2022年6月1日水曜日

『もしもーしオレだよ。オレオレ。』

受話器から流れる声に聞き覚えは無かった。

「あの…どちら様でしょうか…?」

『いやオレだよ。オレだって。』

やっぱりわからない。そういう詐欺だろうか。

「番号をお間違えではないでしょうか?」

『オレだよ。』

話が通じない。

『オレさぁ、事故っちゃってさぁ。大変なんだよ。』

『家に帰る途中にさぁ、車でドーンだよ。参っちゃうね。』

示談金をせびってくる流れだろうか。そんなことは老人にやればいいのに。

『車のライトが近づいてくるのが見えてさぁ。あれ、なんか変だなって思ったときには横から突っ込まれててさぁ。痛かったなぁ。』

受話器を置こうとした手が、止まる。

『ちょうど壁と車に挟まれる形になってさ、骨とかミシミシ言って口から血が噴き出てさ、もう痛くて苦しくて車のボンネットとかバンバン叩いてさ。なのに車の野郎全然下がんねぇの。』

『見たらさ、運転手の奴スマホ片手に握りしめたままガタガタ震えててさ、いいから下がれって叫ぼうとしたけど声とか出ねぇからさ、ジッと睨みつけてたんだよ。』

『ようやく車が下がってオレが地面にずり落ちてさ、速く救急車呼んでくれよって思ってたら、その車そのまま逃げやがったんだよ。マジふざけんなって思ったね。』

手が震える。受話器を握りしめたまま動けない。あの時みたいに。

『憶えてるだろ。オレだよ。』


【解説】

かつて主人公がひき逃げした相手が「オレ」だった。

「オレ」の生死は不明。死人からの電話の方が収まりが良いけど、曖昧にしておいて問題は無さそう。

動画向きの話。サクッと作れてわかりやすい。

題名や細かい会話内容はもっと練れる気がしたけど、あんまり思いつかなかった。


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