第n+1話「深海で揺れる炎」
めたん、つるぎの二人は組織の上層部と接触するため東京に来ていた。
かつて組織の一員だった二人だが、幹部と会ったことは一度もなかった。
旧知のエージェント、夜語トバリと連絡を取っためたんは、うさぎに何が起こったのか、うさぎをどうするつもりなのか問いただす。
しらばっくれるトバリだったが彼女が幹部に準ずる立場の人間であることはわかっていた。
観念したトバリは隠れ家にめたん、つるぎを招く。そこには護衛としてクロワもいた。
つるぎとは過去に因縁があり、居心地の悪そうなトバリ。事情をわかっていないクロワは場を和ませようと空回る。
うさぎの能力が暴走し、島内に彼女以外の生存者はいないだろうことが告げられる。
めたんは動揺を隠し、どうやって知ったのか問う。
連絡が途絶えた時点で偵察機を送り、状況を確認。現在対応を協議中だと答える。
めたんとつるぎは手際の良さに違和感を覚える。
カマをかけられボロを出したトバリは、送られたのは偵察機ではなく攻撃機であり、捕獲を試みるも失敗。島内の船舶を破壊して隔離状態にしたことを白状する。
初めからうさぎを覚醒させ、捕まえることが目的だったような対応にめたんとつるぎは憤る。
そもそも能力者を目覚めさせる薬をなぜ作ったのか、それをむざむざ奪われてなぜ平気でいるのか。
問い詰められたトバリは組織の現状について話す。
幹部陣は世界征服の夢を諦めておらず、ここ数年戦力の拡充に力を注いでいる。能力者を目覚めさせる薬もその一環である。
薬を奪った過激派とグルだったわけではないが、それで強力な能力者が生まれるならと見過ごした可能性はある。
怒りを露わにするめたんとつるぎに、トバリは協力を申し出る。
組織の増長と腐敗は目に余り、世代交代が必要だと説く。
クロワも交え、今後はずん子達や『大都会』と手を組み「組織」の打倒を目指すと話がまとまりかける。
めたんだけは賛同しなかった。
らしくない。そう思った。
つるぎは過去の遺恨は忘れ今はトバリと手を組むのが最善と語る。
クロワはこれまで何も知らなかったが今後は一人の能力者として正義を貫くと語る。
トバリは道理を捨てた組織にこれ以上義理を立てる理由はないと語る。
何もおかしいことはない。そのはずなのに。
めたんはトバリに問う。
夢はどうしたのかと。
虚を突かれたようなトバリ。
めたんの知るトバリはこんな人間ではなかった。人命や倫理よりも自身の興味を優先するはずだった。
いつからか盲目的な組織人になり、今それもやめて献身的な良識人になろうとしている。
こんなのはらしくない。
トバリはそんなのは昔のことだと笑う。若い頃は向こう見ずな情熱もあったが、年を取れば落ち着きを得て世のため人のためと考えだすのは自然なことだと。
トバリの言うことももっともだ。めたんの目に映るトバリの姿も確かにそのように見える。
それでも違和感が拭えないのは、めたんもトバリも超能力者だからだ。
凪いだ海のような心の奥底で熱い炎が揺れているように思えてならなかった。
自分もそうだから。
どうすれば信じてくれるかと尋ねるトバリに、めたんは幹部の情報を教えるように迫る。
トバリは設立メンバーである4人の能力を開示する。
めたんの疑り深さにつるぎとクロワはうんざりした様子を見せる。トバリはどこか楽しげだった。
これ以上トバリを追求する材料もなく、とりあえずは協力関係を結ぶことを承諾する。
求められた握手に応じようとしたつるぎの手を払いのける。
トバリの能力の発動には身体接触が必要だ。
めたんは初めて会った日以来一度もトバリに触れさせていない。
クロワはトバリがめたんが思っているような人物ではないと説得する。
幼いクロワを引き取り、育ててくれた。家族のような存在だと。
めたんはその言葉に引っかかる。
クロワは自分より年上だ。いったいいつの話だろうか。
トバリはそれは人に言いふらすようなことではないと口止める。
脛に傷のある者も多いこの界隈では過去を詮索することは厳禁だった。
めたんはその不文律を破った。
クロワに続きを話すように促す。つるぎは空気が変わったのを感じ取り身を固くする。
クロワは場の張りつめ始めた空気には気づかないようで、自身の過去を語る。
裕福な家の生まれで物心ついた頃から能力者だった。
生家が没落してからはトバリに引き取られ、一緒に暮らしながら能力について教えられた。
その恩義もあって今ではエージェントとして働いている。
めたんにとってそれは聞き覚えのある話だった。その人生は自分が辿ったものと同じだったから。
めたんが天恵のハイドを構える。トバリは何も答えない。
状況のわかっていないクロワにめたんが自身の過去を明かす。
二人がトバリと一緒に暮らしていたと記憶している時期は被っていた。
どちらかが記憶の改竄を受けている。
トバリは両手を上げて降参し、記憶を弄ったのはクロワの方だと告げる。
これまでの人生を全部忘れたいという願いに応え、エージェントになる際に記憶を消して新しい記憶を植え付けた。
一から都合のいい記憶を考えるのは難しかったので、めたんとのエピソードを利用したと。
不信感を隠せないめたんとつるぎ。クロワも困惑した様子だった。
明らかに倫理的な一線を超えた行動。もはやトバリを信用することはできなかった。
記憶を元に戻せないのかという問いかけに、トバリは無理だと答える。
テープに別の録画を入れたようなものだ。トバリの記憶を元にクロワの記憶を再現してまた入れることはできるが、それも上書き保存に過ぎない。
クロワは忘れたい記憶だったなら仕方ないとトバリを庇うが、本当にクロワが望んだことだったのかはわからない。
めたんは魂に関する自説を述べる。
肉体と重なるように霊体が存在し、同じ働きをしている。脳から消し去られた記憶も魂には残存している。
めたんはずっと魂に関する研究と修練を続けてきた。それは自分の能力をもっと効率的に利用するためだけでなく、トバリの能力を対策するためでもあった。
エネルギー譲渡によって霊体を刺激し、記憶を蘇らせられるかもしれない。
めたんがそう語り終えた瞬間、トバリは既に行動を起こしていた。
めたんが牽制に繰り出された式神を切り裂いた時には既にトバリの両手はクロワの頭に添えられていた。
育ての親を守るため、家にやって来た襲撃者を迎え撃つ。
そういうことになった。
トバリは使役していた全ての妖魔と式神を放ち、逃走を図る。
クロワの速度に反応できなかったこともあり、物量に押されためたんとつるぎは苦戦を強いられる。
勝てない相手ではなかったが、長引けばトバリを取り逃がすことになる。
逃げたということは後ろめたい事情があったということだ。
簡単に記憶を書き換えられるクロワは便利な手駒だったろう。知られたらまずいようなことにも協力させていた。
だからこそ記憶が戻る可能性が出てきたことで逃げるしかなくなった。
めたんとつるぎはそう判断した。
トバリの能力は危険だった。ここで逃がして敵となった場合、どれほど厄介な事態になるか想像もつかない。
めたんは躊躇わなかった。
つるぎに防御を任せ、遠ざかっていく気配に集中する。障害物など関係ない。距離と方向さえわかれば。
めたんは天恵のハイドを投げた。
「投擲」。最大の威力と貫通力を誇る文字通りめたんの必殺技だった。
全ての妖魔と式神を倒し、クロワを捕まえた二人はトバリの元に歩み寄る。
めたんの投擲は正確にトバリの胴体を貫き、致命傷であることは誰の目にも明らかだった。
めたんの治癒能力ならば延命させられるかもしれない。ただトバリと接触することは同時に記憶の改竄を受ける可能性もはらんでいた。
めたんが死ぬ前に何故こんなことをしたのか答えるよう求める。
トバリは答えない。答える気が無いのか答えられるような状態に無いのか。
つるぎがクロワに記憶を返すように求める。
クロワにとっては突然現れた謎の女達に恩師を殺されたような状況だった。
トバリが片手を上げる。つるぎは警戒しながらもクロワに触れさせた。
記憶の上書きではなく記憶の譲渡。トバリが見たクロワの記憶が継承される。
それは見覚えのない走馬灯のような体験の伴わない記憶だったが、クロワの目にはなぜか涙が溢れた。
トバリは尚も手を上げ続けている。
めたんは何を求められているかわかっていた。
初めてトバリに触れられた時、記憶を改竄できると聞かされて幼いめたんは能力の怖さを思い知った。
自分が自分で無くなることは、めたんにとって唯一の恐怖だった。
だが数年の研鑽によりトバリに能力を行使されても抵抗できるだけの目途はついていた。後は実践あるのみ。
めたんはトバリの手を握った。
トバリの記憶が流れ込んでくる。
古びたワンルームのアパートで目覚める。台所を見ると小さな女の子が朝食を作っている。
振り向いたその子はちょっと不機嫌そうに早く起きなさいと言った。
めたんとトバリが一緒に暮らしていた頃の、ほんの何気ない出来事。
なぜトバリがこんなものを見せてきたのか、めたんにはわからなかった。
記憶は情報の蓄積でしかない。その根底にどのような心情が存在したのかまではわからない。
それは私が自身の能力について出した結論だった。
彼女にできる限り全ての記憶を見せようとする。きっと彼女は混乱しているだろう。
私の記憶をどれだけ覗いても、私の心の奥底まではわからない。
「私を困らせようとしてるのね。」
彼女が呆れたように言った。どうやらバレてしまったようだ。
「目的を果たすためなら手段は選ばなくて、好奇心を満たすためなら危険はいとわなくて、いつも何を考えてるかわからなくて…」
彼女の声が止まる。
「そんなあなたのことが好きだった。」
その言葉に私は瞳を閉じる。
蘇るのは一番幸せだった頃の記憶。幼い彼女と一緒に暮らし、能力について教えていたあの頃。
怪訝そうに胡散臭そうに、ちょっと警戒しながらも興味を隠せずにこちらを見るあの顔。
私も君のことが好きだった。
その言葉は口にはしなかった。
「いい人生だった。」
深海で揺れる炎はもう消えていた。
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