2022年11月10日木曜日

『ウェーイ彼氏君見てるぅ?』

 『ウェーイ彼氏君見てるぅ?君の大事な彼女さんは今、俺の隣で寝てまぁすw』

私は目の前の光景が信じられなかった。厳密には画面に映った映像だが。

そこに居たのはKと、紛れもなく彼女だった。

「なんで…」

思わず声が漏れる。どうしようもなく震えているのが自分でもわかった。


自宅に着いた時にはもうすっかり暗くなってしまっていた。

私は久々の遠出と慣れない人混みで疲れ切っていた。

早くシャワーを浴びて、ベッドに入ろう。

そう考えていた時、メールの受信音が鳴った。

最初は見間違いかと思った。だが間違いなく送信元はKのものだった。

目を疑った。質の悪い冗談かと思った。だけど私の指は咄嗟にメールを開いていた。

文章は無く、ファイルが一つ。

私は中身を確かめずにはいられなかった。


その結果がこれである。

『彼女さんさぁ、もう俺の方がいいってさぁw』

私は何とか動揺を押し殺し、わずかばかりの冷静さを取り戻していた。

いったい誰がこんなものを送って来たんだ?まさかKが?

『お前が頼りないから、俺みたいな奴に女取られちまうんだぜw」

画面の中でKは変わらぬ憎たらしい笑みを浮かべている。

私はそれを床に投げ捨て、ベッドに飛び込んだ。

何も考えたくない。


日の高くなった頃、眠りから目覚めた。

午後からの講義には出なければならない。

今日くらいは休みたかったが、これまでサボってきたツケだ。もう休めない。

私は昨日の映像を確かめようと手を伸ばし、下ろした。

確かめたくない。

昨日のあれは悪い夢だったのだ。そう言い聞かせることにした。

少なくとも今日の講義が終わるまでは。


重い足取りで大学へと向かう。

遅刻ギリギリ、いつもは一番後ろの席に陣取る。

「お、おはよう…。」

遠慮がちな声。視線は泳いでいる。

同じサークルのメンバーだ。普段はもっと調子の良い奴だが、気を遣わせてしまってるのだろう。

私は軽く手を挙げ、少し離れた席に座る。喋るのはお互い気まずいだけだろう。

Kと彼女も同じサークルだった。

Kは大学に入って初めてできた友達だった。彼女に告白する時、背中を押してくれたのもあいつだ。

一度記憶の蓋が開くと、次々と思い出が蘇ってくる。

親友と恋人と過ごしたもう戻らない時間を思って、涙が零れた。


気づけば講義は終わっていた。

私はフラフラと大学を後にし、帰路についた。

もう学校なんかやめてしまおうか。

あの二人の居た場所なんかもう居たくない。

そう思ったがその後どうするかが何も思いつかなくて、ただとりあえず歩いて家に帰った。

床に投げ捨てられたスマートフォンを拾い上げる。あの映像をもう一度確かめないと。

不在着信が何件もあった。全部Kからだった。

私はその時になってようやく恐怖を感じた。

Kは私を恨んでいる。もしかしたら彼女も。

玄関のチャイムが鳴った。私は射貫かれたように動けない。

視線が玄関に縫い付けられる。

「…Kなのか?」

問いかける。

と同時に凄まじい勢いでドアが叩かれた。何度も何度も打ちつけるように。

私はベッドに潜り込んで震えていた。

私が悪いわけじゃない。

ふざけ始めたのはKだし、彼女も止めなかった。

私だけが悪いわけじゃない。

ドアを叩く音が、止んだ。私は恐る恐る布団から顔を出す。

独りでにテレビがついた。

画面にはKと彼女が写っていた。

二人とも笑っていた。私にはその笑みはひどく残忍なものに思えた。

「ごめんなさい!ごめんなさいっ!!」

私はあれから初めて謝った。

私の運転する車はガードレールを乗り越えて森の中に突っ込んだ。

助手席に乗っていた彼女は身動きが取れなくなって、Kと二人で助けようとしたけどだんだん車が燃え始めて。

私はKと彼女を置いて逃げた。

路上で警察に事情を聴かれた時も、病室で変わり果てた二人と再会した時も、葬儀で二人の家族と顔を合わせた時も。

私は謝らなかった。

だけど今、きっと生まれて初めて、心の底から謝った。

「ごめんなさい…」

『もういいよ。』

画面から声が聞こえた。

二人が笑っている。どこか優しい笑みだった。

『もう怒ってないからさ…』

Kがこちらに手を伸ばす。

『お前もこっちに来いよ。』




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