たぶん触れられることのない裏設定。
世界はエネルギーに満ちている。地面から放たれる熱、空から降り注ぐ光、リンゴが木から落ち水が高いところから低いところへ流れる力。
地球から、あるいは宇宙から生み出されたエネルギーの全てを我々は認識し利用できているわけではない。
人類の科学では解明できていない未知のエネルギーを掌握し、異能を発現させた者たちを人々はこう呼んだ。
超能力者と。
新幹線の扉が開き、純白の衣装をまとった少女が軽やかにホームに降り立つ。
四国めたん14歳の姿であった。
めたんは任務内容を再び頭の中で振り返る。
新たに目覚めた超能力者との接触。さほど珍しい任務ではない。
力を手にしたばかりの人間は暴走して周囲を傷つけたり、衝動的に悪事を働いたりする。
彼らを説得し協力関係を結ぶ。結べないなら確保する。
エージェントとして幾度となくこなした仕事だ。
東北ずん子、14歳。
信頼を得やすいよう年が近い人間が任務に当たるのが通例だったが、同い年の対象は初めてだった。
超能力者はその危険度によってランクが決められている。何か事件を起こしたわけでもないので、ランクは予知による暫定的なものだろう。
Cが最低ランク。直感、透視、微弱な念動力といった社会生活上優位に働く程度の能力の持ち主だ。
Bが標準ランク。殺傷能力がある攻撃的な異能、洗脳や身体強化などの特殊な異能の持ち主だ。めたんもこれに当たる。
Aが最高ランク。国家機能を破壊できることが条件と言われているが実態はよく知らない。
Sというのは何だろうか。たぶんAより上だと言いたいのだろうが聞いたことがないので判断がつかない。
東北ずん子はSランクだった。
一目見た瞬間、その理由はわかった。
能力者としての強度はよくコップで例えられる。
世界に溢れるエネルギーをどれくらい保持できるかというコップの大きさ、そのエネルギーをどのように利用するかというコップの形。この2つで能力者の強さは決まる。
東北ずん子はコップというよりバケツ、いやタンクであった。
どんな能力を持っていようが関係ない。それだけで存在自体が脅威であった。
「あの…」
彼女は通学路で突然待ち伏せされたことに驚いてるようだった。遠慮がちに声を上げる。
めたんを不思議そうに眺める。訝しんでいるというよりはめたんのロリータファッションを珍しがっているようだった。
「初めましてずん子さん。四国めたんよ。」
「…ああ、どうも。東北ずん子です。」
初めて自分以外の能力者と出会った時、大抵の者は多少なりとも動揺する。
ずん子は何の反応も見せなかった。
ずん子は無為な駆け引きはしない人間だった。
最近不思議な力に目覚めたでしょうという問いに大人しくはいと答える。
「私もそういう力が使えるの。」
「そうなんですね。」
「…やっぱり気づいてた?」
「まぁなんとなく。」
「それは感覚で?」
「いえタイミング的にそうかなと。」
能力者同士は近づけばなんとなくわかる。自分と同じ動力源の持ち主だからだ。
だが恐らくずん子は他の能力者を感知できない。力量差があり過ぎるからか目覚めてまだ日が浅いからか。
この情報は最悪ずん子と戦うことになったとき大きなアドバンテージになる。
「…あの、めたんさんも同じなんですか?」
「同じ、というと?」
「ああ…同じ力というか同じ存在というか。」
「超能力者であるという所は同じね。能力自体は違うと思うわ。」
未知のエネルギーを扱う力を超能力。それを用いたその人固有の能力を異能という。
自分も以前教わった定義をずん子に教える。
「なるほど。」
「私の異能はエネルギーの抽出と譲渡よ。大体は回復技と思ってくれていいわ。」
実態は少し違う。厳密にはエネルギー操作であり、体内エネルギーの調節による身体能力、再生能力の向上が戦闘においては主だ。
「あの…私のは…なんというか…」
聡明そうな彼女には似合わず歯切れが悪い。いったいどんな異能なのだろうか。
「…まぁ見てもらった方が早いです。私も困ってるんですよ。」
心底困ったような顔を見せる彼女。状況はよくわからないが信頼を得られるならそれに越したことはない。
自宅へと案内すると言う彼女の頬に指を突き立てる。
「めたんでいいわ。それとタメ口で。」
めたんが笑いかけるとずん子も初めて笑った。
東北ずん子の家は立派な日本家屋だった。歴史の長い旧家であり、資産家の家系であるとは聞いていた。
売り払われた四国家の屋敷とつい比べそうになる。記憶の中だとうちの方が大きい。誇張されてるだけかもしれないが。
「おかえりなのだ!ずん子!」
居間に通されて唖然とする。乱雑に散らかされた部屋、緑色のペーストが飛び散ったテーブル、座布団の上に散らばっているのはせんべいの食べかすだろうか。
そしてフワフワとこちらに飛んできた…なに?
「ちょっとずんだもん!汚さないでって言ってるじゃない!」
「汚してないのだ!」
「汚れてるじゃない!」
「汚れてないのだ!ずん子は細かいのだ!」
その何かが腕を組み頬を膨らませてそっぽを向く。怒っているというポーズだろう。
うさぎ…ねずみ…よくわからない。耳の長く手足の短い丸型のマスコットのような物体。
「こういうことなの…」
ずん子が恥ずかしそうに目を伏せる。
意外に思う。使い魔を使うタイプには見えなかった。寂しさを埋めるための架空の友人か抑圧された自意識の発露か。
「時々いるわ。別に恥じることじゃない。」
異能によって作られた存在を絶対に馬鹿にしてはいけない。大体の場合暴走を招く。研修でも口を酸っぱく言われていた。
「ずんだもん。口元に汚れがついてるわよ。」
穏やかに微笑みかける。よく見るとなかなかに可愛らしい見た目だ。ずん子の趣味なのだろうか。
じっとめたんを見返していたずんだもんが口を開く。
「変な格好なのだ!」
「ちょっとずんだもん!」
「…あ?」
思わずめたんの口から低い声が漏れる。
「真っ白いひらひら!デカすぎピンクハート!やーいやーい髪の毛ドリルゥ!」
思わず拳を握りしめる。我慢、我慢だ。
風を感じた。
緑色の物体が視界の端へと飛び去り縁側に消える。とっさに視線を動かすと塀に叩きつけられて地面に落ちるずんだもんが見えた。
「ごめんね。後できつく言っとくから。」
ずん子が申し訳なさそうに頭を下げる。手をパタパタと振っている。
彼女が平手打ちしたのだろうか。油断していたとはいえ一連の動作が全く見えなかった。
「え、ていうか大丈夫なの?」
ずんだもんのことが心配になる。相当な威力だったように思うが…
「ああああ痛いのだぁ!ずん子のバカァ!もう知らないのだぁぁ!」
ひっくり返ったセミのように突然動き出すとけたたましく叫びながらどこかに飛んでいった。
見かけに反して丈夫な奴だ。外に行かせるのはあまり良くないが、どうせ能力者にしか見えないから大丈夫だろう。
「私はかわいいと思うよ。服とか、髪とか。」
ずん子が照れたように笑いかける。
「あ、ありがと…」
ちょっと変な空気になった。
部屋を片付けてずん子からお茶を頂く。一息ついてめたんは聞き取りを始めた。
「いつからあの子が現れたの?」
「この前雷に打たれた時に…」
「待って。雷に打たれたの?」
「うん。」
冗談を言っているわけではないようだ。
「気を失って目が覚めたらあれが居て…」
「肉体が危機に瀕したことで覚醒したと考えられるわね。」
後天的に能力を獲得する理由としては2番目に多い。ちなみに1番目は精神的ストレスだ。
「怪我はなかった?」
「私もびっくりするくらい何も。」
「病院には行ってないわね?」
「雷に打たれたけど何ともないんですとは言い出せないよ。」
それもそうだ。
「あの子、ずんだもんは何か言ってた?」
「意味があるようなことは何にも。」
「ずんだもんがあなたの能力で生み出されたものなら、あなた以上にあなたのことを知っているかもしれないわ。目覚めてから今日までのことを正確に話してちょうだい。」
ずん子が嫌そうな顔を浮かべる。ずんだもんが自分の深層心理を反映した存在であることが受け入れ難いのだろう。
「ボクはずんだもんなのだと名乗ったわ。それだけじゃ何もわからないから詳しく聞いたけれどずんだの妖精だとしか答えなかった。雷に打たれたことについては私が全部吸収したって言ってたわ。」
一息で吐き切るように話し切る。一つずつ紐解いていく。
「ずんだもんという名前に心当たりは?」
「無いわ。」
「何かのマスコットみたいな名前よね。児童書だったりテレビ番組だったりで似たようなものを知らない?」
「具体的にどれとはわからないけど、たぶんそういう分野のそれっぽい名前を考えたんじゃない?」
「そういうの好きなの?」
「人並みには見ていたはずだけどとりわけ好んでいた自覚は無いわ。」
「ずんだの妖精って言ってたわね。ずんだというのが何か心当たりは?」
ずん子がきょとんとした顔をする。めたんも連られて固まる。しばし見つめ合う。
「ああ!知らないのね!ちょっと待って今持ってくるわ!」
ずん子は立ち上がり駆け出すと、緑色のペーストの乗ったまんじゅうのようなものを皿に乗せてきた。
「これがずんだ餅。かかってるのがずんだよ。」
まじまじと眺める。爽やかな甘い香りがした。
「東北の郷土料理で枝豆をすり潰した餡のことだよ。召し上がれ。」
手を合わせて一礼し口に入れる。植物由来の清涼感のある甘さだった。
「美味しいわ。」
「口に合ったようで良かった。自家製なの。」
「この辺では一般的な食べ物なの?」
「特産品ではあるけど、一般家庭でよく食べられるものではないんじゃない?私は好きでよく作って食べてるけど。」
「西南の生まれだから知らなかったわ。」
きっとずん子の思い入れのある食べ物なのだろう。
最初に部屋に上がった時に見たテーブルの汚れを思い出す。あれもずんだだったのか。
「ずんだもんもずんだ餅が好きなの?」
「…ええ、よく食べてるわ。」
だからまぁ、と心底嫌そうにずん子が続ける。
「たぶん私の記憶とか感情とかから生まれたものなんだろうな…って気はする。」
その通りだ。自我を持った使い魔もあくまで主人の分身だ。奇想天外に見えても主人にとっては既知のもので構成されている。
「気に病むことはないわ。あなたの記憶から形成されたというだけで、本当のあなたはあんな感じということを示してるわけじゃない。」
「そうなのかもなんだけど。やっぱり家族の前でもあんな態度でいられるとなんだか気恥ずかしくって。」
めたんが片眉を上げる。
ずんだもんはずん子の家族にも見えているのか。確か東北家の家族構成は両親に姉と妹が一人ずつ。
炎や水、電撃といったわかりやすい形ならともかく、能力で作り出されたものは基本的に能力者以外には見えない。ああいう不可思議な存在ならまずそうだ。
ずん子の力なのか。そういう家系なのか。後で確認が必要だ。
「雷はずん子が吸収したって言ってたんだっけ?」
「そうね。」
「それは間違いない?」
「ボクは何もしてないって言ってたからね。」
エネルギーの変換、吸収、保存…たぶん放出も。めたんと同系統の能力だ。
だから私が呼ばれたのかと納得しかけたが、そうなるとずんだもんが何なのかわからなくなる。
「じゃあずんだもんは何をしたの?」
「だから何もしてないって。」
「でもその時にずんだもんは生まれたんでしょ?」
「そのはずなんだけどね。」
まだまだ謎が多い。まぁ異能なんてそういうものだ。かつて出会った、衣服を砂に変える異能の持ち主を思い出す。原理を追い求めるようなものではないのかもしれない。
「めたんちゃんの目的を教えてもらえる?」
めたんが黙っているとずん子が口を開いた。本来なら最初に聞かれるような質問。ここまで話してなかったことに気づいてめたんは苦笑した。
「私は超能力者を管理する組織のエージェントよ。あなたがどんな力を持ってるか調べて、それを乱用しないように約束してもらうのが目的だわ。」
「嫌だって言ったら?」
ずん子が鋭い目を向ける。こんな顔もできる子なのかと感心する。
「金持ち喧嘩せずってわかるでしょ?強い力を持つ者同士で争ってもお互いに得しないわ。首輪をつけようってわけでもないし従わないから始末しようってわけでもない。あなたのこれまでの生活を侵害する気はないわ。」
だよねと呟き空気が緩む。やはり凄んでみせただけか。
「とりあえずしばらくの間はあなたの能力について調査を進めるわ。あなたも気になってるでしょう?」
「そうだね。よろしくお願いするよ。」
ずん子がそっと手を差し出す。めたんも手を差し出し握手を交わす。
後に人類の頂点に君臨する、東北ずん子がその覇道の第一歩を踏み出した日のことだった。
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