2026年9月26日土曜日

人の記憶は嘘をつく

人の記憶は嘘をつく。


手塚治虫『落盤』

20年前の落盤の思い出を振り返る中年の鉱山長の男。

しかし10年前にインタビューで語った内容はかなり違っていた。

20年前、事件直後の新聞に載った内容もまた違い、男は自分の記憶が信じられなくなる。

そして新たな証拠が出るたび、男の記憶は本当にあった出来事に近づいていく。


ていう奴からのインスピレーション。

「戸惑いのエチュード」のブラッシュアップ版に近い。

なにげに演劇部プラス東北ずん子の主要メンバー6人が全員出た演劇は少なかったため作成。




起


とある居酒屋。ゆかり、あかり、茜、葵、マキ、ずん子の6人は集まっていた。

中学の同級生だった彼女たちも、10年の月日が経ち20代半ばになっていた。

6人は思い出話を振り返るも、その内容は微妙に喰い違っていた。

彼女たちは趣味も嗜好もバラバラの集まりで、どういうきっかけで仲良くなったかが不明瞭だった。

特定の誰かとだったらこんな出来事があった、こんな印象を持ったという記憶はあるのだ。しかし6人でグループになるようなきっかけは思い出せなかった。

中学2年生ぐらいにあった大きなイベントと言えばで、修学旅行で同じ班だったことが最初ではないかという話になった。


承


6人は当時のことを思い出そうとするも、10年の歳月によって記憶は断片的だった。

今はゆかりとずん子、あかりとマキが喧嘩しながらも仲がいいという関係だったが、昔は違ったことが思い出される。

元々は茜とマキ、ゆかりとあかり、ずん子と葵の2人組3つの集まりだった。そこからゆかりとずん子、あかりとマキが打ち解ける中で茜と葵も話すようになっていった。

その関係性の変遷から6人で絡むことが増え、いつしか仲良し6人組のつもりになっていたのだ。

一応は納得したものの、まだ何かがあったような気がする。

修学旅行で泊まった宿『忘憂荘』の名前と共に、あの日の出来事がちょっとずつ思い起こされる。


転


『忘憂荘』で検索をかけると、あるニュースがヒットする。

5歳の少年が宿からいなくなった後、川で遺体になって見つかったというものだった。

時期から見て自分たちが泊まっていたのと同じ頃に思えた。

宿にパトカーが来ていた様子や教師に知っていることがないか尋ねられた記憶が思い出される。

なぜか全員がすっかり忘れていたことで、何か忘れたい出来事があったのではという疑念が広がる。


まさか殺したんじゃという憶測が飛び交う中、彼女たちは当時の記憶を必死に思い返してみる。

マキがこっそり部屋を出て卓球で遊んでいた思い出を語る。

部屋から出ていないなら関わりようがないため、ずん子は自分は行っていないと主張する。ゆかりは自分だけ安全圏に行こうとする態度を非難する。

たぶんマキ、茜、ゆかりは行っているという結論になった。


問題はそこで何があったかだった。

何らかの事故で命を奪ってしまい、川から捨てたというストーリーが浮かぶ。

それを裏付けるようにマキが非常口の扉を開け、川の流れる音を聞いたことを話す。

マキは自分を信じられないようで、茜もまた後ろめたいことがあったという憶えだけはあるようだった。

ゆかりは真相を思い出そうとするが、ずん子は過去の追及を止める。


全員がこの6人を特別視している以上、直接的でなくとも関与しているはずだった。

ずん子は将来が約束された人間であり、不祥事を嫌って隠蔽を図った可能性は高かった。

揉めている2人の様子に、最初はこれだったのではという思いつきをあかりが語る。

正直に話そうとするゆかりと、黙っているように勧めるずん子。ゆかりはずん子のそんなところが気に入らなくて、噛みつくようになったのだ。


あかりもまた、最初にマキと言い争うようになった理由もこれなんじゃないかと続ける。

マキと自分でどっちに責任があるのかを擦り付け合った。何も思い出せないが自分もそこにいたはずだと。

結局のところ何があったかを思い出せない以上、争っても仕方が無いと葵が言う。

葵は一緒に卓球をしに行った可能性も、一人で部屋で本を読んでいた可能性もどちらもあり得るように思えた。


もし子供の死に関わっていたとしても、考えられるのは打撲、窒息、中毒など。

いずれの場合も心肺停止に陥ろうと蘇生の可能性があることを、ゆかりなら失念しないはずとずん子が語る。

マキと茜だけならパニックになって隠さなければと思うかもしれないが、ゆかりは冷静さを失わずに救助を試みたはず。

そうじゃなかったとしたら目の前で亡くなったのではなく、自分たちのせいで間接的に亡くなったのではという恐れだったのではないか。

ずん子の推測はそれらしかったが根拠はなかった。


記憶の糸をたぐる最中、あかりはふと当時のことを思い出す。

自分たち4人が卓球をしているのを、葵がベンチに腰掛けて眺めていた。手に持っている本には栞が挟まれている。自分が作って贈った押し花の栞だった。

なぜそんなことを思い出したのかはわからなかったが、忘れていたということは忘れたいことだったのではと気づいた。

あかりは葵に思い出すことは無いか尋ねる。葵とはずっと接点が無いはずだった。


葵は押し花の栞のことを憶えていた。どうやって手に入れたものかはわからないが、今も自宅にあると言う。

修学旅行を機に関係性が変わったのは合っていたが、それは修学旅行中の話ではなくグループが決まってからのことだった。

葵とあかりは仲良くなり、あかりは趣味の手芸で、読書が趣味の葵に押し花の栞を贈った。

仲良くなったことすら忘れていたのは、それが真相の根幹に関わる部分だったから。


ゆかりもまたその栞のことを思い出していた。

春から夏にかけて咲く小さな青色の花『ワスレナグサ』だ。

由来は「Forget me not」。

なんて因果な話だと思った。

記憶を蘇らせる鍵となったようで、全員が同時に何があったかを思い出していた。


ゆかり、あかり、茜、マキ、葵の5人が部屋を脱け出して遊びに行った。ずん子だけは部屋に残り、布団で眠っていた。

卓球をして暑くなったマキが非常口の扉を開けた。あかりも同じように暑くなっていたため、扉を開けたままにしておくように言った。

そこに小さな男の子がやって来る。亡くなった5歳の少年だった。

彼は葵が持っていた押し花の栞に興味を示す。ゆかりはその花は『ワスレナグサ』だと教え、宿の近くにも生えていたと話す。

卓球をしているうちに気づいたら男の子はいなくなっていた。自分の部屋に戻ったのだろうと思った5人はずん子の眠る部屋へと帰った。


翌日、子供がいなくなったことが教師から告げられる。

警察がやって来て生徒たちは待機を命じられる中、あの時の男の子ではないかという話になった。

宿から出て川に落ちたのではという線で捜索が進められていると聞き、ゆかりは『ワスレナグサ』を取りに行ってしまったんじゃないかという推測を立てる。宿のすぐ近くを流れる川沿いに咲いていたのだ。

まさにあの時、開いていた非常口から宿を出て行っており、自分たちは気づかずに帰った。

先生に言った方がいいのではとなったが、ずん子が止めた。既に警察は捜索に動いており、どのようにして宿を出たかを確かめる必要は無い。


言う必要がないのはその通りだが、どういう意図で言っているのかは皆わかっていた。

無事ならいい。でももし無事でなかったなら、自分たちにも責任の一端が出てくるのではないか。そういう恐れがあった。

ずん子はその場にいなかったが、自分だけがいなかったなんて話が信用されるとは思えなかった。だからその事実自体を無かったことにするように訴えた。

5人は同意し、昨夜は部屋から出ていないということにした。


その後は修学旅行も再開され、何事も無く地元に帰った。

ニュースで男の子が遺体で見つかったことを知ったが、改めて白状する気は誰にも起こらなかった。

黙っていればわからず、話したところで本当にそうだったかはもう確かめられないから。


結


6人は思い出す。

犯罪とは言えないまでも、自分たちの行動が子供の死につながった可能性があった。

しかしあくまで可能性の話であり、きっとそんなことはないだろうと口をつぐむことにした。そして他の者が口を滑らせないようにお互いを見張るようになっていったのだ。

いつしか都合の悪いことを忘れ、なぜ一緒に居るのかわからなくなった頃にはただの仲のいい友人になっていた。

しばらく沈黙が流れた後、ゆかりが別の話題を切り出した。他の者もそれに乗っかり、再び飲み会は旧友との再会を喜ぶ和やかな雰囲気に戻った。

きっとまた10年が過ぎる頃には、何があったか忘れられるはずだった。




ワスレグサ。忘れ草。萱草。金針。忘憂草。

ワスレナグサ。勿忘草。ヒメムラサキ。藍微塵。

ムカシガタリ。昔語り。昔騙り。




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