永き世の 遠の眠りの みな目ざめ 波乗り船の 音のよきかな
解釈
進みゆく船は心地良く波音を立てるので、過ぎ去る刻の数えを忘れてしまい、ふっと「朝はいつ訪れるのだろう」と想うほど夜の長さを感じた。
起
ある夜、目覚めると私は船の上にいた。
穏やかな海に浮かんだ豪奢な船だった。
そこには同じ年頃の少年少女が十数名乗っており、船長と船員から歓待を受ける。
船には至る所に宝物が溢れ、不思議と欲しいと思った物は何でも見つかった。
承
船での生活は数日ほど続いたような気がする。ずっと夜のため時間の感覚は曖昧だった。
他の乗客とも打ち解け贅沢な暮らしに慣れ切った頃、船長から出発の知らせを受ける。
船は海の上にずっと浮かんでいたが、ついに動き出すようだった。
船長は私たちに告げる。
今ここで飛び降りれば明日から元の生活に戻る。
けれど長く乗っていればこの船からより多くのものを持って帰れると。
転
船で手に入れたものを手放す勇気と、船から海に飛び込む勇気が出ず戸惑う乗客たち。
私は他の人が降りようとしない姿を見て、つい自分は降りると言ってしまう。
周囲と違う行動を取りたくなる性分なのである。
船尾に連れて行かれここから降りるよう命じられる。
私はとても後悔しながらも恐る恐る真っ暗な海へと飛び込んだ。
そこで夢から覚める。生活は何も変わりない。
時々ある変な夢だとすぐに忘れていった。
結
十数年が経ち青年から中年に差し掛かる頃、現実世界であの時の乗客と再会する。
彼は身なりもよく、聞けば一流企業の社員であった。妻子もでき幸せの絶頂であろう。
お前は長く船に乗っていたから幸福になったんだろうと僻み交じりに皮肉を言う。
すると彼は浮かない顔でその後のことを語った。
私を降ろした後、船はゆっくりと進み始めた。
最初はこれまでと変わらず贅沢な暮らしに溺れていたが、だんだんと不安というか飽きが出てくる。
顔ぶれも変わらないし欲しいものも全て手に入れてしまった。自分の想像できる楽しみだけでは一生を過ごすには足りないのである。
そろそろ自分も降りようかと海を覗き込んで驚く。船はいつからか凄まじい速さで進んでおり、海もまた波と渦によって荒れ狂っていた。
もはや飛び込めるような状況ではないと、船長に相談しに行く。船長はそのうち穏やかな海になると待つように勧めるだけだった。
すっかりここでの生活に慣れ切ってしまい元の生活に戻る気があるのかもわからない他の乗客たち。彼自身ももうこのままでいいのではという気持ちがあった。
それでも海に飛び込んだのは最初に船から降りた私のことを思い出したからだった。
彼の話を聞いて私は何とも言えない嫌な気持ちになりながらも、現実世界に戻って来れたことを祝福する。
彼は呻くように答える。あの船で手に入れたものとあの頃に望んだ成功は全て手に入れていた。
夢から覚めたのはつい最近なのだ。気づくと十数年が過ぎ去っており、自分の人生は既に完成されていた。そういう人生を送った記憶はあるのだが、どうしても自分が体験したものだとは思えない。
誰かが組み上げたジグソーパズルを渡されたような気分だった。
私は彼の言葉を錯覚だとは笑い飛ばせなかった。あの船での不自然なほどの歓待、大人になった今ではその裏に何らかの意図を感じずにはいられなかった。
彼はそれでも自分はまだ良かったと語る。今も船に乗り続けている者たちもいるかもしれないからと。
残された彼らが帰ってくる時、どれほどの年月が過ぎているのか。もしその時もう人生が終わってしまっていたら、彼らはどこへ帰るのか。
私はそれを想像して自分の性分に感謝した。
これも私が見た夢を元にした物語。演劇部用のネタにしようと思う。
船から降りるまではほぼこのままなのだが、実際の夢ではその後に残った側の視点から状況を見ていた。
降りるタイミングを完全に逃してしまい、皆ずっと乗り続けていた。だから遅れて帰ってきた他の人は年月が過ぎ去ってしまっていたというのは私の創作である。浦島太郎的な。
盛り込み切れなかった分を含めて補足がてら書き残しておく。
宝船について
・ランダムで一度に数十人を招く。船が止まっている間は現世の時間も止まり、船が進み始めると現世の時間も進み始める。
・7日間の体験期間を経て船が進み始める前に、現世に戻るか船に留まるか選択できる。もっともこのタイミングで戻る選択がされることはあまり想定されていない。
・船が進んでいる間、乗客の人生を代わりに進めて願いを叶えていく。現世に乗客が戻るとその進行状態を引き継ぐ。その際、船での記憶は失われて代行されていた間の記憶が差し込まれる。
・船の構造は扉を開閉するたびに変化する。そのため使用人の誘導が無ければ目的の場所に辿り着くことは困難。ゆかりや葵が過ごしていたのは船に乗っかってる建物部分であり、全体のほんの一握り。
・船内に放置されている金銀財宝はかつての名残。昔はこれをやっていれば間違いなかったが、現代では無暗に持って帰らせると乗客が犯罪者だと思われるためオブジェと化している。人生の代行による願いの成就はそうした時代の流れに合わせたもの。
・現世でのことを思い出せなくなる、相手の姿がわからなくなるなども時代の流れに合わせた取り組みの一つ。単なる物質的な欠乏だけでなく心理的な欠乏を解消するために苦慮されている。現世の記憶は葵のようにきっかけがあれば普通に思い出せる。あくまで忘れたいから忘れてしまっているだけ。
・ただ贅沢をさせれば楽しませられていた昔とは異なり、今はあまり乗客を楽しませられなくなっている。そのことは船員たちも痛感しており表情も乏しく元気も無くなっている。そのため船でのもてなしを心からエンジョイしていたゆかりは人気者だった。
動画的なネタ
・船を降りる理由が突飛すぎるため、ゆかりの考えた話では茜、ずん子が船への不審を示した。二人がもし船に乗っていたらこういう行動を取っただろうなというゆかりの想像。行動の指針を測る上で二人を高く買っていることを表している。
・ゆかりにはマキ、あかりが自分がいない時にどういう行動を取るかよくわからない。葵はたぶん乗り続けるだろうなと思っている。そのことまで言及してしまうと露骨すぎたためやめた。
・葵は今も船に乗り続けている。本来の動画パート20分において普段よりも葵の存在感を増しておいた。中身がつくよみちゃんの方が上手く回ることを感じてもらえたら良し。
・つくよみちゃんはこれで登場が3回目。「月喰」「三顧の願い」「宝船」。「三顧の願い」は演劇であることを明かしている。「月喰」「宝船」については演劇なのかは明らかにしない予定。
・今後よく出るつくよみちゃんは黒朱乃宮邸にいる個体。演劇の場合は彼女に出演を頼んでいる。つくよみちゃんは作劇上都合の良い存在なこともあり複数体いる。
・「宝船」がどこまで演劇だったのか明かさないため、葵が今も船に乗っている可能性が残り続ける。これから葵の精神的成長を感じさせる動画も出るが、でもこれ本人じゃないかもみたいなノイズが入ることになる。
・動画内でつくよみちゃんのことをゆかり、ずん子は主人と呼び、茜、葵は船長と呼んだ。一時の宿として見ていると主人、どこかへ辿り着く船として見ていると船長になる。演劇パートでは茜は心の奥底で逃避願望を持っていたため船長と呼んでいる。葵も船長と呼んでいることから元の世界に帰るより別のどこかへ行くのを望んでいることを暗示している。
15分ぐらいで今度は短かったですねで本来の動画パートは終わる予定だった。残り5分でエクストラパートをやってオチをつけるつもりだったが、20分10分でほとんど30分コースになってしまった。
実はこれでもまだ端折っている。この後にもう一個オチのようなものがあった。
別の動画でおまけとして出すのもちょっと際どい内容なのでメモがてらここに残しておく。
生徒会があるずん子さんを残し、ゆかり達5人は帰路につく。
下校途中に駄菓子屋でアイスを買う。ゆかりは当たりを引き、船でもらった幸運の効果かもしれないと笑う。
風でマキが持っていたアイスの袋が飛ばされる。バカめとせせら笑ったあかりの袋も飛ばされ、二人は慌てて走り出す。
バカしかいないと呆れる茜。葵は田んぼに転げ落ちそうになった二人を心配しながら追いかける。
ゆかりは何かを考え込んでいるように立ち尽くしている。茜が問いかける。
「どうした?」
「…私はちょっと嘘をつきました。」
「嘘?」
「夢の話です。船から降りてすぐ目が覚めたわけじゃないんです。断片的にしか思い出せませんがもう少し続きがありました。」
話半分で聞いてほしいんですがと前置きしてゆかりは語り出す。
「私は空の上から船を眺めていました。船はどんどん速度を増していき、海も荒れていって乗客は降りるに降りられなくなっていました。」
「創作やなかったんやな。」
「船が進んでいる間は時間も進み始めると誰かが教えてくれました。思い出せませんが状況的にたぶん船の主人でしょう。」
「そこも創作やないのか。やったらお前が考えたとこほとんど無いやんか。」
「ずん子さんにはバレていたかもしれませんね。船員がその間の人生を代行してくれるっていうのも、自分で考えた気でいて実は教えてもらったことかもしれません。」
夢は自分の深層心理から作られるため自分で考えたようなものだとゆかりは言い訳する。
「けどホンマにどっか別の場所での出来事やったんなら創作やなくてただの体験記やで。」
「確かめる方法はありませんよ、恐らくずん子さんにすら。だからあれ以上詮索しなかったんでしょう。」
「それで、話したいことは何や?」
長い付き合いには言い淀んでいることがバレバレだったようだ。
「私とたぶん船の主人は空から別の光景も見ました。全然脈絡が無かったので違う夢だったのかもしれませんが…」
「はよ言えや。」
「ちょうどこんな場所です。稲刈りが終わった後の田んぼのようなところで、人の形をした黒い靄のようなものが何体も手を振っていました。熊牧場の熊がこう餌をねだるように。」
「不気味やな。」
「ゴミを食べてました。」
唐突に放たれた言葉に茜は硬直する。直前の文脈とのつながりを理解できなかったのだろう。
「子供たちがゴミを投げ入れるんですよ。するとその黒い靄たちが拾い上げて食べるんです。それが面白いようで子供たちは何度もゴミを投げ入れ、その度に黒い靄はそれを拾って…」
最後にはあんな風に放してあげるんです。船の主人の言葉をゆかりは伝える。
「あの船で与えられることに慣れ切ってしまった人の末路なんじゃないかと思うんです。貰ったものの区別もつかずにただ貪るだけ。きっと船に乗っている間に人生が終わってしまった人はあんなになっちゃうんだろうなって。」
船に残った乗客の最後がそのようなものだったのなら、ゆかりが語った話よりもずっと後味が悪い。そっちを採用しなかった理由が茜にはわかっていた。
「何かを尊ぶことは何かを蔑むことと表裏一体よな。礼節も守れない連中にはふさわしい末路やと思ったか?」
ずん子の推測が正しければゆかりが記憶を保っているのは「楽しい思い出を持ち帰りたい」と願ったからだ。ゆかりにとってその光景は「楽しい思い出」だった。
「恥じねばいけませんね。」
「別に恥じなくてもええが、お前がそういう人間やってことは覚えてないとあかんな。」
自分の性格がいいともゆかりの性格がいいとも思っていないため、ことさらに責めることは無い。ただこういう部分は他の人には見せられないだけだ。
「お前は好かれとったんやろうな。せやからついでに知りようがないことまで教えてもらえた。」
「そうなのかもしれませんね。ありがたいことです。」
「好きになることも嫌いになることと表裏一体よ。お前がお気に入りやったってことはお前以外は気に入らんかった可能性も出てくる。今でも船の連中がただ願いを叶えようとしているだけやったと思ってるか?」
ゆかりは振り返る。全部罠だったんじゃないかとは誰の感想だったか。自分はそうはならなかっただけで、初めから人を堕落させ破滅させる意図が無かったかは確証が持てない。
「それでもきっと最初は人を楽しませたかったんだと思いますよ。」
船での暮らしと彼女たちのもてなしを思い出し、ゆかりはそう呟いた。
以上。
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