2022年11月25日金曜日

末日

『ホントに悪いね。こんな時間に。』

「別に構いませんよ。」

車から降りて、電話口に笑いかける。

今日の先輩はやけに萎らしかった。


連休の終わり、旅行先から帰宅してすぐのことだった。

明日の仕事に備えて寝る支度をしていた時、電話が鳴った。

『悪いね。こんな時間に。』

「どうしたんですか?」

職場の先輩だった。新人の頃からお世話になっている相手だ。

『ちょっと出先で財布を無くしちゃってな。帰れないんだ。』

「えっ!大丈夫ですか?」

『それで悪いんだけど今から言う場所まで迎えに来てくれるか?』

「…今からですか?」

思わず言葉に詰まる。時刻は0時を回っていた。

『ホントにごめんな。でも早く帰りたくてな。』

「それはまぁそうですよね。明日も仕事ですもんね。」

『頼むよ。他に頼める相手もいないんだ。』

先輩の声は何だか悲しげで、私は断れなかった。


私は車を走らせ、先輩の元へ向かった。

指定された場所は繁華街の外れだった。

明かりも少なく、街路樹に覆われて薄暗い。

「先輩。ここで何してたんですか?」

『んーまぁ飲み屋を出てフラフラ歩いてたらここまでな。』

「それで財布を無くしたわけですか。」

『そんなところだ。』

街路灯の明かりを頼りに先輩を探す。

「どこで待ってるんですか?」

『どこだろ?広場みたいになってるとこだったかな?』

「それじゃわかりませんよ。」

『んーと、どっかに自販機ある?』

遠くに自販機の光が見える。たぶんあそこだろう。

「ありましたよ。」

『おーじゃあたぶんその近くだ。』

「手とか振ってみてくださいよ。」

『いやぁちょっと難しいかな?』

は?

人に迎えに来させといて何言ってるんだこいつ。

「ふざけてるんですか先輩。」

自販機に向かって歩きながら、少し声を荒げる。

こういうふざけ方をする人じゃなかったと思うが。

『…ごめん。さっきの噓。』

「どのことですか?」

『財布無くしたっていうの。』

「え?」

『ホントは盗られたんだ。』

「…先輩?」

『歩いてたら後ろから殴られてな。そいつが財布持ってった。』

「じゃあ警察に『まぁ聞け。』

初めて聞く先輩の声だった。暗く、無機質な。

『当たり所が悪かったんだろうな。あいつも焦ってたよ。』

『財布はきっちり盗んでったけどな。ひひっ。』

自販機の前に立つ。先輩の姿はない。

「どこに居るんですか?」

『奥を見ろ。』

目を凝らす。茂みの奥に何かが落ちている。

黒いスニーカー。見覚えがある。

「先輩。」

『なんだ?』

「その話っていつのことですか?」

『連休の初日だよ。』

その言葉を裏付けるように、辺りにはかすかな腐臭が漂っていた。


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