた腹いせに後輩の邪魔をするような人じゃありませんよ。」
そうした葛藤とは無縁なのかフィーちゃんはきっぱりと否定の言葉を出した。
「おや、では彼女はなぜ六花さんを?」
「六花さんの方がいいと思ったからでしょう。」
意地悪く尋ねたかのんにフィーちゃんは不思議そうに答える。その答えにかのんだけでなく六花もぽかんとした表情を見せる。
「え…ずん子さんより六花さんが…?」
「何かおかしなことですか?フィーもずん子さんより六花さんが良いと思ったから今こっちについてます。」
「ちょ、ちょっと待ってフィーちゃん…!本気で言ってるの…?」
これまで地道な選挙活動を続け多くの支持を取りつけた。しかしそれらはずん子のことを知らなかったからだ。
六花のことも知らない。どっちもよく知らないしどっちになってもいいからわざわざ足を運んできた六花でいいかとなっているだけだ。
二人のことをよく知っていたら、ずん子への反感以外で六花を選ぶはずがない。六花自身もそういう認識でいた。
「それほど長い付き合いではありませんが、六花さんはアンドロイドの私を一人の生徒として迎えてくれています。部活動巡りや挨拶運動でも、たくさんの生徒たち一人一人のことをよく見ていました。六花さんは同じ背丈で相手と向き合ってくれる人です。私は六花さんに生徒会長になってほしいと思いました。」
六花は思わず目頭が熱くなる。正直なところフィーちゃんは成り行きで自分に付き合ってくれているだけだと思っていた。ちゃんと支持されているとは全く思っていなかった。
口元に指を当て何かを考えこんでいたかのんが口を開く。
「…勝てるかもしれない。」
六花とフィーちゃんを見つめながら言葉を続ける。
「白状すると私はこの生徒会選挙が激戦になるのを期待していました。形だけの対抗馬である六花さんを互角の対戦相手に引き上げ、戦いを荒らして東北ずん子の動揺を引き出したかった。しかし事ここに至っては、もはや勝てるかもしれません。」
「それは私が…」
「ずん子さんにです。」
フィーちゃんとかのんの言葉によって、六花の中にも勝てるのではないかという確信めいたものが浮かんできていた。雲をつかむようだったこれまでの活動に、実感が生まれ始めたのだ。
「とりあえず今はずん子さんの公約も聞きに行かなければなりません。すぐにお二人の主張をまとめて次の新聞を出します。続きはその後で話しましょう。」
「…もしかしてだけど、協力してくれるの?」
かのんは人差し指を唇の前に立てて答えた。
「新聞はあくまで公平です。ただし私個人については別です。」
新聞部の仕事は異常に早く、翌日には新しい学校新聞が張り出された。
六花とずん子の紙面の大きさは同じだったが、そこに生徒会のオブザーバーとしてフィーちゃんの意見も載せられていた。フィーちゃんは六花の支持者なので、実質的には六花にだけ応援メッセージがついたようなものになる。
しかし、アンドロイドのフィーちゃんがどちらかに肩入れしているとは誰も思わなかった。フィーちゃんは中立な立場で二人を見比べ、小春六花を選んだのだ。
夏色花梨の後継者ではなく、東北ずん子の対抗馬でもなく、小春六花という一個人にスポットが向けられる。そのきっかけとなった。
「六花さん。」
「かのんちゃん。」
放課後の中庭には再び六花、フィーちゃん、かのんが集まっていた。昨日の話の続きになる。
「結月ゆかりが反東北ずん子の集会を開いているのはご存じですか?」
「まぁ、噂には。」
「そちらと合流しましょう。」
かのんはメモ帳を開く。
「学校新聞の前に投票箱を置いておき、事前調査を行いました。先ほど集計したところ6対4で六花さんが優勢です。」
優勢という言葉にフィーちゃんが喜色を浮かべる。六花も口元がほころびそうになったが気を引き締める。
「どこまで信頼できるものなの?」
「100票程度入っていました。数自体は十分ですが、全校生徒が720人であることを考えると不安ですね。当然ですが学校新聞をわざわざ見に行く、関心の強い層の票になります。新聞の内容にも影響されているでしょう。」
「無関心な人たちの票は見えないか。」
「見えるようにする方法があります。火を広げることです。」
「…合流か。」
六花は渋い表情を見せる。頭によぎるのは見知ったあの顔。
「ゆかりさんとは旧知なのでは?」
「旧知だからこそだよ。下手に関わったらこっちが火傷することになる。」
「しかし彼女は危ういことをしているようで実際は一度も問題を起こしたことは無い。それに今回はもう一人まとめ役が居ます。ギャラ子先輩というのですがご存じですか?」
「その人は知らない。」
「ガラの悪い生徒たちを仕切っている者です。二人体制であの集団は非常に安定しています。」
「うむむ…」
「こう言ってはなんですが、乗っ取ってしまえばいいんです。反ずん子派はそのまま六花派になる下地があります。今あなたには風が吹いています。地盤を手に入れ、一気に勢力を拡大する絶好の機会です。」
「…フィーちゃんはどう思う?」
悩みに悩んだ六花はフィーちゃんに意見を求めた。自分を支持してくれてるのがわかってから信頼が増していた。
「合流する、乗っ取るみたいな話は置いといて、会ってみるといいと思います。六花さんに投票してくれそうな人たちなのは間違いないですし、そうでなくてもこの学校の生徒たちですので。」
「…そうだね。勝ち負けばっかり気にしてたけど、生徒会長になるための選挙だもん。ヤバそうな生徒達ならむしろ声をかけに行かないと!」
「それでこそ六花さんです!」
「話はまとまったようですので、あの人たちにも通しておきます。後はアンケートなども行って正確な支持率も調べてみましょう。」
立ち去ろうとしたかのんに六花が手を差し伸べる。
「一応今は味方同士だからさ。」
「…なるほど。」
かのんも手を差し出し握手を交わす。
「人に見られたら癒着だと思われますので。」
一瞬で手を離し、背を向ける。そのまま部室へと歩き続けた。
友情とか、親愛とか、そういうのを感じてしまった気がした。
新聞部の部室で、かのんは一人たたずむ。
昨日は新聞作成、今日は集計作業と酷使してしまったので部員はもう帰らせた。
集められた投票用紙を並べる。余裕を感じて合流を渋られても困るので六花達には嘘をついた。
9対1で六花が優勢。
当然と言えば当然。ずん子は未だに票集めに動いていないのだ。
おまけに昨日聞き出した公約はとてもじゃないが生徒の支持を集められるようなものでは…
このまま行けば間違いなく六花が勝ちずん子は負ける。
…このまま終わってくれるな。
全力で勝ちに行くが簡単に勝ちたくはない。
かのんの心境は複雑だった。