『ウェーイ彼氏君見てるぅ?君の大事な彼女さんは今、俺の隣で寝てまぁすw』
私は目の前の光景が信じられなかった。厳密には画面に映った映像だが。
そこに居たのはKと、紛れもなく彼女だった。
「なんで…」
思わず声が漏れる。どうしようもなく震えているのが自分でもわかった。
自宅に着いた時にはもうすっかり暗くなってしまっていた。
私は久々の遠出と慣れない人混みで疲れ切っていた。
早くシャワーを浴びて、ベッドに入ろう。
そう考えていた時、メールの受信音が鳴った。
最初は見間違いかと思った。だが間違いなく送信元はKのものだった。
目を疑った。質の悪い冗談かと思った。だけど私の指は咄嗟にメールを開いていた。
文章は無く、ファイルが一つ。
私は中身を確かめずにはいられなかった。
その結果がこれである。
『彼女さんさぁ、もう俺の方がいいってさぁw』
私は何とか動揺を押し殺し、わずかばかりの冷静さを取り戻していた。
いったい誰がこんなものを送って来たんだ?まさかKが?
『お前が頼りないから、俺みたいな奴に女取られちまうんだぜw」
画面の中でKは変わらぬ憎たらしい笑みを浮かべている。
私はそれを床に投げ捨て、ベッドに飛び込んだ。
何も考えたくない。
日の高くなった頃、眠りから目覚めた。
午後からの講義には出なければならない。
今日くらいは休みたかったが、これまでサボってきたツケだ。もう休めない。
私は昨日の映像を確かめようと手を伸ばし、下ろした。
確かめたくない。
昨日のあれは悪い夢だったのだ。そう言い聞かせることにした。
少なくとも今日の講義が終わるまでは。
重い足取りで大学へと向かう。
遅刻ギリギリ、いつもは一番後ろの席に陣取る。
「お、おはよう…。」
遠慮がちな声。視線は泳いでいる。
同じサークルのメンバーだ。普段はもっと調子の良い奴だが、気を遣わせてしまってるのだろう。
私は軽く手を挙げ、少し離れた席に座る。喋るのはお互い気まずいだけだろう。
Kと彼女も同じサークルだった。
Kは大学に入って初めてできた友達だった。彼女に告白する時、背中を押してくれたのもあいつだ。
一度記憶の蓋が開くと、次々と思い出が蘇ってくる。
親友と恋人と過ごしたもう戻らない時間を思って、涙が零れた。
気づけば講義は終わっていた。
私はフラフラと大学を後にし、帰路についた。
もう学校なんかやめてしまおうか。
あの二人の居た場所なんかもう居たくない。
そう思ったがその後どうするかが何も思いつかなくて、ただとりあえず歩いて家に帰った。
床に投げ捨てられたスマートフォンを拾い上げる。あの映像をもう一度確かめないと。
不在着信が何件もあった。全部Kからだった。
私はその時になってようやく恐怖を感じた。
Kは私を恨んでいる。もしかしたら彼女も。
玄関のチャイムが鳴った。私は射貫かれたように動けない。
視線が玄関に縫い付けられる。
「…Kなのか?」
問いかける。
と同時に凄まじい勢いでドアが叩かれた。何度も何度も打ちつけるように。
私はベッドに潜り込んで震えていた。
私が悪いわけじゃない。
ふざけ始めたのはKだし、彼女も止めなかった。
私だけが悪いわけじゃない。
ドアを叩く音が、止んだ。私は恐る恐る布団から顔を出す。
独りでにテレビがついた。
画面にはKと彼女が写っていた。
二人とも笑っていた。私にはその笑みはひどく残忍なものに思えた。
「ごめんなさい!ごめんなさいっ!!」
私はあれから初めて謝った。
私の運転する車はガードレールを乗り越えて森の中に突っ込んだ。
助手席に乗っていた彼女は身動きが取れなくなって、Kと二人で助けようとしたけどだんだん車が燃え始めて。
私はKと彼女を置いて逃げた。
路上で警察に事情を聴かれた時も、病室で変わり果てた二人と再会した時も、葬儀で二人の家族と顔を合わせた時も。
私は謝らなかった。
だけど今、きっと生まれて初めて、心の底から謝った。
「ごめんなさい…」
『もういいよ。』
画面から声が聞こえた。
二人が笑っている。どこか優しい笑みだった。
『もう怒ってないからさ…』
Kがこちらに手を伸ばす。
『お前もこっちに来いよ。』
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