2026年9月7日月曜日

うまずめ

長編民俗学ホラー。

伊織弓鶴、ついなちゃん、四国めたん、アメノちゃん。

石女、不産女、水滴石穿、しずく。

うずめ、アメノウズメノミコト、猿田彦、猿田。



幕1


弓鶴、ついなは修行の一環でとある霊山を訪れる。

とはいえ半分ぐらい旅行のようなもので、後鬼はついて来ず二人きりでの旅路となる。

麓の村の旅館へと滞在中、そこに住む10歳ぐらいの娘と仲良くなる。

名前はしずくと言い、経営者の娘というわけではないそうだった。身寄りがなく住むところがないため引き取ったと話す。


そこに宿泊客としてめたんとアメノがやって来る。

めたんと顔見知りになっていた弓鶴とついなはもしかして何かの調査かと尋ねる。

何らかの儀式が行われた痕跡のある民家があり、そこの住人が失踪している。

ワンチャンヤバめの事案な可能性があるため、用心棒として雇われたとめたんは語る。

アメノも新人バイトのため非正規コンビとなる。


宿の経営者らに話を聞く中で、件の民家がしずくが住んでいたところであり、失踪したのは彼女の母親であることが判明する。

めたんは母がどうなったか本人も気がかりだろうと現地調査にしずくを誘う。

彼女の身を案じた弓鶴とついなも一緒について行くことになる。



幕2


彼女の家は宿からかなり離れた、山深い場所にあった。

めたんはしずくにここからでは通学も大変ではないかと問いかける。

不便だったから今は宿に住めてラッキーだとしずくは舌を出した。


民家は割と大きな日本家屋だった。

元はこの辺りにも集落が続いており、一番立派なその家だけが最後まで残ったようだ。

中はごく普通の家で、親子二人で暮らしていた生活の跡が残されていた。ただ一室を除いて。

襖を外して二部屋を繋げた畳張りの大きな部屋。そこにはよくわからない物品や書物が乱雑に散らばり、部屋の奥には巨大なオブジェが作られていた。

天井まで届くほどの大きさの針金で組んだ輪っかに無数の呪術的な装飾が施されている。和洋折衷されており、どういった意図で作られたものなのかはわからなかった。

ただ相当の執念と狂気が込められているのはわかった。


明らかに異様なものであり、弓鶴とついな、アメノは固まる。めたんとしずくだけが平気な顔をしていた。

「まあこれでしょうね。」

そう呟いて無造作にめたんが輪っかに触れる。ビビっているアメノに何も感じないから大丈夫だと語る。

しずく曰くこの部屋には入ってはいけないと言われており、母が急にいなくなってから警察の人と一緒に初めて入ったそうだ。

結局事件性は認められず頭のおかしくなった母親の自発的な失踪とされたが、話はどこからか広まりめたんらの調査対象となったのだろう。


しずく自身もその結論に納得しているようだが、母がいったい何をしていたのかは気になるようだった。

めたんはこのまま解体して終わりというのも退屈だからと部屋の整理を始める。弓鶴とついなも協力し、アメノも文句を言いながらも従った。

母親の日記が見つかり、そこにはこの家に越してきてからの実験の記録がつづられていた。

思っていたより真剣に試行錯誤された内容でめたんは熟読する。最後の記述はいなくなる一か月前で、結果がどうだったかが記載されていなかった。


書かれていないから成功だったのか失敗だったのかわからない。

そう語るめたんの表情は先ほどとは変わっていた。

しずくを連れて再び家の中を回り、この家での生活がどのようなものだったかを詳しく尋ねる。

本棚に並んだ漫画本や廊下に積まれた非常食についてなど、弓鶴たちにはなぜそんなことを聞くのかわからないようなことまで。

日記が途絶えてからの一か月で特に母親の様子は変わらなかったそうだ。


「気持ち悪いわね。」

広間に帰って来るとめたんはそう言った。

散らかっていた物品や書物はある程度片づけられていた。もう一息と言ったところだったがめたんは撤退を宣言する。

突然の方針転換に他の者は呆気に取られるも、そそくさと帰り支度を始めた彼女の後を追った。



幕3


宿に戻っためたんは説明を求められる。

何の霊的な痕跡も認められなかったが、成功の可能性を感じたからと彼女は答える。

古今東西混ぜ合わせられていたが、儀式のデザインは外から神を呼び出すという方針で統一されていた。

儀式を行っていた母親の取り組み方も真摯かつ敬虔で祈りが通じたかもしれないと語る。


もっと他に根拠があるように感じたが弓鶴は聞かなかった。

めたんはアメノに母親の経歴について調べるように命じる。

アメノは面倒な仕事に渋っていたが、輪っかを壊す方がいいかと問われると喜んで調査に向かった。


めたんはまだ輪っかを壊す気は無いようで、周辺の聞き込みに当たるようだった。

宿でついなと一緒にしずくの相手をするか迷ったが、弓鶴はめたんについて行くことを決める。

野次馬根性もあるが、今後ついなと生活する上でめたんから知識や調査能力を学んだ方がいいという判断だった。

めたんは別段どっちでもいいようで、弓鶴と言葉を交わしながら村を周った。


小さな村であり、誰もが母娘のことを知っていた。

と言っても母親と言葉を交わしたことのある者は少なく、大抵の話は娘のしずくのことだった。

めたんは朗らかに、それでいて抜かりなく彼女たちの足跡を辿っていった。

特に不自然なことは感じない。弓鶴の感想にめたんは同意した。


宿に帰ると、ついなとしずくがお互いの名前の由来を教え合っていた。

ついなは「追儺」と呼ばれる悪鬼や疫病を追い払う儀式から取ったものだと教える。

しずくは「水滴石穿」という四字熟語が由来だと言った。

雨垂れの一滴でも、同じ場所に落ち続ければ石に穴を開けられることから、小さな努力でも根気強く続ければ困難を打ち破れるという意味。

良い名前ではあったが、母親が儀式にかけたであろう執念を思うと空恐ろしいところがあった。



幕4


弓鶴とついなの滞在の終わりが見えて来た頃、アメノから一報が入る。

アメノ一人で調べたわけではないようだったが、大体の経歴が調べられていた。

母親は依然別の場所で「猿田」という家に嫁いでいたが、夫が事故死。

お腹に子供がいたが家からは追い出され、また別の場所で狭いアパートを借りて生活。

そこから母子二人で慎ましく暮らしていたが、村内のあの民家を相続したことで引っ越してきたそうだった。


母親が暮らしていたアパートの外観と間取り、嫁ぎ先の猿田家を訪問した時の録音が添付されていた。

猿田家は旧家であるが跡継ぎが居らず、今は母親の義母、しずくにとっては祖母が一人で暮らしているそうだった。

祖母は追い出した母親のことを相当嫌っているようで、行方不明になったと聞いても身を案じることはなかった。

村で暮らしていることも知らず、有益な情報は無かった。


意地悪そうな婆さんで散々悪口を聞かされた。馬…なんとかって。

通話口でアメノがそう愚痴る。

めたんはしずくのことは何か言っていなかったと尋ねる。娘ではあるが唯一の跡取り候補のはずだ。

そう言えば聞いてなかったと答えたアメノに、じゃあもう1回行って来てとめたんは無慈悲に告げた。


「色々と変なのよね。」

アメノとの通話を打ち切っためたんは寝っ転がりながらこぼす。

弓鶴は自分が感じていた違和感について語る。

儀式にのめり込んでいる反面、しずくの前では普通に母親をしており、しずくもまた普通に生活している。

その二面にまったくつながりが見出せない。


めたんは同意し、自分の違和感も挙げる。

居間や台所など、他の部屋はきちんと整理されていた。日記の記録からも几帳面な性格であるのがわかる。

それなのにどうしてあの部屋だけあんなに散らかっていたのか。儀式が上手くいかなくてむしゃくしゃしていたのかもしれないが、日記の記録からはそうは見えなかった。

例えば何かが降臨し、その際の衝撃で荒れたのかと思っていたと。


結局情報も無く痕跡も見つけられないので、めたんは手詰まりになったようだった。

半分忘れかけていたが当初の目的だった霊山での修行に手を貸してくれたことで、弓弦とついなはこの村に来て初めてそれっぽいことをやった。

雑談がてらめたんはあの民家について推測を述べる。

こういった地域では神事を執り行う一族が大きな力を持つ。あの家はその人たちの者だったのではないか。

しずくもしずくの母親も霊的な素質に優れた血の持ち主で、それが上手いこと作用したのかもしれない。


何の証拠も無しでいいのなら既に結論は出せるとめたんは言う。

アメノの調査によると母親の霊的な儀式への興味は、夫が亡くなり嫁ぎ先を追い出されてから始まっていたようだった。

と来ればきっかけは当然夫の死であり、単純に考えれば目的は夫を生き返らすことになる。

儀式の結果何かが現れ、願いを叶える代償として娘の命を求める。

一か月間の猶予を与えられたが娘を差し出すことはできず、契約は不成立。

無駄足を踏ませた罰と呼び出し分の対価で母親は連れて行かれもう帰ってくることはない。


あるいは初めから夫を生き返らすための贄として娘を育てていたが、土壇場になって情が勝ったのかもしれない。

そういうこともあるとめたんはつまらなそうに呟く。

これが正解だったらしずくには言えない。

3人ともそのことはわかっていた。



幕5


結論は出たものの、どこか納得できない様子のめたん。

「逆だったのかもね。」と呟く。

どういう意味かと尋ねた弓鶴には答えず、めたんは少し歩いて来ると去っていった。

弓鶴とついなは二人で宿へと向かいながら、これまでのことを振り返る。

それでも最後の一か月を親子一緒に過ごせて良かったとついなは語る。

親のいないついなにとっては羨ましいことなのだろうと寂しく微笑んだが、弓鶴はふとあることに気づく。


逆だったとしたら…

娘の命を捧げようとしたのではなく、娘の命を授けてもらったのだとしたら。

日記が途絶えた1か月前に何かが現れ、その何かは願いを叶えてくれたのだ。

1か月の猶予を与えられ、十分に二人での生活を過ごしてから代償として連れて行かれた。

わかっている。この考えはおかしい。

弓鶴の額に冷たい汗が流れる。


違和感はあった。

10年間娘と一緒に生活しながら、亡き夫を蘇らすための儀式の準備を進めていたのだろうか。

娘はそれに気づかなかったのか。母親の気は変わらなかったのか。

変わらなかったとしたらなぜ直前になって変わったのか。


死んだのが娘で、娘を生き返らそうとしていたなら色々なことが納得いくのだ。

猿田の家が母親をあっさり放逐したのは跡継ぎができることはもう無いから。

家を追われた母親が狭いアパートで暮らしていたのは一人暮らしだったから。

人里離れた山奥の家を買ったのは子供の学校を気にする必要が無かったから。


しかし実際には娘は生きてきたのだ。あらゆる記憶と記録にそれが残っている。

もしこの説を成り立たせるなら、儀式の成功によって娘という存在が過去に遡って作り出されたということになる。

儀式の部屋に不自然に積み上がった荷物は本来他の部屋に置かれていた。

他の部屋に母娘の生活の痕跡を作るために、あの一室に押しやられた。

めたんはそういう想像をしていた。だから気持ち悪いと言ったのだ。


馬…なんとか。

アメノが電話で言っていた単語は恐らく「うまずめ」だ。

子供ができない女のこと。猿田の家に嫁いで数年、跡継ぎをつくれなかった母親はそう蔑まれていた。

夫が亡くなった時にお腹の中に子供がいた。

それ自体が元々存在しなかった事実。彼女が懸けた願いだったのだ。


ただの想像に過ぎない。弓鶴は首を振る。

だとしても既に終わったことだ。自分たちが気にするようなことはない。

「あ、しずくちゃん。」

ついなが声を上げる。しずくが宿から手を振っていた。


水滴石穿。

雨だれが石を穿つように、たゆまぬ小さな努力が困難を打ち破る。しずくの名の由来。

「うまずめ」は「石女」と書く。石は子供を産めないからだ。

どのような困難を打ち破ることを夢想してその名をつけたのだろうか。

弓鶴は浮かんだ想像をかき消すよう再び首を振った。




メモ

・ヤンデレ女と秘密を抱えた男。

・帰ってきたけれど待たれていなかった少女。

・科学好きな少年とオカルト好きな少年。

・公園からホームレスを追い出したい少年。

・因果応報、自業自得の男。

・今日もいじめられただけの少女。

・『ファントムバレット』

・『フォースプラン』

・自分が弱かっただけ



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