2022年12月27日火曜日

補講

ー放送開始ー

「お昼の放送の時間です。今日は…え、ちょっと先生何やってるんですか!」

(物音)

「はい、マイク借りるよ。突然ごめん、今日はみんなに話したいことがあって来たんだ。」

「知っている人もいるかもしれないけど、先生はこの学校からお別れすることになった。だからその前にみんなに別れの言葉を言いたいんだ。」

「先生のクラス、2年3組のみんな、聞こえているかな。みんなは先生が初めて担任したクラスの生徒たちだ。みんなと過ごした日々の思い出は今も胸に焼き付いてるよ。」

「他のクラスの皆にはちょっと退屈かもしれないけど、この時間を使ってみんなとの思い出を振り返らせてほしい。先生の人生の大きな転換点だったからね。」

「初めて教室に入って挨拶する時のドキドキした気持ちは鮮明に覚えてる。扉の前で大きく息を吸って、元気よくおはようって言いながら一歩を踏み出した。みんなはまばらにだったけどおはようって返してくれたね。」

「教壇に立って自己紹介しながらクラスのみんなの顔を見渡した。みんなは緊張した様子で期待と不安の入り混じった表情だったね。私も顔は笑ってたけど実はみんなと同じ気持ちだった。」

「教師としての務めを果たせるか、みんなと上手くやっていけるか。私はそんな不安を心の隅に押しやって、先生とみんなの学校生活が充実したものになるように努めようと意気込んでたんだよ。」

「初めはぎこちなかったクラスの雰囲気も徐々に和らいで、みんなの間に笑顔が溢れるようになった。お昼休みや放課後には先生のところにもみんなが話しかけに来るようになったね。先生とみんなの距離が縮まってるのを実感した。」

「始まりは些細なことだったんじゃないかな。忘れ物をしてきた生徒に、先生は強く怒らなかった。笑ってすました。そこまで目くじら立てるようなことじゃないと思ったからね。でもそのせいでみんなは先生のことをああ、この人は大丈夫な人なんだって思っちゃったんだろうね。」

「みんなは先生の授業中ずっとおしゃべりしてるようになった。先生の宿題をやってこなくなった。先生が注意してもニヤニヤ笑うだけで先生の言うことを何も聞いてくれなくなった。」

「ある日、教室の扉を開けると黒板消しが降ってきた。古典的なものだね。今時やる人がいるのかと思う。先生の頭は真っ白になったよ。内も外も。みんなは大きな声で笑って先生は小さく笑いを浮かべながら白い粉を払った。」

「先生は大声で怒鳴る教師が嫌いでね。だってあんなのみっともないじゃないか。教師も生徒も理性のある人間だ。守るべき規範があるなら説いて聞かせればいい。大きな声で恫喝するのは獣相手にやることだって思ってた。」

「先生の考えが間違ってたよ。先生の言葉は何一つみんなには聞き入れられなかった。黒板消しはいつしか水の入ったバケツになったし、授業中のおしゃべりは先生に対するからかいの言葉になった。先生の宿題をやってこない代わりにみんなは先生の悪口を書いた紙を提出してくれた。」

「先生は頭を抱えたよ。どうやったらみんなにそういったことを止めさせられるだろうかってね。自分のためじゃないよ。みんなのためだ。成績も下がるし内申点だって下がる。みんなの将来のためにならないんだよあんなことは。」

「だから先生は頭を下げた。学年主任の先生に、教頭先生に、校長先生に。私が言って聞かせますから、必ず更生させますから、なにとぞ穏便にってね。先生はみんなが態度を改めてくれるって信じてた。根は悪い子たちじゃないって信じてたから。」

「でもみんなは…みんなは本当に…。あんなことをするんだね。先生は人の善性ってのを妄信してたみたいだよ。みんなで口裏を合わせて先生のこと犯罪者に仕立て上げて。ただ自分たちの一時の楽しみのために。」

「先生はね…小さい頃から先生になりたかったんだ。子供に真剣に向き合って、時に優しく、時に厳しく道を指し示すような、そういう存在になりたかった。修学旅行や文化祭も生徒と一緒にはしゃぎたいし、いつか大人になった生徒たちと昔を懐かしみながらお酒を飲みたいなって思ってた。受験に失敗して大学には一浪して、教員免許を取ってからも配属先が決まるまで2年待って、やっとの思いで先生になったんだ。」

「…俺がバカだった。」

(沈黙)

「なあ、みんなはこれから…」

「一人の人間を死に追いやったっていう事実を背負って生きてくれ。」

(金属音、血しぶき、倒れる音。)

(女生徒のすすり泣く声と教師の叫び声。)

ー放送終了ー


怒り

私と世界を隔てるものは有る。 何かはわからない。ただ確かに私と世界は別個のものであり、腹立たしいことに世界は私よりも強い立場にあるようだ。 世界はいつも世界の都合を私に押し付け、私はそれに従うほかない。逆に私が私の都合を世界に訴えても突っぱねられるだけだった。 私は世界に虐げられ...