ある日、お腹を空かせた一匹の狐が歩いていると葡萄の木を見つけました。
見上げると紫色の瑞々しい果実が垂れ下がっています。
狐は喜び、葡萄を取ろうと飛び跳ねますがどうしても手が届きません。
疲れ果てた狐は仰向けになって独り呟きます。
「どうせあんな葡萄酸っぱいに決まってる。」
そこに一羽の小鳥が飛んできて、葡萄の木にとまり言いました。
「狐さん。そんなところに寝そべってどうしたの?」
「小鳥さんか。なぁにちょっと疲れて横になってるだけだよ。」
小鳥は不思議でした。いつも野山を駆け回っても汗一つかかない狐がどうしてこんなに疲れ果てているのかと。
小鳥は周囲をキョロキョロと見まわし、足元に垂れ下がった葡萄の存在に気づきました。
「そうか!この葡萄を取ろうとしてたんだね!」
「え!?違うよ!?」
狐は咄嗟に否定しました。必死になって取ろうとしたけど無理だったのを悟られたくなかったからです。
もっとも小鳥にはそんなことはバレバレでしたが。
「またまた~そんなこと言っちゃって。狐さんには葡萄を取るのは難しいよね。」
「別に。最初からそんな葡萄大して欲しくなかったし。」
狐は強情に否定しますが、羞恥と不満の感情を隠し切れません。
「なんで?葡萄は甘くて美味しいよ。」
「いいや酸っぱくて不味いね。」
「なんで食べたこと無いのにわかるの?」
「…見ればわかるさ。」
「じゃあなんで取ろうとしてたの?」
「…してない。」
「してたよね?」
「…。」
狐は何も言わなくなってしまいました。
小鳥はちょっとからかい過ぎたと思って申し訳ない気持ちになりました。
「じゃあ私が葡萄を落とすから、狐さんは下で受け止めてね。」
「え?」
「分担作業だよ。房ごと落とせば地面で一緒に食べられるでしょ?」
それは小鳥にとっても悪くない話でした。ぶら下がった葡萄をついばむと枝がグラグラ揺れてとても食べづらい。できれば地面で落ち着いて食べたいのでした。
「今切り離すからちょっと待っててねー。」
小鳥はくちばしで器用に枝を折り葡萄を落としました。狐はそれを難なく受け止めます。
「これで一緒に食べられるね!」
「あぁ…うん…。」
小鳥は地面に降り立ち、紫色の果実をついばみます。
狐も遠慮がちに葡萄を口に運びます。
「ね!甘いでしょ!」
「うん…甘い…。」
小鳥は狐と一緒に美味しいものを食べれてとても幸せでした。
狐は黙々と葡萄の甘さを噛み締めていました。
その日の夜、狐はまた葡萄の木の下へ来ました。
今度は独りです。
月明りを受けて青く煌めく葡萄を睨みつけます。
狐にとって小鳥に葡萄を与えられたことは屈辱でした。
同情や憐憫によって自らの願望を叶えてもらうなんてことは自尊心がけして許さないのでした。
「私だけでも葡萄は手に入れられる。」
もう一度飛び跳ね、手が届くかを確かめます。
もちろん届きません。
「次はこっちだ。」
狐は葡萄の木の幹に手をかけます。跳んで掴むのが無理なら登ればいいのです。
野山を駆けて生きてきた狐にとって木登りは不慣れなことでした。
けれども爪を立て全身の力を振り絞って登りました。
もはや葡萄なんてどうでもいいのです。
欲しいものも手に入れられず、不満を垂れ流し、誰かの施しを受けて喜ぶ。
自分がそんな存在だとは認められないのです。
枝まで辿り着きました。もう葡萄は目と鼻の先です。
「やった!やっぱり私はやればできるんだ!小鳥さんなんか居なくても私だけで!」
狐は葡萄へと手を伸ばします。
その瞬間爪が幹の上を滑りました。
支えを失った体は手を伸ばした体勢のまま落ちていきます。
それでも狐は葡萄から目を離すことができません。
鈍い音が響き激痛が走りました。
狐は視線を自らの足へと向けます。不自然に折れ曲がったそれはもう自分の意思では動かせませんでした。
狐は知っていました。走れなくなった動物がこれからどうなるか。
狐は最後にもう一度葡萄を睨みつけると、足を引きずりながら森の奥に消えていきました。
葡萄は月光を背に手の届かない所で揺れていました。
次の日の朝、小鳥はまた葡萄の木の上へ来ました。
枝にとまり周囲をキョロキョロと見回します。
「今日は狐さんは居ないのかな?」
少し待っていましたが狐の姿は見えません。
グラグラ揺れながら葡萄をついばんでみましたが、独りだとあんまり美味しくありません。
またそのうち会えるだろうと思って小鳥は飛び去りました。
後には葡萄の木が佇むだけなのでした。
おしまい