数年ぶりに風邪を引いて寝込んでた。
この初っ端で休んだら絶対面倒くさいことになるので頑張って出社したがしんどかった。
ようやくちょっと楽になってきた。
寝てるとき考えてた奴。
「チートを使ってゲームの世界で無双する奴」
交通事故に遭い、命を落とした主人公。
目が覚めると西洋風のファンタジーの世界に来ていた。
チートを使って魔王を倒し、一日でエンディングを迎える。
それから彼の長く孤独な日々が始まるのだった。
第1章「最後から」
ステータス画面を開き、そこにチートの項目があることに気づく。
どうやら自分は勇者のようで、城に招かれ魔王を倒す旅の始まりを告げられる。
チートを使用し魔王城まで瞬間移動して魔王を即死魔法で倒す。
すると突然周囲の景色が変わり、祝勝パレードの最中に移る。
そのまま姫との結婚式が始まり、彼女との初夜へ。
主人公は自分の幸運と幸福を噛み締め眠りにつく。
城での生活が始まってすぐおかしなことに気づく。
国王も姫も町の人々も、会話が微妙に嚙み合わない。
まるで予めセリフが決められたNPCのように。
嫌な予感は実感へと変わっていった。
誰ともまともにコミュニケーションを取れないストレスは心を荒ませていき、主人公を蛮行に走らせる。
侍女や女騎士、町の女性たちへと次々と手を出していく。
しかし誰も反応が変わらず満たされない思いが募っていく。
第2章「変わらない日々」
会話パターンを知り尽くしてしまい、もう口を利くことが億劫になる。
何を言っても何をやっても嫌がる振りをするだけ。すぐに何事もなかったような態度に戻った。
ある日、姫を殴ってみた。
何をするんですか!やめてください!
もう一度殴ってみる。
何をするんですか!やめてください!
もう一度。
何をするんですか!やめてください!
全く同じセリフ、同じ素振りを繰り返すだけの彼女。
血や痣の様子からダメージが無いわけではないと考え、何か変化が現れないか試してみたくなる。
彼女を殴りつける。何度も。何度も。
死んだ。
動かなくなった彼女を前にして急に現実感が戻ってくる。本当にそんなつもりはなかったのだ。
取り返しのつかないことをしてしまったと気づき、城外へと逃げ出す。そのまま町を抜け森へ。
恐怖と罪悪感に慄きながらも、どこか安心感を覚えた。これで少なくとも今の生活は変わる。
すぐに王国に厳戒態勢がしかれ追手がやってくると思っていたが、いつまで待っても誰も来なかった。
恐る恐る城に様子を見に行く。
姫は何事もなかったように夫である主人公の帰りを笑顔で迎えた。
その後の幾つかの実験により以下のことが分かった。
この世界の住人は攻撃されても制止の言葉を投げかけるだけで抵抗もしないし逃げようともしない。
この世界の住人にも体力パラメータはあり攻撃を受け続けると死亡する。
この世界の住人は死んでも自分と一定距離離れると所定の位置にリポップする。
このゲームの仕様について理解が進むほどキャラへの愛着が薄れていった。
ここは自分のための箱庭なのだと気づいてしまった。
チートを使い暴虐の限りを尽くすようになる主人公。
人々を焼き尽くし、町を吹き飛ばし、最初は爽快だった。
だけどすぐに退屈さと空しさが芽生えてしまった。
無敵、無双。当たり前である。自分しかいないのだから。
第3章「最初から」
主人公はこの世界からの脱出を目指す。
手慰みに女騎士を一人捕まえ、各地を周る旅に向かう。
初めて訪れる町にも関わらず、再会を喜ばれる主人公。
本当はあったはずの出会いと冒険の日々が、初日で魔王を倒してしまったことでスキップされたことを知る。
無理やり連れて来たはずの女騎士も知らぬ間に仲間ということになっており、身の回りの世話をしてくれるようになった。
その町固定のモブ的なキャラではなく、仲間にするという選択肢のあるキャラだったことに驚きを覚える。
もしかしたら自分は、人々がどういう反応を返すかということにばかり気を取られ、人々がどういうことを話しているかをよく聞いていなかったのではないかと気づく。
旅を続けながら、仲間の女騎士や行く先の町の人々と対話を重ねる。
自分が話したいことではなく、相手の言葉に合わせて会話が進むように反応を返すと、まだ聞いたことがないセリフが返って来る。
これもプログラムによるものなのかもしれないが久々に誰かと会話しているような気分になれた。
聞き込みにより、魔王を倒したことで魔物はいなくなったはずが、巨大な魔物の姿が目撃されたという情報を得る。
そいつが裏ボス的な存在であり、真のエンドコンテンツだと推測する。
今度こそゲームを完全クリアすることでこの世界から脱出できることを願い、主人公は最後の戦いに向かう。
その魔物が強いのかどうかは他に比較対象を知らないのでわからなかった。
ただチートによる即死魔法は無効で、他の属性魔法もあまり効いていないようだった。
それでもダメージ無効の魔法を発動している主人公にとっては脅威ではなかった。
これまで戦闘を経験していない主人公には味方を守るという意識が無かった。
魔物に斬りかかったことで攻撃対象が女騎士に切り替わり、彼女が引き裂かれる。
同じく戦闘経験のない彼女は裏ボスに挑めるレベルではなかった。
動揺しつつも人の死に慣れ切ってしまっていたこともあり、魔物の討伐を優先し完遂する。
魔王を倒した時のように突然場面が変わることはない。
外れだったかと落胆しつつも傷ついた女騎士の元へ歩み寄る。
チートには自分の回復はあるが味方の回復はなかった。どうにもならない。
どうやら私はもうダメみたいだ…
死に際の女騎士が口を開く。
仲間の死亡時の特殊演出だろうと冷めた気持ちを抱えつつも、神妙に耳を傾ける。
あの日お前が私を連れ出した時…
女騎士の目に涙が浮かんでいるのを見て驚く。他のどんな場面でもこれまで泣いたキャラはいなかった。
腹を立ててはいたが本当は心の奥底では嬉しかった…
心臓が早鐘を打つ。問題ない。この場面でこの言葉を言うと決まっているだけだ。
なぁ…
初めて彼女と真っすぐに顔を合わせたような気がする。
姫様じゃなくて私を選んでくれ…
死んだ。
動揺してしまっている自分に動揺する。
もう何度も検証して彼女は心のないゲームのキャラだとわかっているはずなのに、本当に仲間を、大切な人を失ってしまったような感覚になる。
本当にそうなのだろうか。
自分の判断が間違っていた可能性は?仲間になったことで性質が変わった可能性は?
生じてしまった疑念を払拭しなければ先に進めない。
彼女を生き返らせる方法を考える。
この場所を一度離れればリポップするだろうか。
町から連れ出し旅の仲間にしたことでそういうキャラではなくなったと思う。
仲間を生き返らせるなら教会だ。
彼女の亡骸を抱え、城下町の教会へとワープした。
彼女の葬儀は恙なく行われた。
勇者を守り命を落とした勇敢な最後だったと讃えられた。
キャラロスト。
ゲームの仕様として女騎士が永遠に失われたことを悟った。
後悔が募る。
どうして彼女を戦闘に連れて行ったのか。どうして味方を守らなかったのか。どうして回復手段を用意しなかったのか。
考えずともわかる。無知故にだ。
チートになんか頼らなければ…手順を踏んで説明を聞いて経験を積んでいれば…こんなことには…
ステータス画面を開き、並んだチートの一覧を憎々しげに睨む。
どうしてこれだけあって一つも仲間のための効果が無いのか。
こうなることを想定して作られた罠のようにさえ思う。いやあるいは本当にそうなのかもしれない。
ふと気づく。チートが増えている。
一番最後に1つ。きっと裏ボス討伐の報酬だろう。
…これまでのことが仕組まれたことなのではという疑念を裏付けるようなものだ。
それでも乗っからずにはいられない。
『最初から』
最後のチートを使った。
【解説】
生前チートでゲームを荒らした人間が送られるタイプの地獄。
これ全員NPCだったらエロくねと全員NPCだったら怖くねの2つが掛け合わされたもの。
チートに頼り身勝手に振る舞ってる間は孤独と退屈の日々で、真心をもって接すれば相手にも心が芽生えて幸せを得られる。
ていう話にすれば綺麗にまとまった説話的なのになりますが、果たしてどうなんでしょうね。
エロとグロを派手に描写できないと話としてつまらないので動画になることはない。
個人的に清楚なお姫様より凛々しい女騎士の方が好み。
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