2026年9月23日水曜日

2026年度中間報告

2026年度上期の振り返り。


4月。

「幕開けのエチュード」「怒れる青春ガール」「なんかお前重くね」を投稿。

「幕開けのエチュード」は年度始めということで仕切り直しの意味も兼ねて練習回をつくることにした前哨。

「怒れる青春ガール」もいよいよ青春シリーズの最終章に向けて歩み始めた第一歩となる。

「なんかお前重くね」は息抜きで作った緩い動画。「青春わからせバトル」でずん子の身長に言及したが、画面上の比率と違うため説明が必要と思ったので。

5月。

「戸惑いのエチュード」「1年以上の付き合いですがぁ!?」「馬鹿だと思われ過ぎ問題に終止符を」「ジェンダーリスクマネージメント 前編」「友人探偵(仮)」を投稿。

「戸惑いのエチュード」は演劇部という要素を活かした特殊な動画だった。「夢と現の演劇部」しかり、入れ子構造を活用する方法はずっと模索されている。

「1年以上の付き合いですがぁ!?」はかれい先生のWhiteCUL雪立ち絵を使いたくて作った。私のイメージに合っていたので今後はこっちになるかも?

「馬鹿だと思われ過ぎ問題に終止符を」は黒沢冴白の掘り下げも兼ねている。冴白くんは新キャラ3人組の仲だと一番本筋に食い込んでいた。

「ジェンダーリスクマネージメント」は伊織弓鶴の存在を思い出してもらうために作成。後鬼が代打で担任になった時に、満別花丸が女性なのを指摘してからが本番。いつになるかは未定。

「友人探偵(仮)」は没ネタ紹介。AIを使って人をつくる練習もあった。エチュードもう1個はまた別の機会に。

6月。

「パワータイプコミュニケーション」「ジェンダーリスクマネージメント 後編」「海鼠」「青春とお泊り」を投稿。

「パワータイプコミュニケーション」で日常回は終了。「青春とお泊り」からは最終章に入る。

「海鼠」はだいぶ攻めた作風の動画。最近ゆかりさんから出力されるお話がお行儀よくまとまり過ぎな気がしたため冒険した。

7月。

「あなたと会えて良かった」「青春は嘘をつく」「赤い惑星の住人」を投稿。

「あなたと会えて良かった」は当初から考えられていた青山龍星と紡乃世詞音の馴れ初め話を青春シリーズに吸収した回。案の定コメントでは誰も詞音の本心には気づいていなかった。

「青春は嘘をつく」がこれまでの集大成兼ターニングポイント。「赤い惑星の住人」が最期のヒント回。

8月。

「青春の深きを知ろう」「さらば青春よ!!」「青春シリーズまとめ」「次の主役は誰だ!!」「補遺(総集編)」「夏の匂い」を投稿。

「青春の深きを知ろう」が最終回。「さらば青春よ!!」がエピローグ。別枠で振り返っているため省略。

「次の主役は誰だ!!」で軽くおさらいしつつAviutl2の使用感を確認した。「青春シリーズまとめ」や「補遺(総集編)」のような長い動画もエンコードしやすかった。

「夏の匂い」は四国めたんの過去話となる。作りやすいところから始めたが、こっからどう中学生組の描写に移行していくかは決まっていない。

9月。

「畳針」「ムカシガタリ」を投稿。

「畳針」は東北きりたんが考えた話。一応作風から誰が作った話か分けるようにしている。もう2年半以上前だが「新春トークショー」でゆかりが「不可触」、きりたんが「黒猫」、イタコさんが「捨六」だったのも当人たちの人物像に合わせている。

「ムカシガタリ」は「宝船」以降あのフォーマットで作品を披露してなかったので早めにやりたかった。10か月空いているのが早めなのかは謎。


8月の青春シリーズ完結までは気合いで投稿頻度を保っていたが、それ以降はペースを落としている。

仕事が忙しかったり試験勉強してたり、秋雨前線の低気圧で体をやられたりしていたため。

今後の予定はあまり決まっていない。毎週投稿は厳しい気もするが、あまり間隔が空くと視聴者も投稿者も気分が乗らなくなるもの。

青春シリーズ亡き後、お手軽かつ継続的に短い動画をつくれる当ては無いがどうにか見繕っていきたい。

今年度中にできれば仕上げたいネタを書き残しておく。


・生徒会の動画

「戸惑いのエチュード」等で夏色花梨、「次の主役は誰だ!!」で小春六花を出している。

いい加減この人たちの描写もしなければならない。けれど今一つ誰視点から話を描くか、オチをどうするかが決まっていない。

東北ずん子のホームの一つでもあるので、実は結構重要な場所。

生徒会選挙編まで行くのは来年か再来年か…


・劇場版演劇部「緋色の絆」

月読アイが初めて登場した頃から構想されているので、もう2年半以上放置されている。

尺的には30分、伸びても40分で作れると思うので今年中にはやりたい。

AIによって旧演劇部メンバー、顧問の男性教師の素材も簡単に作れるはずなので追い風は吹いている。後は私のやる気しだい。

ただちょっと過去に起こった出来事を推理していく構造が「ムカシガタリ」と被ってるか?


・中学生組の動画

ネタ自体はいくつかあるのだが入り方が決まっていない。案は3つ。

①開き直る

2年半以上前の動画だがと前置きして「夜の帳が下りる頃、語るは鬼の後影」のあらすじを語り、そのまま何食わぬ顔で続ける。だいぶストロングスタイル。

夜語トバリがさらっと語ってシームレスに入るパターン。サーラちゃんさま、来果あたりのまだ出てないキャラがメタ的に語るパターンのどっちか。

②四国めたんの人生をそのまま辿る

「夏の匂い」がめたんがエージェントになった初期の頃の話。ここからホームレス時代まで事件ファイルを拾っていき現在までやって来る。

四国めたんの事件ファイルはネタの宝庫であり、今後いくらでも増やすことができる。どのような経歴か確定させてしまうのはもったいない。

それと現時点でもかなりのネタがあるので青春シリーズ同様1年コースになる恐れがある。

③誰か別の人の視点から入る

弓鶴、ついな陣営、トバリ、めたん陣営のどちらから入っても不自然なら完全に別の陣営から描写を始めてしまえばいいという裏道。

妥当なのはリリンちゃん、つくよみちゃん、黒聡鵜月の陣営。どっちにせよいずれ絡むことが決まってる以上はこっちから入っても問題ない。ただリリンちゃん、つくよみちゃんがついなと会うのは学校なのでリリンちゃん制服無い問題がある。

組織の新人バイトのアメノちゃん。お供アイルー枠の来果。お助けキャラの虚音イフ。後輩エージェントのクロワ、聖騎士紅桜は役割を決めているが自然な導入は思いついていない。


・大都会の動画

中部つるぎがVOICEVOX化してから音沙汰がない。

ある程度メンバーが揃ってくれないと出番をつくりづらい。大江戸ちゃんこのVOICEPEAKも購入しているのだがまだ一度も使っていない

過去編をやるとかよりは、昔は色々あったけど今は仲良しだよねいやそんなことねーよの距離感で出ると思われる。

多人数動画のプロット案として彼女たちが経営する旅館に泊まる話もあるので選択肢の一つにできたら。


・多人数動画のプロット案

この前ブログに書いた「ゲームの世界に入り込む演劇部」など。

「犯人はこの59人の中にいる」がさすがに労力的に厳しいので人数を減らしたものを模索している。

2023年に「ダークゾーン」というタイトルで記事を書いている。これも多人数動画のプロット案の一つ。

2024年の「潮の音 他」で「犯人はこの15人の中にいる」の下に「デスゲーム(犯人はこの7人の中にいる?)」のメモもある。たしか米澤穂信「インシテミル」から着想を得たものだったか。しかし7人はちょっと物足りない。

個人的に閉鎖空間で勢力関係が次々塗り替わるような物語が好きで、1回やってみたい気持ちがある。覚悟を決めて「犯人はこの59人の中にいる」をやるか、別のものを考えるかは未定。


・セイカさんの動画

アイちゃん先輩の掘り下げ回をつくれるなら、同じタイミングで登場したこの人の掘り下げ回も作りたい。

元々はそら先生との友情、コウ先生との恋愛を描いた未来人編の本編があった。上手く作り込めずに空中分解している。

一応はゴミ捨て場で未来からやって来たロボ「Voidoll」を拾うSF読み切り、トバリに組織で働くようスカウトされる社会復帰編が構想されている。

いい子ちゃんでいるのが嫌でグレてみただけという本質部分は変わらないので、社会復帰編で描写は終わるだろうという気でいる。




2026年9月13日日曜日

ゲームの世界に入り込む演劇部ネタバレ

パーティーは4人まで。

パーティーを組むとパーティーを対象としたバフ、回復を受けられるようになる。また、パーティーメンバーに対してはフレンドリーファイアが無効になる。

通常では同じレアリティのアイテムの交換でなければプレイヤー間でアイテムを移動できないが、パーティー内では自由にアイテムを移動できる。

他のパーティーメンバーがどこにいるか知ることもでき、パーティーを組むことで攻略を優位に進めることができる。ただし、一度組んだパーティーは自由に解散はできず、定員に到達すれば増やすことも交代することもできないのは注意が必要。

しかし、『ドラゴネスクの怒槌』を受けるとパーティーが分断されることが大きな裏目となる。めたん、アリアルのプレイヤーキラー組はこれを警戒して協力関係にはあるがパーティーは組んでいない。

高額ではあるがパーティーを解散させられる『怒槌』、プレイヤーをキルできる『毒牙』が行商人から購入できるため、初めからプレイヤー間での戦いは推奨されている。


きりたんと塔エリアの村で合流したことで、ゆかり達4人のパーティーもプレイヤーキラー組の存在を知る。

その後、きりたんを守りながら5人で移動して海底エリア前の港町に到着する。

先に着いていた葵、ミリアルと共に海底エリアのボスを討伐することで、めたんの『腕甲』、アリアルの『風切羽』に匹敵する装備を獲得することを目指す。

一方、めたん、アリアルは遠巻きに彼女たちを監視。少人数での攻略が難しい海底エリアは任せ、ボスを倒したところを横取りする算段だった。

しかし海底エリアのボス『クアシダゴン』はギミック戦であり、港町の住人の協力によって海上で討伐され、そのまま一行は港町に帰投。めたんとアリアルは襲撃の機会を失う。

市街地でプレイヤーを襲撃し、住民に目撃されるとプレイヤーキラーらは指名手配される。指名手配された場合アイテムの購入や宿での宿泊ができなくなるため、まだその危険は冒さないだろうと一行は踏んでいた。

『クアシダゴンの外套』は『プロトゴレムの金貨』とは違い、戦闘面で強力なアイテムだった。葵とミリアルのパーティーに所有権があったが、ミリアルが装備する。

このゲームは感覚がリアルすぎることで、特殊なアイテムを装備しても容易には使いこなせないのがわかっていた。姉であるアリアルが自在に空を飛び回っていたことで妹のミリアルも適性が高いのではという判断だった。

実際ミリアルは『外套』の触手を器用に動かした。レベルが高く戦闘経験が豊富なミリアル、葵が戦力の要となる。

きりたんは葵とミリアルのパーティーに入るよう誘われるも辞退する。万一の事態に備えてということだった。


この時点でずん子、うさぎ、イタコ、ウナが死亡。

『プロトゴレム』がいた砂漠エリア最深部、『クアシダゴン』がいた海底エリア最深部に『毒牙』が置いてあったことで、他エリアでも同様にボス周辺に『毒牙』があることが推測される。

『ライオノイド』と『パラグリフィン』討伐時に得た2個がずん子、うさぎに使われ、ウナに使われたのは購入したものと思われる。報酬金の相場から考えてプレイヤーキラー組が持っているのはせいぜい後1、2個との見立てだった。

購入したものが1個、イタコがキルされた際に『デミゴルゴン』からドロップしたものを回収して1個で、めたんとアリアルの残り所持数は1個ずつだったためその見立ては当たっていた。


ゆかりがこのまま港町で行商人が来るのを待ち、『毒牙』を買い占めてしまおうという作戦を立てる。 

『プロトゴレム』の討伐報酬に加え、『金貨』によって倍加された『クアシダゴン』の討伐報酬があるため葵とミリアルの所持金は潤沢にある。

『毒牙』の生成スロットは12。既に使用されたものが3個、プレイヤーキラー組が持っているのが2個、葵とミリアルが持っているのが2個。残り5個をこちらで確保できればもう向こうは在庫を増やせない。

固まって行動し、誰かやられてもドロップした『毒牙』の回収を最優先にすれば人数差で勝てる。

どれだけ戦闘で強くても『毒牙』が無ければトドメは刺せないことに注目した勝算の高い作戦に思われた。


向こうは『金貨』の存在を知らないためこちらの所持金を見誤ってくれる。

ゆかりの言葉に背中を押され、一行は港町への滞在を決める。

この隙に残る雪山エリアの攻略に乗り出されることが懸念事項だったが、ボスからドロップしたアイテムの装備は1人1個までのため、既に『腕甲』『風切羽』で埋まっている彼女たちにとってはそれほど有益でない。

クリアに必要なアイテムがその3つで、揃った瞬間クリアになる可能性はあったがそこは賭けだった。




作戦は上手くいくかと思われたが、行商人が港町に訪れる前に葵、ミリアルが夜襲を受ける。

ゆかり達が騒ぎを聞いて駆けつけると、ミリアルがアリアルを拘束しているところだった。

アリアルの『風切羽』は開けた場所では無類の性能を発揮するが、屋内ではその機動性を十分に活かせない。

ミリアルはその特性を理解せず突っ込んできた不用心をあげつらいながらも、視線はもう一人のめたんから外さない。めたんもまた『外套』の拘束力と傍らに控えた葵の援護を警戒して動かなかった。


ミリアルはめたんに助けを求めるも、めたんは不敵に笑うだけだった。めたんが助けに動かないことを認識し、ミリアルは『毒牙』を使用してアリアルをキルする。

その瞬間、めたんは獣の速さでミリアルへと走った。その動きを読んでいた葵は自身とミリアルを守る防護スペルを発動する。

しかしめたんの狙いは攻撃ではなかった。アリアルが死亡したことでアリアルの所持アイテムはその場にドロップする。めたんの手と『外套』の触手が交差し、両者はアリアルが持っていたアイテムを手にする。

ミリアルはこれまでの作戦もあり『毒牙』を回収していた。めたんは目当ての『風切羽』を回収して満足げに微笑む。即座に自身の『腕甲』と交換で『風切羽』を装備する。


たった今アリアルが『風切羽』は屋内では使いにくいことを証明したにもかかわらず、めたんの選択に葵とミリアルは戸惑う。

めたんは飛ばなかった。『腕甲』の攻撃力強化から『風切羽』の速度強化に切り替えるだけの目的。おまけの効果であっても四国めたんという人間自体の性能を加味すると十分だった。

『外套』の複数の触手による攻撃をめたんは双剣で防ぐ。既にミリアルは『外套』の性能を十分に引き出し、レベル差があるゆかり達の目では捉えることができない領域に達していた。

しかしめたんはその全てに対応していた。レベルが上がれば動体視力も反射神経も上がるが、ゲームの世界でできるようになっても現実の世界でできない動きは普通できない。事実葵は同レベル帯の両者の攻防に割って入ることができなかった。

たとえレベルによって身体能力が変わるとしても、元から強い奴が強い。このゲームの明確な欠点であり、めたんが優先してずん子とうさぎを排除した理由だった。


めたんはミリアルに肉薄し、触手を掻い潜ると組みついた。アリアルがしたのとは逆に、部屋の中から窓枠に向かって飛行能力を使う。

空中に連れ去らわれる。ミリアルの頭には猛禽類に捕まれた鼠のイメージが浮かび、反射的に『外套』の触手を使って踏みとどまろうとする。

何とか窓枠から体を乗り出す形で止まったものの、めたんの狙い通りだった。

部屋の中からは窓枠に絡みついた触手で外が見えず、ミリアル本体は無防備な状態で外にはみ出していた。めたんは外壁に張り付きながら『毒牙』を使用した。


『外套』の触手が消失したことで屋内に残された者たちはミリアルがキルされたことを理解する。

葵が窓枠へと走る。『外套』を奪われればいよいよ勝ち目が無いことを察してだった。

そう来ると読んでいためたんはミリアルからドロップした『毒牙』を1つ拾いすぐに使用した。

葵は『外套』を拾うことはできずに息絶えた。


ゆかりは自分の認識が甘かったことを痛感していた。

キルされたプレイヤーからドロップしたアイテムを拾うのは早い者勝ち。キルした本人が最も距離が近い以上最も有利だった。

それを抜きにしてもプレイヤーキラーの方が戦いが圧倒的に上手すぎた。

めたんはミリアルの『外套』と葵からドロップした『毒牙』を拾わなかった。ミリアルが持っていた『毒牙』は2つ、まだ1つ残っているはずだ。

全員で行けば『外套』と『毒牙』どちらかは回収できるはずだった。しかしその後の勝ち目がないことは皆わかっていた。

めたんは窓枠から逆さにぶら下がりながらじっとこちらを見つめていた。


しばしの静寂が流れ、きりたんが口を開く。

めたんは『毒牙』を持っていない。ミリアルからドロップした瞬間に1個を取ってすぐに使った。もう1個を取る時間はさすがに無かったはずだ。

『外套』の近くに落ちていないのは窓の外に落ちたから。

その推測は確かにそれらしいものだったが、根拠はなかった。めたんの表情も動かない。


ああやって睨みを利かせているのはブラフ。

本当は突っ込んで来られたら『毒牙』を拾わないといけず、残りの2つを持っていかれる。

それは嫌だから何とか流れを変えようとしている。

きりたんの言葉にゆかりはハッとする。

ボスアイテムは葵が持っていた『金貨』もだ。クリアに必要なアイテムがどれかわからない以上、戦闘に使えなくても無視するわけにはいかない。

めたんが一番嫌なのは持っていかれた後てんでばらばらに逃げられ、見つからなくなること。


きりたんは確実に4人を逃がせると宣言する。

4人で突っ込み、めたんが『毒牙』を拾っているうちに『外套』と『金貨』を拾う。

その後は自分に任せてくれと言い、全財産をはたいて買っていたアイテムを取り出す。

『ドラゴネスクの怒槌』。これまで話題に挙がりながらも一度も使われなかった店売りのボスアイテムの1つ。

きりたんの意図を察したゆかり、茜、あかり、マキはめたんが待ち受ける窓辺へと突っ込む。


めたんもまた俊敏に動き、窓枠から飛び降りると『外套』を拾った。

『毒牙』を拾って1人キルするよりもボスアイテムを1つ確保した方が良いという判断だった。

ゆかりが『金貨』を、あかりが『毒牙』を回収すると同時にきりたんが『怒槌』を使用する。

何が起こるかわからず、対象ではないめたんまでも身構える。一瞬の硬直状態の後、屋内にも関わらず雷が落ちた。

ゆかり、茜、あかり、マキの4人は光の塊となり四方へと飛ばされていく。至近距離で受けた閃光と轟音によってめたんときりたんは放心していた。


気を取り直すとめたんは1本取られたことを褒める。

あなたは『外套』を拾うと思ったが、『外套』はクリアに必要なアイテムじゃない。

きりたんの言葉にめたんは不思議そうな顔をする。

『クアシダゴン』の攻略には港町で住人の協力を集める組と、海底から『クアシダゴン』を追い立てる組が必要だった。

プレイヤーキラー戦法を禁止していない以上、最終的に1人になったプレイヤーが攻略できないボスの討伐報酬をクリア条件にするわけがない。

めたんはその観点は無かったようで、きりたんの慧眼に大いに感心する。


手を組まないかというめたんの誘いにきりたんは苦笑する。

あの場でアリアルを見殺しにしなくても、いずれは背中から刺していたはずだと。

アリアルもその辺りはお互い様だったと言いつつも、めたんはその疑いを否定しなかった。

勝者は一人しかいらない。そう思うめたんの性格をきりたんは知っていた。

何よりまだ一勝負残っているのだ。

めたんが窓の外に落ちた『毒牙』を回収するまでに逃げて姿を隠す。それができなくても住人の前でキルされてめたんを指名手配させる。


めたんは微笑んだまま近づき、『毒牙』できりたんを刺した。

きりたんは自分の推測が間違っていたことへの驚愕と、であればなぜ使わなかったのかという疑念に顔を歪める。

あなたを先に排除したかったから。きりたんの頭に浮かんだ問いに答えるようにめたんは囁いた。

『毒牙』を見せて牽制しながら立ち回れば、『外套』も『金貨』も奪えるかもしれなかった。

ただそんな不確実な立ち回りより、ポテンシャルに溢れたきりたんを確実に排除する方が優先だった。

逃げられても関係ない。どのみち自分以外は全員始末するつもりなのだ。




ゆかりは砂漠エリアに飛ばされていた。

他の3人は別々のところに飛ばされていると想定し、ゆかりは次の手を考える。

『金貨』を奪われないように逃げ回るのはジリ貧だった。めたんの戦いぶりを目の当たりにした後では、かといって戦いを挑むのも無謀に思える。

ゆかりは悩んだ末、当初のプランである『毒牙』の独占を狙うことを決める。

塔でのレベリングの経験から『金貨』の報酬倍加があれば『毒牙』を2、3個買える目算はついていた。

時間さえあれば。


めたんは恐らくきりたんに『毒牙』を使っただろうから、現状『毒牙』を所持しているのはあかりだけだった。

いくら強いとはいえラッキーパンチで即死する危険をめたんは冒さないだろう。他プレイヤーを探すよりもまず、『毒牙』の確保に動くはず。

残るボスは塔、沼地、そして雪山の3体。ボスがいるエリア最深部には他エリア同様『毒牙』が置いてあることが見込まれる。

十中八九雪山だと思われた。塔の『ドラゴネスク』は伝聞を聞く限り最強格で、沼地の『デミゴルゴン』は本体からも『毒牙』が手に入るが、それ故に本体の攻撃でも『毒牙』を使われた時と同じくキルされる。

店売りで固有名称がついたアイテムが手に入る特殊なボスであり、もしこれらがボスを倒した時にドロップするアイテムと同じならクリアとは関係ないチャレンジ要素ということになる。

そうした諸々を加味すると雪山のボスエリアから『毒牙』を回収、そのままボスを倒して討伐報酬でボスアイテムを獲得しつつ『毒牙』を行商人から購入が最適解に思えた。


一切連絡の手段は無いが、ゆかりは各々が同じ判断を下して動いてくれることを期待することにした。

塔に行って金策に走る方と、雪山に行ってめたんの妨害をする方に別れる。現状ではめたんは『毒牙』を持っていないのでできなくはないはずだ。

めたんが雪山エリアで『毒牙』を使い切り、反撃できないところを『毒牙』を持った複数人で仕留める。

都合の良すぎる展開だが他に勝ち筋は思いつかなかった。


その頃、荒地エリアのあかり、森林エリアの茜も同じ結論に達していた。

現在地との距離からあかりは塔エリアに、茜は雪山エリアに向かうことを決める。

マキは雪山エリアに飛ばされており、最初と同じように村に辿り着けずにさまよっていた。

めたんは自分の動きがどこまで読まれているかわからなかったが、他に良い手も思いつかず出たとこ勝負で雪山へと向かった。


塔エリアにやって来たあかりの姿を見てゆかりは安堵した。

あかりが雪山エリアに行っていたら『毒牙』でキルされた後に持っていた『毒牙』を奪われ、優位がまた1つ減る可能性ができていた。

この2人は金策組に必須だった。問題は他の者が妨害組に回っているかだったが、悩んでも仕方ないため塔に登り始めた。


あかりは最上階まで行き、『ドラゴネスク』を倒してしまうプランは無いのかと尋ねる。

現在の我々の実力的に厳しいと答えながらも、ゆかりは思考を巡らす。

倒せないまでも近くにあるはずの『毒牙』だけ回収したい気持ちはあった。『デミゴルゴン』とは違ってキルされる心配もない。

ただし、『デミゴルゴン』と『毒牙』の関係性から考えて、『ドラゴネスク』も『怒槌』と同じ効果の攻撃を使えるはずだった。

つまりパーティーで行けばまた飛ばされる可能性が高い。


パーティーは組まずにこっそり最上階に侵入して『毒牙』を回収する。

パーティーを組んでいざという時は再び『怒槌』を喰らって逃走する。

塔の最上階の使い道は様々思いついたが、ゆかりとあかりは一旦保留とすることを決める。

結局のところ最上階の構造も『ドラゴネスク』の特性もどうなっているかわからないため、この土壇場で不要なリスクは取れなかった。


もしめたんが塔にやって来た場合は塔の最上階に向かう。

その不確かな逃げ道を支えに二人はレベリングに努めた。

他の状況が不明なのは不安だったが、意外にも何も起こることはなく目標の額を集めることができた。

行商人が塔エリアにやって来れば『毒牙』を買い占めることができる。

港で待っている時に行商人が来る直前だったことを考えると、今は砂漠エリア辺りでもうじき塔エリアに来る想定だった。




聞き慣れないシステム音が響き、ゆかりとあかりの前にホログラムで九州そらが現れる。

状況がわからない二人だったが、そらは申し訳なさそうに事情を説明する。

曰く、雪山エリアに調整が入るとのことだった。

めたんと茜が雪山エリアの村に到着し、ボスの討伐と妨害で争うところだった。

しかし雪山エリア最深部の道筋があまりにもわかりにくく、それどころではなかった。


いつまでも村に辿り着けないマキを助けるために、そらは茜にマキの位置情報を提供。茜は救助に向かうもマキが動き回ったことで二次遭難。

その隙にボスがいるという打ち捨てられた町の発見にめたんが挑むが、一日中吹雪が止まない道のりで目的地にたどり着くことはできなかった。

村にある「この先まっすぐ」という看板からただまっすぐ歩けばいいだけなんですけどねとそらが愚痴る。

アンドロイドである自分と同じ感覚で作って失敗したようだ。変わらない雪山の景色と視界を奪う吹雪は容易に人の方向感覚を狂わせる。

人並外れた才覚を持つめたんですら同じ道を行ったり来たりしているのを見て、これはさすがに進行不可能だと悟ったのだった。


吹雪の弱体化と頻度の低下、道中の立て看板の追加、各プレイヤーに方位磁石の配布を行うことを告げる。

そらとしてもゲーム中にテコ入れを行うのは苦渋の選択なのだろう。苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。

一方でゆかりとあかりはほくそ笑んでいた。情報が手に入るだけでもありがたいのに、その情報は自分たちが有利な状況に居るのを告げていた。


それから間もなく行商人はやって来た。『毒牙』を購入するが3個しか買えなかった。

あかりが持っている1個と合わせて合計4個。目算通りではあるがやはり生成スロットは埋められなかった。

後1個は雪山エリア最深部で生成される。どっちが取るかわからないが、めたんだろうなという予感はあった。

それでも有利な状況には変わりなかった。


あかりはこのまま雪山エリアに向かって茜とマキと合流することを提案する。

めたんは『毒牙』を手に入れても茜とマキに使うことはない。必ず温存して『毒牙』を持っているだろう自分かゆかりに使う。

既に独占されている可能性にめたんが気づいていないとは思えなかった。

現状だと二択、茜とマキと合流できれば四択にできる。

4人全員で『毒牙』を持っても1人ずつ倒されるだけ。4人のうち1人だけが『毒牙』を持てば、めたんがそれ以外の人に『毒牙』を使った瞬間勝ちが決まる。

改めて『毒牙』を分け合い、反撃できない相手に3対1ならさすがに刺せる。


しかしその作戦にも穴はあった。

めたんは誰が持っているか確信が持てるまで『毒牙』を使わない選択ができる。

使わないならそのままこっちの『毒牙』で倒せるという択を迫らなければいけない。

すると持っているフリで牽制するよりあわよくば倒せてしまった方がやはり良い。

『毒牙』の分配をどうするか。それは難しい問題だった。


ゆかりとあかりは最適解を探る。

所詮は運次第ではあるのだが、その運を最大に高める方法を考えていた。

ゆかりは『毒牙』の移動方法に着目する。

『怒槌』を受けた後、ゆかりとあかりはパーティーを再結成していない。茜とマキでパーティーを再結成しているかもしれないが、たぶん『怒槌』を警戒してソロのままだろう。

きりたんが使った時は自分たちに有利に働いたが、本来はパーティーを分断して各個撃破するためのアイテムであり、警戒せざるを得ない。

めたんもそう認識しているはずだ。


実際『毒牙』に所持金を割いていただろうめたんが『怒槌』を所持している可能性は低い。

しかしだからと言って無視できないのはお互いにわかっていることだ。

つまりめたんは4人に襲いかかられてもパーティーではないと思うはずだ。

ここで重要なのが『毒牙』の移動方法だ。

あの時『毒牙』を拾ったあかりが1つ、『金貨』を拾ったゆかりが『毒牙』を3つ持っていると考えるのが順当な結論だ。

そこから『毒牙』がどう動いたか。


パーティー内では無償で移動できるアイテムも、パーティー外であれば同じレアリティのアイテムの交換になる。

『毒牙』の所在は全てわかっているが、『怒槌』はきりたんが使った1つしかわかっていない。

めたんの視点だと『毒牙』の移動は『怒槌』との交換で行われると推測できる。

きりたんが1つ持っていたことからも、ゆかり、あかり、茜、マキが分断される前に『怒槌』を所持していた可能性は十分あり得る。


口を開こうとしたあかりをゆかりは制す。

実際には誰も『怒槌』を購入してはいない。しかしだからと言って無視できないのはこれも同じことだ。

重要なのは『怒槌』というアイテムがどう考えてもパーティー内で複数個抱えておくようなものではないことだ。

つまりゆかり、あかりから茜、マキへの移動は行われても1回のはずになる。

この結論にめたんが達していれば、茜かマキが『毒牙』を見せた時点でもう片方は狙われなくなる。


ゆかりが息を継いだのを確認して、あかりは改めて口を開く。

茜、マキは『怒槌』を持っていないため、実際に『毒牙』を移動させるためにはパーティーを再結成する必要がある。

めたんが『怒槌』を持っている可能性は切る。もしくは裏をかいてこのまま移動させずに仕掛けるの二択ではないかと。

ゆかりは『怒槌』をケアしつつ、めたんの裏をかける方法を告げる。

それは非常にややこしいが、もっともらしいものだった。




行商人が塔エリアから雪山エリアに移動するのに合わせて、ゆかりとあかりは移動してきた。

茜とマキ、めたんの姿は見えなかったことでボスエリアに行っていると思われた。

そらの話を聞いて若干不安になりがらもゆかり達は村を出た。確かに最初に訪れた時よりは吹雪も弱まっており、立て看板もあって方向はわかりやすかった。


一方、雪山エリア最深部ではボスである『バーバリアン』、めたん、茜とマキの三つ巴の戦いが佳境を迎えていた。

ボスエリアの『毒牙』はめたんに取られており、茜とマキの妨害も空しくめたんはボスを圧倒していた。火属性の『腕甲』がある時点で氷属性の『バーバリアン』には圧倒的に有利だったのだ。

茜はこれ以上は無駄な足搔きだと悟り撤退を決める。ゆかりとあかりと合流し、四択の賭けに臨んだ方が良いという判断だった。

合流は思っていたよりずっと早くに果たされ、雪山のボスエリア、打ち捨てられた町が最終決戦のフィールドとなった。


『バーバリアン』を倒しためたんは『バーバリアンの首飾り』を獲得する。

『毒牙』の即死すら一度は耐えられるという効果を知り、自身の勝利を確信する。

これは向こうも知らない切り札になるはずだった。


ボスが根城にしていた教会から出てきためたんを4人は待ち受ける。

誰に『毒牙』を使わせるかという戦いになる。奇しくも演劇部である彼女たちの本懐とも言える展開だった。

めたんも既に『毒牙』は買い占められており、『毒牙』を持っていないプレイヤーに使ったら詰みだということは理解していた。

誰が持っているのか、誰が持っていないのかを見極める必要があった。


あかりが拘束魔法を使って牽制する。レベルも上がっており、喰らえば『毒牙』の餌食となるのは避けられなかった。

しかし『外套』より予備動作が大きく速度も速くない攻撃が当たるはずもなく、軽々と避けられる。

元より戦いにおいては素人の自分たちが勝てる相手だとは思っていなかった。

4人はじりじりと距離を詰め、決行の時を待った。


不意に茜が走り出した。即座にゆかりが拘束魔法をめたんに放つ。

茜が『毒牙』を取り出すのを見て、めたんも『毒牙』を取り出した。その背後からマキが『毒牙』を持って襲いかかっていた。

マキがめたんの意識外に行っていれば決まっていただろう不意打ち。しかしめたんはわかっていたように体をよじって避けると、マキを茜に向かって押した。

マキが握りしめていた『毒牙』は茜に刺さっていた。刺された茜はよろけながら後ずさると倒れた。


マキは自分がやったことが信じられないように呆然としていた。その背後から今度はめたんが『毒牙』を構える。

「マキさん!!」

あかりの叫びにハッとしたマキだったが、時すでに遅かった。




ゆかりの作戦はこうだった。

ゆかりと茜、あかりとマキでパーティーを組む。

『毒牙』はゆかりから茜へ3個、あかりからマキに1個ですべて移動する。

茜が『毒牙』を見せた場合、パーティーではないという前提であればマキが『毒牙』を持っている可能性を排除してマキの『毒牙』が決まりやすくなる。

また、万一めたんに『怒槌』を使われたとしても、残るのは『毒牙』を持っている人と持っていない人のペア。二択のままになる。

この二択を外した場合めたんは『毒牙』を持っていない状態で『毒牙』持ちと戦うことになるので、めたんは『毒牙』を使えない。

これが最も無難な最適解。

そのことにめたんが気づいているのが前提となる。


茜が『毒牙』を見せた時点でめたんはマキの奇襲を想定する。

ここでどちらから対処するかの選択になる。

茜をキルした場合ドロップする『毒牙』は3個、即座に拾ってマキに使用しなければならないため、残りをゆかりかあかりに拾われて使われるリスクが高い。

対してマキをキルした場合ドロップする『毒牙』は1個であり、対処が求められるのは茜だけ。

しかしそれはこちら目線の話。


あかりには二度の塔でのレベリングで稼いだ所持金があり、自力での『毒牙』購入も可能である。

それに『毒牙』と同レアリティで交換可能なアイテムは『金貨』もであり、めたん目線ではゆかりとあかりが『毒牙』をどう入手し、茜とマキにどう分配されているか判断はつかない。

フィフティフィフティの条件ならどうするか。

めたんなら最もリターンが高い第三の選択肢を取る。

パーティーが分かれていることを逆手に取った同士討ちによるキル。


致命傷を与えられないだけで他プレイヤーに触れることも動かすこともできる。

奇襲を仕掛けたマキの軌道を逸らして茜にぶつけるくらいのことはめたんなら容易のはずだ。

マキにキルされた茜から『毒牙』が1個しかドロップしなければマキが3個持っていたことになる。

めたんなら『毒牙』を拾うよりも『毒牙』を持っているプレイヤーをキルすることを優先するはずだ。

ドロップした『毒牙』を即座に使ってアイテムを拾おうとした他プレイヤーをキルできることは、葵のやられ方でわかっていた。




その結果こうなる。

マキから『毒牙』はドロップしなかった。最初から1個しか持っていなかったのである。

めたんは驚きの表情を浮かべたが、自分がハメられたことに気づいたようだった。

ゆかりは購入した3個のうち2個を売却した。『毒牙』の生成スロットはまだ埋まっていない。

買い占めていない状態で総力戦を挑むという非常にリスクの高い作戦だった。


茜からドロップした『毒牙』は既にゆかりによって拾われていた。

『毒牙』を持っていない状態で『毒牙』を持っている相手と戦う。めたんにとっては初めての経験だった。

めたんは相対した最後の2人を警戒しながらゆっくりと歩いた。

雪山の村まで走れば『バーバリアン』の討伐報酬金を得ることができる。その金で『毒牙』を購入できれば巻き返せるはずだった。

しかしそうできない理由もあった。


「もう詰んでるかしら。」

めたんは二人に問いかけた。

ゆかりは意図がわからなかったが、『怒槌』をケアしていなかった場合はゆかりかあかりが既に『毒牙』を2個所持していてもう勝ち目が無いことと判断した。

めたんがそう思ってくれているなら都合が良かった。ゆかりは大人しくやられてくれるよう促す。


めたんは最後まで勝ちを諦めないことを告げた。

ゆかり達は勝算の高い賭けに勝った。だからこそ自分も勝算の高い賭けに出ると。

めたんの目は真っすぐにゆかりを見ていた。ゆかりはその目に不思議な慈しみを感じて気が緩んだ。

めたんが口を開こうとした時、あかりの拘束魔法が決まった。完全に不意をついていた。


「ゆかりさん!今のうちに!」

あかりが叫ぶ。

ここで逃がしてめたんに『毒牙』を買わせるわけにはいかない。当初の作戦通りだった。

しかしゆかりの脳裏には違和感がよぎっていた。このまま倒してしまっていいのだろうか。


「ゆかりさん早くっ!」

あかりの声が緊迫感を増していた。そうこれが最後のチャンスだ。

ゆかりは『毒牙』をめたんの純白の衣装に突き立てた。







一瞬めたんの体が柔らかな輝きに包まれ、再びその姿が現れる。

『バーバリアンの首飾り』の効果。ゆかりは装備が変わっているのにも気づいていなかった。

その効果を知らなかったゆかりとあかりは驚いたが、めたんは冷めた表情をしていた。

負けなくても勝てない。そのことはもうわかっていた。


めたんは読み違えたと言い、悔しそうにその場にひっくり返る。

ゆかりはまだ得心が行っていないようだった。めたんが早々に諦めた理由がよくわからなかったのだ。

一度『毒牙』との交換であかりに『金貨』を渡し、塔で得たアイテムを倍値で売却させて所持金を増やしている。ゆかりかあかりどちらかが行商人に先に接触して『毒牙』2個を買うことで初めて詰み盤面になるつもりだった。

その前に倒してしまえるならそれでも良かったのだが…


あかりが種明かしのように『毒牙』を見せる。ゆかりが売却した後、こっそり既に買い戻していたのだ。

めたんが『怒槌』を持っていないことを知っていた。

あかりの言葉にゆかりはポカンとする。


「私とあなたの分よ。」

めたんのその言葉で初めて実感が湧いた。

あかりは自分に黙って準備をしていたのだ。このゲームに勝つための。


あかりの初期位置は荒地エリアだった。

そこでめたんとアリアルに会い、共に『ライオノイド』を討伐した。

レベルも低く装備も整っていない序盤に2人でボスを倒すのは難しい。

めたんとアリアルの無双ぶりを見ていたからこそ思い至らなかったことだった。


『腕甲』があればめたんとアリアルの2人でも『パラグリフィン』は討伐できそうに思われた。

そのためあかりは別行動を取り、他プレイヤーの行動を監視、誘導することを決めた。

塔で4人とレベリングしていたのは足止めの意味合いもあった。エリア内の人数が多過ぎればプレイヤーを狙いにくくなるから。


港町で葵とミリアルによる『毒牙』の買い占めが失敗したのはあかりが密告したからだ。

夜中に町から脱け出しめたんとアリアルと落ち合って、このままだと詰まされることと、葵とミリアルがどこの宿に泊まっているかを伝えた。

だからギリギリのタイミングで夜襲を起こせたのだ。


この最終決戦にしてもゆかりとあかりは『金貨』を持って逃げ回る選択肢だってあった。

最悪『デミゴルゴン』の近くで『金貨』を持ったままキルされ、めたんが『デミゴルゴン』にやられることを期待する戦法もあった。

しかしそれでは駄目だった。あかりが勝てないから。


あかりが勝つためにはめたんはキルされつつ、残ったプレイヤーもあかりがキルできる展開にする必要があった。

そういう意味でめたんはゆかり達と読み合いながらも、あかりとも読み合っていたのだ。

いずれ自分を排除しようとは思っているだろうが、プレイヤーを減らしたいという思惑では一致していた。

だからこそめたんは港町できりたんのキルを優先し、雪山で決戦に乗った。


噛み合いが良かったとあかりは言う。

雪山での進行不可能というトラブル、ゆかりが立てた作戦があったからこその勝利だった。

ゆかりは驚きが落ち着くと感心が込み上げてきた。

自分の後をついて回っていたあかりが、自分を上回る策謀を巡らせていた。

どこか親心を感じると同時に、めたんが向けた不思議な慈しみの目の意味もわかった気がした。


「借りは返すわ。」

めたんは近づいて来るあかりにそう捨て台詞を吐いた。

ゆかりも何と言おうか迷って、ただ「お見事」と呟いた。

はにかんだ顔で笑ったあかりは、かざした『毒牙』を振り下ろした。







最後のプレイヤーとなったあかりが『腕甲』『風切羽』『金貨』『外套』『首飾り』を手にしたことでゲームクリアとなった。

予想外な勝者であったことを讃えながら、そらはあかりを連れて現実世界へ帰還する。

キルされた者たちは観客に回っていたようで、それぞれのゲーム体験を振り返っていた。


東北ずん子は良いとこ無しで退場したことをからかわれていた。雪山エリアほどではないが森林エリアも遭難スポットであったため、そらは調整を求められた。

中国うさぎも早期退場したことで申し訳なさそうにしていた。『風切羽』での奇襲は予備知識が無かったら絶対回避できないようなものだったので周りは同情していた。

東北イタコは唯一プレイヤーではなくモンスターにキルされたことでずん子同様揶揄の対象になっていた。見た目が怖すぎて冷静な判断ができなかったことを恥じるも、あんなのをマップのど真ん中のエリアに配置する制作者を非難していた。

音街ウナも良いとこ無しの上、『風切羽』で一方的に狩られたことで同情的だった。これに関してはアリアルの非情さへのブーイングも大きかった。


アリアルは『風切羽』で空中から一方的に襲いかかる戦法を嬉々として取っていた上に、狙ったのも小さな子ばかりということで非常にヘイトが高かった。ミリアルにキルされた時は喝采が上がったと言う。

ミリアルは真正面からめたんに押し負けたことを悔しがっていた。条件的には五分であり、たとえ空中に連れ去らわれたとしてもまだ勝ち目はあったので無理に踏みとどまるべきではなかった。

琴葉葵もまた、自分がもっとサポートできていればと悔やんでいた。ミリアルと葵のペアでめたんを仕留められていればその後はもっと別の展開になったはずだった。

東北きりたんは東北三姉妹で唯一意地を見せたことで評価が高かった。敵を倒すための『毒牙』に皆が注目する中で、味方を逃がすために『怒槌』を用意しておく判断はさすがのものだった。


琴葉茜は渋い顔をしていた。マキに茜をキルさせるという作戦はゆかりから聞かされておらず、そこで既に騙された気分だった。仲間のための犠牲ならそれでもまだ良かったが、更にあかりも騙していたので踏んだり蹴ったりな気分だった。

弦巻マキも同様に渋い顔をしていた。2回も雪山で遭難した上、作戦について聞かされていなかったので茜をキルしてしまった罪悪感を味わった。

結月ゆかりはそんな茜とマキを宥めていた。自然な演技のためと言うが、何も聞かされてない以上ただの素の反応だった。一応味方サイドではあったが、人格的にはプレイヤーキラー側の人間という評価だった。

四国めたんは最後の最後でひっくり返されたことでムスッとしていた。戦略的判断とは言え真っ先に親友であるずん子をキルしたことで人格を疑われていた。小悪党なアリアルとは違い、実力と野心を兼ね備えた真っ当な悪役だった。


紲星あかりはほとんど全員を騙していたことでドン引きされていた。いったいどんな気持ちで塔でのレベリングや『クアシダゴン』の討伐に臨んでいたのか問われると、純粋に楽しんでいたと答えた。それはそれとして最後には裏切るという切り替えの良さが勝因だった。

めたんがそう言えばクリアに必要なアイテム3つは結局何だったのかをそらに尋ねる。

『ライオノイドの腕甲』『パラグリフィンの風切羽』『バーバリアンの首飾り』だった。


「え、私勝ってたじゃない。」

めたんが驚きの声を漏らす。他の者も呆気に取られる。

あのタイミングでめたんの勝利を宣言してもみんな興ざめするだけだった。だから特に何も言わずに続行させた。

そらは申し訳なさそうに言った。


一人での攻略が難しいのは『クアシダゴン』だけでなく『プロトゴレム』もだった。

砂漠エリアの迷宮は海底遺跡の複雑さと塔のモンスターの多さを兼ね備えた場所であり、『プロトゴレム』まで辿り着くこと自体が一つの試練だった。

ただボスを倒すだけの『ライオノイド』『パラグリフィン』『バーバリアン』のアイテムがクリア条件なのは、全容を把握すると当然に思えた。


試合に勝って勝負に負けたようなもの。

あの場で勝利を宣言されても他プレイヤーを全滅させるまで納得しなかっただろうことはめたんもわかっていた。

しかしそっちの勝ち方をすっかり忘れていたのは失態だった。

めたんは複雑そうに呻く。


複雑そうに呻いたのはあかりもだった。

完全に出し抜いて勝ったつもりだったのに、その勝利に泥がついてしまった。

そらは色々と調整が必要そうですねと能天気にまとめた。

情報の不足が有利不利を招いた局面は多かった。次があればもっと別の戦い方があるだろう。


「次はあなたを最初に殺すからね。」

「こっちの台詞です。」

めたんとあかりが笑い合う。

結局のところ戦いに適した精神性による優位は覆らないように思われた。

今度は『ドラゴネスク』と『デミゴルゴン』も討伐してほしいけれど、この2人が居る限りは無理だろうなとそらは思った。




2026年9月7日月曜日

ゲームの世界に入り込む演劇部

多人数動画のプロット案の一つ。

九州そらがハンターハンターのグリードアイランドのように、仮想空間を使ってゲームの世界に入り込めるタイプのゲームソフトを開発する。公式小説からのネタ。

テストプレイとして東北ずん子らの他、演劇部の面々にも声がかかる。九州そらがゲームマスター、ずんだもんがゲーム内のNPCを担当。プレイヤーは13人。

特定のアイテム3つを獲得することがクリア条件となる。


①結月ゆかり

初期位置は雪山エリア。

雪山エリアの村で茜と合流。以降は行動を共にする。

塔エリアであかり、マキと合流しレベリングを行う。


②紲星あかり

初期位置は荒地エリア。

荒地エリアでレベリング後、塔エリアでゆかり、茜、マキと合流。以降は行動を共にする。

最初のレベル差はくつがえらず、パーティーでは主力を担う。


③琴葉茜

初期位置は雪山エリア。

雪山エリアの村でゆかりと合流。以降は行動を共にする。

塔エリアであかり、マキと合流しレベリングを行う。


④琴葉葵

初期位置は砂漠エリア。

砂漠エリアの村でミリアルと合流、周辺でレベリング中にうさぎと合流する。

砂漠エリアのボス『プロトゴレム』を討伐し、『プロトゴレムの金貨』を獲得。

荒地エリアを移動中、『パラグリフィンの風切羽』を装備したアリアルの襲撃を受ける。

以降はプレイヤーキラー組への対策に奔走する。


⑤弦巻マキ

初期位置は雪山エリア。

雪山エリアの村になかなか到達できずに長期間さまよう。

塔エリアでゆかり、茜、あかりと合流。以降は行動を共にする。

塔エリアであかりにキャリーされながらレベリングを行う。


⑥東北ずん子

初期位置は森林エリア。

森林エリアの村になかなか到達できずに長期間さまよう。

現実世界での肉体性能とゲーム世界での肉体性能の落差に苦戦。他のプレイヤーと合流することも装備を整えることもできなかった。

『ライオノイドの腕甲』を装備しためたんとアリアルの襲撃を受けて死亡。


⑦四国めたん

初期位置は荒地エリア。

そのまま荒地エリアでレベリングし、アリアルと合流。

荒地エリアのボス『ライオノイド』を討伐し、『ライオノイドの腕甲』を獲得。

以降はアリアルと共にプレイヤーキラーになる。


⑧中国うさぎ

初期位置は塔エリア。

塔を登ることはせず砂漠エリアに移動し葵、ミリアルと合流する。

葵、ミリアルと共に砂漠エリアのボス『プロトゴレム』を討伐する。

荒地エリアを移動中、『パラグリフィンの風切羽』を装備したアリアルの襲撃を受けて死亡。


⑨アリアル

初期位置は森林エリア。

森林エリアから荒地エリアに移動しながらレベリング。めたんと共に『ライオノイド』を討伐する。

森林エリアのボス『パラグリフィン』を討伐するために来た道を引き返す最中、ずん子を発見してキルする。

『パラグリフィン』討伐後は『パラグリフィンの風切羽』を装備して他プレイヤーを襲撃する。


⑩ミリアル

初期位置は砂漠エリア。

葵、うさぎと共に砂漠エリアのボス『プロトゴレム』を討伐する。

荒地エリアを移動中、『パラグリフィンの風切羽』を装備したアリアルの襲撃を受ける。

以降はプレイヤーキラー組への対策に奔走する。


⑪東北イタコ

初期位置は砂漠エリア。

沼地エリアを突っ切って森林エリアへ移動。きりたん、ウナと合流する。

ずん子がキルされた痕跡の発見、葵、ミリアルからうさぎがキルされたことの報告があったことでプレイヤーキラー組の存在を認知。

彼女たちへの対策の一環として沼地エリアのボス『デミゴルゴン』を偵察中、戦闘に発展してしまい『デミゴルゴンの毒牙』を受けて死亡。


⑫東北きりたん

初期位置は森林エリア。

めたん、アリアルと遭遇することはなくプレイヤーキルは免れたが、他プレイヤーとの合流に苦戦する。

イタコ、ウナと合流後は森林エリアのボス『パラグリフィン』の討伐に乗り出すが、めたん、アリアルに先を越されていた。

『デミゴルゴン』にイタコがキルされた後は塔エリアを目指して逃走。道中でアリアルの襲撃を受ける。


⑬音街ウナ

初期位置は荒地エリア。

森林エリアへ移動してさまよった後、きりたん、イタコと合流する。

移動に時間をかけレベリングを十分に行えず、『パラグリフィン』討伐の空振りもあって装備を整えることもできなかった。

『デミゴルゴン』にイタコがキルされた後は塔エリアを目指して逃走。道中でアリアルの襲撃を受けて死亡。




〇ライオノイド

荒地エリアのボス。火属性。

武具を身に着けたライオンの獣人。火属性が付与された攻撃を行う。

高い機動力と持久力を有し、開けた荒地での戦闘で並ぶ者はいない。

しかし武人のような気質があり、背を向けて逃げる相手は追わない。


・ドロップアイテム

『ライオノイドの腕甲』

生成スロット:1。

ライオノイドが身に着けていた腕甲。

装備者のすべての攻撃に火属性の付与と威力の増加を与える。


・ストーリー

人と闘うたび、人を喰らうたび、その獅子は人の性質を獲得していった。

人喰いの怪物からいつしか、荒地の覇者へと呼び名は変わっていた。

これまで数多の戦士が獅子へと挑み、その血肉になった。

人の性質が獅子の性質を凌駕し、真の戦士になる日も近いのかもしれない。




〇クアシダゴン

海底エリアのボス。水属性。

海生生物の姿を真似る不定形の巨大な怪物。

日の光が当たる場所に引きずり出すことで大幅に弱体化する。

逆に素の状態で討伐することは困難。


・ドロップアイテム

『クアシダゴンの外套』

生成スロット:1。

クアシダゴンの素材を使った服。

あらゆる衝撃を吸収し、変形して攻撃、拘束を行える。

本体と同様に日の光が当たる場所では大幅に弱体化する。


・ストーリー

海で命を落とす者が相次ぎ、人々の恐れは暗い海の底へと向かった。

得体の知れないものへの恐れは、ある生き物を得体の知れないものへと変えた。

元が鮫であったか蛸であったか、もしくは別の何かであったか。

もはやその生き物自身も覚えていないが、与えられた性質に従い今日も船を襲う。




〇パラグリフィン

森林エリアのボス。風属性。

鷲の上半身と獅子の下半身を持った獣。天空を舞い、旋風で敵を引き裂く。

極めて気性が荒く、目についた全ての生き物を動かなくなるまで攻撃する。


・ドロップアイテム

『パラグリフィンの風切羽』

生成スロット:1。

パラグリフィンの頭の羽。

装備者は飛行と高速移動が可能になる。


・ストーリー

その鷲と獅子の戦いは熾烈を極めた。

頂点捕食者同士の縄張り争い、本能がけして退くことを許さなかった。

あまりの闘気に空間は歪み、気づけば二者の体は融合していた。

どれだけ敵を屠っても心が休まることは無い。最も倒したい相手は既に自分自身だから。




〇プロトゴレム

砂漠エリアのボス。土属性。

土くれと岩でできたゴーレム。動きは鈍重だが破壊力は随一。

遺跡内のトラップを利用することで優位に戦いを進められる。


・ドロップアイテム

『プロトゴレムの金貨』

生成スロット:1。

プロトゴレム内部のミイラが握りしめていた金貨。

すべてのクエストの報酬金額とアイテムの換金額が増加する。

ドロップアイテムのレアリティと個数が増加する。


・ストーリー

ゴーレムを動かすには強い魔力と優れた魔法技術が必要だ。

しかし兄弟はペテンを思いつく。中と外から二人で操ればずっと楽ができる。

弟がゴーレムの中に潜み、兄は外でさも一級の魔導士のように振る舞う。

幾つか大きな仕事の依頼を受けたら、金を持ち逃げするつもりだった。

一時の辛抱だった。今だけ精一杯やるつもりだった。

大口の契約を結び、喜びを分かち合おうと兄は弟を覆う岩を外した。

弟は死んでいた。

その日から不思議と兄は他のどんなゴーレムも自在に操れるようになった。

財を築いた兄は死の間際、迷宮の奥深くに最初のゴーレムを向かわせた。

宝を守るためだったのか、それ自体が宝だったからなのかは定かでない。




〇バーバリアン

雪山エリアのボス。氷属性。

白い毛並みの大猿。素早い動きと鋭い爪で獲物を仕留める。

吸い込んだ空気を瞬間的に冷やして氷属性のブレスを放つほか、氷の球を投擲することで遠距離から戦うこともできる。


・ドロップアイテム

『バーバリアンの首飾り』

生成スロット:1。

バーバリアンが最期に流した涙で凍りついた、花嫁の首飾り。

一度だけHPが0になった時、復活できる。この効果は『デミゴルゴンの毒牙』に対しても有効。


・ストーリー

出会った時はまだ子猿だった。

群れからはぐれて弱っていたところを幼い娘は助け、共に育った。

大きくなった猿は山へと帰ったが、時折娘が遠くから手を振ると高く天に吼えた。

娘にとっては終わったことだったのだろう。小さな生き物に向けた、小さな優しさだったのだろう。

娘の結婚式の日、白い大猿が町を襲い新婦以外の全員を殺した。

助けに向かった者もことごとく殺され、町はそのまま見捨てられた。

大猿は娘を傷つけることはなかったが逃がすこともなく、娘もまた大猿を憎むことはなかったが従うこともなかった。

いつしか動かなくなった娘を氷の椅子に座らせ、大猿は傍らに眠る。

殺めてしまった後悔か選ばれなかった悲嘆か、その胸中を窺い知ることはできない。




〇ドラゴネスク

塔エリアのボス。雷属性。

黒い竜。全身が鱗に覆われ、背中から尻尾にかけて棘が生えている。

雷雲を操り、咆哮とともに雷を落とす。

塔の最上部で挑戦者を待っている。事実上のラスボス。


・ドロップアイテム

『ドラゴネスクの怒槌』

生成スロット:6。

体表の棘から作られる笛。パーティーを解散させることができる。

解散させられたパーティーのプレイヤーは一定距離離れたランダムな位置に飛ばされ、所定の時間パーティーを組むことができない。

討伐報酬以外でも各所から入手可能。


・ストーリー

彼は紛れもなく英傑だった。

たった一人で魍魎跋扈す塔を登りつめ、暴君たる竜を打ち倒したのだ。

しかし再び地に降りた彼に向けられたのは忌避と疑惑の目だった。

元より賞賛など望んでいない。しかし人の世にはもはや心躍るものは無かった。

主のいなくなった塔へと戻り、強敵との戦いに思いを馳せる。

あれほどの相手はもういない。ではどうすればいいか。己がなればいいのだ。

その答えに気づいた時、彼の目は黄色く濁り、体からは鱗が生え始めた。

竜化の呪。吼えると応えるように雷が鳴った。




〇デミゴルゴン

沼地エリアのボス。無属性。

無数の蛇がからみついた女の姿をした怪物。

蛇が持つ毒は強力無比で、いかなる人間であろうとその毒がもたらす死からは逃れられない。

目は見えないが身にまとった蛇の囁きに従い近づく者を襲う。


・ドロップアイテム

『デミゴルゴンの毒牙』

生成スロット:12。

からみついた無数の蛇の牙。プレイヤーをキルすることができる。

キルされたプレイヤーは現実世界に戻され、持っていたアイテムはその場に残る。

討伐報酬以外でも各所から入手可能。


・ストーリー

女の性は蛇だ。

不貞を糾弾された妻は決してその事実を認めることは無かった。

手足を削ぎ落とされ、目玉を抉り取られ、毒蛇がうごめく穴倉へと突き落とされても尚、身の潔白を訴え続けた。

その様を見てついに、亭主は己の間違いを認めた。

残虐な仕打ちへの報復を恐れ、逃げ出した亭主を彼女は探し求める。

いつの日か許され、また愛されることを待ち望んで。




うまずめ

長編民俗学ホラー。

伊織弓鶴、ついなちゃん、四国めたん、アメノちゃん。

石女、不産女、水滴石穿、しずく。

うずめ、アメノウズメノミコト、猿田彦、猿田。



幕1


弓鶴、ついなは修行の一環でとある霊山を訪れる。

とはいえ半分ぐらい旅行のようなもので、後鬼はついて来ず二人きりでの旅路となる。

麓の村の旅館へと滞在中、そこに住む10歳ぐらいの娘と仲良くなる。

名前はしずくと言い、経営者の娘というわけではないそうだった。身寄りがなく住むところがないため引き取ったと話す。


そこに宿泊客としてめたんとアメノがやって来る。

めたんと顔見知りになっていた弓鶴とついなはもしかして何かの調査かと尋ねる。

何らかの儀式が行われた痕跡のある民家があり、そこの住人が失踪している。

ワンチャンヤバめの事案な可能性があるため、用心棒として雇われたとめたんは語る。

アメノも新人バイトのため非正規コンビとなる。


宿の経営者らに話を聞く中で、件の民家がしずくが住んでいたところであり、失踪したのは彼女の母親であることが判明する。

めたんは母がどうなったか本人も気がかりだろうと現地調査にしずくを誘う。

彼女の身を案じた弓鶴とついなも一緒について行くことになる。



幕2


彼女の家は宿からかなり離れた、山深い場所にあった。

めたんはしずくにここからでは通学も大変ではないかと問いかける。

不便だったから今は宿に住めてラッキーだとしずくは舌を出した。


民家は割と大きな日本家屋だった。

元はこの辺りにも集落が続いており、一番立派なその家だけが最後まで残ったようだ。

中はごく普通の家で、親子二人で暮らしていた生活の跡が残されていた。ただ一室を除いて。

襖を外して二部屋を繋げた畳張りの大きな部屋。そこにはよくわからない物品や書物が乱雑に散らばり、部屋の奥には巨大なオブジェが作られていた。

天井まで届くほどの大きさの針金で組んだ輪っかに無数の呪術的な装飾が施されている。和洋折衷されており、どういった意図で作られたものなのかはわからなかった。

ただ相当の執念と狂気が込められているのはわかった。


明らかに異様なものであり、弓鶴とついな、アメノは固まる。めたんとしずくだけが平気な顔をしていた。

「まあこれでしょうね。」

そう呟いて無造作にめたんが輪っかに触れる。ビビっているアメノに何も感じないから大丈夫だと語る。

しずく曰くこの部屋には入ってはいけないと言われており、母が急にいなくなってから警察の人と一緒に初めて入ったそうだ。

結局事件性は認められず頭のおかしくなった母親の自発的な失踪とされたが、話はどこからか広まりめたんらの調査対象となったのだろう。


しずく自身もその結論に納得しているようだが、母がいったい何をしていたのかは気になるようだった。

めたんはこのまま解体して終わりというのも退屈だからと部屋の整理を始める。弓鶴とついなも協力し、アメノも文句を言いながらも従った。

母親の日記が見つかり、そこにはこの家に越してきてからの実験の記録がつづられていた。

思っていたより真剣に試行錯誤された内容でめたんは熟読する。最後の記述はいなくなる一か月前で、結果がどうだったかが記載されていなかった。


書かれていないから成功だったのか失敗だったのかわからない。

そう語るめたんの表情は先ほどとは変わっていた。

しずくを連れて再び家の中を回り、この家での生活がどのようなものだったかを詳しく尋ねる。

本棚に並んだ漫画本や廊下に積まれた非常食についてなど、弓鶴たちにはなぜそんなことを聞くのかわからないようなことまで。

日記が途絶えてからの一か月で特に母親の様子は変わらなかったそうだ。


「気持ち悪いわね。」

広間に帰って来るとめたんはそう言った。

散らかっていた物品や書物はある程度片づけられていた。もう一息と言ったところだったがめたんは撤退を宣言する。

突然の方針転換に他の者は呆気に取られるも、そそくさと帰り支度を始めた彼女の後を追った。



幕3


宿に戻っためたんは説明を求められる。

何の霊的な痕跡も認められなかったが、成功の可能性を感じたからと彼女は答える。

古今東西混ぜ合わせられていたが、儀式のデザインは外から神を呼び出すという方針で統一されていた。

儀式を行っていた母親の取り組み方も真摯かつ敬虔で祈りが通じたかもしれないと語る。


もっと他に根拠があるように感じたが弓鶴は聞かなかった。

めたんはアメノに母親の経歴について調べるように命じる。

アメノは面倒な仕事に渋っていたが、輪っかを壊す方がいいかと問われると喜んで調査に向かった。


めたんはまだ輪っかを壊す気は無いようで、周辺の聞き込みに当たるようだった。

宿でついなと一緒にしずくの相手をするか迷ったが、弓鶴はめたんについて行くことを決める。

野次馬根性もあるが、今後ついなと生活する上でめたんから知識や調査能力を学んだ方がいいという判断だった。

めたんは別段どっちでもいいようで、弓鶴と言葉を交わしながら村を周った。


小さな村であり、誰もが母娘のことを知っていた。

と言っても母親と言葉を交わしたことのある者は少なく、大抵の話は娘のしずくのことだった。

めたんは朗らかに、それでいて抜かりなく彼女たちの足跡を辿っていった。

特に不自然なことは感じない。弓鶴の感想にめたんは同意した。


宿に帰ると、ついなとしずくがお互いの名前の由来を教え合っていた。

ついなは「追儺」と呼ばれる悪鬼や疫病を追い払う儀式から取ったものだと教える。

しずくは「水滴石穿」という四字熟語が由来だと言った。

雨垂れの一滴でも、同じ場所に落ち続ければ石に穴を開けられることから、小さな努力でも根気強く続ければ困難を打ち破れるという意味。

良い名前ではあったが、母親が儀式にかけたであろう執念を思うと空恐ろしいところがあった。



幕4


弓鶴とついなの滞在の終わりが見えて来た頃、アメノから一報が入る。

アメノ一人で調べたわけではないようだったが、大体の経歴が調べられていた。

母親は依然別の場所で「猿田」という家に嫁いでいたが、夫が事故死。

お腹に子供がいたが家からは追い出され、また別の場所で狭いアパートを借りて生活。

そこから母子二人で慎ましく暮らしていたが、村内のあの民家を相続したことで引っ越してきたそうだった。


母親が暮らしていたアパートの外観と間取り、嫁ぎ先の猿田家を訪問した時の録音が添付されていた。

猿田家は旧家であるが跡継ぎが居らず、今は母親の義母、しずくにとっては祖母が一人で暮らしているそうだった。

祖母は追い出した母親のことを相当嫌っているようで、行方不明になったと聞いても身を案じることはなかった。

村で暮らしていることも知らず、有益な情報は無かった。


意地悪そうな婆さんで散々悪口を聞かされた。馬…なんとかって。

通話口でアメノがそう愚痴る。

めたんはしずくのことは何か言っていなかったと尋ねる。娘ではあるが唯一の跡取り候補のはずだ。

そう言えば聞いてなかったと答えたアメノに、じゃあもう1回行って来てとめたんは無慈悲に告げた。


「色々と変なのよね。」

アメノとの通話を打ち切っためたんは寝っ転がりながらこぼす。

弓鶴は自分が感じていた違和感について語る。

儀式にのめり込んでいる反面、しずくの前では普通に母親をしており、しずくもまた普通に生活している。

その二面にまったくつながりが見出せない。


めたんは同意し、自分の違和感も挙げる。

居間や台所など、他の部屋はきちんと整理されていた。日記の記録からも几帳面な性格であるのがわかる。

それなのにどうしてあの部屋だけあんなに散らかっていたのか。儀式が上手くいかなくてむしゃくしゃしていたのかもしれないが、日記の記録からはそうは見えなかった。

例えば何かが降臨し、その際の衝撃で荒れたのかと思っていたと。


結局情報も無く痕跡も見つけられないので、めたんは手詰まりになったようだった。

半分忘れかけていたが当初の目的だった霊山での修行に手を貸してくれたことで、弓弦とついなはこの村に来て初めてそれっぽいことをやった。

雑談がてらめたんはあの民家について推測を述べる。

こういった地域では神事を執り行う一族が大きな力を持つ。あの家はその人たちの者だったのではないか。

しずくもしずくの母親も霊的な素質に優れた血の持ち主で、それが上手いこと作用したのかもしれない。


何の証拠も無しでいいのなら既に結論は出せるとめたんは言う。

アメノの調査によると母親の霊的な儀式への興味は、夫が亡くなり嫁ぎ先を追い出されてから始まっていたようだった。

と来ればきっかけは当然夫の死であり、単純に考えれば目的は夫を生き返らすことになる。

儀式の結果何かが現れ、願いを叶える代償として娘の命を求める。

一か月間の猶予を与えられたが娘を差し出すことはできず、契約は不成立。

無駄足を踏ませた罰と呼び出し分の対価で母親は連れて行かれもう帰ってくることはない。


あるいは初めから夫を生き返らすための贄として娘を育てていたが、土壇場になって情が勝ったのかもしれない。

そういうこともあるとめたんはつまらなそうに呟く。

これが正解だったらしずくには言えない。

3人ともそのことはわかっていた。



幕5


結論は出たものの、どこか納得できない様子のめたん。

「逆だったのかもね。」と呟く。

どういう意味かと尋ねた弓鶴には答えず、めたんは少し歩いて来ると去っていった。

弓鶴とついなは二人で宿へと向かいながら、これまでのことを振り返る。

それでも最後の一か月を親子一緒に過ごせて良かったとついなは語る。

親のいないついなにとっては羨ましいことなのだろうと寂しく微笑んだが、弓鶴はふとあることに気づく。


逆だったとしたら…

娘の命を捧げようとしたのではなく、娘の命を授けてもらったのだとしたら。

日記が途絶えた1か月前に何かが現れ、その何かは願いを叶えてくれたのだ。

1か月の猶予を与えられ、十分に二人での生活を過ごしてから代償として連れて行かれた。

わかっている。この考えはおかしい。

弓鶴の額に冷たい汗が流れる。


違和感はあった。

10年間娘と一緒に生活しながら、亡き夫を蘇らすための儀式の準備を進めていたのだろうか。

娘はそれに気づかなかったのか。母親の気は変わらなかったのか。

変わらなかったとしたらなぜ直前になって変わったのか。


死んだのが娘で、娘を生き返らそうとしていたなら色々なことが納得いくのだ。

猿田の家が母親をあっさり放逐したのは跡継ぎができることはもう無いから。

家を追われた母親が狭いアパートで暮らしていたのは一人暮らしだったから。

人里離れた山奥の家を買ったのは子供の学校を気にする必要が無かったから。


しかし実際には娘は生きてきたのだ。あらゆる記憶と記録にそれが残っている。

もしこの説を成り立たせるなら、儀式の成功によって娘という存在が過去に遡って作り出されたということになる。

儀式の部屋に不自然に積み上がった荷物は本来他の部屋に置かれていた。

他の部屋に母娘の生活の痕跡を作るために、あの一室に押しやられた。

めたんはそういう想像をしていた。だから気持ち悪いと言ったのだ。


馬…なんとか。

アメノが電話で言っていた単語は恐らく「うまずめ」だ。

子供ができない女のこと。猿田の家に嫁いで数年、跡継ぎをつくれなかった母親はそう蔑まれていた。

夫が亡くなった時にお腹の中に子供がいた。

それ自体が元々存在しなかった事実。彼女が懸けた願いだったのだ。


ただの想像に過ぎない。弓鶴は首を振る。

だとしても既に終わったことだ。自分たちが気にするようなことはない。

「あ、しずくちゃん。」

ついなが声を上げる。しずくが宿から手を振っていた。


水滴石穿。

雨だれが石を穿つように、たゆまぬ小さな努力が困難を打ち破る。しずくの名の由来。

「うまずめ」は「石女」と書く。石は子供を産めないからだ。

どのような困難を打ち破ることを夢想してその名をつけたのだろうか。

弓鶴は浮かんだ想像をかき消すよう再び首を振った。




メモ

・ヤンデレ女と秘密を抱えた男。

・帰ってきたけれど待たれていなかった少女。

・科学好きな少年とオカルト好きな少年。

・公園からホームレスを追い出したい少年。

・因果応報、自業自得の男。

・今日もいじめられただけの少女。

・『ファントムバレット』

・『フォースプラン』




2026年8月8日土曜日

青春シリーズまとめ

双葉湊音があらゆるサインを見逃す物語。


第1話

・学校に着いてすぐ龍星は詞音を置いて自身の教室に向かう。一緒に登校するのは義務感からであり、ずっと一緒に居たいわけではない。それを見送る詞音の視線も寂しげ。

・朱司がそんな詞音を見兼ねて軽口を叩く。この時点で既に朱司は龍星から相談を受けており、二人の仲があまり上手くいっていないのを知っている。詞音は朱司に対しては遠慮ない態度を取れている。

・湊音に対する「ずっと一緒にいたら話すことなくなる~」の語りは詞音自身に言い聞かせるものでもある。これも恋の駆け引きであり破綻に向かっているわけではないという願望。


第2話

・ひまりとつむぎは詞音の恋心には気づきながらも二人が既に恋人であることには気づいていない。詞音と龍星が恋人らしい距離感を見せてはいないため。龍星が湊音を口説くような形になった時も詞音は言葉をかけることができなかった。

・去年同じクラスだった虎太郎は身長いじりでからかえている。朱司と同様に遠慮ない態度を取れる相手ということ。また詞音の本来の性格がこういうものであることがわかる。

・龍星にとっては親友である玄野から見ても詞音は「いい感じのお相手」止まり。親しい人物の目から見ても恋人には見えないということ。その時の二人の顔も複雑そうな表情をしている。


第3話

・湊音と玄野を見守る集団の一人でいる間は詞音も龍星も自然体でいられている。この時のことが後の選択に繋がっている。

・ひまりが玄野をからかっている様子は互いに憎からず思っている男女の距離感を表している。気軽に言葉を交わせなくなった詞音と龍星とは対比。


第4話

・湊音をからかいつつ朱司とふざけているだけだが、詞音は恋愛観に対して自身の恋愛事情も絡めた複雑な思いを抱いている。

・詞音が湊音へ歩み寄ったのは、湊音もまた男子と仲良くなれなかったことにシンパシーを抱いたのと湊音の前では恋愛強者のスタンスでいられるため。


第5話

・「人と仲良くなるにはもっとわかりやすいイベントが必要」「話題があるから会話が生まれて会話があるから親睦が生まれる」「まだ何気ない日常を一緒に楽しめるほどの関係性が無い」。これらの言葉は詞音と龍星に対しても向けられたもの。頭ではそうわかりながらもできなかったことへの後悔も交じっている。

・詞音が湊音のことをだいぶ雑に扱えるようになっており、気を許し始めていることがわかる。


第6話

・詞音は朱司に湊音の面倒を見るように頼まれた。詞音にとって関係性の深さで言ったら朱司の方が上であり湊音はあくまで庇護対象。

・龍星と玄野の思い出を湊音に語る。湊音をからかうためでもあるが詞音と龍星の思い出は上手く思いつかなかったためでもある。


第7話

・だいぶ詞音のギアが上がっている。本来の性格はこのようにズケズケといじり倒してくるものであり、湊音に対しては気を許しているが龍星に対しては素の自分を出せていないことが読み取れる。

・湊音と友達になることを決めたのは湊音との時間が思いのほか楽しかったから。物語的なところだと、この楽しい一日の中で「ここに龍星もいたら」のような思考が出なかったのが詞音の心理状態を表している。


第8話、第9話

・番外編。詞音が湊音や朱司、他のクラスメートと打ち解けている様子がわかる。

・この時と青山と一緒にいる時で詞音の態度は違う。クラスではやはり気の強い女子。


第10話

・黒沢が語った「どっちかが告白したら今から彼氏彼女ですみたいなのが嫌い」という話。これは詞音と青山のことを想起させるもの。それを聞いた青山は「見かけに反してまじめな奴だ」とはぐらかしながらも考え込んでしまっている。

・黒沢が経験した蛙化現象の過去も含めて、この回は詞音と青山の恋愛のやり方が失敗であることを暗示している。


第11話

・詞音が青春として挙げたのは「誰かを好きになったこと」。「人を好きになったり付き合ったりとか初めてのこと」と語っている。詞音以外は龍星のことを好きになり、恋心や交際について思いを馳せるようになったことだと思っている。実際は二人は既に付き合った上で倦怠期のような状態にあり、詞音としては半ば諦めた気持ちで美しい思い出として語っている。

・冥鳴が語った青春は湊音の行く末を暗示するものであり、青少年の誰もが直面する妥協と諦観のこと。湊音は実際に直面するまでそれがどのような意味か理解することは無かった。


第12話

・前話に引き続き湊音にわかりやすいチャンスが与えられた回。ゆかりの言葉は湊音に刺さっており、湊音はそれらを受け止めて投げ返すことができた。

・湊音は心の受け皿をつくることはできたが、そこに現実の事象を乗せることはできなかった。ここで「偽りの光」が具体的に何を指すのかを自分の人生と照らし合わせて考えていれば気づけたかもしれなかった。


第13話

・ゆかりから「認知を歪めずに正当な結果を受け取る」よう求められる。補遺を見た方ならご存じだろうがかつてはゆかりも認知を歪めていた。今は湊音が認知を歪めている。

・湊音の目から見ても龍星と詞音は「友達以上恋人未満」。余談だが葵やうさぎ達が詞音と出会った女子会の時は付き合い始めでまだ浮かれていた頃。


第14話

・湊音が詞音と龍星を尾行していた時、登校中は笑顔を浮かべていた二人も昼休みに中庭にいる時は表情なく並んでおり、下校中に寄り道をしているところでは顔が見えないようにしている。湊音の尾行に気づいていたようにも単純に二人があまり楽しんでいないようにも捉えられる。

・湊音を間に入れたのは詞音も龍星も二人きりの時間に耐えきれなくなっていたから。湊音の存在によって関係が改善されるのを期待していた。二人が別の場所で同じ月を眺めるカットはその暗示。


第15話

・つむぎは詞音と龍星が付き合っていることを知り、間に割り込むことに消極的だった。詞音の「付き合い始めても友達のままなんだから一緒に遊びましょう」は社交辞令ではなく本当に一緒にいてほしいという意味。

・ひまりは一般論として「付き合い始めの二人が上手くいかないこともある」という認識を持っていたため詞音のサポートに回った。「他人のことはわからない」「人生はままならない」という前提で動く大人の対応。

・「かわいく甘えたりできなくてごめんね」「言うなよそんなこと」のやり取りはあまりにも露骨すぎて出すのを迷った。杞憂だったが。


第16話

・朱司の「それでいいのかい?」に対する龍星の「俺はこの方がいいと思う」というやり取り。恋人である二人が互いに歩み寄るのではなく、間に別の人を入れて距離感を探るやり方でいいのかという確認。朱司は龍星から相談を受ける中でそのやり方には否定的だった。

・かつて虎太郎がそうしていたように、湊音が会話の中心になることで二人は上手く話せるようになった。詞音はつむぎと同様に虎太郎や玄野、黒沢に対しても遠慮なく間に入るように求めている。


第17話

・湊音の人探しに協力する形で詞音、龍星は距離を縮めている。コミュニケーションにおいて相手とどうなりたいかという願望より単純な話しやすさが重要であるということ。二人とも湊音をいじる形では自然に話せている。


第18話

・番外編。ぞん子の掘り下げ回。

・ぞん子の境遇と精神性に加えて、湊音がさほど察しが悪いわけでも気遣いができないわけでもないことを描く。知識や知性の問題ではなく、気づきのためには体験が必要不可欠であるということ。


第19話、第20話

・龍星の掘り下げ回であるが、物語的に重要なのは恋人である龍星の事情に詞音が踏み込めていないこと。野球や陸上をやめた理由は知らず、聞けてもいない。

・詞音はずん子さんに負けた後の龍星に対してプライドは大丈夫かと聞いている。また、帰り道でも「俺も規格外だと思ってたし思われてた」という龍星の言葉に咄嗟に謝っている。結局のところ詞音にとって龍星は未だ心情が読めず気遣いが必要な相手のまま。

・詞音では上手く返せないような龍星の独白に対して、湊音は即座に前向きな言葉を返せている。詞音の「馬鹿みたいに素敵」という呟きは単なる潤滑油にとどまらず存在感を発揮できる湊音に対する羨望と嫉妬も含まれている。


第21話

・ゆかりの「しっくりこない」という言葉は、湊音から聞かされた龍星の話において詞音が何の役割も果たしていないことに向けられている。ただ恋人だからといって何にでも絡んでくるわけではないかと納得して言及してはいない。

・ゆかりから二度目の大きなチャンスを与えられる回。演劇部シリーズを知る人であれば、表面上は仲良くしても仲良くないのがずん子と葵であり、馬鹿にし合っているようでも仲がいいのがずん子とゆかりのことだとわかる。青春シリーズにおいては、恋人という形をとりながらも信頼という実を取れていない詞音と龍星、それとは対照的にちょっと馬鹿にされながらもその二人と良好な関係を築いている湊音のことを示している。


第22話

・詞音の湊音への依存が強まっており、かつてのクラスメートである雪には露骨に嫉妬心を向けている。湊音を失ったら青山との関係を続けられなくなると思っているため。

・湊音と玄野のからかい合いに対して、詞音と龍星は「仲いいなぁ」という感想を向ける。自分たちとは異なり、忌憚なく笑い合える関係性への羨望。


第23話

・朱司の「君に馬鹿と言われちゃ形無しだな」という言葉。間に他人を挟み、その他人がいなければ関係を維持できなくなっている詞音と龍星のことを思い、複雑な感情を滲ませている。

・黒沢の回想において、湊音が見ているのは自分にとって都合のいい世界のこと。黒沢にとっては玄野や青山と一緒に大会で競い合うという願望であり、湊音にとってはこの人たちはきっと青春を謳歌しているんだという思い込みだった。


第24話

・詞音は「見よう見まねで駆け引きなんてやってみたって苦しくなるだけ」とこぼしている。当然龍星とのこと。

・青山の「双葉だって人間だから」というのは、湊音が奇天烈なマスコットなどではなく普通の女の子であることを認めている。一人でも周囲と関わりを持とうとする湊音を見て、詞音も彼女の成長を感じている。

・湊音は対人経験を積んだことで自意識が高まり、自分がどう見られるか、相手がどう思ってるかを考え始めてしまっている。ある意味では弱体化であり、ひまりに向けた「普通に言えばいいじゃん」という言葉も後には重くのしかかることになる。


第25話

・「詞音ちゃんはいいよね?」の場面。詞音はお泊り会に参加可能か聞いているようにも、詞音も3人一緒で構わないか聞いているようにも捉えられる。詞音はどっちの意味でも「いいわよ。」と答えている。

・龍星が髪は長い方と短い方どちらが好みなのか、詞音は今度聞いてみると答えている。付き合っていてもそんなことすら尋ねたことが無い。


第26話

・詞音が見つけてしまった知らない自分は、ジョハリの窓において未知の窓ではなく盲点の窓。詞音は小憎たらしい性悪キャラでやっているつもりであり、周りから信頼され大事に思われているのは想定外だった。だからこそ詞音は自分のイメージを崩すことができなくなった。

・詞音が恐ろしかったのは、自分にとってはそこまで重大ではない行為に強い怒りを向けられたこと。詞音は強がりではなく本当に怒ってはいなかった。いじめたりいじめられたりがあっても、事が過ぎればまた元通りの環境で過ごしてそれが水に合ってもいた。高校のこの環境ではそのような行為が絶対に許されないのを悟り、自分が無自覚に一線を踏み越えるのを恐れるようになった。

・湊音は詞音のそんな心理には気づいていない。詞音は湊音が何もわかっていないことをわかった上で、それでも会えて良かったと言った。近いうちに湊音が自分の元を離れるのも予感している。


第27話

・全員での遊びはボウリングにした。余計な力を加えてブレることなく、真っすぐ投げるのを求められるところが物語のテーマにも通ずると思ったため。

・ひまりは詞音の素を引っ張り出して龍星のアシストを狙っている。ただ「どう思いますかこういう彼女さん」「すごいなーって思う」のように龍星は全然踏み込む気が無い。詞音のことはもう湊音に任せきってしまっている。

・朱司は湊音がそろそろ別れを切り出す頃だと察して、あらかじめ答えを言っている。詞音と龍星の本当の気持ちを知った後、湊音が自分にも事情を聞きに来るだろうから。

・詞音と龍星が述べた感謝の気持ちには一切の偽りはない。一時だけでも恋人として楽しく過ごせたのは事実であり、不満が降り積もっての自然消滅ではなく円満なお別れにすることもできた。


第28話

・詞音が言えなかったことは、龍星には友情だけでなく義憤もあったのではということ。自分には全く義憤が無かったことで価値観の大きな隔たりを感じている。友情ではなく恋心があったのではというのがミスリードになるかと思ったが、第26話でも否定しているから微妙か。

・はうには付き合っているのをたまたま知られた。はうは詞音の微妙な心理について知らないので、何気なく「黒塗りの王子様」での女子会に誘っている。

・つむぎが詞音と龍星の交際に気づかなかったのは、詞音の言動や態度から関係性を推し量れたため。名目上は恋人になりながらも距離感は変わっていないので、恋人未満の関係のままだと思っていた。詞音もそう思われてるのを察して言い出せなかった。

・出ていないが玄野と虎太郎もつむぎと同じく、青山は恋人未満のままだと思っていた。なまじ友達のことをわかってるせいで、関係を変えようとしても変えられないという悩みには気づかなかった。




青春シリーズのテーマはそのまま「青春」。

自分の中で青春とは何かを考えた時、やはり少年期から青年期への成長だと思えた。自分の世界を夢見る子供から現実の世界と折り合いをつけていく大人へ。

物語の構造としては上辺だけの浅い認知で生きてきた湊音を刺すものであると同時に、湊音と同じように上辺だけの浅い認知で動画を流していた間抜けを刺すものでもある。

見ることと視ること、聞くことと聴くことは大きく違う。ただ見て聞いているだけの人間は実のところ何も考えていないし何も感じていない。

湊音もまた人間関係を広げ人生経験を増やしているようで最も身近な相手のことすらわかっておらず、何も積み上げてはいなかった。そのことに気づいてからの選択が物語の根幹になる。

できないことをできないものとして受け入れるか、それでもできないことをできるようになろうとするか。

ゆかりやひまりを筆頭にほとんどの登場人物はできないものとして受け入れている。もちろん作者たる私もそうだ。

出会う人起こる事すべてに深い観察力と思考力を発揮し、認知を歪めるな判断を間違えるなというのは現実的でない。だから普通は裏目を読んで距離を取り、それでもぶつかってしまった時はお互い様でなあなあで済ます。

そうやって立ち回ること自体がストレスでもあるが、長期的にはそのやり方が一番楽なのである。一々トラブルを起こす面倒を考えたら誰だってそうする。

というのが大人になるということ。しかしこれは青春ではなく青春の終わりだ。

双葉湊音にとって青春はそういった妥協や諦観とは対極にあるものであり、自分以外の全員が屈してもなお抗い続けることを決めた。

だから良いとも悪いとも言えないが、他の人にはできない選択をしたところで物語は終わりにした。今後また諦めそうになる時もあるかもしれないし、諦めなかったことで却って状況を悪化させるかもしれないがそれはまた別のお話。

現実を正しく捉え自分で選択するというこのチャンネルで長いこと取り上げてる大きなテーマとも通ずるところがあるシリーズだった。




狂言回しとしての結月ゆかり

・湊音を詞音と龍星の間に入れるためのきっかけ作りしか役割はないが、せっかくなので示唆に富んだ存在にしておいた。青春シリーズは彼女の補遺と同じ物語構造になっている。

・「偽りの光」について。湊音は気づかないで笑うことと気づかない振りをして笑うことがそれだと気づけた。この世に満ちている欺瞞を指しており、ゆかりが糾弾していくのを諦めたもの。ゆかりが言っていることが正しいとわかっていれば、お話の展開的にも湊音が「偽りの光」にぶつかるんだろうなと察しがつくか。

・「ある種下に見ているからこその気安さ」について。ゆかりは初手から評価を低くつけさせることで暴落を未然に防いでいる。これによって多少の無茶をしても許され、痛い目を見ても自業自得で済まされる。詞音もこの立ち位置を狙っていたが外した。想定外に高い評価を暴落させることを恐れて詞音は気軽に話せなくなっていった。

・湊音の選択について後語りする役目も担った。ゆかりにとって湊音の存在は憎らしいが救いでもある。たとえやり直せてもそっちを選ぶことは無いだろうが、そっちを選びたい思いが無いわけではなかった。同じような憧憬をひまりや黒沢も持っている。

・最初からずっと本当のことしか喋らない女。テクニカルタイプに見えて実際はノーガード戦法を貫くパワータイプ。なんなら詞音よりも湊音と心を通わせた人物なのかもしれない。



双葉湊音否定派

・朱司、玄野、虎太郎、つむぎ、はうは龍星、詞音の事情に踏み込むことは無かった。結果オーライではあったが深いところに踏み入ることで人間関係が修復不可能な状態に陥る可能性も高かったので、湊音の選択には懐疑的。

・朱司の分析も当たっており、詞音は仲が深まるほど口数が少なくなり距離を取り始める傾向がある。つむぎに対してもその傾向は現れており、青山とのことを言い出せないだけでなく強気な物言いも控えられている。仲が良かったはずの自分、仲良くなりたがっていたはずの龍星に対して詞音の態度が素っ気なくなっていったことで、つむぎは何か変だなというのを察していた。

・本人が乗り越えるべきことであり、部外者の自分たちが口出しすべきではないという意識が根底にある。発破をかけることも相談に乗ることもからかうことも元気づけることもあるが、一線は越えない。自分がいたから上手くいく、自分がいなくなったら駄目になるなんてものは不健全なため。ただ、そうやって一線を引いて人と関わることに葛藤もある。



双葉湊音肯定派

・ひまり、黒沢、ぞん子、離途は湊音が龍星、詞音の事情に踏み込むことを期待していた。ひまり、黒沢は自分にできなかったことをしてほしいという意味合いもある。

・補足だが黒沢は本当は龍星と玄野に部活を辞めないでほしかった。しかし龍星の気持ちもわかるため、相手に踏み込むことも自分を見せることもなく笑って見送った。最終回での湊音への告白には第10話で語られた過去の恋愛事情を通した葛藤も込められている。ほどほどの距離感でいた方が居心地がいいのは本音であり、湊音に好意と敬意を持っているが付き合う気は無い。

・黒沢、ぞん子、離途は朱司によって湊音と友達付き合いしても問題が起こらないと認められた3人。黒沢、ぞん子は頼れる兄貴分姉貴分として懐が大きく、離途はデリカシーが無い代わりに湊音にもデリカシーを求めない。冗談めかして言ったが他のクラスメートにとっては本当に湊音は話しにくい人。元クラスメートであるWhiteCUL雪や伊能いおの態度が標準になる。



残された課題である青山龍星

・これから彼とも向き合うところで終わった。彼の内心も詞音と同じように作中の要素を拾えば推測可能だが、視聴者の判断に委ねて動画にはしない。ブログではネタバレする。

・バレンタイン回において玄野に後押しされる形で想いを伝える。その後にホワイトデーで告白し、付き合い始める。しかし実際は、詞音のことは気になる女子ではあるが心から好きとは言い切れないくらいの間柄だった。詞音もそのことを察していたためちょっとずつ篭絡しようとしていたが、舞い上がってOKしてしまった。つまり玄野が戦犯。

・去年の出来事によって詞音に自分に言えない気持ちがあることは認識している。しかしその内容を理解してはおらず、踏み込んで聞き出そうともしなかった。湊音が間に入ると詞音への対応を湊音に任せるようになっていった。詞音には本心で語り合える相手ができてほしいと思っているが、それが自分でなくてもいいと思っている。

・湊音が自立して自分たちの元を離れれば詞音との関係が終わることは予見している。そのため湊音と3人で一緒の大学に行くのは難しいとわかっているがそういう約束をしてしまう。そしてその約束を守るために手を尽くそうとはしない。

・ひまりのアシストに気づいた上でスルーしていた。「乱れる青春」「青春は嘘をつく」で本来なら龍星から詞音に何か一言あってもいいはずだが言わない。甘い言葉を投げかけるべき時でも知らんぷりを決め込んでしまう。

・相談していた朱司からは意気地がないとか漢気がないとか以前に、相手の好意に応えただけで龍星自身の好意は無いんじゃないかと疑われている。実際無いことはないがそんなには無い。別れを切り出された時も恋人という役目を降りられることに安堵している。

・悪い奴ではないが良い奴でもなく、始める意欲はあるが続ける根気は無い。ちゃんと恋人になろうとする程度には誠実だが、何が何でもという覚悟は無い。普段は責任を嫌って発言を避ける一方、気分が乗っている時は責任を負わない告白や約束をする。まぁ結局のところ普通の人間。




思いのほか長期シリーズになったのでもう少し後語り。

補遺シリーズと同じく、合計時間は3時間半くらい。湊音が主人公ではあるが、私立高校組のキャラを掘り下げる意味合いもあった。

2024年度決算報告であげていたディープさとポップさを両立させる取り組みの一つである。日常パートのみの動画でポップさを追求し、ギャグや恋愛、エロ要素を増やしたとしてもそれらをディープな動画の前語りあるいは後語りにすることができるというもの。

本来ギャグ描写一つとっても誰が誰に対してどのような態度を取れるのかという人物描写だが、そのことを理解していない者も多いと思っていた。だからこそ双葉湊音という何もわかっていない奴を主人公とすることで、視聴者もシリーズを通して一緒に成長していってくれたらという狙いもあった。

始まりは2年前の日常系動画ラッシュの際のバレンタイン回。

「お前ら付き合っちゃえよとか簡単に言うけど、ほんとに付き合ったらどうなると思う?」というのが当初のコンセプト。告白はゴールではなくスタートであり、スタートを切る前に十分に関係性を構築しておく必要がある。

詞音の心理描写を中心に恋愛の難しさを描くつもりだったがやはり難航。「日常系小ネタ集2」で湊音が絡んだ時にこの展開を思いつき、絶対こっちの方が面白かったのでシリーズが始まった。

双葉湊音っぽい曲である「雨と花 君は影」をエンディングとし、最後は「快晴賛夏」で締めると決めていた。ストーリーはこれらの曲の歌詞と通じており、「雨と花 君は影」をちゃんとフルで聞いていたらほとんどネタバレになっていた。

歌ネタだと詞音のキャラコンセプトは hockrockb の「あかい惑星」から連想されている。第28話の「赤い惑星の住人」というタイトルもそこから。ただそちらはフリーではないのでエンディングは「羞明の街」に。こちらも詞音のキャラコンセプトに近く、青山探偵事務所のエンディング予定だった「羽化登仙」と同じボーカルの方が歌っている。

例によって最初はもっと早く終わるつもりだったため、色々と試行錯誤の後が見て取れる。せっかくだから湊音と詞音の立ち絵は色々試したが結局最初のものに落ち着いていった。ついでに雨晴はうやWhiteCUL雪の立ち絵も変わっていってる。

なんやかんやで今回も綺麗に終わらせることができたと思ってる。想定してたより出番を作れなかったキャラもいるが、これだけ登場人物がいてそれぞれに役割を持たせられたのは創作者としてのレベルアップを感じる。終わった頃には愛着が湧いて次に行くのが惜しくなるものだ。

日常系の動画では中国うさぎのお話も「月面旅行の約束」で一区切りついている。冥鳴ひまりのお話も別の切り口にはなったが進めることができたので、そのうち一区切りつけたいと思う。

後はボツになった京町セイカ、水奈瀬コウの恋愛物の代わりと月読アイの旧演劇部の推理物を作れば、半端に出したはいいもののキャラを描き切れてないところは終わるか。

中学生組の動画、四国めたんの事件ファイル、生徒会選挙編、あかりとマキの親なき子としての話など仕舞い込まれているものもある。それとは関係なしに青山探偵事務所、犯人はこの59人の中にいるも。

今回の青春シリーズも1年3か月かかったため、今頭の中にあるものを全部出しきるのに何年かかるかわからないが地道にやっていこうと思う。2030年で動画投稿10年かつ私も30歳なのでその辺で引退するつもりだったが、ちょっとこのペースだと終わんなそう。

とりあえずこのシリーズは終わり。強キャラに成長してしまったので扱いが難しくなったが、たぶん湊音はまたどこかで出てくる。いつかはわからないけど。

長文駄文失礼しました。




2026年7月4日土曜日

海鼠

文章だけ先に形にしておこうかと思っていたが、結局下書きのまま動画を作ってしまったネタ。一応プロトタイプをブログに残しておく。




『海鼠』

主人公の少年は歩いていると、年の離れた兄に出くわします。

兄は自転車のかごに何か黒い萎びたものを乗せていました。

兄はそれを「海鼠」だと言います。海岸に打ち上げられた後、砂浜で太陽に灼かれ続けて干からびてしまったのだと。

海鼠が高級食材だと知っていた兄は、それを水で戻して売っぱらおうとしていました。

家に帰るとタライに水を張って黒く萎びたそれを浸します。ぬめぬめとした感触になり水を吸っているようですが、まだまだ元の大きさに戻るには時間がかかりそうです。

母はそんな二人のことを呆れたように見守っていました。 やがてそれは膨れ上がり、タライでは大きさが足りなくなりました。

帰って来た父がビニールプールを用意し、ホースで水を送ります。 それは太陽に照り付けられてぬらぬらと光っていました。もうビニールプールの端から端まで届くほどのサイズです。

その頃にはこれは「海鼠」ではないことは家族みんなわかっていました。

「海鼠」はこんなに巨大ではありませんので。きっと何か別の生き物が干からびた姿だったのだろうと話し合います。

母が何かもわからないのは気の毒だからとそれの表面を擦ります。汚れと海苔のようなものがこびりついていたようで、ぽろぽろと黒いものがこぼれ落ちます。

少年はあっと声を漏らします。母が擦る度、ちょっとずつ見えてきたのは白色のシャツと濃紺のズボン。今自分が着ているものと同じです。

あああれは自分だったのか。少年は直感的に理解します。

父が少年と黒い塊を交互に指差し、あれっあれっと言うようにおどけて笑います。

兄と母も笑っています。少年も罰が悪そうに笑いました。

まだ空からは灼けるような日差しが照りつけていました。




【解説】

久々の夢を元にした脚本。ほとんど夢の内容そのまま。

夢の中特有の奇妙だがどこか筋の通っている雰囲気を出せたらと思う。

あり得ない展開をさも当然のようにやっていく手法は「粘膜人間」を参考にしている。

主人公は海で溺れて亡くなり、打ち上げられた死体が太陽に灼かれ続けている。その最中に魂が見た夢、あるいは地獄のようなものだという前提で描写をつくった。

もちろん人の死体から水分が飛んで縮んだとて乾燥海鼠ほど小さくなることは無い。

もう1個くらい無いと動画にしづらいので作る。




『畳針』

主人公の少女は大きな芋虫を家に持ち帰ります。

大発見だと息巻いていましたが、姉はその生き物を「コンセマユ」だと教えてくれました。

未知の生き物ではなかったことで少女は興味を失っていましたが、家族はそいつに餌を与えて可愛がります。

あなたが拾って来たんだからとコンセマユは少女の部屋で飼うことになりました。

家族が代わる代わる部屋にやって来ては、コンセマユの調子はどうかと問いかけます。少女は家の中心がこの芋虫になっていくことを苦々しく思いました。

ある日、朝起きたら芋虫が蛹になっていました。大きな繭が襖にできて小さな部屋を圧迫しています。

少女が自分の生活圏を侵食されたことに怒り出すと、家族は我慢しなさいと叱りつけました。

どうして自分よりあんな生き物を大事にするのか。もしかしたらあの虫に催眠をかけられてるんじゃないか。

部屋の中で繭が大きくなるほど、少女の中でコンセマユへの敵意も大きくなっていきました。

少女はついに畳針を持ち出し、コンセマユを殺すことにしました。大きく畳針を振り上げ、思い切り繭に突き刺します。

畳針を引き抜くと真っ赤なドロドロした液体が流れ出しました。少女の手と部屋を赤く染めていきます。

死んだ。この生き物はもう成虫になることは無い。

紛れもなく自分自身が望んだ結果にも関わらず、少女の目からは涙が溢れました。

「ごめんなさい…」

小さく呟いたその言葉はきっと誰にも届かないのでしょう。




【解説】

コンセサマ。コンセイサマ。金精様。

遠野物語で記載がある民間信仰。男性器を象った石や木をご神体とする。縁結び、子宝、安産祈願など。

ヤママユ。ヤママユガ。山繭蛾。

かつては里山に広く生息していた野生種の蛾。別名に天蚕がある。

蚕のように成虫は口が完全に退化しており、蛹化してからは食事をとらない。繭は蚕同様に高品質な絹糸。

「コンセマユ」は2つを掛け合わせた造語になる。

意味合いとしては妊娠のメタファー。コンセマユの幼虫を見つけたことが妊娠の発覚、蛹化して大きくなっていくことが胎児の成長を暗示している。


タイトルになっている畳針は人工妊娠中絶に用いられる針状の物体を表しており、畳針を蛹に突き刺す行為は堕胎のことになる。

昔はそれこそ本当に針を刺して胎児をかき出していたが、今では先の丸い専用の医療器具を使っている。調べたら掻爬法と言うそう。

ただこの知識も古くて、現在ではより安全な吸引法や経口中絶薬が用いられてるそうな。

不気味な生き物を見つけて育てていたが、徐々に手に負えなくなって殺してしまう。それでも多少は愛着が残っており、悲しい気持ちになった。

というありがちなストーリーに擬態したドロドロの現実の話。


本文で描写されているのは主人公の精神世界である。

実際の彼女はもう大人であり、結婚もしている。しかし彼女の精神は成熟してはおらず、心象風景は小学生の頃のままになっている。

コンセマユの発見、すなわち妊娠は家族にとっては喜ばしいものだった。当の本人にとっては実感が湧かなかったが、コンセマユの幼虫は彼女の部屋で面倒をみることになる。

家族の関心が生まれてくる子供に向けられることへの不安感や嫉妬心。愛情が湧いてくることは無く、疎ましさが募ってくる。

彼女の部屋で膨れ上がっていく蛹は、自分の居場所を壊されるのではないかという恐怖とどうしようもない異物感を表している。

畳針を突き刺した時、流れ出る中身を見ながらこぼれた涙と謝罪の言葉にはもっと様々な感情が込められていた。

みたいなね。惜しむらくは本文だけを見てこの内容に思い至るのはほぼ不可能だということか。




2026年6月15日月曜日

めたん's Files

いつだか書いてた超常現象調査員めたんちゃんの続き。

一つ一つがそれなりの時間と労力で作れそうなのでボチボチやり始めたい。順番的にはたぶんこっちから。



④夏の匂い


舞台はとある田舎町。過去視点。

中学生の少女、晴美は帰り道何度も背後を振り返る。

振り返っても何もいない。それでも歩き始めたらまた気配を感じ、振り返らずにはいられない。

鞄から手鏡を取り出し、目の前にかざす。振り返らずに鏡で背後を確認した。

黒い靄のようなものが自分の後ろについて来ていた。小さな子供のような影。

晴美は足を止め、うずくまる。

ごめんなさい…陽太…

しゃがみ込んだ晴美を小さな影はじっと見下ろしていた。


四国めたんはその頃、エージェントになりたてだった。

戦闘力においては申し分ないが、果たしてそれ以外の部分はどうか。

指導役である夜語トバリはめたんの実力を測るため、本来ならば放っておくような案件を任せると告げる。

幽霊に関する相談が霊能力者の組合では複数出回っている。その中から予知で本物だろうと裏付けされたものを一つ選出した。

暴力的な手段を用いずに幽霊を消し去る。

めたんはその任務を面倒がりながらも了承した。


めたんは指定された民家へと到着する。

そこには中年の夫婦と、叔父だという男性がいた。

叔父は小児科の医師をしており、幽霊の存在には否定的だった。夫婦が幽霊話をダシにお金を騙し取られるのではないかと疑っているようだった。

めたんはその疑いに反発することは無かった。心理カウンセリングで済むならそれに越したことは無いと話す。

たとえ心因性の幻覚であろうと得体の知れない幽霊であろうとやることは変わらず、やることが変わらないのならどちらなのかを断定する理由も無い。

めたんはどこまでも合理的で、叔父も説得されていった。

同年代の自分の方が話しやすいだろう。

めたんの提案はそうして受け入れられた。


夫婦には二人の子供がいた。姉の晴美と弟の陽太。

先日の梅雨の頃、陽太は増水した用水路に流され亡くなった。晴美と二人で家に帰る途中だった。

まだ幼い陽太を送っていた途中、晴美が彼から目を離してしまい事故が起こったのだった。晴美は責任を感じ暗く沈んでいた。

そしていつしか、陽太の霊が自分について来ると言い出した。

陽太は自分を恨んでいる。自分にも同じように死んでほしいと思ってる。

罪悪感から来る思い込みとも思われるが、トバリが幽霊だと言った以上、本当に幽霊なのだろうとめたんは考える。

その頃のめたんでは霊的な存在をそこまで感知することはできなかった。


特に陽太を送っていた帰り道に気配を強く感じる。

晴美の話を聞きながら、めたんはどうしてほしいのかを問いかける。

自分が殺されるのは構わないから、弟の霊を成仏させてほしいと晴美は訴えた。

成仏なんてものは無い、というスタンスのめたんだったが任務であることを思い出して了承する。

めたんは一旦当事者たちからの聞き込みは切り上げ、陽太が亡くなった状況について調査することを決める。

これには叔父が協力してくれた。と言うより叔父の方で十分に調べ上げられていた。


事故当日、晴美は下校する際に小学校に寄って陽太を連れて帰ることになっていた。

しかし、陽太は友達と一緒に近くの公園に遊びに行っており、晴美は校門前を散々探し回った挙句にようやくそのことを知った。

晴美が公園に向かった時には雨が降り出していた。元々降る予報だったが少し外れて、一時的に晴れ間が見えていた。そのために陽太らは公園に遊びに行っていたのだった。

無駄足を踏まされ雨に降られ不機嫌になる晴美。陽太が学校にいてくれればもう今頃は家についていたのだ。

陽太は姉の怒りを察してトボトボと後ろをついて行く。晴美はそれを時々振り返って確認していた。

会話も無く、雨の音がうるさい帰り道。晴美が振り返り陽太の姿が無かった時、いったいいつからいなかったのかを知ることはもうできない。

次に陽太の姿が見つかったのは翌日、用水路に浮かんでいるところだった。


事件性は無いのかとめたんは尋ねる。

叔父は片眉を吊り上げながらも素直に答える。

絶対に無いと否定することはできないが、その可能性は薄い。

陽太が用水路に滑り落ちたであろう形跡は既に発見されており、その周辺に怪しい足跡は無い。

彼は何らかの理由で自分から公園へと引き返し、その途中で足を踏み外したのだろう。

「何らかの理由とは?」とめたんは再度尋ねる。

彼のものであるお弁当箱の入った巾着が公園には置き忘れており、それを取りに戻ったと思われる。

警察の見解を伝え、叔父はその巾着袋を取り出す。遺留品として返却されたそうだ。

何かの役に立てばとめたんへと渡された。


めたんは色々と考えあぐねながらも、ぶっつけ本番でやってみることにした。

晴美と二人、その日も通った帰り道を歩く。

晴美に手鏡で背後を確認するよう促すと、今日も小さな黒い影がついて来ていた。

その姿はめたんにも確認できた。

このまま注視したまま歩こうとめたんは提案する。自分たちの思念によって多少なりとも姿形がはっきりすることを期待していた。

晴美は怯えながらも供養のためという言葉に押されて了承する。


めたんはこれまでのことを整理しながら話す。

晴美は陽太が忘れ物を取りに行ったことを知らなかった。事故当時の動揺により聞いていなかったか、敢えて伝えられなかったのだろう。

めたんは巾着を彼女に渡す。

その巾着は晴美がかつて家庭科の授業で作ったものだった。お弁当入れとして活用され、陽太も気に入っていた。

陽太は姉からの贈り物であるそれを大切にしていた。きっと晴美に死んでほしいなんて思っていない。

そんなめたんの言葉に晴美は涙ぐむが、めたんは「ていうのを考えたけどたぶん違うわね」と話の腰を折った。

死んだ人が何を思ってるかなんて知るわけがない。

めたんの開き直った様子に晴美は呆れながらも笑う。

自分には死者の心を読み取る力なんて無い。だから理詰めで推測を語る。

めたんはそう前置きして語り始めた。


私は幽霊の正体は残留思念だと思ってる。死者の未練と言ってしまってもいいのだろうけど、単純に最後に望んでいたことが残っているだけね。

それを消し去りたいならその最後の願いを叶えてあげることになる。あなたが望んでいる成仏というのもそういうことだと見なすわ。

それで、弟さんは最後に何を望んでいたのか。死にたくないとか生きたいとかかもしれないけど、それはちょっと叶えられないから置いておくわ。

私があなた達の話を聞いて一番気になったのは、弟さんがなんで死んだのかよ。

雨で増水した用水路に落ちたからなのはそうだけど、そうなるまでの経緯の方ね。

帰り道の途中、公園にお弁当入れを忘れてしまったのに気づいた。あなたには何も言わず、一人で取りに行こうとして足を滑らせた。

さぁなんでだと思う?


めたんの問いかけに晴美は返答に詰まる。

自分のせいだ、自分がちゃんと見ていなかったからだと悔やんではいたけれど、陽太自身のことはちゃんと考えていなかった。

頭の芯の方がズキズキと痛む。

陽太はなぜ…

「子供が黙って何かをやる時、その理由は一つしかない。あなたも私も知っているはずよ。」

めたんの言葉が心の深い部分を揺らす。

確かに知っている。だけどそれを認めることはあまりに…


「怒られるから。」


めたんが残酷に答えを告げた。


忘れ物をした。取りに戻って。

そんなことを言ったらただでさえ機嫌の悪い姉がどれだけ怒るか。

気づかない振りをして家に帰っても、自分があげたお弁当入れを失くしたことを責められるかもしれない。

子供にとって自分より大きな存在に怒られるのはどんな危険よりも恐ろしいことでしょう。

あなたが次に振り返るまでの間にお弁当入れを取って戻っていれば、公園に忘れ物をしたのを気づかれずに済む。

そしたら全部上手くいく。幼い彼はそう思った。

その試みが失敗して用水路に落ちた時、きっと最後に思っていたことは…


「怒られる…」

晴美は苦しげに呻く。

鏡から見える弟の姿はちょっとずつ確かなものになっていた。

陽太の顔が見える。あの日、振り返った時に見せていたのと同じ表情。

怒られるのが怖くて怯えている顔。

「言って。」

めたんが晴美に促す。

きっと陽太が最後に望んだ言葉。それだけが幽霊になってしまった彼にも届く。


「怒ってないから…」

こぼした言葉は涙声になっていた。今日になって初めて、本当に罪悪感と向き合えたのだ。

鏡から見える陽太の表情が変わる。驚いたような顔。

晴美は振り返る。陽太の姿は消えていなかった。

「怒ってないから。」

そう言って笑ってみせた。




「もういないわよ。」

作り笑顔から涙が溢れて止まらない晴美の代わりに、めたんが陽太の消滅を見届ける。

めたんにとっても成仏と言えるようなこの現象は初めてのことだった。

「これで終わりなの…?」

笑顔をやめ、悲嘆と苦悶の表情を浮かべて晴美が問いかける。

怒られるのが怖くて。怒られないから安心して。弟の人生の終着点にはたったそれだけしかなかったのだろうか。


「これで終わりよ。」

めたんが無慈悲に告げる。

まだ小学生だった。生きていればこれからもっとたくさんのことがあったはずだ。それでも…

「死ぬっていうのはそういうことよ。だから生きている間にやるしかないの。」

めたんの言葉は力強いけれど勇気づけられるものではない。今更言われてもどうしようもないのだ。


「本当にこれで終わりなの…?」

晴美の問いかけにめたんはもう答えることは無かった。


小さな陽太との思い出を振り返る。

どうしてもっと優しくなれなかったんだろう。どうしてもっと大事にできなかったんだろう。

罪も無く、罰も無く、当然許しも無い。

いつしか梅雨は明け、夏の匂いがしていた。




⑤日差しの差し込む部屋


舞台は中国地方の田舎町。過去視点。

四国めたんは霊能力者の組合と打ち解けていた。本来めたんの属する超能力者の組織とは不仲なのだが、偏見無く勉強熱心な姿勢が好感を持たれていた。

めたんにとって霊能力もまた、超能力と同様に興味深い未知の技術だった。


先日の依頼を鮮やかに解決したことでめたんの評判は広まっていた。

悪霊や妖怪退治のようなものではなく、人の心を解きほぐすような仕事は非常に難しく、それ故にそんな仕事をこなせる者は尊敬されていた。

霊能力者は人格的に優れ、人を助ける者でなければならない。

そんな組合の理念を内心堅苦しいと思いながらも、めたんは上手く立ち回っていた。


めたんと同様に年若くも才覚に秀で、仕事を任されている者に中国うさぎが居る。

彼女の霊力は既に大抵の大人たちよりも強く、お祓いやお清めを行う巫女として重宝されていた。

衣服を砂にする超能力者でもあることを知っているめたんは彼女のことを気にかけ、度々神社を訪れていた。

うさぎがお札を書いているのを眺めながら、めたんはその効用について尋ねる。


魔除けの札には2つの効果がある。

一つは退ける効果。悪しきものを跳ね返し、近づけなくする。

もう一つは封じ込める効果。悪しきものを閉じ込め、出られなくする。

使い方によって真逆の効果を使い分けることができるという講釈を、めたんは興味深そうに聞いていた。


儀式と違ってお札は書いて送るだけでいいから楽だとうさぎは笑う。

霊能力者の組合員から、あるいは組合員から紹介を受けた個人から、うさぎの元には沢山の封筒が届いていた。

うさぎは書き上げたお札を封筒に書かれた住所へと返送していた。


めたんはその杜撰さに驚く。

うさぎが決めたことではなく大人たちがそうしろと言ったのだろうとはわかるが、これでは完全にただの下請け業者である。

実際に現場で効力を発揮するのはうさぎの札であるにも関わらず、うさぎは現場のことを何も知らないのだ。


「…あなた、ちゃんと自分がやってることわかってるの?」

めたんは苦い顔で問いかける。うさぎは何のことを言われてるのかピンと来ていないようだった。

「例えばこれ、一枚いくらでやってるの?」

「えと、その辺はお父さんとお母さんがやってて…」

「わかってないの?」

「…お金にあんまり執着するのはよくないし。」

言葉を濁したうさぎにめたんは憮然とする。


「何にもわかってないのね。適切な額で受けてて適切な額で出回ってるかはあなたが把握するべきことでしょ。あなたの親が高値を吹っかけて私腹を肥やしてるとかならまだいいけど、依頼元の方で釣り上げられてるかもしれないじゃない。」

「それはどういう…」

「あなたが1枚1000円でちゃちゃっと書いて送る。受け取った相手は霊験あらたかな護符として1枚10万円で売る。効用は確かなんだからこういう商売がまかり通っちゃうじゃない。」

「そんなのする人いないよ。」

「なんでいないと思うの。依頼人の名簿は控えてるの。素性は把握してるの。あなたさっきからろくに確認もしないで機械的にやってるでしょ。」

図星だったようでうさぎは黙る。


「あなたちょっと危なっかしくて見てらんないわ。これまでに送られてきた封筒を全部出しなさい。あとあなたの親とも話すわ。」

有無を言わさないめたんの口調にうさぎは従うしかなかった。




めたんとうさぎはあるアパートを訪れる。

うさぎは居たたまれなそうにめたんの後ろをついて行っていた。


めたんの調査の結果、うさぎが作成した相当数のお札が使途不明だった。

あくどい霊感商法で評判が悪かった組合員の一人に疑いの目が向けられ、尋問したところ高値で転売していたことが発覚した。

自分の名義で取り寄せて売っていたほか、客自身に依頼の封筒を送らせることもあったそうだ。

偽物のお札よりも本物のお札の方がいざって時に機能して信用されやすい。

その組合員はそう言って笑った。

他にも同じことをしてる奴がいると思ったが、めたんはそいつを殴るだけで矛を収めた。


そいつはきちんと誰に何枚売ったかを記録していた。

その結果、明らかに異常な枚数を買い込んでいるカモが何人か見つかった。

精神的に追い詰められた人間が不安感から何枚もお札を集めてしまう。

めたんとうさぎが向かっていたのはそのうちの一件だった。




省略。後で書く。




うさぎはめたんに依頼人を助けてくれたことのお礼を言う。めたんは険しい目をしていた。

「テキトーにやり過ぎよ。」

冷たい物言いにうさぎの肩がびくっと跳ねる。

「人助けってそんな片手間でできるようなことじゃないでしょ。できないならできないでいいけど、できていない癖にできた気になるのは醜悪よ。」

めたんの言葉に明確な失望と軽蔑を感じ取り、うさぎは俯く。


「今回みたいに誤用されたり、悪用されたりすることだってあるの。あなたはその時頼まれただけだから知らないって言うのかしら。絶対に関係者だと見做されるし、なんなら首謀者だと疑われるわよ。」

「ごめんなさい…」

「私に謝ったってしょうがないわ。」

不機嫌ではあるが、自分の身を案じてくれてるのはわかっていた。

だからこそうさぎは顔を上げられなかった。申し訳なくて、恥ずかしくて。


「めたんちゃんはすごいね…私と年も変わんないのに…」

「私は天才と呼ばれる部類だから比べるだけ無駄よ。」

不遜なめたんの物言いにうさぎは苦笑する。

「ただアドバイスをあげるなら、まずは自分でやりなさい。誰に対して何をするのか。自分で考えて決めないと必ず後悔するわ。」

「…うん。」

「それともう一つ、あなたが本当に人助けをしたいなら。」

めたんが人差し指を立てる。


「笑いなさい。」


そう言う彼女の口元には自信に満ちた笑みが浮かんでいた。

「不安そうな顔は人を不安にさせる。どんな時でも笑顔を忘れないように。私のお父様なんて事業が失敗して一家離散する時でさえ堂々とした笑みを崩さなかったわ。」

「さすがにそんな時は申し訳なさそうにしてほしいけど…」

うさぎも釣られて笑うが、その笑みは頼りない。


うさぎにはわかっていた。めたんの笑みは強さだ。

私には誰の助けもいらない。私がいれば何も心配することはない。

そんな意思表示の笑みなのだ。だからこそ輝いて見える。


いつかこんな風に笑える日が来るのだろうか。

うさぎは眩しさに目を細めた。




⑥後の祭り


舞台はとあるアパートの住んだ人が次々に不幸になるという呪われた部屋。現在視点。

続きは後で書く。




2026年5月29日金曜日

時々出るモブ

別に視聴者が覚える必要は無いが、一応私は覚えておいた方がいいかもしれない。

今この場で適当に名前を決めておいた。


・カンザキ

COEIROINK:青葉

公立高校3年生。

これまで所属する部活から付き合う友人、毎日の自由時間の使い方まで決められていたにも関わらず、進路を決める土壇場で放り出された人。

自分では先のことを決められずに途方に暮れていたところを結月ゆかりに絡め取られる。過干渉な母親と無関心な父親という典型的なパターンを共有するため、彼女への信頼は厚い。

登場:「フィーちゃんがやってきたぞ」「生徒会選挙編」


・サイトウ

COEIROINK:朱花

公立高校3年生。

部活動引退後、自分の居場所を失ったような不安感に駆られる。大学受験への学力面での心配や、部活仲間と離れることで孤独になっていく恐れを抱いていた。

そんな心の隙をゆかりに絡め取られる。ゆかりに共感したり心酔したりしているわけではないが、新たな居場所には安心感を覚えている。

登場:「フィーちゃんがやってきたぞ」「生徒会選挙編」


・タカハシ

COEIROINK:松嘩りすく(アナウンス)

公立高校2年生。

私立高校の教師として登場した本家松嘩りすくは話声・高め。こちらはアナウンスで少しぼそぼそと話す。

部活にも委員会にも入っておらず、勉強も運動も得意ではなく、友達も恋人もいないパッとしない人物。ゆかりが孤立してそうな人を集めていた時にその中の一人として入る。

その他大勢を集めた集団の中でも更にその他大勢だったため内心は燻っていた。生徒会選挙編ではゆかりの元を離れ六花派につき貧乏くじを引いた。

登場:「フィーちゃんがやってきたぞ」「生徒会選挙編」


・ナカムラ

COEIROINK:花撫シア(おだやか)

公立高校2年生。

茶道部所属。対人関係への不安と自信の無さからゆかりに絡め取られる。

男子や大人、大勢の人を前にしても物怖じせず堂々と話せるゆかりに憧れている。話の内容にはあまりついていけないことが多い。

生徒会選挙編ではゆかりに従ってカンザキ、サイトウらと共に集会を抜けたことで被害を免れる。タカハシとは対比となる結果。

登場:「フィーちゃんがやってきたぞ」「生徒会選挙編」


・イトウ

COEIROINK:白痴ー(煽声)

私立高校1年生。素材POMPACK様の着せ替え立ち絵素材。

伊織、花丸のせいでどうにかなっちゃいそうな人。

登場:「ジェンダーリスクマネージメント」


・キタガワ

COEIROINK:船音ユナ

私立高校1年生。素材POMPACK様の着せ替え立ち絵素材。

伊織、花丸のせいでどうにかなっちゃいそうな人。

登場:「ジェンダーリスクマネージメント」


・アツシ

VOICEPEAK:男の子

小学5年生。NUMU広報部様の子供E。

活発だが粗雑な男子。去年きりたんと同じクラスだった。

「青春と七不思議」で「首無しさん」と出会った子供でもある。

登場:「31人目の子供の霊」


・カエデ

VOICEPEAK:女の子

小学5年生。NUMU広報部様の子供A。

活発だが思い込みの激しい女子。去年しゅおと同じクラスだった。

登場:「31人目の子供の霊」


・サクラ

VOICEVOX:春歌ナナ

小学5年生。NUMU広報部様の子供B。

こだわりの強い女子。声は変えるかもしれない。

登場:「31人目の子供の霊」


・タイチ
VOICEVOX:白上虎太郎

小学5年生。NUMU広報部様の子供C。

ちょっと斜に構えた男子。声は変えるかもしれない。

登場:「31人目の子供の霊」


・ナオト

小学5年生。NUMU広報部様の子供D。

気の弱そうな男子。声はまだ決めてない。

登場:「31人目の子供の霊」



2026年5月8日金曜日

幻の生徒会選挙編エピローグ

あまり時間を意識していなかったのでこれぐらいに調整。およそ一月の出来事。


第一週

月:学校新聞第一報(ゴシップ記事)

火:ゆかりが反ずん子派の集会を開く

水~金:千冬の依頼を受け、モカが集会に潜入

第二週

月:ギャラ子の存在をモカとかのんが認知

火:かのんがゆかり、ギャラ子と会合

水:かのんが六花、ずん子に取材

木:学校新聞第二報(各候補者紹介)

金:かのんが六花を集会に連れて来る

第三週

月~金:反ずん子派が六花派に傾く。金曜にかのんがずん子を取材

第四週

月:学校新聞第三報(集会への意見表明)、ゆかり、ギャラ子らが脱退

火~金:集会が過激化し、金曜にモカが脱退

土:集会で暴動が起こり負傷者が出る

第五週

月:候補者演説および投票日


ずん子と六花の対決ではあるが群像劇でもある。

なんとか下書きは書けたが手直しが必要なところは多い。

・花梨、りりせの引退組。関わっては来ないが描写は合間合間に挟みたい。

・あかり、フィーちゃんの副将組。実際作ってみれば会話が増えるだろうが、現状では出番が少ない。

・マキは選挙終了後、これまでのいざこざを全部よくわかっていなかったことが判明する。こういう層もいることを六花にとっての気づきとして残したいが、タイミングが掴めない。


本題のエピローグ。




「なぜ呼ばれたかわかっていますね。」

「いや、全く見当もつきません。」

結月ゆかりは心底不思議そうに答える。

担任教師であり、演劇部顧問でもある桜乃そらは溜め息をつく。わかっていないはずがないのに必ずそう言うと思っていた。


「六花さんの集会、始めたのはあなた達だったことはわかっています。」

ゆかりが音頭を取っていたのだからゆかりが首謀者なことは知れている。敢えて「達」とつけたのはギャラ子のことも把握しているからだ。

「あんなことになるとは思いませんでした。私が抜けた後ですが、ご迷惑をかけたようで申し訳ありません。」

「短い付き合いではありません。もう少し腹を割って話しませんか。あなたの責任は追及できないことは理解しています。」

ゆかりから事情を聞くのはあくまで経緯を確認するためだ。問題が起こった時には既に離脱していた元幹部陣は咎められない。


「あなた達はやめようと言ったが聞く耳を持たなかった。矛先が自分達に向いたら危険だったから縁を切った。そうでしょう?」

「仰る通りです。」

実態はもう少し違うのだろうが、地震の前に逃げ出す鼠のようなものだったのは想像がつく。


「元々はなぜあんな集会を始めたんですか?」

「選挙への関心を高めるためです。」

ゆかりの答えにそらは驚く。東北ずん子にちょっかいをかけるためではなかったのか。

「無関心な層にあくまでエンタメとして売り込むことで候補者たちに目を向けるきっかけをつくろうとしました。ずん子さんのことも六花さんのこともよく知らないまま、なんとなくで投票先を決められてしまうと思って。」

曇りの無い目でゆかりは話す。嘘かもしれないが、ゆかりはどこか理想主義なところがある。本気で生徒たちに選挙に真剣に取り組ませたかったのかもしれない。


「3年のギャラ子先輩、1年のあかりの協力もあってそれなりの人数を集めることができました。大半の構成員はずん子さんが気に入らないってだけの人たちでしたが。」

「それで選挙への関心を喚起できると?」

「はい。おふざけではあっても自動的にずん子さんとその対立候補の六花さんの一挙手一投足に目を向けることになります。集会を面白がっている人たちも集会に眉をひそめている人たちも。」

「…確かに一理あります。それではあなたはずん子さんを敵視しているわけでも六花さんを応援しているわけでもなかったんですね。」

ゆかりは人に理解されないことを全く厭わないタイプだ。あの頃ゆかりの奇行に同調する者はほとんどいなかったが、それでも多くの生徒たちが目を向けていた。


「ずん子さんが気に入らないって気持ちも六花さんに健闘してほしいって気持ちもありました。ただしそういう感情だけで動いていたわけではありません。どちらかに肩入れするつもりはありませんでした。」

「けれど実際には六花さんと合流したのでしょう。」

「六花さんが入ってきたからです。私は彼女を止めも助けもしませんでした。仮にずん子さんが入ってきたとしてもそうだったでしょう。あくまで関心を向けさせたかっただけで、どちらを支持するかは当然生徒たちの自由です。」

「あなたはその時から集会が過激化する可能性を見越していたんじゃないですか?」

聞かずともわかっている。ゆかりは知った上で放置した。そういう奴だ。


「もちろんです。集団を維持する上でもっとも警戒すべきは内部崩壊ですので。だからこそ私たちは集会に参加するメンバーが増え過ぎないように調整していました。適度に白けさせたり、呆れさせたりしてコントロールしていたんです。」

「どうして六花さんにそのことを伝えなかったんですか?」

伝えたけれど聞いていなかった、忘れてしまったのならいい。それも仕方ないだろう。

「逆にどうして伝えないといけないんですか?」

ゆかりは悪びれもせずそう言った。




六花が合流後、急速に人数が増えすぎている。50人規模から100人規模へ。

六花が入っただけでそこまで増えるはずがない。となれば元々それだけの人が集まる力があったのを、ゆかり達が抑えていたのだ。

彼女たちがストッパーとしての役目を放棄したのは、集会が過激化するきっかけとなった学校新聞が出るもっと前だ。

「あなたが一声かけているだけで結果は変わったかもしれません。」

「そうかもしれませんね。」

「…六花さんはクラスメートでしょう。」

選挙への関心を高めるために集会をつくったのは責められることではない。だが破綻に向かっていることを認識した上で、警告すらしなかったのはあまりに無責任だ。

六花への悪意を疑われても仕方がないほどに。


「ですがその前に有権者と候補者です。私は生徒たちに東北ずん子と小春六花という二人の人物に目を向けるよう促しましたが、私自身も彼女たちを見ていたんです。リーダーとしてどちらがふさわしいかを。」

ゆかりは一切動じることなく釈明する。

「私とギャラ子先輩が六花さんの下で役割を果たしていれば、今回のような結果にはならなかったでしょう。ですがそれは不公平ではありませんか。私たちの力で六花さんを勝たせたとて、私たちは生徒会長となった六花さんを支えるわけでもないのに。」

ゆかりの言うことはもっともだ。候補者を応援するのはいいが、本人にできないことまで代わりにやってしまったら傀儡政権になってしまう。

前会長の花梨が身を引いたのだってそのためだ。六花とて花梨にはそうするように促しておいてゆかりやギャラ子にそうしてほしかったとは言わないだろう。

「六花さんは自分で気づくべきだった。今回対処できなかったということは、もっと重大な場面で集団を率いる時も同様に対処できなかったという証明です。だからこそ振り回された被害者だと同情されつつも投票されることはなかったんです。」

だがしかし…


「そんなことはできないでしょう。リーダーになる人だって万能ではありません。周りの人たちが支えないといけないんです。一人に責任を求めるのは生贄を選んでいるようなものです。」

そらは言いながら自分でもわかっていた。これは大人の事情だ。

同じ働きしかできず同じ責任しか負わないならそれはもうリーダーでも何でもない。あなたにそこまで求めないから私にもそこまで求めないでくれという取り決めに過ぎない。

「…私だってそう思いますよ。できるわけないって。」

そんな内心はゆかりも承知の上のようで、反発することは無い。


「けれど私は知っています。できると言う者を。東北ずん子です。彼女ができると言っている以上、対立候補である小春六花にも相応の覚悟を持ってもらわないといけません。」

ずん子が書いた「人は蟻のようなものだ」という文章を思い出す。ゆかりはずん子がああいう主義思想であることを知っていたのだろう。

「六花さんも同じことを思っていたでしょう?完全に取り返しがつかなくなってからようやく思い出したようですが。」

「本気で人を導きたいのならそれしかないとは私だって思います。ですがその上で言います。そんなことはできないと。できなくて仕方がないと。」

「私に言われた言葉ならその通りだと賛同するでしょう。けれどできないことをやると言っている者にできなくて仕方がないなんて言葉は侮辱でしかない。」

ゆかりはピシャリと言い放つ。

ゆかりは芯のある生徒だ。他人に言われて何かが変わるような人間ではないし、今はそういう場面でもない。


「お話を聞かせていただきありがとうございました。六花さんの話とも矛盾ありません。やはり全て六花さんの責任なのでしょう。」

「…六花さんは停学ですか?」

「お説教と反省文の提出で済ませました。六花さんは一応は止めようとした立場ですから。」

「お力添えをいただけたようで。」

「私だけの力ではありません。我々教師だって六花さんたちが真剣だったことはわかっています。熱くなること自体はけして悪いことではありませんから。」


二人は教室の扉を開け、外に出る。

「ゆかりさんはこれから部活へ?」

「ええ、ずいぶんサボってしまいましたので。」

「そうですか。茜さんも責任を感じてしまっているようなので元気づけておいてください。」

「わかりました。」

歩き出そうとしたゆかりの足が止まる。振り向いたゆかりはそらに問いかけた。

「これで終わりだと思いますか?」

「…え、なんですか急に。」

「だって生徒会長がずん子さん、副会長が六花さんになるんでしょう。いずれまた一波乱起こることになるんじゃ。」

「不安になるようなこと言わないでください…」

そらは苦虫を噛み潰したような顔をする。なんとか丸く収まったが受け持っているクラスから校長室送りになる生徒を出したのは違いない。


生徒会新体制はまだ始まったばかり。

これから1年間、ゆかり達の通う高校は激動の時代を迎える。



2026年5月7日木曜日

幻の生徒会選挙編8

「2年1組、小春六花さん。」

アナウンスに呼ばれ、六花は顔を上げた。

ここは体育館で、今は投票前の最後の演説の時間だ。そのことを思い出した。


壇上に立ち、並んだ全校生徒を見下ろす。

顔を上げられない生徒たちも多い。きっと集会の参加者だろう。

頭に包帯を巻いている彼は土曜日に救急車で運ばれていった人だ。誰よりもいっそう俯いている。

休日に集会を開き、他の生徒に対してデモをするのしないので争って怪我人を出した。小春六花とその支持者に対する印象はもう取り返しのつかないところまで落ちていた。

集会の参加者であったことを必死に隠そうとしている者たちも大勢いるだろう。もう投票を呼びかけるような段階にはない。


いったい何が言えるというのだろうか。

六花は惚けた顔のままただ立っていた。

とても話せるような状態ではない。そう判断した先生たちが六花を壇上から降ろすために歩き出した時、六花の口が開いた。

「私は四人家族でした。」


「父と、母と、兄が一人。裕福でも貧乏でもない、ごく普通の家庭だったと思います。」

六花が何の話をし始めたのかわからず、誰もが呆気に取られていた。下を向いていた生徒たちも思わず顔を上げた。

「中学に上がった頃、家族の仲が悪くなりました。高校生になった兄の態度が荒々しくなっていったんです。いわゆる反抗期というものです。父はそんな兄を煙たがり、母に何とかするようにと押しつけました。母は父に対しても兄に対しても強く出ることができず、ただ悲しそうにしていました。」

普段の朗らかで能天気な姿とも、集会での怒りに流された姿とも違う。初めて見せる無機質な姿だった。

「よくあることです。」

冷たくそう言った。


「中学での新しいクラスはあまり居心地が良くありませんでした。女王様気質な子がいて、その子の機嫌に合わせて他の生徒たちで嫌がらせをしたりされたりを繰り返してたんです。先生は私たちのそんな様子を知りながらも何もすることはありませんでした。面倒だと思っていたんでしょう。」

誰も六花の話についていけていなかったが、その異様な雰囲気に押されて聞き入っていた。

「これもよくあることです。」

再び冷たく言った。


「私は思ってたんです。兄は両親のことをもっと気遣えばいいのにって。父はきちんと兄を叱ればいいのにって。母は言いたいことがあるなら言えばいいのにって。あの子はいちいち誰が嫌いとか言わなければいいのにって。みんなはあの子の言うことなんて聞かなければいいのにって。先生は問題が起こったら注意して指導すればいいのにって。誰かがちゃんとしてくれればいいのにって。」

目を伏せ淡々と六花は言葉を並べる。

「そんな時にふと気づいたんです。誰かなんていないんだって。」

本当に今気づいたかのように六花が顔を上げる。

「自分しかいないんだって。」


「全部自分がするしかないんです。私がそうした方がいいって思うんだから私がそうするんです。笑顔で、涙で、怒りで、声で言葉で行動で態度で人を動かして在るべき形に戻すんです。それ以外に方法なんて無いんですよ。」

六花の声が力強く、それでいて悲痛に響く。

「兄と笑顔で話して不満や不安に寄り添いました。兄に非がある時は私が叱って喧嘩しました。父に涙で訴え兄と母ときちんと向き合うように促しました。母からどう思ってるかを聞き出して兄と父との仲を取り持ちました。」

「あの子の言葉を茶化してみんなが真剣に受け取らないようにしました。腹を立てられたら怒り返してぶつかりました。みんなと話を通してお互いに嫌がらせをさせないようにしました。他の先生も巻き込んで問題が起こっても先生が無視できないようにしました。」


「時間はかかりましたがいつしか、家もクラスも和やかな空気が流れるようになりました。家族はお互いの気持ちをさらけ出せるようになり、兄の大学合格が決まった時はみんなでお祝いしました。高飛車だった彼女は高飛車なままクラスに受け入れられ、私とは今も連絡を取り合う友人です。間に私が挟まって適切な対応ができれば、適切な関係にできる。それが私がリーダーを、生徒会長を目指したきっかけです。」

六花は少し懐かしそうに笑い、すぐに笑みを消して言葉を続けた。


「相手の心を読んで周囲の関係性を理解して自分が望む方向に誘導するんです。個を見て全体を見て個が全体に与える影響と全体が個に与える影響を見て変化を予測するんです。人を導くっていうのはそういうことなんですよ。」

聴衆はそこまで聞いてようやく、六花が何のことを言いたいのかわかった。

「きっとその最終的な到達点は、指先で蟻を弄ぶ人だったのかもしれません。」

六花は自嘲するように締めくくった。




ずん子は六花と初めて会った頃にした話を思い出す。

六花が今話したようなことをあの頃にも聞いた。全部自分がするしかない。同じ結論に達していた相手だったから勝負を挑んだのだ。

「最初からそう言ってれば良かったのに。」

ずん子の呟きは誰にも聞こえなかった。


「その初心を全く活かすことができませんでした。リーダーを志すのなら人よりもっと多くのものを見て、多くのことを考えていなければならなかったのに。自分の感情だけでいっぱいっぱいになり、周りが見えていませんでした。」

六花が毅然とした顔と声で話す。

「ついて来てくれた人たちを危険に晒しました。怪我をさせました。先生方と救急隊の方々にご迷惑をおかけしました。私を推薦してくれた花梨先輩の顔に泥を塗りました。対立候補のずん子さんに何度も酷い言葉を投げかけました。他の多くの生徒の皆さんに不安な思いや不快な思いをさせました。」


「全て私の責任です。申し訳ありませんでした。」

そう言って六花は深々と頭を下げた。

全てが六花のせいであるとは誰も思っていない。当事者である集会の参加者も、無責任に煽った者も、火の粉が飛ばないようにと距離を置いていた者もいる。それでも六花は全部自分がどうにかするべきだったと言うのだろう。

もう一度チャンスをくださいと続けていれば、投票する者も多かったであろう潔い謝罪だった。

しかし六花は何も言わず、そのまま壇上を降りた。

拍手は起こらず、静寂のまま彼女は見送られた。




「2年2組、東北ずん子さん。」

再びアナウンスが流れ、今度はずん子が壇上に登る。

勘のいい生徒たちは六花の自滅がずん子の策略なのではないかと気づいていた。直接的には何一つ手を下さず、行動誘導だけでそれを為したことを知る者はほとんどいなかったが。

六花の敗北が確実である以上、ずん子の演説は勝利宣言になる。生徒たちは固唾をのんで見守っていた。


「私が生徒会会長に立候補したのは、この学校をより規律と規範を重んじた学校にするためです。近年、自由や個性が強調される一方で基本的な生活態度や礼節が軽視されつつあると感じています。」

ずん子が話し始める。

声や話し方こそ聞く者を惹きつける流麗なものだったが、これは学校新聞に載った彼女の最初の公約そのままだ。


こいつマジか…!

聴衆は唖然としていた。

生徒だけじゃなく先生たちも見ている中で蟻がどうこうなんて言えるわけがない。無難な公約を掲げるのは当たり前のことだ。

だがそれでも六花があの内容に理解を示したにも関わらず、当のずん子が梯子を下ろすのはどうなのだろうか。まるで相手にならなかった、私が誠意を向ける必要もないという意思表示ではないか。

反感で動いた人間の末路を知っているからこそ誰も言葉にも行動にも出さない。しかし、ずん子への畏怖はあったが、畏敬は残らなかった。


「自由は規律の上に成り立つものです。今こそ原点に立ち返り、互いに節度を守ることで落ち着いた学びの場を築いていきます。」

ずん子はただ公約を引き伸ばしただけの当たり障りのない演説を終えた。

最後に一言だけ、冗談めかした公約を付け加えて。

「とりあえずまずは、生徒会選挙における集会について規則を設けます。」




最後の候補者演説を聞いた生徒たちはそれぞれの教室に帰った後、配られた投票用紙に投票したい候補者の氏名を記載する。

投票用紙は担任教師に集められ、選挙管理委員会へと渡されて集計作業が行われる。結果が発表されるのは翌日だ。

例年であれば候補者たちは当選発表を期待と不安が入り混じった感情で心待ちにするものだが、今回に限ってはそうではない。

勝敗がほぼ決まっている以前に、六花は土曜日に起こった出来事について放課後には聴取を受けるのだ。当選発表を待たずして何らかの処分が下る可能性もある。


「六花。」

「花梨先輩。」

審判の時を待っている六花に、花梨が声をかける。最後に話したのは自分の力で選挙に挑むのを決めた時なので、実に1か月ぶりの会話になる。

「何一つ褒めるところの無い、最低最悪の負け方だったわ。」

「いやあ面目ない。」

容赦のない花梨の言葉に六花はつい笑う。

自分でもそう思う。ほんのちょっとでも賢明な判断ができていれば、こんなことにはならなかった。


「ずん子に踊らされたわね。」

「私が勝手に踊ったんです。ずん子さんはリーダーの資質を問われる状況を用意しただけで、私がリーダーの資質が無いことを露呈したんですよ。」

「恨んではないのね。」

「恨めるはずもありません。正攻法でも叩き潰せる私程度の相手に、力量しだいで逆転できるチャンスをくれていたんですから。」

本心だった。六花がほんのちょっとでもずん子の予想を上回れば、ずん子はあのまま惨敗していた。それほど綱渡りの作戦だったはずだ。


「私はちょっと違うと思うわ。ずん子は本気であなたに勝ちに行ったのよ。」

花梨が遠くを見つめながら語り出す。

「選挙で一番大きい層はね、選挙なんてどうでもいいって人たちなの。どうでもいいからテキトーに決める。あなた達がどれだけ必死になろうとね。」

花梨が冷めた目でこぼす。生徒会会長だった時は見せなかった態度だった。

「私の場合、どうでもいい人たちの決め手になったのは生徒会役員っていう肩書きとこの美貌だったわ。」

「自分で言いますか。」

「そういうものなの。私に投票してくれた人たちもほとんど私の公約を覚えてないわ。あなたもそうでしょ。」

図星だった。当たり障りのない内容だった気もするが、記憶にないくらい決め手ではない情報だったのだろう。


「ずん子が一番避けたかったのは、そういう不確かな要因で勝敗が分かれることだった。候補者が少ないほど同じクラスとか同じ部活とかのわかりやすい決め手が減ってく。今回の一騎打ちでは大半の生徒があなたのこともずん子のことも知らず、最後は運の勝負になる可能性があったわ。」

「…だから火をつけた。」

「普通の選挙活動じゃ生徒に火がつかないことを知っていた。好きや嫌いといった感情が吹き荒れる泥沼の戦場にすることで、とにかく関心を持つ生徒を増やしたのよ。人の心を利用した戦い方は一見不確実なようで、最も確かな勝ち筋だった。」

「人に心なんて無いみたいですけどね。」

「そうね、あの子ほど見通せるならもう単なる習性なのでしょうね。ただそれは誰よりも人の心と真摯に向き合った結果なんだと思うわ。」

六花は思い出す。中学の頃、人の心の動きを理屈で捉えていた時は周囲の人間関係を改善することができた。

そして今は、観察と思考を怠ったツケを払わされようとしている。


「敵わないや。」

六花は呟く。

もう時間だ。行かなければならない。

「何一つ褒めるところが無いって言ったけど、最後の謝罪だけは良かったわ。次があるなら頑張りなさい。」

「なんて言い草だ。」

どこまでも辛辣な花梨に苦笑する。六花の心が折れていないことを知っているからこそ言えることなのだろう。


「戻ってきますよ。すぐにね。」

六花はそう言い残して校長室に向かった。




翌日、学校新聞が張られていた場所には簡素な当選発表の用紙が張られていた。

生徒会会長は東北ずん子。

ずん子はちらりとそれを見ると、さも当然というように立ち去った。

激動の生徒会選挙の幕引きとしては、呆気ないものだった。



2026年5月6日水曜日

幻の生徒会選挙編7

「なあ葵、ずん子を捕まえられへんか?」

姉妹の部屋で茜が葵に問いかける。ずん子と話す機会を窺っていたが、ものの見事に逃げられてしまっていた。葵は机に向かいながら答えた。

「お説教でもするの?」

「そんなつもりはないが、あれはヤバいやろ。」

「私たちはずん子さんがああいう人だって知ってたんじゃない?」

「まあ、そうやが…」

茜は中立の立場を捨てることに葛藤しているのか苦しそうに顔を歪める。


「クラスでだって扱い変わったんやないか?」

「ずん子さんがあまりにも普段通りだから、あの新聞のことは夢だったんじゃないかと思ってるよ。」

「そんなわけないやろ。」

「腹を立ててる人や集会に行くようになった人もそりゃ居るだろうけどさ。面と向かってずん子さんに物申せるわけないじゃん。うん皆のこと蟻だと思ってるよなんて言われても言い返せないよ。」

葵はケラケラと笑う。葵はずん子に複雑な思いを向けていたはずだが、あの新聞の内容には怒っていないのだろうか。


向けられる視線からその考えを察してか、葵が意図を説明する。

「ずん子さんがあんなことを書いたら怒らせるってわからないわけないじゃん。今の状況はずん子さんが自分で招いたことだよ。つまりこれで作戦通りってこと。」

「こんな作戦あるんか。」

「私たちが考えるような作戦じゃあないんだろうね。ゆかりさんは何て言ってた?」

「ゆかりはこの件からは完全に手を引くそうや。」

新聞が出た日、ずん子に憤って集会に参加する人が増える中、ゆかりは集会にはもう関わらないと宣言した。教室でも六花に話しかけられたら追い払っている。


「なんやかんや言ってあいつはずん子のこと好きやからな。からかいやなくてバッシングが吹き荒れるとわかってるとこには行きたくないんやろ。」

「なるほど。」

葵は顎に手を当て何かを考えこむ。

「…馬鹿だね。」

「まあ自分で始めといて盛り上がったら冷めるってのは馬鹿らしいわな。」

「ゆかりさんじゃないよ。」


葵はスッと目を細める。その表情には先ほどは見せなかった怒りが微かに滲んでいた。

「賢い人たちの争いに混ざったら馬鹿を見るに決まってるじゃん。ほんと馬鹿。」




集会の参加者は更に増え、200人を優に超えていた。

ゆかり達幹部が抜けた穴には新聞部がそのまま入っていた。もう学校新聞は出ないので中立を演じる必要もない。新聞部もまた、集会の参加者と一緒くたに虫けら呼ばわりされているため合流に違和感を持つ者はいなかった。

ゆかりから六花へ、あかりからフィーちゃんへ、ギャラ子からかのんへと代替わりしただけで組織構造自体は変わらない。しかし、集会の雰囲気は明らかに変わっていった。

まとめる人たちの問題か、集まる人たちの問題か、あるいは単純に人数が多すぎるのか。

モカはかつてゆかりとギャラ子たちがそうしていたように、隅の方から集会を見守るようになっていた。


「今日も大勢の生徒たちが集まってくれました。しかし未だ全校生徒の三分の一程度。投票日はもう目前だと言うのに私たちは過半数を押さえることができていません。これでは選挙において東北ずん子が勝ってしまうかもしれません。」

六花の言葉に怒りと嘆きの籠ったどよめきが広がる。ずん子への悪しざまな野次も多い。

「もしこのまま東北ずん子が勝つことがあれば、それは人が自らの思考や意思で何かを選択することなく、ただ大きいものに身を任せてしまっていることの証明になってしまいます!自分たちを遥かに見下している者であっても、餌をくれるならそれでいいと!」

六花の演説は急速に激しさと鋭さを増していっていた。モカはその成長に危うさを感じずにはいられなかった。


過半数は取れているのだ。あの新聞のせいで9割以上が小春六花に投票するつもりだったはずだ。

だけど今集会の参加者たちは、自分たちだけが六花の支持者だと思い込んでいる。代表である六花もまたそうなのだろう。

だから必死に人を呼び込もうとしている。集会に参加していない者たちはずん子に投票するのではないかと恐れている。

六花派はそれぞれのクラスと部活で集会への参加を呼びかけていた。それは情熱ではなく同調圧力であり、参加しない者たちはずん子派と見なして暴言を浴びせるようになっていた。

ずん子が語ったような「心を持たない蟻」だと。


これは悪手だ。

六花たちはただ生徒たちのずん子への反感をそのままに投票日を迎えれば良かったのだ。そうすれば確実に勝っていた。

しかし六花もかのんも支持者たちも熱くなり過ぎている。ずん子への反感を他の生徒に向ければ、他の生徒からずん子への反感ごと自分たちへの反感を受け取ることになる。

かつての学生運動で起こった政治組織が、一般の学生からの支持を失っていったように。


「私から提案があります。このままでは過半数を超えられないまま土日を迎え、来週の投票日を迎えてしまいます。そこで今週末は休日返上で集会を行いましょう。たとえ土日であっても部活動のために学校に来ている生徒は大勢います。彼らのところを回って改めて投票を呼び掛けるんです。」

かのんの提案にモカは眉をひそめる。この第三体育館だって運動部に使われるはずのものだ。連日集会によって占拠されていることで不満も出たが、集団の力で黙らせてきた。

しかしそれは人数の少ない弱小部だったからだ。ここから出て他の体育館やグラウンドを占拠すればさすがに不満を抑えきれない。何より200人以上の規模で動き回るのは常識的に考えて危ない。


「この生徒会選挙は学校の一大事です。全ての生徒に危機感と当事者意識を持ってもらう必要があります。そのために私たちはまだ終わるわけにはいかないと思っていました。ぜひやりましょう!」

六花も賛成してしまった。その呼びかけに集会の参加者たちも呼応する。

この場には誰もストッパー役が存在しない。




モカは気づく。

ゆかりとギャラ子を使って集会の参加者をずん子派にひっくり返すのかと思っていた。しかし二人は抜けた。このタイミングで抜けさせることが策だったのだ。

これまで扇動者であったあの二人は同時に制御装置でもあった。火加減を調整して大火事になることを防いでいたのだ。あくまで「おふざけ」というスタンスを保つことで。

もう怒りに身を任せた生徒たちは止められない。それを統率しなければならない六花もまた怒りに囚われてしまっている。この集団はもう制御不能だ。


こうなることを狙っていたのか。小春六花の自滅を。

いったいいつから…?

これが東北ずん子が思い描いていた盤面だとするなら、決定打となったあの一手だけが彼女の打った手ではないはずだ。

モカは自分の頭に浮かんだ想像に身震いする。


ゆかりとギャラ子は六花派に傾いた頃から集会にあまり来なくなっていた。それは彼女たちが実際はずん子派だったからか?膨れ上がっていく集団が制御できなくなるのを予知していたからではないか?

危機察知に長けた彼女たちが決壊を喰い止めようとはせずに立ち去るとわかっていた。残った者たちでは統制が取れないことも。

暴走のリスクを認識していた二人が合流に踏み切ったのはずん子が反応を示さなかったからだ。ずん子は敢えて何もしないことで彼女たちを動かした。


かのんもそうだ。彼女もまたずん子が何もしないから話題欲しさに六花を集会に連れて来てしまった。

かのんについてはずん子を本気で打ち負かしたいという敵対心もあった。それは元々あったものだろうか。ずん子への取材の中で植え付けられたものなのではないか。

六花の合流を後押しするように、集会の参加者を増やすように誘導した。反感で人を動かせることは今の六花と生徒たちを見れば明らかだ。


六花が生徒の人気を求めて自由と個性を掲げると読んでいた。だから自分に反感を持った生徒がそちらに流れるように真逆の規律と規範を掲げた。

ゆかりとギャラ子が連れて来た生徒たちが自由と個性に惹かれることも。大勢の人に求められることで六花が集会に入れ込んでいくことも読んでいたのだ。

結果だけ見れば六花の自滅だが、そこに至るまでの道筋は全てずん子が整えたものだ。


全て…始まりから全て…?

ゆかりの動き出しは早過ぎやしないか。新聞が出た翌日にはもう集会を開いていた。

ゆかりはもっと前から知っていたんじゃないか。ずん子と形だけの対抗馬の六花の一騎打ちになることを。だってゆかりはずん子と友達だから。

ずん子からそのことを聞いたゆかりは、生徒会のゴシップ記事とは関係なしに彼女を負けさせようと画策していたのだ。


かのんが記事を書けたのは生徒会と弓道部の内情をよく知っていたからだ。

副会長と千冬がずん子を推す中、頑なに花梨が六花を推していたことを。ずん子が優勝候補の花梨を2年連続で下し、確執があってもおかしくない関係であることを。

それを話したのは誰か。生徒会でもあり弓道部でもありクラスメートでもあるずん子自身ではないか。

きっとあくまでさりげなく、世間話の一つとして。


蟻の群れ…

モカはその言葉の真意を理解した。

誰もが自分の思考と意思で動いているつもりで、実際は東北ずん子の指先に導かれていたのだ。そしてそのことを認識すらできなかった。

私たちに心は無い。




「モカさん。」

呼びかけられた声に振り向くと、千冬が立っていた。

「あなたを連れ出すように言われました。」

誰になんて聞くまでもない。ずん子だ。


連れ立って歩き出す。この場所に千冬が居るのはまずいのではと足早になる。

「千冬ちゃんは大丈夫?嫌がらせを受けたりとか…」

「大丈夫です。もし私がずん子さんと一緒に挨拶回りでもしていたらそうなっていたのかもしれませんが。私は何もしていませんし何もさせて貰えていませんので、誰も私がずん子さんの仲間だとは思っていません。」

当然それもずん子の策の内だろう。やはり最初からこの勝ち方をするつもりだったのだ。


「ゆかりさん達は逃げましたか?」

「もうとっくにね。」

「まあそうですよね。」

千冬は淡々としている。

「ここの人たちはこれからどうなるんだろう。」

「私にはわかりませんが、まず良い結果にはならないでしょうね。」

過激化が進めば離脱者は増え、残留者は更に過激化していく。そうしてこの集団の外にいる者たちは、この集団の中にいる者たちへの忌避感を強めていく。

これ以上この集会に人が増えることは無い。たとえ240人が一致団結しようと、それ以外の480人がそっぽを向けば選挙には勝てないのだ。

ヤバい連中を調子づかせないために、消去法的にずん子が選ばれる。この選挙の結末は決まった。


「ずん子さんはどうするつもりなの?たとえ生徒会長になれてもこの人数を残しておくのは危ないでしょ。」

「これまで何も教えてくれなかったのに私に教えてくれてると思いますか?」

初めて千冬が不機嫌を見せた。純粋にずん子の力になろうと思っていた千冬にとってはこの勝ち方が快いはずもない。モカは自分の気遣いの無さを恥じた。

「ただまあ、この人数を残しておくのが危ないなら残さないんじゃないですか。どうするのかはわかりませんけど。」

千冬の言い分はもっともだ。ここまで読み切っていたずん子なら、この先も考えていないわけがない。

蟻の群れの最後を見届けたい気持ちもあったが、その時まで内部に留まっているわけにはいかないだろう。




「とまあ、そういう感じだったよ。」 

「なんてこった…」

モカは茜に集会が過激化しこのままだと自滅することと、それがずん子の策略なのではないかという推測を語っていた。

「で、私は実は千冬ちゃんから依頼を受けて集会について探ってたの。」

「完全に私の取り越し苦労でしたが…」

千冬は苦い顔で呻いた。


集会から抜け、文芸部の部室で千冬とお茶をしていると茜が訪ねてきた。

ついにずん子を捕まえたところ、ここに来るようにと言われたのだ。千冬がモカを連れて離脱した頃だと読んでいたのだろう。

「いったい何なんやあいつは。」

「策士という一言では言い表せられないね。やっぱり超人なんじゃないかな。」

千冬には悪いがモカは正直なところ感心していた。これほどまでに人をコントロールできる者がいるとは想像もしていなかった。


「…私はあの人について行っていいのかと考えが変わりました。」

千冬が小さく呟く。

「文字通り人を人とも思わない勝ち方です。掌で転がされている六花さんを選ぶことはできませんが、掌で転がしているずん子さんも本当は選びたくない。」

千冬の立場であれば当然だろう。ずん子は尊敬しており、六花も憎からぬ生徒会の仲間だった。選挙後に残る禍根と言う意味では最悪だ。


「本当のところはずん子さんに聞くしかないけどさ、私たちに残るモヤモヤも含めてずん子さんが欲しかった成果なんじゃないかな。」

「…どういうことや?」

「ひどい結末だけど、こんなに生徒たちが生徒会選挙に関心を向けたことなんて無かったでしょ。それで終わってもまだ考えてる。でもずん子さんはなぁって。」

「ではどうするか。」

千冬が割って入る。新聞にあった六花の主張に書かれていたものだ。「ではどうするか」を問いかけられる人でありたいと。

「これをきっかけに千冬ちゃんがずん子さんとも六花さんとも違うリーダー像を築いてくれるなら、次に繋がってることになる。私たちだって次は踊らされないかもしれない。ずん子さんのあの主張も単なる挑発じゃなくて、お前らもっと考えろよってメッセージだったのかもね。」

「現実世界を教材にするのはやり過ぎやろ。」

「かもね。でもあくまで学校で起こることだから致命傷にはならない。縮図の中での失敗だから。」

もっとも社会的な傷にはならなくとも心に負った傷は致命傷になるかもしれない。そういう意味ではずん子はやはり人の心がわかっていない。

「いや、人に心なんて無いんだったか。」

モカはそう独り言ちた。




その翌日、土曜日の学校でそれは起こった。

第三体育館に集まった240人の生徒を前に、六花は集会の中止を宣言したのだ。

六花の心変わりの理由は前日に友人の茜から説得を受けたためだった。茜には大人数での行軍によって事故や事件が起こる危険性を見過ごせなかった。

しかしブレーキを引いていい時ではなかった。やめさせたいのならアクセルを緩めながら速度を落とさなければいけなかったのだ。

行き場を失ったエネルギーは内ゲバという形で発散された。六花への信頼で動く者とずん子への敵意で動く者の口論は、些細なきっかけで暴力になった。

軽傷者多数の果てに重傷者一名を出して生徒たちは止まった。救急車のサイレンが聞こえる頃には大半の生徒たちが逃げ出していた。

教師と救急隊が駆けつける中、六花はうなだれていた。

モカたちが想定していたより、はるかに酷い結末だった。



2026年5月5日火曜日

幻の生徒会選挙編6

唯世かのんは人のいない教室で東北ずん子と向き合っていた。

彼女への取材はこれで3回目になる。六花との対決が決まった時、公約を聞きに行った時、そして今回だ。

例年通りであれば各候補者の選挙活動の様子を取り上げることになる。と言ってもどこも変わり映えがしないので、各候補者の主張をまた繰り返すことが多い。

ただ、今回に関しては事情が違う。小春六花陣営は今や100人規模の集会を行うほどの一大勢力だ。新聞部にとってこんな美味しいネタは無い。

問題なのは…


「本当に何かありませんか…?」

「うーん、どうだろう。」

ずん子はのらりくらりと追及をかわし、取材はいつまでも埒が明かなかった。

それもそのはず、ずん子は本当に何もしていないのだ。選挙演説どころか挨拶運動すらしていない。そんなことは監視していたかのんが一番わかっている。

このままだと東北ずん子について書けることが無い。まさかこれを狙っていたのだろうか。

六花のことは書いてずん子のことは書かなければ明らかに公平性に欠く。多少の無茶は通してきたが、さすがにそこまで露骨な贔屓をすれば信頼を失うだろう。

引退した先輩や顧問の先生に文句を言われるくらいならどうって事ないが、この土壇場で有権者である生徒たちに不信を抱かれるのは避けたい。


「いったいなんで何もしなかったんですか?」

「家庭の事情で時間が取れなくてね。来週からやるよ。」

「来週はもう投票日の1週間前ですが…」

かのんにはまるで理解ができなかった。もはや本当に家庭の事情でできなかったのではないかと思うほどに。

ため息をついて苦肉の策を告げる。

「仕方ないので再び選挙の公約について取り上げます。前回の内容と被ってしまいますが、そこは上手いこと工夫します。」

「六花ちゃんの選挙活動は書かないの?」

「書きます。不公平なんて言わないでくださいね。実際の取り組みに差があるんですから。」


「だったらそっちをメインに据えた方がいいんじゃない?」

「へ?」

ずん子からの思いがけない提案に戸惑う。

「六花ちゃんの後援会ではあるけど、あくまで選挙への関心が高まった生徒たちの集まりでしょう。そこに改めて私たち二人の主張を持ち込むって形にしましょうよ。六花ちゃんだって集会を開いてみて考えが深まってるかもしれないし。」

「それは良いと思いますが…良いんですか…?」

元は反ずん子派、今は六花派の集会だ。ずん子が支持される可能性は全くと言っていいほど無い。覆せるとでも思ってるんだろうか。

「私はさ、こう見えて喜んでるんだよ。だって所詮は高校の生徒会長を決める選挙じゃん。みんな真剣になんてなんないよ。新聞を出したって演説をしたって誰も大した関心を向けちゃいない。」

「…それはそうですが。」

「だけど今回は違う。集会にまで足を運ぶ生徒が100人いるなら、選挙に考えを巡らせてる生徒は300人いる。集会が行われてるって話を耳にして、なんだなんだって思ってる生徒を入れたら600人は関心を向けてる。後の120人を巻き込めれば全校生徒が私たちの主張を受け取ることになる。」

「この時を待ってたんですか…!?」

かのん達新聞部の目的もゆかり達反ずん子派の目的も、生徒を煽って戦いの火を大きくすること。ずん子の目的も同じだったから静観していたのだ。

このタイミングで放たれたずん子の言葉は学校新聞に載り、集会で取り上げられ、集会に関心を向けている他の生徒にも伝播する。誰もずん子の味方をしようなど思っていなかったが、結果としてずん子のお膳立てをすることになったのだ。


かのんはずん子の企みの回りくどさに動揺したが、すぐに平静を取り戻した。

ずん子はこの一手で盤面をひっくり返すつもりなのだ。学校新聞に載せられる自身の主張、規律や規範なんて仮初のものではない本当の公約で。

そんなことができるはずがないと思う。だがもしそんなことができるならどんなものなのか知りたいとも思うのがジャーナリストの性だ。

「お願いします。」

そう言ったかのんを前に、ずん子が語り出した。

「それじゃあ行くね。人は…」




「以上だよ。」

ずん子が語り終わっても、かのんはすぐには口を開くことができなかった。

唇がわなわなと震え、握りしめた手からは血が滲むようだった。頭に上った血が再び全身を巡り体を熱くしていた。

これほどの侮辱を受けたのは生まれて初めてで、あまりの怒りに頭の中が真っ白になっていた。

「…今の言葉、一言一句違えずに書きますからね。」

「うん、お願い。」

かろうじて絞り出した捨て台詞にもずん子は変わらぬ調子で答えた。

荒々しく足を踏み鳴らすこともできず、よたよたとその場を後にする。教室を出て、廊下を歩き、新聞部の部室が見えてきたところでようやく思考が戻ってきた。

東北ずん子は終わりだ…!

こんなものを書いて誰も支持するわけがない。確実に負ける。それどころかその後の学校生活すら危うい。

これが起死回生の一手のつもりだったのなら人の心がまるで無いのだろう。結局私たちは虚像を見ていただけで、あの女のことを何も知らなかったのだ。

考えていた結末とは全く違ったが、これで詰みだ。かのんは勝利を確信し、ペンを取った。




『二人の候補者 生徒会選挙にかける思い』

第三体育館には連日100人以上が集まっていた。生徒会選挙における集会としては異例のものだった。

小春さんの呼びかけに応え、今回の生徒会選挙でどちらの候補者を選ぶのかだけでなく、これからの学校をどうしていきたいかについて議論が交わされていたのだ。

生徒会長なんて誰がなっても同じ。どうせ何も変わらない。自分たちには関係ない。

悲しいことだがこれまで生徒会選挙を前にした生徒たちの多くはそのように考えていただろう。

しかし今、潮目が変わろうとしている。

生徒一人一人が学校のことを真剣に考え、本当に自分が会長になってほしい候補者を選ぶ。

今回がそういう選挙になる最初の一回目なのではないかと、取材を続けていた新聞部一同は感じている。

文字通り全校生徒が続く二人の候補者の主張を受け止め、真に選ぶべき投票先を決めてくれることを願う。


「第一候補 小春六花」

正直なところ、私はこの生徒会選挙に乗り気ではなかった。前会長の花梨さんの強い推薦が無ければ立候補しなかっただろう。

私もまたどこかで生徒会長なんて誰がなっても同じだと思っていたのだ。

しかし選挙活動を続ける中で自分を支持してくれる人たちに出会い、候補者としての自覚が芽生え始めてきた。

現在多くの国では民主主義が取られている。選挙で代表を選び、代表が国政を執り行う。生徒会選挙もその縮図だろう。

生徒会長は生徒の代表者であり、代弁者だ。生徒の意見を写す鏡でなければならない。しかしそのためには、まず生徒が自分の意見を持つ必要がある。

学校生活を送る中で壁にぶつかることがある。自分がいけないのだと悩むことがある。こんな壁があるのがいけないのだと憤ることがある。

しかし多くの生徒はそこで終わってしまう。壁を乗り越えられるか、避けられるか、壊せるかまでは考えが至らない。

私はそんな時に「ではどうするか」を問いかけられる人でありたい。

私が掲げた自由と個性という公約に対して、安易な逃げ道を提示するだけなのではという懸念を持つ人も多いだろう。

壁にも単なる障害に過ぎないものもあれば、私たちを守るためのものもある。実際は壁なんて無く、本人に問題があるだけのこともあるだろう。

しかしそれらは生徒たちがどのような壁を感じていてどうしたいかを聞かなければ判断できないことのはずだ。だからこそ私は生徒の集まりに身を投じてきた。

私は決して人気取りのために生徒の要望を鵜呑みにすることは無いと約束する。一人一人ときちんと話し合った上で進むべき道を模索する。自由と個性を守るのは何よりもまず当人の自立心なのだから。

生徒の上に立つのではなく、生徒と共にあれるような生徒会長に私はなりたい。


「第二候補 東北ずん子」

人は蟻のようなものだ。

小さい頃、蟻をよく見ていた。目の前に勢いよく指を下ろすと逃げていく。ゆっくりと指を下ろすと登ってくる。

蟻の視点では何か大きなものがあるとしかわからないのだ。その判断基準は脅威か脅威でないかしかない。それによって行動が決まる。

蟻に心は無い。ただ神経の反射で動いているだけだ。餌を探すために動き回るという単調な生の中で、選択とは言えないほどの小さな分岐がある。私が下ろす指もその一つだ。

分岐を繰り返すとたまたま上手く餌を見つけられることがある。餌を見つけられた個体は同じ道を何度も通り、他の個体もその後ろに続く。そこには何の思考も意思も無い。

人も同じだ。人が心だと思っているものは単なる習性に過ぎない。蟻よりかは複雑な頭で、蟻よりかは発達した社会において餌となるものを探している。

私はこれまで小春六花と、集会の参加者と、新聞部の部員を見てきた。

彼女たちのしていることは全て餌を見つけた誰かの後追いであり、行動は全て真似事であり、言葉は全て受け売りだ。彼女たちは本当は何も考えていないし何も感じていない。

蟻の群れだ。

蟻の群れがどこか別の場所に辿り着くことは無い。自分たちがどこにいるのかも周りに何があるのかも見えていないから。ずっと同じ道筋を行ったり来たりするだけ。

蟻を導けるのは蟻よりずっと大きい生き物だ。こっちに餌は無いと指で行く道を塞ぎ、こっちに餌があると指に乗せて運ぶ。蟻はそのことを認識すらできない。

人においても同じことが言える。目線の高さと手の平の大きさ。人の上に立つ者は人であることを超えようとしなければならない。

それができるのは私だけだと思っている。




「な…!」

宮舞モカは貼られた学校新聞を前に絶句していた。いつもはガヤガヤと野次馬気分で言葉を交わしている生徒たちも今回は黙っている。

小春六花は思ったより良いこと言ってるななんて感想は一瞬で吹き飛んだ。東北ずん子が本当にこんなことを言ったのだろうか。

印象操作のための捏造なのではないかと疑うが、本人が否定すればすぐにバレるようなことをかのんはしないだろう。何よりこんな文才があるとも思えない。


間違いなくこの一手は激震を起こす。真正面から知性を持たない虫けらであると言い放たれた小春六花陣営はもちろん、他の生徒たちだって頭に来ているだろう。

自分以外全てというあまりにも広い対象に喧嘩を売っている。東北ずん子がとびきり優秀な人間であることを知っている者は尚のこと癪にさわっているだろう。

ずん子が何か策を打っているという認識を持っていたモカでさえカチンと来た。この新聞の内容が知れ渡れば校内のほぼ全ての生徒が六花派に回るはずだ。

これのいったいどこが作戦なのか。モカはずん子のことがまるでわからず、不信を超えて恐怖を覚えた。


ずん子はその日もいつもと変わらずに授業を受け、放課後は弓道部の練習に向かった。




集会の場所である第三体育館には150人近くが集まっていた。

いつもよりずっと人数が多く、その顔は皆一様に強張っている。当初の悪ふざけのような空気はもう無い。

声をかけ合って集まっただろうにほとんど誰も言葉を交わさない。待っているのだ。代表である小春六花の言葉を。

人の入りが収まったのを見て、六花は壇上に登った。彼女の顔も同じように強張っている。


「皆さん。」

六花が口を開くと視線が一斉に集まった。

「本日はお集まりいただきありがとうございます。皆さんがここに来た理由、今考えていることはわかっています。」

重い表情。いつもだったら冗談の一つでも飛ばしているところだが今日はそんな言葉は出てこない。


「彼女と初めて話したのは高校1年の3学期です。花梨先輩のその更に先輩が引退した時、生徒会に新たなメンバーを迎え入れることになりました。もう誰の推薦だったのかは覚えていません。それほどまでに彼女は抜きん出ていました。」

六花は訥々と思い出を語る。

「彼女への第一印象は思ったより気さくな人でした。気後れしていた私に笑いかけ、弓道部での花梨先輩のことや共通の友人のことで盛り上がりました。私が勝手に壁を感じていただけだったんだと、その時はそう思いました。」

言葉を切り、そっと目を伏せる。あの時は本当にそう思ってた。


「一緒に生徒会で過ごす中で、時々小さな違和感を持つことがありました。穏やかな表情と声音に、落ち着いた言葉と振る舞いに、時折見せる年相応な一面に。どこか作為的なものがあるのではないかと感じました。こちらをじっと見つめる目に冷たいものがあるような気がしました。」

ちょっとずつ六花の声が熱を帯びていく。

「私はそんな自分を恥じました。彼女への嫉妬心や反発心からありもしないものを見ているのだと。こんなに優れた人物なのだから何か裏があるに違いないと邪推しているのだと。」

顔を上げ集まった生徒たちの目を見る。

「しかし邪推でも何でもなかったことは皆さんご存じの通りです。」


「彼女は確かに強いのでしょう!誰の助けも必要としないのでしょう!彼女は確かに賢いのでしょう!誰の教えも必要としないのでしょう!だけれどもそれが何だと言うのか!」

六花が声を張り上げる。微かに震えながらも、力強い。

「己一人で完結している者が人を導こうなんて傲慢でしかない!私たちが彼女の思い通りになることなんて無い!私たちが彼女を受け入れることなんて無い!」

拳を振り上げる。

「我々には心があることを証明しましょう!」

六花の言葉に拍手と歓声が上がる。六花への賛同だけではない。ずん子への反抗と敵対が込められていた。

ゴシップ記事から始まった小さな火はついに大炎へと成長していた。




「ゆかり。」

「ギャラ子さん。」

喧騒の中、ギャラ子がゆかりに近づく。二人とも体育館の隅の方で集会を見守っていた。

「もう終わりだ。」

「ええ、終わりです。」

ギャラ子の言葉にゆかりは頷く。ここに来てこれはもう取り返しがつかない。そんなことは二人とも言うまでもなくわかっていた。

その日、かつて反ずん子派の中核を担っていた数名がひっそりと集会から消えた。彼女たちはそれから決して生徒会選挙について関わることも、口にすることもなかった。



2026年5月4日月曜日

幻の生徒会選挙編5

私が生徒会会長に立候補したのは、この学校をより規律と規範を重んじた学校にするためです。近年、自由や個性が強調される一方で基本的な生活態度や礼節が軽視されつつあると感じています。そこで、挨拶や時間厳守、服装の乱れの是正といった基本事項を改めて徹底し、安心して学べる秩序ある環境を整えます。また、校則の運用を曖昧にせず公平かつ一貫した指導を行う体制を強化します。さらに、清掃活動や学校行事への真摯な参加を重視し、責任感と協調性を育てます。自由は規律の上に成り立つものです。今こそ原点に立ち返り、互いに節度を守ることで落ち着いた学びの場を築いていきます。


「ゆかり、これなんだが…」

「まるで意味がわかりませんね。」

ギャラ子とゆかりは顔を見合わせる。学校新聞の内容は写真に撮られて幹部陣に共有されている。それを二人は朝から何度も見返していた。

「何かおかしなことを書いてますか。私には至極真っ当なものに見えますが。」

モカは疑問を呈する。千冬からの密偵であることは隠したまま、しれっと幹部の話し合いにも参加できるくらいの立ち位置についていた。


「真っ当だからおかしいんですよ。」

「アタシ縦読みかと思ったもん。」

「新聞を作ったのは新聞部ですしそれは無いでしょう。私も暗号かと思いましたけど。」

答える気の無いゆかりとギャラ子に代わってあかりが二人の疑念を説明する。

「規律と規範なんて掲げて生徒の支持を得られるはずがありません。六花さんが掲げている自由と個性の真逆で、明らかにウケが悪いものです。ずん子さんほどの人がこんな悪手を打ってくるのが信じられないんですよ。」

「それはわかるけど、打算的に考えすぎじゃないかな。」

「というと?」

「詰まるところこれが、東北ずん子の理念なのでしょう。」


ギャラ子とゆかりはポカンとした顔を浮かべた後、同時に吹き出した。

「ギャハハ、聞いたかよオイ。」

「フフフなるほど確かにそうなのかもしれませんね。」

モカはそんな二人を憮然として見つめる。ゆかり単体ではそこまでではなかったが、この二人のセットはかなりウザい。常に他人を馬鹿にしているのが透けていた。

「そりゃあなた達からしたらゲーム感覚なんでしょうが、ずん子さんが生徒会長として誠実に臨んでいる可能性だって十分あるでしょう。」

「いや、笑ってすまなかった。だがその可能性は幾つかの観点から否定できる。」


ギャラ子が珍しく口数多く反論を並べる。

「まず、この文章自体のこと。自由や個性より規律や規範をという主張はいい。だがその後は何をするかを列挙するだけで論理展開に厚みが無い。小春六花だって他校で成功しているから自校でも取り入れるべきという論理を使ってる。自由や個性を尊重したことでどんな問題が起こってるか、規律や規範を尊重したらどんな成果が得られるかに具体性が無いと説得力が無い。」

不良と思っていたギャラ子から「論理」の言葉を出されてモカは思わず黙る。「また」「さらに」で繋いでいたことに違和感を覚えてはいたが、そう説明されると確かに薄っぺらい文章に思える。

「次に、東北ずん子の行動のこと。仮にあの女が一切打算なく自分の理念を伝えるつもりだったとしたら、今日まで選挙活動を行っていないことに説明がつかない。だってそうだろ?誠実に臨んでいるんだったら真っ当に自分の口でそれを伝えて回ってるはずだ。」

これまたその通りでモカはもう何も言えない。思っていたよりもずっとギャラ子は考えを巡らせていたようだった。

「そして最後に、東北ずん子は規則なんてクソ喰らえって人間なことだ。」


もう完全に言い負かされたつもりだったモカは、そこでまた口を開いた。ギャラ子の言葉に驚いた結果の無意識だった。

「え?ずん子さんが?」

ギャラ子も驚いたように眉を上げる。

「知らないのか?」

「ずん子さんは基本的に猫をかぶってますからね。本心を知る者なんてほとんどいませんよ。」

「クラスメートだから多少は知ってると思ってたわ。」

「…正直わたしも規則遵守の人だと思ってました。」

ギャラ子とゆかりのやり取りにあかりも割って入る。ゆかりと同じ演劇部でモカよりはずん子と親しいはずだが、あかりでもまだ知らないことだったようだ。

「ルールを破ってるところなんて見たことありませんが。」

「よく考えたらずん子さんの考えなんて私くらいしか知りませんよね。」

「アタシもいるだろ。」

「ギャラ子先輩が知ってるのはずん子さんの本性みたいなものでして、理念とか理想とかの思想的なものじゃあ無いでしょう。」

「なんでそんなことをゆかりさんが知ってるの?」

モカの問いにゆかりは大仰な溜めをつくったが、別にもったいぶるほどのことではないと気が変わったのか淡々と告げた。

「まぁ普通に聞いたからです。」


「普通に聞いた…」

「はい。あなたの目指すところはどこにあるのかと。」

「ええ…いや…そうか…」

秘密主義のずん子がゆかりにだけ本心を明かしたのかと思ったが、言われてみれば単純な話だ。

いったいどこの誰がどんな場面で一介の女子高生に自分の理念について尋ねるだろうか。ずん子は普通に聞かれたら答えたが、普通に聞いたのは結月ゆかりだけだったのだ。

「一時期一緒に暮らしてたこともありましたのでその時に。」

「え、同棲してたんですか!?」

「…同棲ってか同居。」

喰いついたあかりをいなしながら、ゆかりが続ける。

「モカさんはなぜ法ができたのかご存じですか?」

「ほ、法…?」

話の飛び方がエキセントリックすぎてモカは戸惑う。たぶん規則のことなのだろうが学校の校則程度のところからそこまで広げられるとは思わなかった。

「犯罪があるから…?」

「私は法があるから犯罪があるという考えなのですが、モカさんは逆なんですね。」

「御託はいいからさっさと本題に行け。」

ゆかりの問答に付き合う気は無いようでギャラ子が先を促す。


「では改めて、法ができたのは人が不完全だからです。不完全だから他者を害し、間違いを犯す。そして取り締まる側もそうです。不完全だから罪の定義も罰の程度も曖昧です。そうした状況を正すため、明確な基準を設けて世を治めようとつくり出されたのが法です。」

ゆかりが語り出すと場の空気が彼女のものに変わる。この弁論能力があるからこそゆかりはアジテーターとして集団を統べられていた。

「それ以前の世では徳による政治が目指されていました。人格的に優れた統治者の元、人民一人一人が他者を尊重し、秩序を守ることで世を治めようとしていたのです。しかし勿論そんなことはできませんでした。富める者は私欲に走り、貧しい者には余裕が無い。結局のところ人では無理だったから、人の代わりに法に世を治めてもらおうとしたのです。法とは人の可能性を諦めた妥協の産物です。」

「だから東北ずん子は法が嫌いなのか。」

「彼女がある意味で無法を望んでいるのはそうでしょう。所詮は妥協の産物である法もまたやはり不完全で、人の世には未だ不正がはびこっている。ただ彼女はそこまで理想主義者ではありません。徳による政治の敗因は全ての人に高い知性と善性を求めたことです。統治者を置くのであれば、優れているのは統治者だけでも良かったはずなのに。」

ゆかりが指を立てる。モカは話の着地点に何となく予想がついて嫌な感覚になる。

「完璧な人間になればいいのです。高い知性と善性を持ち決して間違わない。そんな者が統治者に、いや支配者になればそれ以外の者は不完全なままでいられる。」

「…そんなこと無理だよ。」

「無理でしょうか。」

「だって誰もそんなことできなかったから、法をつくったんでしょ。」

「誰もできなかったなんて言っていませんよ。長い歴史の中でちらほらとは居たでしょう。あくまで比率と影響力によって成し得なかっただけです。」

「じゃあそんな人たちを大勢つくろうってこと?」

「それも一つの手でしょうが、たとえ完璧な人間が東北ずん子だけだったとしても。」

ゆかりは今度こそ大仰な溜めをつくって話を締めくくった。

「彼女がこの世の全てを支配すればいい。」




あまりのスケールにゆかり以外の者たちは固まっていた。

東北ずん子がいくら優秀な人間だからと言って、荒唐無稽な世迷言に違いない。だが、ゆかりの演説に飲まれてしまったのか、誰も笑い飛ばすことができなかった。

「…まともじゃない。」

あかりが低い声で言った。

「ええ、ずん子さんはまともじゃないんですよ。だから少なくとも規律と規範を重んじてより良い学校をつくろうなんてのは絶対本心じゃないと言えます。」

あっけらかんとゆかりが答える。演説モードじゃなくなったことで空気が緩んでいった。

「あの女そこまでイカれてたのか。さすがにビビるぜ。」

「面と向かって聞かされた時はビビるというより痺れましたよ。こんな人間が存在するのかって。」

「そうか。羨ましいな。」

「ギャラ子先輩はずん子さんと何があったんですか?」

ギャラ子にモカが尋ねる。何をもってずん子のことを「規則なんてクソ喰らえって人間」だと断じたのか、ギャラ子はずん子のどんな本性を知っていたのか。

「今の話の後じゃあ大したことじゃないから言わない。こいつほど話すのが上手くもないしな。」


「ただ、なんていうか。」

ギャラ子は遠くを見つめながら語った。ゆかりのように圧倒される語り口調ではないが、ぽつぽつと本音を漏らすような心に迫る言葉だった。

「突っ張ってても粋がってても勝てないもんってあるじゃん。生活を支えてる親とか、社会的立場のある教師とか、パトカー乗ってやって来る警官とか。たまに限度を超えて逆らっちゃう奴も居るけどさ、そういう奴は消えてく。だからアタシらは不良と言いつつ、枠の中の存在なんだって思う。」

でもあいつは違う。ギャラ子は伸ばした手を握りながら呟く。

「あいつはだからしょうがないみたいなのができないんだ。気に入らないものは気に入らないし間違ってるものは間違ってるって言いたい。その結果立場が悪くなってもなんて逃げ腰じゃない。勝ちに行く。馬鹿みたいに強くて頭が良くて、デカい家の財力とか権力とか使ってくるあいつ自体が理不尽の塊みたいなもんだけど、理不尽を潰しに行ってる姿はなんつーか良かった。」

ギャラ子がスッと目を細める。モカはうすうす勘づいていたがその言葉で確信を持った。

反ずん子派の頭目であるが、ギャラ子はむしろずん子のことが好きなのだ。たぶんゆかりも。

好きの反対は無関心。異様な情熱を持って反ずん子の集会を開く彼女たちの根底にはずん子への憧憬がある。

だからずん子は危機感を持ってはいなかった。あるいは彼女たちこそが逆転のための手札…

モカは千冬にどこまで話すか迷っていた。ずん子が何かを企んでいるなら、千冬に余計な行動を起こさせることは却って邪魔になるかもしれない。


結局モカは千冬にその考えを話すことは無かった。

様子見の判断ではなく、かのんと六花が合流してきたことで一気に情勢が変わってそれどころではなくなったためだ。

モカはつかず離れずの距離感のまま集会の変遷を見届けることになる。




「知ってる?六花ちゃんのこと。」

「なんや?」

「なんかすごいことなってるんだって。」

「それじゃわからん。」

学校の課題をやりながら葵が茜に話しかける。姉妹共用の部屋で互いの勉強机に向かったまま視線は向けずに。

「ゆかりさんが変な集会開いてるじゃん、東北ずん子を負けさせようって。」

「…まだやってるんやな。」

部長であるゆかりがそちらにうつつを抜かしているため、演劇部の活動は休みになっていた。

茜にとってはあまり好ましいことでは無いのだが、ゆかりにとってはこうした時たまの奇行が創作のインスピレーション元になっているため強く言えずにいた。


「六花ちゃんが入って本格的に後援会になったらしくて、今じゃあもう100人くらい居るんだって。」

「そりゃあすごい。」

茜は反射的にそう答えたが、すぐに表情が曇る。

「大丈夫なんか、それ。」

「何が?」

「そんな大人数で集会開くようになったらなんかヤバいやろ。」

「選挙中の応援活動は自由だよ。とは言え生徒会選挙でこんなに盛り上がるのは我が校始まって以来だろうね。」

「ゆかりめそこまで煽ったか。」

「ゆかりさんじゃないよ、かのんさん。新聞部の部長さんだよ。」

中立を決め込むというスタンスで、ゆかりやあかりに話を聞いてはいなかった。だから茜は集会の内情を知らない。


「私とずん子さんと同じクラス。教室ではさすがに大っぴらに勧誘してはいないけど、たぶんこっそり声をかけて回ってるんじゃないかな。」

「対立煽りやと思ってたが、六花サイドについてたのか?」

「そうなんじゃないかな。」

茜は急に嫌な予感がしていた。ゆかりがまた変なことをやってるくらいの認識だったが、思ったより複雑な状況になっているようだった。

「中立でいるんじゃないの?」

そんな内心を見透かしたように葵は笑った。




「てのを聞いてな。」

「あー…」

次の日の朝、茜はゆかりに事の次第を聞いていた。

「大丈夫なんか?」

「まぁ大丈夫ですね今のところは。」

ゆかりはボケーっとした表情で答える。経験則だがこう答える時はあまり大丈夫ではない。

「どうなんや唯世かのんって。」

「結構デキる人ですよ。六花さんを連れて来たのもあの人ですし、それから人数を増やすために奔走してくれて。」

「人格的な方や。」

「人の人格をとやかく言える立場じゃありませんよ。」

ハッハッハとゆかりははぐらかす。これは別のことを考えているが敢えて黙っている時の態度だった。


「六花さんに聞いた方がいいかもしれません。」

ゆかりが指さす方を見ると六花が教室が入って来るところだった。

「おはよう!」

「よう。」

「茜が私たちの活動に興味があるようで。」

挨拶もそこそこにゆかりが話を切り出す。

「茜ちゃんも来る?」

「勘弁しろ。興味ってか心配や。」

「あーやっぱり生徒会選挙くらいで集会開くとかヤバいもんね。」

六花はまともな感覚をしているようで茜は安堵する。


「なんでそんなことになってるんや。」

「元々集会開いてたのはゆかりさんだからそっちに聞いてほしいけど。」

「なんでそんなことしたんや。」

「面白いかと思って。」

ゆかりは悪びれもしない。

「ずん子さんが放っておいてたし、私も放っておくつもりだったんだけど、とりあえず1回会ってみることにして。」

「唯世かのんって奴に言われてか。」

「うん、よく知ってるね。それで実際話してみたら、みんなヤバい人たちってわけじゃなくて一緒にやってくことになったんだ。と言っても大したことはしてないんだけどね。」

「お前を勝たせてずん子を負けさせるためか。」

「そういう人たちも多いけど、私はそれだけじゃ終わらせないようにしたいと思ってるよ。」

「ほう?」

「もし勝って生徒会長になったら、この学校を良くするために色々頑張っていきたからね。そのために今から仲間を増やしておいて損はないでしょ?」

「なるほど、単なる票集めじゃなくて生徒会長としてやってく上での地盤固めってわけか。」

「花梨先輩にとっての弓道部みたいなホームが私には無いからね。これからも校則の緩和とか撤廃とかで全校投票することもあるだろうし、ちゃんと支持者をつくっておきたいんだ。」

「良い心がけやな。さてはゆかりお前、せっかく育てた集まりが乗っ取られそうになってるから面白くないんか。」

「今はもう主役は六花さんですからねぇ。」

ゆかりが不服そうに天を仰ぐ。茜は呆れたようにゆかりの背を叩いた。




「とまぁゆかりと六花はそんな感じやった。」

「それで私にもか。」

「こういうのは3人くらいに聞くと正確な情報を得られるみたいやからな。」

文芸部の部室で茜とモカは向かい合っていた。本当の依頼人は千冬だが、表向きは茜とマキに頼まれたことになっている。茜に聞かれたら答えないわけにはいかない。

「六花もしっかりしてたし、大丈夫そうやとは思うけどどうや?」

「…わからない。」

不安が解消されつつあった茜とは対照的に、モカは重くるしく答えた。


「なんでや?やっぱり唯世かのんか?」

「かのんさんに引っかかるのはわかるよ。最初に爆弾を仕掛けてきたし、今も中立であるべき立場なのに六花さんの味方をしている。」

「ゆかりよりタチが悪い愉快犯か。」

「それは違うよ。かのんさんはたぶんずん子さんに反感を持ってる人。どちらかと言えばゆかりさんに煽られるようなタイプかな。」

「てことは純粋にずん子を倒しに行ってるわけか。」

「大番狂わせって言う新聞としての旨味と自分の個人的な感情の解消を同時にできるからね。人を集めて来てはいるけどこれ以上場をかき乱すことは無いと思う。」

モカは一息ついて頭の中を整理する。自分でも何に引っかかってるのかまだよくわかっていなかった。


「元々集会を開いてたのはゆかりさんと、先輩のギャラ子って人だよ。この2人が協力して仕切ってた。」

「また知らない名前だな。」

「ギャラ子さんのことは私もほとんど知らないけど、少なくとも悪い人ではないよ。ゆかりさんとは違うタイプだけど、ゆかりさんに近い行動を取ってる。」

「ゆかりに近い行動?」

「好きな人にちょっかいかけちゃうみたいな。」

「ああ、なるほど。」

ゆかりがずん子に突っかかるのは格上だと認めているからだ。そういう真意は茜も承知の上だった。

「だけどこの2人はあまり来なくなってきてる。」

「六花が集会の中心になったからか。」

「反ずん子を掲げながらも実態としては彼女たちの推しはずん子さんだった。六花さんは積極的に集会の参加者に声をかけて回ってて、六花派になる人たちも多い。それが面白くないってのはあると思う。」

「ウチとしてはゆかりが抜けてくれた方がいいがな。」

「近いうちにそうなるんじゃないかって気はしてる。」


「そして六花さんは確かにしっかりしてるね。なんとなく東北ずん子が気に入らないくらいの考えで集まっていた人たちに、意見を持たせてる。」

「自由と個性が公約だったな。」

「ずん子さんは規律と規範が公約だった。ギャラ子さんが連れて来た不良っぽい人たちは規律に反感を持ってる。先生や風紀委員には逆らってても、ずん子さんが出てきて黙らされたのが集会に来てる理由だったりする。」

「逆恨みやな。」

「そうだね。ゆかりさんが連れて来た人たちは何かと上手く行ってないことが多い。ずん子さんみたいな学業も部活動も両立させて何一つ恥じることのない立派な生徒であれみたいな規範を受けつけない。当のずん子さんが規範を重んじろなんて言ってきたら尚更。」

「完全にハマったな。それなら六花がちょっと話したらなびいたやろ。」

「易きに流れるようで私は好きじゃないけどね。」

モカからすると前の悪ふざけのような集会も好きではなかったが、今の馴れ合いのような集会も好きではない。

通り一辺倒のずん子の堅苦しい公約の方がずっと良かった。あれがずん子の本心ではないとしても、少なくとも自分は六花派ではないのだと思う。


「ほんでモカは何に悩んでるんや?」

「うーん上手く言えないけど、盤面がわかんなくなっちゃったんだよね。」

「盤面か。今は六花が優勢なんやないか。」

「新聞部でアンケート調査を進めてるみたいだけど、そう聞いたよ。なんせ未だにずん子さん何もしてないみたいだからね。」

「…嘘やろ。もう1週間前やで。」

「いったいどういうつもりなんだろうね。」

千冬は一周回って何も気にならなくなったようで、後は野となれ山となれの境地だった。地力だけで戦うのか終盤で一気に巻き返すのかわからないが、ずん子を頑張って信じているのだろう。

モカからは何かずん子の策がありそうだとは助言していた。ずん子派になり得る反ずん子派の筆頭二人、六花の公約の真逆になっている本心ではない公約、反ずん子派の集会を元に形になっていく六花の支持基盤。作為めいたものは感じていた。

選挙1週間前、二人の候補者の選挙活動の様子を伝える最後の学校新聞が張り出される。



2026年度中間報告

2026年度上期の振り返り。 4月。 「幕開けのエチュード」「怒れる青春ガール」「なんかお前重くね」を投稿。 「幕開けのエチュード」は年度始めということで仕切り直しの意味も兼ねて練習回をつくることにした前哨。 「怒れる青春ガール」もいよいよ青春シリーズの最終章に向けて歩み始めた第...